夜会に潜む狼さん
「ふーん、今日の夜会に参加してるんだ。いよいよ仕上げということか、さて、どうなるのだろうか」
手元にある招待状を確認しながら、男は夜会に参加する為の礼装に着替えて、そして、夜会へ向かう為に、彼は運転手に連絡した。
「こんな所にいらっしゃったのですね、ナール元帥様」
「おう、リリくんではないか、なかなか良いドレスだ、よく似合っているぞ」
「ありがたきお言葉、身に余る光栄です」
そう答えながら、赤いドレスを身に纏ったリリは大きく礼をした。
そうして顔を上げた後、周りを一度確認しながらリリはナールに近づき、声を低くして、リリはこっそりと耳打ちをした。
「実のところ、前々から元帥様に関する幾つかの噂を耳にしまして、あまりの内容でしたので、それを確認したいと思いますが、お時間はよろしいですか?」
「ははは、噂とはね……聞きたいことって何かな?」
リリの言葉を聞き、ナールは密かに殺意を含ませた声色でそう聞き返した。
けど、殺意に気づいてないのか、または気にしてないのか、リリはただナールの手を引き、自分の唇まで届きそうな所までその指先を持ち上げて、リリは色っぽい声でこう返した。
「実はあなた様は独り身であると聞きました。ですので、あなたの好みはどういう人なのかと、そう思いまして」
上目遣いでリリにそう言われて、一瞬だけナールは驚いた。
しかし、すぐにナールはわずかにニヤけた口元を手で隠し、リリへ体を寄せながら、いやらしさが滲んだ声でナールはこう言った。
「そういう話ならいくらでも付きあろう」
「本当ですか? とても嬉しいです」
ナールに向けて、リリは純粋な笑みを見せた。
そんなリリを見て、ナールはさり気なくリリの尻へ手を伸ばしながら、わざと困ったような顔を作った。
「とは言え、こういう事をここで話すのも少々気が引けるな……」
「でしたら、話すのにいい所を知っていますので、一緒に来てくれますか?」
弾んた声でそう言いながら、リリは両手でナールが伸ばした手を掴み、そしてその手を握りしめながら、リリはそう懇願を述べた。
すると、ナールはリリの手を握り返して、思わずといった風に笑いを見せながら、ナールはリリにこう答えた。
「もちろんだとも! では、どこへ連れてくれるのかね?」
「ふふ、着いたらわかりますよ」
楽しそうに笑うリリの顔を見て、ナールの警戒心が少し緩み、リリに手を引かれたまま、彼はリリの後についていき、二人はパーティーで賑わってるダンスホールから離れた。
会場の廊下を渡り、ナールを連れて、リリは幾つかの扉を通り過ぎた。
廊下の突き当りまで歩くと、リリは階段の近くにある黒い扉を指し、そしてそのドアノブを回し、リリは先にその部屋に入った。
リリについて、ナールが部屋に入った時、もう電気がつけられており、ビリヤード台以外にお酒の棚やカウンターがあり、まるでバーのような内装を見て、ナールは感心したように口笛を一つ吹いた。
「へー、流石金持ち、こういう部屋もあるんだな」
「聞いた話、作ったのはいいけど、実際はあまりここでゆっくり楽しむ時間はないみたいですよ。あっ、このメーカーさんのも置いてありますね」
ナールをここまで案内したのに、リリ本人は驚いたような顔で室内を見回し、子供がお宝を見つけたようなキラキラした目をして、リリはお酒の棚にあるリキュールのラベルを見た。
暫く見ていると、リリはウィスキーのボトルを手に取り、にっこりと笑いながら、リリがそう提案した。
「ねえ、カクテル飲みませんか? 私作りますよ」
「へえ、多彩なスキルを持っているのは知っていたが、カクテルも作れるのか。なら、君に任せようか」
「わかりました! 任せてください」
ナールの返事を聞き、楽しそうに笑いながら、リリはそう答えた。
そうしたら、リリはカウンターの方へ歩き、使い慣れていないのか、最初の動きはどこか戸惑いがあった。
一回違うメーカーのお酒を手に取り、まずはそれを大きいなグラスに入れて、リリは味見をする。
そして、味を確認した後、使う酒の量を図り、慎重にシェーカーを掴むと、リリは真剣にカクテルを作り始めた。
お酒の量を確認し、グラスの中に流し入れて、それを混ぜる。ドレスを着ているのにも関わらず、リリは優雅にカウンターの中に歩き、そうしてナールの前にきれいなグラスを置き、リリは出来上がったカクテルを注いだ。
その時、グラスの中に過ぎ通った色を見て、無事出来上がった事に安心したように、リリの顔に気のゆるんだ笑みが浮かんだ。
しかし、ナールの視線に気づくと、恥ずかしそうに手で顔を隠しながら、わずかに上ずった声でリリはナールにこう話した。
「えーと、結構上手にできたと思いますので、どっ、どうぞ、召し上がってください」
「ははは、そう照れる事はない。ふむふむ、なかなかいい出来ではないか」
そう言い終わると、ナールはグラスに手を伸ばし、匂いを嗅ぎながら、ナールは一口飲んだ。
思った以上の美味しさに目を見開き、ナールはもう一口と思い、コクッ、コクッと、あっという間にナールはカクテルを全部飲み干した。
やや手元が不安になっているけど、ナールはなんとかグラスを置き、焦点が揺れる視線でリリを見ながら、ナールはこう言った。
「ふー、香りはさわやかな柑橘なのに、なかなか強いんだな、これ。酔ってしまいそうだ」
「そうでしたか! 出来れば私で酔って欲しかったですが……」
ゆっくりとナールの手に触り、そう囁きながら、リリはナールに近づいた。そんなリリの行動に気づき、ナールはだらしない笑顔を浮かび、彼はリリの行動をただ見ていた。
そうして、リリが伸ばした指がナールの頬を触る、その寸前だった。
「なんでな」
その声と同時に色香を漂わせたリリの雰囲気が一気に冷たくなり、驚いたナールは距離を取ろうとした。
だが、足が言うことを聞かず、ナールはそのまま地面に倒れた。
自分の体に力が入れなくなった事に気づくと、すぐにこれがリリの仕業だと理解し、リリを見上げながら、ナールは怒鳴りつけた。
「貴様! こっ、これは何のつもりだ!」
「あなたこそ、どういうつもりですか? 人と魔の共存を訴えながら、その裏はテロ組織と手を組んでいる……やりますね」
「何を言ってるのかっ! うぐっ」
ナールの言葉を聞きながら、リリは服の中から用意した縄を取り出して、素早くナール縛り上げた。
そして、表情のない顔に薄っぺらい笑みを浮かべて、片腕でナールを縛る縄を引っ張り、リリはナールを自分の前にあるテーブルに座らせた。
豹変したリリを見て、ナールは一瞬で恐怖を覚えた。けど、そんな事はないと強がるようにナールは口を開き、声を上げようとした。
しかし、衝撃と酔いのせいでナールの思考がぐるぐると周り、暫く彼は何も言えなかった。
その間にリリは携帯を取り出して、鬱陶しそうな顔をしながら、リリは携帯を読んでいた。
内容を読み終えた時、リリはパクパクと口の開閉を繰り返したナールを見て、最後に優美な笑みを浮かべた後、リリは足を伸ばした。
そうしたら、リリは携帯を操作しながら足に履いたピンヒールの先を使い、ナールの喉に当てた後、リリは先までと全く違う声色を発した。
「もう体の痺れが治ってきたよな? んじゃまあ、質問に付き合ってもらうぜ」
「きっ、貴様は! 一体誰だ!」
「さあ、誰でもいいじゃないか。問題はこっちの事ではなく、お前にあるんだ、ミスター・ナール」
そう言い終わると、遠慮なくリリは上げた足を下ろし、ピンヒールの尖った部分がナールの股間を押しつぶした。
あまりの痛みにナールが叫び声を上げようと口を開けた、その瞬間、リリはナールの口の中に薬を突っ込み、それを吐き出せないように、リリは同じピンヒールでナールの顎を蹴った。
一度口を閉じてしまったが、すぐにナールは薬を吐き出そうと口を開けた。だが抵抗も虚しく、リリの靴底が顔面自体を押しつぶそうと力を入れたせいで、結局ナールは薬を飲み込むしかなかった。
喉が動いたのを見て、リリは足を退けた。その瞬間一気に呼吸が自由になり、ナールはむせ返りながらも吐ことして、失敗した。
「な、なんだこれ、貴様! 何を飲ませた!?」
「うん? ちょっとした自白剤ってところ」
ゲホゲホと必死になるナールを横目に、リリはテーブルに携帯を置き、つまらなそうな顔をしながら、ノートとペンを取り出したリリは最初に使った声色でそう言った。
「大丈夫ですよ、自分はただの記者なんで、聞きたいことさえ聞ければ、悪いようはしません」
突然そう言われて、ナールは固まった。
そして、リリの服装との姿を何回も見て、非常に不本意ではあるが、ナールはため息をつき、出来るだけ冷静に彼はそう聞き返した。
「……何が聞きたいんだ?」
「まず、ナール元帥様、今回こちらへいらっしゃる理由はやはり『協力者への訪問』ということで宜しいんですね」
「そうだ」
「そう言えば、数日前も共存派の市長と会議がありましたね。その時まさかの襲撃に遭い、大変な状況でしたね」
「……まあな」
「幸い、運良く凄腕のボディーガードがいましたので、襲撃は失敗しました」
「そうだ。襲撃は失敗した。あのボディーガードがいなけらば、二人とも無事でいられるはずがなかった」
「やはりそうでしたね。では、ここからが本番です」
ナールの言葉を聞いて、リリは驚く様子もなく、ただ服の中からとある欠片を取り出して、それをナールに見せながら、リリはそう質問した。
「この欠片にある紋様に見覚えがありますか?」
「なんだ。そんなもん、見たこともないな」
「そりゃそうですよ。だってあなた、本当はその襲撃の『被害には遭っていませんでした』から、そうでしょう?」
「っ! そう、だ!」
リリの言い方に釣られて、自白剤は勝手に真実を吐き出そうとした。
なんとか言葉を止めようとして、ナールは唇を強く噛み締めたか、声を止めることをができず、ナールは真実を口にしてしまった。
驚愕したナールの顔を見て、リリは欠片を仕舞った。そして、座っていたテーブルから降りると、ナールの前に立ち、やはり笑顔でリリは話を続けた。
「あなたは数日に共存派の市長と会議があり、それに参加しました」
「そう、だ」
「そして、会議が終わり、ベランダで市長と話している最中に襲撃が起こりました」
「そうだ」
「実はあなた、わざと狙いやすい位置で市長と一緒に話していました。そうですよね?」
「そうだ。そうだ! いい加減にしろ! さっさと本題に入れ!」
リリの言葉に答えれば答える度に、自分の心臓がその手で握りつぶされているような緊張が強くなり、嫌な予感が強まった末に、ナールはそう叫んだ。
その叫びを聞き、リリはにっこりと歪な笑みを顔に張り付けながらそう答えた。
「では、ナール元帥様が望むように。あなたは人と魔の共存を訴えながら両方から金を受け取りました。しかし、本当はどちらかを滅ぼしたいと考えています、そうですよね?」
「そうだ。あっ、ああ! なんで、なんで貴様はそんなことを!」
「だって、尋問を受けた襲撃者はあなたの名前を口にしました。ね、そうでしょう?」
リリにそう言われて、ナールはその本当の目的に気づき、信じられないというように目と口を大きく開けた。
これは答えてはいけないと、ナールは全身全霊を掛けて、何度も言葉を止まらせた。けど、最後にナールの奥から溢れた言葉は口からではなく、そのまま声として響いてしまった。
「それは嘘だ!」
「どうして嘘だというのです? 『尋問を受けた襲撃者』はあなたの名前を言いました。この言葉のどこか嘘ですか? どうして分かるのですか?」
「その襲撃者は尋問を受けてない! 何故ならそれがおえらっ!」
最後の最後に、せめて自白にならないようにナールは自分の舌を噛もうとしたか、それに気づいたリリはすぐナールの口に持っているペンを突っ込んだ。
そして、一度ペンをナールの口から出したものの、リリはペンを真っ直ぐナールの口の前に構えて、次もペンで止められる事を理解して、ナールは少しだけ放心状態になった。
ナールの目を見て、抵抗する意志が消えた事を理解すると、リリはもう一本のペンを取り出し、ノートのページを捲ったら、リリはそう話した。
「ちゃんと聞いてますから、教えてください。尋問を受けていないその襲撃者は誰ですか?」
「…俺だ。俺が、襲撃した」
「ナール元帥、本当にあなたが『人と魔、及び両方の血を受け継ぐハーフたちを守る為に様々な貢献をなさった市長』を襲撃したのですか?」
「そうだ! 俺がやったんだ!」
どうあがいても、自白剤のせいで真実しか言えなくなったナールは自棄になって、そう叫びだした。
その瞬間、自分を縛る縄が緩んだ事にナールは気づいた。同時に酔いが消えてしまい、段々と体に力が戻ってきた事を理解すると、目の前にいるリリが気づかないように、ナールはこっそり袖に仕込んだナイフに触れた。
段々と麻痺も解けてきた今、チャンスだと思ったナールはひっそりと腕を縛る縄を切り、そして、リリの様子を観察した。
全く変わらないリリの表情を見て、腕の縄を解けた事が気づかれていないと判断して、リリを攻撃できる隙を欲したナールは叫んだ。
「さあ、なんでも聞きたまえ! どうせ金が狙いだろう!? 薬でしか人を操れない卑怯者が!」
「卑怯者ですか。そう言えば襲撃を計画した時に、元帥が用意した御自身の影武者さん、あの子は元気ですか?」
「……は?」
注意力を逸らすためにナールは会話を投げつけるが、予想外の言葉を聞き、リリを攻撃することに集中していたナールは馬鹿みたいな声を零した。
そんなナールが発せられた単語を聞き、リリは嘲笑を顔に浮かびながら、その一文字にそう返した。
「そもそも元帥は自分が言っていたような純粋な人間、ヒューマンではありません。あなたの影武者さんを見ればわかりますよ。精神汚染が酷かったのですから」
そう言いながら、リリはノートを閉じた。そして、ペンを服のポケットに仕舞いながら、呆れた表情でリリはそう続けた。
「普通の魔術師なら洗脳は可能ですけど、あそこまでの汚染だと、まず人間には無理です。嘘をついた上で魔術で人を操るなんて、ナール元帥こそが卑怯者だろう? おっと」
「なっ! うぐっ!」
ナールはリリが視線を完全に外した瞬間に攻撃をした。
しかし、縄を切ったナールの攻撃を躱し、リリは踵落としを綺麗に決まった。
勢いのままにナールを地面に押しつけた後、テーブルに置いてあった携帯を手繰り寄せて、リリは録音画面をナールに見せた。
そして停止ボタンを押して、音声を保存したと同時に音声ファイルを送信し、完成の画面が出た瞬間、リリは携帯をしまい、ナールへは憐れむ視線を送った。
「記者としての仕事はこれで終わり。ナールよ、録音ファイルは既に送信した。これさえあれば、お前は裏切り者として知られるだろう」
「あぁ……ああああああ!」
リリの言葉を聞き、ナールの目から光が消えた。
ナールは人間ではなかった。
魔族である彼は人間と魔族の間に平和という理念を掲げている。
そして、それを望む魔族からも人間からも支持され、そこから生まれた大量な金を彼は全部受け取った。受け取ってきた。
そんな自分が、本当は両方の滅亡を企んでいることがバレたら、きっと死ぬ、死んでしまう。
ずっと人間が下等と思っていた。そして、怠惰に生きるだけの魔族にも飽きた。
そんなナールだったが、いざ人間のふりをして、出来もしない共存を口にしてみたら、あっという間に力も金も手に入ってきた。
それで、ナールはそう思った。
『本当、愚かな連中だった!』
もちろん危険もある。共存を求めない連中に狙われる事もあった。でも、周りの馬鹿ともは命を張ってまで守ってくれた。
そうして少しの術と当たり障りのない言葉で、ナールは望むものを全部手に入れた。
武器も買い込んだ。魔法使いも魔族も沢山部下にした。同じ理念を持ているだけで、強い人を侍らせることも簡単だった。
『なのに、どうした?』
ここまで来る為に、ナールもそれなりの時間と、精神と労力を費やしてきた。しかし。
『それを一時間も足らず! 全部妙なメスガキに壊された!』
最初にリリを見た時、ナールは名声か権力に目をくらんだ羊が来たと思った。
それなりの美貌と中身があったから、豊満な肉はないけど、色香たっぷり纏う柔らかいこのメスを育てて、食べ頃になった瞬間、パクっとその羊を頂こうとナールは思った。
だが、目の前のリリを見て、ナールは理解した。
羊 は ナ ー ル の 方 だっ た。
「最後に一つだけ聞かせてください」
「え?」
絶望に浸っているナールは突然聞こえてきた声に驚き、間抜けな声が出た。
しかし、ナールの反応を全く気にせず、リリはナールの目を見つめながら質問をした。
「あなたは生きたいのか死にたいのかどっち?」
予想外の言葉を聞き、思わずナールはリリを見上げた。
一体その言葉はどういう意味だったのか。もうこの際どうでもいい。
まだ生きられるのか? まだ生きる道はあるのか?
そう考え始めると、ナールは絶望から蘇り、リリに縋るように、ナールは情けない声を上げた。
「いき、たい、俺は、生きたい!」
「本当に生きたいのか?」
「ああ、もちろん生きたい! 死んだら何でもないんだ!」
みっともないのはナールもよく知ってる。でも嫌だ、嫌なんだ、死ぬのは嫌だ!
「お、俺、なんでもするから。家も会社も金も全部やる! だから頼む、殺さないでくれ!」
必死の声で、ナールはそう叫んだ。
そんなナールを見て、リリはひっそりとため息をつき、そして、ナールを見て、リリはそう答えた。
「ダメだ」
たったの一言で裏切られて、男はみっともなく叫んだ。罵詈、雑言。
しかし、それを聞いても、リリはただ笑い、そして背中へ手を伸ばしながら、リリはドレスのホックを外した。
こんな状態なのに、ナールは自分の視線はリリの体に吸い寄せられた事に気づいた。
段々と顕になる白を見て、その息が荒くなり、気が付くと、ナールは自分の体が熱くなっている事に気づいた。
その熱さは、まるで炎に焼かれているようだ。
「っっあ」
気が付いた時はもう遅かった。
空気がないから、息が荒くなっていた。
室温が上昇したから、体が熱くなったんだ。
そして感じていた炎は実際、その体を焼いている。
それを理解した時、既にナールは炎に包まれた。
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだイヤだ!!!!!」
「安心しろ、もう終わった」
「えっ」
その言葉と同時に、ナールの首は地に落ちた。
何も分からなまま、ナールは息を引き取った。ナールの体に纏わりついた炎は消え、リリの元へ頭が転がっていた。
その頭を見て、それを足で止めた後、リリはナールの体の後ろに立っている者を見て、感心したように褒め言葉を送った。
「いつ見てもすごい技だな、その斬撃。また速度が上がった?」
「それでもあなたの目には捉えてしまうのか。精進せねば」
「もう充分使えるレベルにあると思うけど、君は納得しないのだろうな。なら、次も期待しよう」
「ご期待に添えるよう努力する。こちらは頼まれた着替えだ。それでは、しばし目を閉じる」
そう言い終わると、その者は刀を仕舞い、リリに服を渡した後、すっとその者は目を閉じ、同時に姿を消した。
別に見られても構わないのに律儀だなと思いながら、リリはポケットにある物をテーブルに置き、そのままドレスを全部脱いた。
そして、執事服に着替えて、メガネをかけた後、リリは置いた端末に表示されたメッセージを見て、面倒くさそうに呟いた。
「えっと、あとは過激派の犯行声明を出さないとな」
「それはこちらの仕事だと思ったのだが」
「人間側の声明は君の担当だが、魔族に関しては俺がやるしかない。そうだった、使えるネタも探さないと」
一旦端末を仕舞い、リリは地面に倒れたナールの体を見た。
まだ燃えているのにも関わらず、リリは手を伸ばして、ナールのポケットを探りながら、皮肉を込めた声でリリはそう言った。
「お前はどう思ってるのかは知らんが、お前は共存派として死ぬことになる。大嫌いな平和主義者のまま、お前は死んだ。っと、ちゃんと持ってるな」
目的な手帳を見つけて、リリは僅かについた火を消して、パラパラとページを捲った。そうして中身を全部目に通したら、興味を惹かれる項目を見つけて、リリは笑った。
「そりゃそうだ! 女狂いのこいつがボロを出さずに来れたのは、やはり裏に他のヤツがいるんだ」
「というと、前に言った話のように黒幕はいるのか?」
「いや、断言はできない。真実はこれから検証していくしかない……っと、連絡が来た」
「では先に動く故、失敬」
その言葉が終わるのとほぼ同時に、部屋の天井が閉じ、リリだけが残った。
天井を眺めながら窓の方へ歩き、振動する携帯を手に取り、すぐに通話のボタンを押し、リリは応答を始めた。
「はい、レリーです。……無事成功した、いい土産もある。最後の仕事はこれから……」
そうやって会話を続けながら、リリ、いや、レリーは窓からその部屋を出た。
部屋に残されたナールの遺体の上には、時限爆弾が一つ置かれていた。
それは『チクッタクッ』と不吉な音を発しており、もう少ししたら、ナールは『恋人との逢瀬で襲撃に遭う』という名目で、悲劇のヒーローになる。
しかし、ナールの巻き添えに、周りの参加者が被害に遭うのは望んでいない。その為に、夜会のスタッフに偽り、レリーは最後の仕事を始めた。