7 みんなと楽しく
「本日も晴天なり!」
「いやいや、ここ最近ずっと雨続きだったでしょ」
「ウチはは過去のことは雨と共に水に流したのだ!」
「ほんと、ミクっていつも平和でいいよね」
ミクの元気な発言を聞いて、ユキが呆れたように笑う。私もつられて小さく笑い、青信号になった横断歩道を渡る。
季節は早くも五月になり、それも中旬を終えようとしている。街路樹は青々とした色に染まり、夏の訪れを今か今かと待ち構えている。
一昨日までこの町に雨を降り注いでいた雲は、いつの間にか姿を消して晴天を空に呼び戻した。おかげで今日の青空には雲一つ見当たらない。
「ねえ知ってる? 今から四十年くらい前って、ゲーム機をこんなケーブルで通信して使っていたんだって!」
「え、そうなのー?」
アユがスマホのボタンを押すと、アユが見ていたネット記事の内容がホログラム化して立体的に映し出される。そこには『今時の子どもは通信ケーブルの存在を知らない』と題して、いかにもレトロゲーム風の小さな携帯ゲーム機が二台、ケーブルで繋がれている写真が映っていた。
「小っちゃくて可愛いねー」
「でしょでしょ! わたしのおばあちゃんの家にも置いてあるよ」
「本当に! わたしもやってみたいなー」
「じゃあ、今度遊びに来る?」
「うん、みんなも行くよね!」
私とユキは首肯し、ミクは「やったぜ!」と大はしゃぎしている。ミクは昔からゲーム好きらしく、一年くらい前に家に遊びに行き、プレイ時間を見せてもらった時は驚かされた。
「今はもう、VRとかホログラムばっかりだからね」
二〇四〇年の今、ネットワークの技術はすごい進んでいる。学校で電子端末を使用し始めたのも、十年ほど前からだった。
ちらりと視線を向けた先には、昔図書館だったらしい廃墟が残っている。今は電子図書館という、電子媒体で読むことのできるネットワーク図書館が全国的に広まっていて、紙媒体を見かけることはもうほとんどない。
ゲーム業界も二十年前くらいにVR技術が導入されて以降、どの会社もVR技術に力を入れ始め、最初はただ見えて、ただ聞こえるだけで現実からはほど遠かった。けれども徐々にグラフィックや音質の高品質化、更には触覚や嗅覚にまで手を出し始め、今はVR技術の最盛期と呼ばれるほど進化したらしい。ゲームを起点として様々な企業が広告にVR技術を取り入れ、その発展で立体視ができたり、ホログラムを動かすことができたりする技術まで完成した。
と、この前ミクが熱弁してくれた。私はゲームを全くしたことがないけれど、一年前に初めてVRゲームを体験した時は新世界の果てを見たような気分に陥った。去年はどうしても欲しい服があったから諦めたけど、今年のクリスマスはサンタさんにVRゲームをお願いするつもりだったりする。ちょっと高いから本当に届くか半信半疑だけれど。
「昔、ヘルメットみたいなものを被ってゲームの世界に入り込んで戦うってアニメが流行っていたんだけど、もしかしたらいつかできるようになるかもねー」
アニメに詳しいアユがそう言うと、ミクはうんうんと頷いた。
「そうそう! ウチ、生きている内に絶対やりたいんだよね、そういうゲーム。ネットワークの海の中を自由に走り回って、こう、バッサバッサと敵をなぎ倒す! くー、やってみたーい!」
「でも、あれって本当にできるのかな? わたし、前ネットでその可能性について書いてある記事を見たんだけど、脳に直接刺激を与えるから危険だって書いてあったよ。だから、もしできたとしても普及するのは安全面からして難しいんじゃないのかな」
「ユキりん、夢を持つのは大事なことだよ! 一緒に夢を見ようよ!」
「未玖瑠は現実を見ようね。この前の模試、志望校がD判定だったのをわたしは……」
「わーわー、どうして見ちゃったの! 親にも隠しているのに!」
真っ赤な顔をして必死に試験の言いわけをし始めたミクを見て、私はサッと顔を逸らした。私も自分の学力より少しランクが上の大学を書いて模試を受けたら、同じくD判定だった。勿論、模試の結果は引き出しの奥底に封印してある。
「そういえば、茜は模試の結果どうだったのー?」
「へぇ⁉ わ、私はまあ、いつも通りかな」
不意を突くように、アユが尋ねてきた。聞かれると思っていなかったので、動揺がそのまま言葉に現れる。
「いつも通りってことは、ミクと同じくらいかなー」
「ま、まさかー。私の方が、ミクより頭いいんだよ」
「うぅ、どうしてアカ姉は追撃してくるのかなぁ」
「あ、ごめん、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「でも、ウチよりも高いんでしょ」
「ううん、私もミクと同じD判定だった」
そこまで言って私はハッと我に返った。口元を隠すようにショックを受けた顔をしていたミクであったが、指の間から見えたその口は、ニヤリと歪んでいた。
「そうかそうかー、アカ姉も同じなんだー。仲間だねー、仲間」
「いやいや、未玖瑠ちゃんと茜ちゃんは違う大学を書いてるでしょ」
「いいもーん、結果は同じだもんね! やったー」
何故か喜ぶミクを見て、ユキは頭を押さえた。大声で騒いでいたので、周りの通行人カップルが笑いながら通り過ぎていった。分かっている、勉強しないといけないのは分かっているんだけど。
すると、ポンと頭を叩かれた。何事かと思い、叩いてきたアユの顔を見て首を傾げる。
「やる気スイッチ」
「……ほんと、アユは何でも分かっちゃうんだね」
アユは人差し指を立ててウインクをした。私は叩かれた頭を撫でながら、ついでに頭を掻く。
私が勉強に力が入らない最大の理由は、勉強をする理由が見つけられないことだった。勉強は将来の為にやらないといけないこと、将来必ず役に立つからしないといけないこと。そんなことは、とうの昔から分かっている。
けれども、ずっと抱えている悩みの種。将来やりたいことが見つからない。それにより、教科書に目を走らせていても頭に内容が全然入ってこなくて困っている。
「どうしたの、急に難しそうな顔をして」
急に黙り込んだ私を見て、ユキが声を掛けてきた。別に誤魔化す必要はなかったけれど、気持ちが反射的に働いて、「ううん、何でもないよ」と裏腹のことを伝えた。怪訝そうな顔を浮かべるユキであったけれど、
「あ、着いたよー」
というミクの元気な声を聞いてみんなはパッと顔を輝かせる。
「駅前に新しくできたカラオケ店! 何と今日は、オープン記念で一グループに一つ、パフェが無料で食べれちゃいまーす!」
店の前で両手を高く上げ、満面の笑みで高らかに言った発言を聞いて、各々が「おー!」と歓声を上げた。
今日は快晴に彩られた日曜日。ミクが顔を爛々に輝かせて見せてきた広告に載っていたカラオケ店に遊びに来ていた。
「それじゃ、行きますかー!」
「レッツゴー!」
和気藹々(あいあい)としながら店内に入る三人の背中を眺める。ここにいる三人はみんな、自分の目標を見つけて頑張っている。私の見えない所でも、ひたすらペンを走らせているのだろう。判定が芳しくなくて嘆いていたミクの人差し指にペンだこができているのを私は見つけていた。自分の好きなゲームを我慢してまで勉強に励んでいるミクと、そうではない私のD判定。確かに志望校は違うけれど、ミクのD判定の方が遥かに価値の高いものだった。
「茜、お店に入るよ」
「……うん!」
暗くなりつつある思考を無理矢理吹き飛ばす。勉強に関しては、また明日から頑張ればいい。毎日頑張っていたら、気が詰まってしまう。日曜日くらいは、休んでもいいよね。
心の中でそう言うと、私は三人の輪の中へ再び戻っていった。