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4 流れる日々

 そこで今日の夢は終わった。また、というのは、夢に彼が出てくるとき、必ず彼は同じことを言っているからだった。彼は、青葉祐希くんだった。彼が出てくる夢では、いつも私にとって大切な人が失われる。夢について調べたことがあり、そこには、悪夢を見るのは不安に思っていることがあるからだと書かれていた。もしかしたら、半年前から感じている、妙な孤独感が原因なのかもしれない。けれど、(ぬぐ)えないその不安は、どうすれば晴れるのか、私には全く分からなかった。





***





 河川敷を歩きながら、私は降り注ぐ雨をビニール傘越しに見つめる。今日はあいにくの雨で、朝から心なしか気分も晴れない。今日は何も覚えていないくらい、平凡な夢を見た。けれども、三日前に見た悪夢は、まだ覚えている。手を握り締めると、見えない糸に絡み取られるような、ねっとりとした感覚に(とら)われる。


 その気持ちを振り払うように川の方を見つめると、この前まで満開を迎えていた桜の花びらが、風雨によって容赦なく散らしている光景が視界の端に入った。ふと手を伸ばすと、一枚のくすんだ色の花びらがふわりと横たわった。


「おはよう、(ひいらぎ)


「……青葉くん」


 振り返った先には、青色の傘をさして心配そうに私の顔を見る彼の姿があった。私は花びらを収めた手を背中に回し、力を抜いてはらりと舞わせた。


「どうしたの? すごく暗い顔をしているけれど、何かあったの?」


「ううん、何でもないよ。桜がもう散っちゃうのが少し寂しいだけ」


 嘘は言っていない。桜が散ってしまうのを悲しむ気持ちも本物だし。


 彼はしばらく(いぶか)し気な表情をしていたが、葉桜となりかけている桜の木を見て嘆息した。


「そうだね。もう、春も終わりだね……」


 私はふと、彼の瞳に桜とは違うものが映っているように感じた。まるで過ぎ去った時間の影を追い求めているような。




「何を見ているの?」




 ふと口をついて出た言葉。ちょっと冷たい言葉だったかもしれない。けれど、素直にそう思ったから、無意識的に尋ねていた。


 見つめる先の彼の目が少しだけ細くなる。(かす)かに強くなった風が私の彼に吹きつける。


「何も見てないよ」


 答えは、またいつものはぐらかし。大事なことは何も言わず、それでも、彼は近づいてくる。私は、彼が一体何をしたいのか、何を考えているのか、全く分からなかった。


 もしかしたら、それは彼も同じなのかもしれない。私との距離感を図りあぐねているから、本音とか、隠している言葉を言えないのかもしれない。


 いつもはそこで追及を止めてしまう。けれども、今日は何故だかその先を知りたい気持ちが胸から(あふ)れ出しそうになっていた。


 気持ちが言葉となり、口から飛び出そうとする。


 しかしそれより先に、彼の呟きが耳に入った。


「いつまでも、こうしてはいられないんだよね」


 風の音に流されそうなくらい小さな彼の独り言は、私の耳にも偶然届いた。彼の言葉は、私の中で何度も反芻(はんすう)される。


 誰に向けられたものなのか分からないその言葉は、自分の胸に強く刺さった。頭に過ぎったのは、進路のこと、そして将来の不安。まだ雛鳥でありたいと思う心を、時間は待ってはくれない。今の私のままじゃ、一人で歩いていくことなんて、できるとは思えない。


 ぼんやりとした不安が渦巻いて(うつむ)いた横顔に、急に強くなった風が押し寄せた。河川敷に向けて傘が引っ張られ、わっ、と小さな悲鳴を上げて倒れそうになる。慌てて踏ん張ろうとした左足はふわりと宙に浮かび、右足ともつれる。


 その先に待ち受ける衝撃を予期して目を(つむ)った私の体は、突如ふわりと受け止められた。


「大丈夫?」


 目を開くと彼の顔がすぐ近くにあった。背中には力強い腕の感触がひた走る。男らしい、筋肉のついた腕だった。


「ごめん、ちょっとふらついちゃった。ありがとう」


 傘を放り出してまで自分の体を受け止めてくれた彼に感謝を示して、私はもつれた足首をくるくると回した。足には異常はなかった。けど、心音にちょっと難ありかもしれなかった。


「ちょっと風きつくなってきたね。急いで学校に行った方がいいかもしれない」


 傘を拾い上げ、濡れた髪を払いながら彼は言った。彼の言う通り、風が徐々に猛威を振るい始めている。


「そうだね、って、あれ? 青葉くん、カバンは?」


 彼の手には青色の傘しか握られておらず、もう片方の手には何もない。私を受け止めた時に落ちたのだろうかと近くを見回してみても、それらしきものは見つからない。


 すると、彼はおどけた表情で笑った。


「いやー、実は昨日カバンを学校に忘れてきてしまってね」


「……カバンを忘れるって、どうしたらそうなるの?」


「えっとー。そうそう、昨日急いで家に帰らないといけない用事があって、それで少しでも早く帰るために荷物になるカバンを置いてきたんだ」


「そうだったの?」


 彼のことを日中凝視しているわけではないので、彼が昨日慌てて帰宅した様子を私は目で捉えていなかった。幸い、昨日と今日の時間割は、数学と音楽が入れ替わったくらいの変化しかないので、さほど支障はないと思う。私はカバンよりも、火急の用事の方が気になった。


 そのことを尋ねようとしたけれど、どうにも豪雨になりそうな気配が漂ってきたので、口よりも足を動かすことにした。結局、学校に着く頃には靴と靴下が浸水する不幸に見舞われることになった。

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