3 最近よく見る夢
高校二年生ということもあり、授業内容は一年生に比べて難しくなった。既に大学受験を視野に入れて勉強している人もいる。昼ご飯の時の話題も、進路に関することが多くなってきた。
「アユミンは将来何になりたいの?」
卵焼きを口に咥えながら、四人で机を囲んでいる内の一人、ミクがアユに質問した。
「アユは看護師になりたいんだよね」
「うん。看護師になって、私は沢山の人を助けたいんだー」
昔からよく語っていたアユの夢を先取りして言う私。そんな私を見て、箸をカチカチと鳴らしながら隣にいるユキが苦笑いする。
「茜ちゃんって、ほんとに歩美ちゃんのこと何でも知っているよね」
「茜は幼馴染だからねー」
「付き合いも長いし、ある程度は理解できるよ」
「ある程度―? もっと分かってよー!」
口の中にぱんぱんにご飯を詰め込んだアユがもがもがと喋る。小学校からの付き合いのアユ、そして高校に入ってから友達になったミクとユキ。それに私を含めた四人は、昼食を共にする仲良しグループだった。
そして、アユは学年でも三本の指に入るくらい頭が良かった。その理由が、看護師という夢に向かってひた走る努力だった。その姿勢を見てすごいなと思いながら、自分にはとても真似できないと思っていた。
ポニーテールを揺らしながら、ミクが口を挟む。
「そういうアカ姉はどうなの? 堅実に公務員を目指すとか?」
アカ姉というのは、ミクがつけた私のあだ名。名前の茜を捩ったもので、結構気に入っていたりする。
「私は……まだ分かんないや」
「そっかー、じゃあウチと同じだね! ウチも全然思いつかなくってさ」
「茜ちゃん、面倒見がいいから何でもなれそうだけどね」
「あはは、そうかな……」
どうしよー、と大口を開けて空を仰ぐミクを横目に、私は黙々と箸を進めた。
将来なりたいもの。そう言われて思い浮かぶのは、私には何もなかった。
昔から両親に愛されて育てられてきた私は、何不自由なく暮らしてきた。欲しいものがあれば何でも与えられて、怒られることよりも、褒められることの方が遥かに多かった。仲のいい友達にも恵まれて、喧嘩することよりも、笑っていることの方が遥かに多い。
ずっと誰かに支えられて、ずっと誰かに助けられて生きてきた私は、自分も誰かの為に幸せを与えたい、そう思ってはいるものの、中々将来像が見えてこない。
アユみたいに看護師を目指すのもいいと思った。けれど、それだと何となく自分の意志ではなくて、アユの夢に流されて決めているような気がして、目指すのをやめた。
それ以外にも色々と考えてみたけれど、私が本当になりたいものは見つからず終いだった。でも、幸せを分け与えたいという気持ちは変わらなくて、これまでも生徒会に入ったり、奉仕活動に積極的に参加したりしてきた。
「茜は昔から繊細だからねー。単純に自分がやりたいって思うものを見つけられるといいんだけど」
「そうできたらいいんだけどね」
あはは、と乾いた声が出る。そのトーンが思った以上に暗くて、一瞬みんなが押し黙る。私はすぐにその様子を察して、新しい話題に切り替えた。
「そういえば、最初の体育の授業って何やるのかな?」
話題が変わり、緊張しかけた空気は誰も気づかないうちに弛緩して、再び和気藹々(あいあい)とした空気が教室の一角に流れる。
(いつか、私も夢中になれるものが見つかるかな……)
ひっそり心の中で思った言葉は、風の便りに任せて空高くへと乗せていく。この言葉が天の川に届く頃には、私の願いが叶うといいなという思いを馳せながら。
***
万力で固定されたかのような重い瞼を無理矢理押し上げ、半開きになった視界に映る遮光物を力のこもらない手で開く。その瞬間、南に位置する部屋の中に、朝日が容赦なく差し込んだ。けれども、何年も同じ日差しを浴びている私は動揺することなく、大きく伸びをする。うにゅ、と変な声が漏れた。
目覚まし時計を見ると、六時半少し前を指している。あと数秒で鳴る目覚ましの設定を解除しておく。目覚ましが鳴る前に目が覚めると、何かちょっと得をした気分になる。けれど、今日はそんな気分にはなれなかった。
ベッドから降りて、そのまま箪笥の横に設置してある姿見に自分の顔を覗かせた。やっぱり、と小さく呟く。私は額に滲み出ている雫を手で拭い、手のひらを見つめる。
「またこの夢……」
不快指数を現在進行形で上昇させている、汗ばんだパジャマをパタパタとはためかせた。目が早く覚めたのも、その夢が原因だった。
先にシャワーを浴びよう。そう思って、一階のお風呂場へと足を運んだ。
最近、というか、もっと前から、同じような夢を私は見る。夢の内容なんて、時が経てば忘れてしまう、若しくは記憶にすら残らないはずなのに、どうしてか、この悪夢は記憶に残ってしまう。
今日見た夢は、こんな夢だった。
友達のアユが、目の前で交通事故に遭ったところから始まった。信号無視をしたトラックが、楽しそうにスキップをしていたアユに追突したのだ。それは、本当に突然のことで、私は何もできずに呆然と立ち尽くしていた。でも、私の視点は神の視点であって、二人の様子を俯瞰している状態だった。だから、私は何もできず、ただその惨劇を目の当たりにするだけ。叫ぶ声も出せないまま、視界を閉ざす瞼もないまま。
代わりに周囲の人々が叫び声を上げ、交差点は一時的にパニック状態に陥る。トラックの運転手は自分が起こした事態に気づいていないのか、若しくは気づいた上なのか、そのまま走り去っていく。私はその男に対する憤りよりも、胸を締めつけるような悲しみに包まれる。
うつ伏せのまま倒れたアユの頭からは、とめどなく赤い液体が流れ出て、程なく地面が真っ赤に染まる。私は吐き出せるものがないにも関わらず、嗚咽を覚えた。実体の私が駆け寄り、何度もアユの名前を叫ぶけれど、アユは微動だにしない。救急車、救急車! と周りの人に叫ぶ私の姿は、見ていられなかった。
その時、アユと私の元に走ってくる一人の姿があった。なぜか顔だけはぼんやりとしているけれど、それは紛れもなく男の姿だった。
アユが、アユが、と私は彼に繰り返し言うが、彼は苦し気な表情をして、首を往復させる。救急には電話したけれど、たぶん、助からないだろう、と彼は告げた。その瞬間、私の目から光が消えるのを見た。力なく首を振り、アユの死を否定しようとする私の姿からは覇気が感じられず、目の焦点が合っていないのに気づく。
彼はそんな私の両頬に両手を当て自分の目を見るように顔を向かせると、何度も何度も、必死に私に訴えかけた。どうしてか、私にその声は聞こえなかったけれども、私を必死で立ち直らせようとしてくるのは伝わってきた。しかし私の目に再び光は灯ることはなく、彼が手を離すと、私は力なく項垂れた。
すると彼は立ち上がり、小さく口を動かした。私には、「またか」と言ったように思えた。そして彼は拳を握り締めて、また、こう言った。
「必ず、助けるから」
「夢オチでは落ちれなかった夢の中で少年は世界を救うために立ち上がり、黒幕に踊らされながら現実世界を変えようとした件」もよろしくです!