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最後のBELL  作者: 一関一毅
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第一話

「それじゃ、母さん、鈴斗すずと行ってくる!」

鈴志郎りんしろう、気をつけていくのよ! ゴホ、ゴホッ!」

「母ちゃん! 寒さは体に良くないからちゃんと布団に入ってないとダメじゃないか! ベル兄ぃ、母ちゃんのことは任せて!」

「うん、すぐに持ってくるから留守の間、母さんを頼むね」

 鈴志郎はカゴいっぱいに積んだ野菜を背負い隣町まで歩き始めた。「今日は雲てっていつもより肌寒いな。 薬を買って帰るまで、雨持ってくればいいんだけど」

 鈴志郎たちが暮らす村は、農業をで生計をたてている家庭が多い。そのため、村には病院もなく、薬を手に入れるにも隣町まで買いに行かなくてはならない。鈴志郎は毎朝、家で育てた野菜担いで隣町へ向かった。


「ふぅー、やっと着いた!」

 町の出入口には大きな鳥居が建っており、鈴志郎は町へ入る前に必ず一礼して鳥居をくぐっている。

 町の中心には神社が建てられており、鳥居から神社まで長く比較的広い道が一本通っている。その道の両脇では、毎朝朝市が開かれている。

「今日も相変わらずこの町は賑わっているなぁ!」


「よう、鈴志郎! 母ちゃんの調子はどうだい?」

「おはよう、ベルちゃん! 今日も野菜売りに来たのかい? いつも偉いねぇ」

「あっ、ベル兄ちゃんだッ! 今度また遊んでね!」

 町では鈴志郎はちょっとした人気者だった。隣の村から何かを売りにくる人は、この町では珍しいらしかった。

 道ゆく人に声を掛けられ、それに笑顔で応えていた。

 鈴志郎の周りにはいつも笑顔が絶えなかった。


「いつもありがとう! さてと、今ので最後だ! 今日も全部野菜売れて良かった」

 鈴志郎は荷物を片付け、ふと空を見上げた。

「だいぶ雲が厚くなって今にも雨が降りそうだな。 早く母さんの薬買って帰ろう」

 鈴志郎はいつもお世話になってる町にひとつしかない薬屋に小走りで向かった。

 薬屋に向かう道中、町の人が話していることを耳にした。

「さっきこの近辺で霧が発生したみたいなのよ!」

「あら、やだ! この町は鳥居と神社のお陰で霧が入り込んでくる危険はないけどねぇ。 周辺の小さな村は大丈夫かしら?」

 鈴志郎は、2人の女性の会話を聞いて、家にいる母と鈴斗のことが心配になった。

「こんにちは! おばちゃん、いつもの薬いただけませんか?」

「あら、鈴志郎、いつもの薬ね。あるよ! そうだ、ちょうどよかったわ。 霧が出て町に外出禁止令が出されたのよ! 家のこと心配かもしれないかもだけど、霧が治るまでここにいなさい。 霧の中には人の魂を喰らう狼がいるって噂よ!」

「でも、家に母さんと鈴斗を家に残しているから早く帰りたいけど・・・」

 鈴志郎は、薬屋の玄関先に立ち、空を見上げて「神様、母さんと鈴斗をどうかお守りください」と祈り、はやる気持ちを抑えて、霧が通り過ぎるのを待つことにした。


 霧が晴れたのは、日が山に沈む頃だった。

「おばちゃん、ありがとう! 僕早く村に帰らなくちゃ!」鈴志郎は、足早に薬屋を後にした。

 心のどこかで胸騒ぎを覚えていた。今までこの近辺で霧が発生したことなんてなかったからだ。

「母さん、鈴斗、もうすぐ戻るからね! どうか無事でいてね!」と自分の心に言い聞かせ、足場の悪い林道に入っていった。


 しばらく林道を走っていると鈴志郎の目の前の夕空煙が上がっており、何やら焦げ臭さも漂ってきた。

「何だろう煙が上がってる?! 何かが燃えている匂いもしてきた! 村の方からだッ!」

 通り慣れた林道だったが、暗くなったせいで躓きそうになりながらも走り続けた。鈴志郎の胸騒ぎは、村に近づくに連れてより一層大きくなってきた。

「もうすぐ林道を抜ける! そしたら村だッ!」

 鈴志郎は林道を抜けるとパッと足を止めた。

 目の前に広がるのは、無残にも焼け野原と化したあまりにも悲惨な光景だった。

 焦げ臭さの中に、今までに嗅いだことのない匂いも微かに混じっていた。

 辺りは崩壊した家の下敷きになっている死んでいる村人、火の手から逃げ遅れた人で村は静まり返っていた。聞こえるのは、鈴志郎の走る足音と木材がパチパチと焼ける音だった。

「あぁ、そ、そんなッ!?」

 鈴志郎は大粒の汗を必死に拭い、恐怖で震える両足を一生懸命前へ前へ踏み出し自分の家を目指した。

 頭の中は真っ白になりながらも、母と鈴斗の2人の無事を祈り続けた。


 鈴志郎の目に飛び込んできたのは、火の手から運よく逃れた自分の家だった。

「ハァ、ハァ」隣町から休むことなく走り続けた鈴志郎の体力は限界にきていた。

 家まであともう少しのところで、足が止まった。

「そ、そんなっ! 母さんっ?!」家の玄関先で倒れた母の姿だった。

 鈴士郎の目からは涙溢れ始めた、強張って動かない足を必死に動かしゆっくりと母のもとへ近寄った。辺りには夥しい血が飛びっちっていた。

「母さんっ! 起きてよ! 目を開けてよッ!」冷たくなって鈴志郎の声に反応しない母の体を抱きしめ、自分の額を母の額に押し当てて下唇を噛み締めてシクシク泣いた。


 吐く息は白く、とうとう雨は本降りになった。

 冷たい雨のおかげで、自分を見失っていた鈴志郎は一瞬我に帰った。

「そうだ!鈴斗はどこ? 鈴斗ッ!」母を抱えたまま、辺りを見渡した。

 母の側には、無残にも喰いちぎられた左腕が落ちていた。鈴志郎は、鈴斗の腕だと確信した。なぜなら、喰いちぎられた左手には、母が鈴斗にお守りとしてあげた鈴が握られていた。鈴志郎は、そっと母を地面に寝かせ、鈴斗の腕を自分の胸へと引き寄せた。

「なんで母さんや鈴斗、村のみんながこんな目に遭わなくちゃならないんだぁ!」

「わあぁ!」

 鈴志郎は母の体と鈴斗の左腕を強く抱きしめ、雨が降りしきる中、声を上げて泣いた。


 静まりかえった村に、


 チリーン


 チリーン


 と、鈴の音が響き渡る。

「母さん、鈴斗・・・」冷たい雨に打たれ、泣き続ける鈴志郎の後ろから一人の初老の男がゆっくりと近づいてきた。

 その男は、差していた傘をそっと鈴志郎の頭上に差し出し、一言呟いた。

「坊主、お前からはどこか懐かしい音色が聞こえる。 名は?」

 母の骸を抱きしめて、声を絞り出すようにその男に返した。

「鈴・・・志郎」

「鈴志郎か、いい名だ」

「おじさんは、誰?」

かけい 弦斎げんさい。 霧を追ってここの村へ来た」

「鈴志郎。 母ちゃんをそのままにさせる気か? 静かな所で寝かせてやれ・・・」

 鈴志郎は弦斎の一言で、さっきまで声に出して泣いてた鈴志郎は唇を噛み締めて涙を堪えた。

 母の骸をその小さな背中に担ぎ、弟、鈴斗の左腕を口に咥え、家の中に移した。


 弦斎が家の前でしばらく待っていると、鈴志郎が無言で荷物を担ぎ出てきた。

 その手には、鈴斗の鈴のお守りを握り締めて。

「鈴志郎、別れは言ったか?」

「・・・うん」


 鈴志郎は、火に包まれる自分の家をしっかりと目に焼き付けて弦斎に言った。

「僕、とうとう一人になっちゃった。 母さんも鈴斗、そして村のみんな・・・」

「いや、お前は一人じゃない。 これからお前はどうする?」弦斎は横目で鈴士郎の顔をチラリと見て、炎に包まれる鈴志郎の家を見て問いかけた。

「僕は・・・。 母さんや鈴斗を殺した奴らを絶対に許さない! だから、強くなりたい!」右手に持った鈴を握りしめて、こみ上げてくる悲しみを押さえ込んだ。

「鈴志郎、これも何かの縁だ。 それにお前の音色は、一片の曇りもない綺麗な音を奏でている。 自分自身を守れる程度の剣術なら教えてやれるぞ」

「剣・・・術? 僕が?」突然の弦斎の言葉に、呆気にとられていた。

「死ぬほど辛い修行になるがな」

 

鈴志郎は、クルッと弦斎の方へ体を向けて、力強く一言を発し、一礼した。

「よろしくお願いしますッ!」

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