夢現
「俺の願いは......」
常闇から浮上した意識は夢で起きた誰かの問いに答えるべく口にするが、願いは確かにあった筈が何故か答える事が出来ず、寝汗で濡れた部屋着が肌に張り付き覚醒して真っ先に不快感に襲われ顰めっ面になり、気だるげに脱ぎ始めると同時に布団から出る。
「はあ...シャワーでも、浴びるか」
自分の願いは、果たしてなんだったのだろうか。そして、誰に対して答えようとしたか。さっき見た夢。所詮、夢は夢でしかないのに何か妙な引っ掛かりを憶え、モヤモヤしたすっきりしない頭と寝汗の事もあり、彼は壁掛け時計を見やると時間に余裕があることを確認してから誰に云うまでもなく呟き、脱衣室へ向かう。
シャワーを浴びて、制服に着替えようとするが置いた筈の場所に制服が無く代わりに着物が置いてあるのに気付き、不審に思いながら着物に手を伸ばすのと同時か学園中に放送が響き渡る。
『御早う、諸君。私は、去年から新しく入った山口校長です』
「?! はっ? ......校長、変わったんだっけか?」
去年から? と聞き慣れない声と去年から居た。変わったというのに自己紹介を放送を通して改めて云っているのに違和感を憶えてまるで聞き返すように憶えてないことに戸惑っているような声音で呟く。
そもそも、何で放送越しにやるんだ? 否、放送越しの方が長々と校庭で話されるよりはマシだ。そう思うのにどうしようもなく先程から違和感を感じてしまう。それにこの着物。
此れは、さっき夢で自分が着ていたのと同じ。否、自分というには今よりも大人で明らかに成人している自分だ。だから、似ているだけで違う。と心の裡で言い聞かせるように何度でも違うと云う。
そう思わなければこれがまるで前触れ。この先、嗚呼云う結末に辿り着くと告げているようで無意識に得体の知れぬ恐ろしさからか手が震え、思うように着物が取れない。
「...、...俺が諦めるまでか。この結末を変えるまで何回も、何度でもやる」
得体の知れぬ恐怖があるも、思い出したように夢で云っていた言葉を徐に紡いだ。紡いでいけば行く程得体の知れぬ恐怖は薄れ、この着物が自然に自分のだと云えるようになるから不思議だ。
不思議な感覚の中、着物に袖を通し着物の着方等知らない筈が何故か慣れた手付きで着物を着こなすが、其所で不意にこのまま学校へと行って良いのか。と疑問に思う。
「かと言って......今から学校に申請するのも、な」
そんな時間はもうない。否、学校に行くのだから、行ってから教師に何か云われたら申請するのも有りか?とどっちみち変わらないのに口にしてから気付いたのか、この事に最初っから気付かない自分に対して苦笑いを浮かべる。
だが、学校鞄を手にした時、この服装と合わないと感じて手にするのを止め、何を思ったのかスケッチブックを手にしシャープペンを手にすれば、更々と慣れた手付きで何かを描き始めた。
彼が描き上げたのは鳩が手提げをぶら下げている絵、鳩と手提げの下に学園の名と自分の名と行き先を書き記す【能力特化学園 鴇永 空の机まで】と付け足した絵に空は息を吹き掛ける。すると、絵だったものは実体化しまるで生きているかのように動き出す。絵は実体化したからか描いた痕跡が消えていく。
描いたものが実現・実体化する能力で能力の名は【絵現】と云う。空は絵現と後2つ能力を持っていた。其れは書いたものにのみ書いた内容が本当になる能力で能力名は【有筆】。そして、もう1つの能力は空自身も知らないので現時点で使える能力は2つで、学園から認知されているのも2つのみだった。
空は絵現した目の前に居る白黒の鳩を見たのち、その手提げに今日使う教科書やノート、筆箱を入れてから窓を開ける。
「んじゃ、頼む」
鳩をゆっくり言葉と共に一撫ですると、鳩は空の言葉を理解したようにこくっと頷き、外へ羽ばたいて行った。その様子を見送った後、自分も学校へ向かうのか身を翻して玄関へ学校へと向かう。
階段を下りて真っ先に目に飛び込んだのは、目の前にある建物が洋から和に変わっていた。其れも何だか時代劇......否、戦国時代にあるような建物に変わっていて、空は え?とまだ夢の中かと目に映る光景が信じられずに瞬きを数回して目を擦る。しかし、目の前の光景、景色は変わらず現実だと悟る。
「あー...確か、放送で江戸時代を再現したとか何とかって云っていたような?」
聞き流していた放送の内容を思い出したのか、納得はしたもののこうも建物まで夢で見た光景と一緒だと愈々、現実味が帯びてきた為か、素直に凄いとか驚く事も出来ず覇気のないやけに冷淡とした口調で興味無さげにしかし、確信を持って云えないので疑問系になりながら自身の後頭部を無意識に掻いた後、放送に耳を傾けつつ歩き始めた。
『吉井先生の能力により昨夜で建物、学校等の建築物を作り、私の能力、時間旅行と複写で復元し風景までも当時のを再現して忠実に......嗚呼、生活に支障ない程度になって居るので、ガス・水道・電気、浴室・トイレは今まで通りに使えるようにしているので__』
「はー、放送越しで正解______っ?」
学校へと向かいながら放送を聞いていたが、長い。まだ聞いてから其ほど経ってない筈が聞き飽きたと聞き手に回る。聞くのが億劫になってしまうくらい酷く関心の得ないものでため息にも似た吐息を吐いてからこんな長話、校庭か体育館で聞かされていたらと思うと、違和感はまだ拭えないが、ただ棒立ちしながら聞くよりは幾分マシだと云うように声に出すも、その途中で背中に突き刺さるような視線を感じて固唾を飲む。
ピリピリと張り詰めた空気に一瞬して変わり、明らかに好意的じゃない視線。殺意を含んだ視線。だが、誰かに憎まれるような事はした覚えがない。
しかし、自分の知らない内に誰かに恨まれる。憎まれたり嫌な思いをさせたりなんてこの世界ではよくある事。その類いだと思いはするも、矢張身の覚えがない事だからか。段々歩くペースを早め、曲がり角に差し掛かれば直ぐ様、駆け出した。