紅き目覚め
太陽が登って沈んで、何もかもが丸くて、何もかもが転がりながら巡っている事に気付いたのは、高校に入学して初めての秋。涼しくなった頃の事だった。
先日知った“神無月”と言う言葉の語源は神様が皆出雲大社に行っちゃう月だかららしい。逆に出雲の国では神有月と言うらしい。
今はその神無月が始まって5日。10月5日の朝だ。
世界はこんなにも赤くて、街は骸骨の下顎みたい。空に浮かんだ2つの月の片側には、トロリとした液状の黒目がへばり付いている。
――時は遡り5日前。
異変に気がついたのは、起床時に目覚まし時計の脳天をカチ割った時だった。掌の柔らかい部分に突き刺さる目覚まし時計は、いつのまにかに目覚まし時計の様な生き物にすり替えられていた。
押し潰されたそれから飛び出した脳漿が、ガサガサに風化している俺の布団を汚す。
脇に置かれていたスマホは何故か電源が入らない石板となり、自室は数百年間ほったらかしたように埃と蜘蛛の巣の様な物に支配されていた。
「夢じゃないよなぁ」
独り言を言いつつ、自室のドアを開ける。
その先に広がるのは予想通りのボロボロなリビング。
何かに使えるかと包丁を取り出そうと、キッチンの引き出しを開ける。すると、元は包丁だったかもしれない錆の欠片がバラバラに散っていた。これでは武器になりそうにない。
気を取り直して玄関のドアの前に立つ。
そして、その覗き穴から外を眺めると、見渡す限りの廃墟が見える。そこには見慣れた街の終焉の姿があった。
空は赤く、夕陽の色をしていたが太陽は真上に有り、この状況が普通ではない事を教えてくれた。
……勿論人なんて歩いていない。
だが、その代わりに10メートルはある恐竜みたいな生き物や、ムカデと蜘蛛を混ぜた様なグロテスクな虫がわんさかと沸いていた。
覗き穴の向こうを形容すると“地獄”と言う言葉が1番似合うのではないかと思う。
恐怖と混乱と共に覗きを止めた俺は玄関にある姿見の鏡を見る。
くもりを袖で拭き取ると、両親に「おやすみ」と言って寝る前そのままの俺の姿が映っていた。特に変わった事はない。
「さて、どうするか」
鏡に問うと、鏡の俺はニヤリと笑ってこう答えた。
「どうも出来ねぇよ。お前は死んでもその世界を永遠にさ迷うんだよ。俺の代わりにな」