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特務機関


「聖都征伐隊特務機関?」

「そう。それが今日からレイくんが所属するものの名前さ」


 征伐隊の特務機関。

 嫌な名称に嫌な言葉がくっついている。


「業務内容はいたって簡単だ。征伐隊の手に負えない相手を代わりにする。それだけさ」

「随分と遠回しに言っているが、そいつはつまり、手柄はみんな征伐隊のものってことだろ?」

「仰る通り、否定はしないよ。征伐隊はいわば表側、聖都を護る華やかな花形だ。対して、特務機関は裏側。その活躍は明るみに出ないし、決して華やかとは呼べない。こうしてキミを引き入れようとしているのも、人員が足りなくなったからだと告白しておこう」

「あけすけだな」

「事実だからね」


 澄ました顔で、アルカードは言う。

 征伐隊は聖都の花だ。その活躍は絶対的なものでなくてはならない。仮にも征伐隊に敗北があってはならない。あったとしても、それを衆目に晒してはならない。

 疾く、秘匿し、敗北をなかったことにしなければならない。

 そのための特務機関であり、名誉や栄光とは無縁の組織だ。

 だから、俺のような半人半鬼――その強さに訳のある人員が、必要になってくるのだろう。訳もなく強い人員を集められるなら、直接的に征伐隊の戦力を増強すればいい。

 それが出来ないがゆえの苦肉の策が、特務機関なんて組織の存在を許している。


「でも、そのぶん報酬には期待してくれていい。征伐隊の正規隊員より給金はいいし、ボクの権限で叶えられる範疇のことは、出来るだけ叶えてあげよう。まぁ、そう頻繁にとは行かないだろうけれどね」

「なるほど。金払いがいいのは良いことだ。待遇も……思っていたよりは随分いい。俺からは特に不満はない」


 名誉や栄光なんてものは、どうだっていい。

 それは人に与えられるもので、鬼には不要なものだ。

 欲しい奴にくれてやればいい。

 俺には居場所と、生活できるだけの金があれば十分だ。


「カーミラの言いつけ通り、あんたの下で働いてやるよ。アルカード」

「それはよかった。彼女の弟子だなんて言うから、どんなひねくれ者がくるかと構えていたけれど。そんな心配などいらない素直で良い子なようでよかったよ」

「皮肉か? そりゃあ」

「とんでもない。心から思ったことを口にしただけだよ」


 ひどく優しい声で、アルカードは言う。

 人類史にたびたび登場する人たらしと呼ばれる者は、きっとみんなアルカードような奴だったのだろう。

 その声音で人を絆し、その言葉で人を誑かす。

 末恐ろしいったら、ありゃしない。

 カーミラはかつて、アルカードのことをこう言っていた。

 頼りにはなるが、いまいち信用ならない男だ、と。

 その言葉に、どうやら偽りや誤りはなかったようだ。

 優しくて、心地よくて、暖かい。

 だからこそ――無条件でそうしてくれるからこそ、信用ならない。


「おっと、そうだ。早速だけど、レイくんにはパートナーに会ってもらおうかな」

「パートナー?」

「基本的に、二人一組で事にあたってもらうことになるからね。彼女は強いよ、なんと言っても、ボクの弟子だからね」


 自慢気な顔をしたままアルカードは、ふらふらと部屋から退室する。

 することのなくなった客室で、カップの紅茶をすすりながら待つ。

 それからしばらくして、アルカードが戻ってくる。

 その後ろに、一人の少女をつれて。


「紹介しよう。キミと同じ半人半鬼のハーフヴァンパイア。その名を、ユイと言う。実力のほどはボクのお墨付きさ。彼女の弟子たるキミと一番、相性のいい子を連れてきたつもりだ」


 黒々とした長い髪。吸血鬼特有の白い肌。顔付きは、やや幼い印象を受ける。

 いや、他からみれば、大人びているという者もいるだろう。

 俺がそう思うのは、ひとえに比較対象がカーミラな所為だ。

 カーミラは色々と、完成しすぎていて、それが基準になってしまっているから、所々で困ったことになる。

 目が肥えているというか、常に美術品を眺めていたような、そんな感覚に陥ってしまう。

 とはいえ、だからといって、その他のすべてがカーミラより劣っている、など言うことは決してないのだけれど。

 カーミラは見た目こそ完成されているし、その強さも想像を絶するほどだが、いかんせん内面のほうが色々とアレだ。

 簡単に言えば、性格に難がある。


「……よろしく」


 そんなユイは、だが視線を合わせてはくれない。

 目を逸らしたまま無愛想に、そう言った。

 初対面だと言うのに愛想がない。拒絶されることには慣れているが、しかし、顔を合わせてからまだ一分と経っていないのに、いくら何でも早過ぎないか?


「なにか怒らせるようなことしたか? 俺」


 思わず、視線がアルカードのほうへと向く。


「いいや、キミはなにも。ただ言ったろう? 足りないんだよ、人手が」

「あぁ……そう言うことか」


 仲間が戦死したからこそ、代わりとして俺という存在がきた。

 傷心の中、気持ちの整理もつかないままに対面したのだろう。

 むしろ、これでも愛想よくしてくれていると思うべきだ。


「どうか悪く思わないでほしい」

「いいさ、べつに。心境の察しくらいつく」


 気持ちはわかる。

 親しい者がいなくなる悲しみや孤独、喪失感は痛いほどよくわかる。

 死者と、無能力者を嫌忌するのとでは、また違うのだろうけれど。


「まぁ、上手くやるさ」


 カーミラの言葉が、また脳裏を過ぎる。

 お前は鬼として立派に成長した。だから、今度は人間的に成長してみせろ。

 すでに、あの日に、捨てたはずの人間性を、取り戻せと言われた。

 そのために、ここにきた。

 行く末なんて、それこそ神様にしかわからないことだが、一人前の人間を目指して気張るとしよう。



「夜分遅くに申し訳ないが、早速キミたちに頑張ってもらうよ」


 ユイとの顔合わせを済ませた、その夜のこと。

 アルカードに呼び出された俺たちは、矢継ぎ早にそう告げられた。


「聖都の西方面にある森に、巨大な魔物が現れた。その姿形から、今朝にレイくんが倒して見せた魔物の成体だと思われる」

「成体? なら、あれは幼体だったってことか?」


 それにしては随分と図体が大きかったが。


「そうなるね。だから、その幼体と五部の戦いをしていた征伐隊には、当然手に負えないんだ。いまも征伐隊は奮戦しているが、魔物を聖都に近づけさせないようにするのがやっと、と言ったところだろう。時期に、敗走してしまうに違いない」

「そこで俺たちの出番って訳か」


 俺から見て巨躯に見えていた魔物が、実はただの幼体だった。

 なら、成体はいったいどれほど巨大なのだろうか。

 そいつを相手に、精神状態がよろしくないユイと二人だけで、か。


「――わかった。私たちでその魔物を倒す。征伐隊には下がるように言ってくれ」


 しかし、脳内に浮かべた不安要素を否定するように、ユイは力強い口調で言う。

 その表情に今朝のような影は、すでにない。

 気持ちの整理がついたのか、それとも仕事だと割り切っているのか。

 どちらにせよ、ユイがこの調子なら気兼ねなく戦闘に集中できる。


「レイくんもそれでいいかな?」

「あぁ。異論はない」

「よろしい。では、行って来たまえ。キミたちの生還を、ボクはここで待っている。美味しいお茶を淹れてね」


 会議室を後にし、俺たちの爪先は同じ方向を向いて歩き始める。


「よう。まともに戦えそうか?」

「私は仕事に私情は持ち込まない主義なんだ。戦闘に支障はない。そっちこそ、きちんと戦えるんだろうな? 私はそっちのほうが心配だ」

「言ってくれるな。上等だ、見せ付けてやるよ」


 互いに発破を掛けあい、件の魔物のもとへと急ぐ。

 これが聖都征伐隊特務機関としての初陣だ、気合いを入れて挑むとしよう。

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