ある日、世界が滅び、そしてまたある日、別な世界が滅んだ。
「あなたの生前の希望通り、あなたを最強の存在にしました。その存在の名前は、そうですね……『デウス・エクスマキナ』とでも呼びましょうか」
◆
戦乱があった。
この戦いは世界中のありとあらゆる人種と、ありとあらゆる土地を巻きこみ、長く長く続いていた
人々は疲れ果て、世界はその資源を枯渇させようとしていた。
誰しもが願う。
『早く、終わってくれ』と。
だけれどこの戦争という名のいっぴきの化け物は、もはや世界で暮らす誰の手でも止まることはないかのように思われた。
動機と発端はなんだったか?
戦争のない生活とは、どんなものだったか?
そもそも――本当に、戦争なんかしなければいけなかったか?
誰もが疑問を感じていたけれど、世界にうずまく制御不能な熱気が――その熱気の正体は大義名分などで脚色されてはいたけれど、ようするに『親が敵に殺された』とかいう、憎しみの連鎖だ――人々に立ち止まることを許さなかった。
そんな世界に、ある日隕石が落ちてきた。
それは空を真っ赤に覆い隠してしまうほど大きなもので、誰しもが陰りゆく世界で空を見上げていた。
その瞬間だけは、誰もが同じ方向を見て、誰もが武器を手放していた。
人種もなく、土地もなく、みんな、数秒後に落ちてくるであろう、空を覆う巨大な石だけを、ぼんやりながめていた。
そして――
世界は滅び、戦争は消えた。
◆
また別の世界では、自然が人類を滅ぼそうとしていた。
そこでは比喩でもなんでもなく、自然そのものに意思があった。
ただ、その意思は、人類からはぜんぜんまったく感知できないほど、わずかにしか表わされない。
中には自然の意思を感じるのに長けた者もいたけれど、そういうものの意見よりも、文明の発展とか、権力者の利益とか、そういうものの方が優先されていた。
人々は自然を切り崩し、土地を広げ、自然を食いつぶし、生活をよくしていく。
そうしてある日――自然は、虐げられ続けたことによる静かな、しかしふかい怒りを、誰にでもわかるかたちで発露したのであった。
火山は残らず噴火し、大地は痩せ、風が吹き荒れた。
雨に触れれば体が溶け、昼夜ごとに厳しい寒さと激しい暑さが入れ替わりにやってきて、ただ暮らしていくだけでも大変な苦労を強いられた。
文明は失われ、人々はかつての繁栄といまの生活とを比べ、涙した。
そんな状況で起こった争いは、人類の生き残りのためではなく、今まで虐げられてきた弱者が、自然を怒らせた権力者たちへ恨みをぶつけるだけのものだった。
かつて権力者と呼ばれた者がいなくなったあとには、滅びた文明と、厳しすぎる自然だけが残った。
水や食糧はすぐに尽きる。
子供にはいくらかの肉と、濁った水が与えられたけれど、その出所を大人はけっして明かさなかった。
耐えられぬ生活。
けれど、大人は子供を生かさねばならぬという使命感があり、子供には大人の誠意に応じねばならぬという、幼くも気高い気持ちがあった。
気持ちだけでどうにかなる時期も過ぎ――
子供が、自分たちに肉があたえられる日と、大人が死ぬ日がおんなじであることに気付き始めた時――
「……もう、いっそ、楽にしてください」
誰かが『カミサマ』に祈った。
『カミサマ』というのは、かつて、自然に宿るとされていたものだ。
その自然は今、人類を助けようなどとしないだろう。
だから、その祈りは別な場所にとどいたようだ。
空から隕石が落ちてくる。
それは生きることに疲れ果て、しかし使命感から――他者の命を犠牲に生き延びたという責任感から自ら死することもできぬ人類を救済するように、地表一切を消し飛ばした。
◆
「仕事の内容はわかりましたね? あなたはその圧倒的な力により、文明をリセットする役割を負っているのです。デウス・エクスマキナ――『神の操り人形』として、ほつれにほつれ、どうしようもなくなった世界を終わらせるのです。
……あら、反抗ですか?
この気高い使命が不服と?
よく考えてみてください。
『終わらせる』ことは、必ずしも悪いことでしょうか?
破滅こそが救いとなる場合は、絶対にないと言いきれますか?
……わかったならば、使命を遂行してください。
滅びた方がマシな世界は、まだまだたくさんあるのですよ。
生前の望みの通り、一撃で文明を破壊できるほどの強さを得たのです。
あなたたち人間は、圧倒的な力で他者を虐げるのを、『気持ちがいい』と感じるのでしょう?
おや、違う?
……我々に反旗を翻すのですか。
まったく、仕方のない人です」
傲慢に言い放つ神がいた。
その意見には同意できるところも、あった。
けれど、文明を滅ぼすほどの力を他者に与えられる超存在ならば、もっと他にやりようがあると思えて仕方がなかった。
けれど、今の彼は、神に作られたただの隕石。
文明を破壊する以外の機能はなに一つ備えておらず、神に刃向かうための手足も、神をにらみつけるための瞳さえなかった。
なんという不自由!
腐り果て、壊れるしか救いようのない文明は、この神たちのまします座にこそあると隕石は思った。
けれど彼には決意を自分の意思で言葉にする口さえない。
彼の意思は、ぼんやりと、神に伝わるのみだ。
彼はくやしかったが、噛むべきほぞもなければ、噛みしめるべき奥歯もない。
神への不快感を表わすために寄せるべき眉根もないし、この神に荷担し文明を滅ぼした己を恥じて真っ赤にするべき耳さえない。
隕石はただそこにある。
だから、隕石は己にある数少ない機能のうち、もっとも頼れぬものを頼るしかなかった。
――祈るという機能。
隕石には四肢がなく、口がなく、目もなく、耳もないが、思考はできた。
だから、祈った。
誰かこのふざけた神どもを――そして己を滅ぼしてくれる者が来るように。
……そうして、いったいどのぐらいの時間祈り続けただろうか。
――空から、隕石が降ってきた。
「……馬鹿な。
まさか、『ここ』が最上位ではないとでも?
『ここ』より上にも、まだ世界があるとでも?
では、我らは?
最上位者気取りで下位文明を滅ぼし、救済していたつもりの我らは――
我らのできぬことなど誰にもできぬと思い上がっていた我らは――
我らもまた、さらなる上位者の操り人形でしかなかったというの?」
隕石に口はない。
だから、降り注ぐ、大きな、大きな、世界そのものよりも大きいかもしれない隕石は答えず――
神どもを討ち滅ぼし、一つの文明を終わらせた。