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モザイクな幸せ

人を始め生物の遺伝子は個体ごとに多かれ少なかれ変異がある(個体変異)。個体変異は、世代ごとに両親の遺伝子が混ざり合い、分割される有性生殖に仕組みによって起きる。これは長い進化の過程で生物が獲得した特性である。個体変異が多いと、環境の激変などにより、多くの個体が死に絶えても、必ず生き残る個体がある。例えば、あのエボラ出血熱でさえ、感染しても症状のでない人がいる。また、どんな新規の強力な抗生物質でも耐性菌が必ず出てくる。これは、個体変異の賜物である。


人は生まれ持った遺伝子の中で生きていかなければならない。人の顔に同じものないように個体変異は明らかに存在する。顔は表現型だから分かりやすいが、脳の遺伝子にも、内臓の遺伝子にも、筋肉・骨格の遺伝子にも個体変異がある。だから、長寿、短命、高血圧になりやすい、高血糖になりやすい、がんになりやすい人がいる。


頭が良い、運動能力が高い、絵がうまい、演奏がうまいなど、優れた能力を持っている人はいる。ただ、すべてを兼ね備えている人はいない。また、ある優れた能力はあるがそれ以外は全くだめな人もいる。すべてをほどほどにできる人、半分くらいはほどほどにできるがあとの半分くらいはあまりできないなどなど。実に個々人の能力は様々で、それぞれ1枚のモザイクの絵のようになっている。


各人の個体変異(体力、能力)がそれぞれ1枚のモザイクの絵であれば、その人生もモザイクの絵のようになるのは当然ではないだろうか。幸せは人それぞれの満足感だから定義が難しいが、すべての面で幸せなどありえないし、すべての面で不幸もありえない。だから幸せもモザイクの絵なのかもしれない。そして、いつまでもそのモザイクな幸せが続くということもない。人は老い、時は流れる。栄光と挫折は裏腹。人間万事塞翁が馬。人生行って来いかもしれない。


中庸という考え方がある。意味は、かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること。また、そのさまとある。ほどほどの才能でほどほどの幸せが一番かもしれない。


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