・お泊まり会②
遠い親戚が、夏休みという事で遊びに来ている。正直かなり不安だった琴羽の従姉設定はあっさりと通用し、二人は和気あいあいと琴羽と談笑している。
ここさえ切り抜ければもう勝ちだ。とりあえずこれで、変な情報をばらまかれなくて済むだろう。
四人分の麦茶が入ったコップを盆に乗せ、賑やかなリビングへ戻る。談笑は盛り上がっている様だった。
「へぇ。なら夏休みの間はずっとこっちにいるんだ」
輪が麦茶を手に取りながら言うと、琴羽も麦茶を取って、
「はい、そうですね。とりあえずは」
「じゃあ女の子同士、仲良くしましょう」
乾杯と、二人のコップがぶつかり合い小さく音を立てる。
「にしても羨ましいぜ、こんな可愛い娘と同居なんてよ。いつ間違いが起きるかわからないし、ここは俺も一緒に――」
「間違いなんか起こらんし、起こすとしたらそれはお前だ」
もしくは……いや、ないか。いくらあいつが俺の事を好いていようと、流石にそんな。チラッと琴羽の方を見ると、目が合った。
「安心して下さい翔太さん! 私、自分からするよりされる方が好きですから!」
ゲホッ! 思わず麦茶を吹き出しそうになるのを必死に堪える。お前はなにを言っているんだ?
「ワオ、琴羽ちゃんったら大胆ねぇ」
口笛を吹かしてにやつく輪。
「黒光さんってもしかして、翔太の事好きなの?」
ワナワナと狼狽える和真に対して、
「はい」
琴羽は間髪入れずに即答。
和真はまるで、鳩尾にボディーブローを食らったかのように膝から崩れ落ちうずくまった。その姿があまりに惨めなので、俺も少なからず同情してしまう。
「あの、和真さん? 大丈夫ですか? ひょっとして具合悪いんですか?」
うずくまった和真に駆け寄り、心配そうに背中を擦り始める琴羽。天然過ぎだろ。
「うぅ……黒光さん、ありがとう」
「いえ、そんな。あ、ちょっと失礼します」
そう言って琴羽は自身の額を和真の額にくっ付ける。
「熱は……ないようですね」
瞬く間に和真の顔が茹で上がり真っ赤に染まる。琴羽、もう止めてやれ。そいつはもう限界だ。
「ありがとう! もう大丈夫だから!」
勢い良く立ち上がると、和真は慌ててリュックサックから筆記用具やらプリントやらワークノートを取り出し、テーブルに広げた。強引に流れを変えたな。
「それよりよ、まずは宿題だろ! さっさと終わらせようぜ!」
「そうね、賛成~」
続いて輪も、のんびりと手提げバッグを漁り始めた。
仕方ない、俺も手伝ってやるか。
「え、なにお前。もう終わってんの!?」
「嘘でしょ!?」
さも驚いた様に、和真と輪が顔を見合わせる。君達、少し失礼じゃないかな。
「頼む翔太、手伝ってくれ! ほんのちょっと! 一瞬! 一摘まみ!」
「翔太、私もお願い!」
二人は手を合わせて必死に訴え掛ける。凄い迫力だ。まあ無理もないか。藁にもすがりたいという時に、俺という名の救命具が投げ込まれたのだからな。
「わかったから、ちょっと待ってろ」
こんな状態にある二人の頼みを断れる訳もなく、俺は自室に置いてある既に終わらせた課題を取りに行こうと、階段を上るのだった。