・謎の少女
俺が少女に続いてリビングへ入った時には、少女は既にキッチンにいた。いつの間にかピンクのハートがまばらに入ったエプロンを着て。
「えっと……何してるの?」
何から突っ込めば良いのか分からないので、今一番に思った事を聞いた。すると、少女は可愛らしい笑みを俺に向けて言う。
「はい! もう夕食の時間ですので。――あ! しょうが焼きで大丈夫ですよね?」
「え、あ、うん」
「すぐ作りますから、翔太さんはくつろいでて下さい」
そう言うと、少女はテキパキと調理に取り掛かった。
これはどういう状況だ?
そんな疑問を胸に、俺はソファーに座る。
そうしてただ呆けていると、
「翔太さん、出来ましたよー!」
少女の声が聞こえたと同時に、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。
ダイニングへ行くと、テーブルの上には立派な料理が並んでいる。
「……すごいな」
思わずそんな言葉が漏れる程美味しそうな料理。
俺の言葉を聞いた少女は、口の端を限界まで吊り上げている。
「ささ、どうぞどうぞ」
少女は席を引き、座るように促す。言われるがまま席に着くと少女も向かい側の席に着く。
「い、いただきます」
とりあえず夕食を済まそうと、しょうが焼きを口に運ぶ。
「……うまい……」
「本当ですか!?」
「あぁ、うまいよ。すごいな、これなら母さんとタメ張れるぞ?」
「そんな、もったいない言葉です!」
これは驚いた。実は母さんは料理上手と言う事で近所で有名だ。それはもう、そこいらの店よりは確実にうまい。まさかその母さんと同等の料理を出されるとは思わなかった。
「母さんに会わせたいな。きっと喜ぶぞ」
「そうですね。お義母さんにはまだ及びませんが」
「謙遜すんなって。これなら充分……って違う! 後お義母さんって何だよ!」
危ない危ない。向こうのペースに乗せられるところだった。
「え? あぁ、確かにまだ早いですね。翔太さんもまだ十七歳ですし。この話は高校を卒業するまでお預けですね」
「…………」
恐らく俺の今までの人生で、今日と言う日程疲れた日はないだろう。
「――で?」
「はい?」
「しらばっくれてんじゃねえぞ!? ネタはもう上がってんだよお!」
「うぅ……翔太さん怖いです」
困惑を全身に漂わせる少女。俺は溜め息混じりに改めて問う。
「じゃあまず、名前は?」
少女は顔を上げ、また眩しい笑みを作り名を述べた。
「黒光琴羽です! よろしくお願いします!」
琴羽……やはり初対面だ。学校にもいない。謎だらけだな。
咳払いをして、次の質問に移る。
「目的を言ってくれ。何故ここに来たか。何故俺を知っていたか」
俺の問いに琴羽は一瞬顔を伏せたが、またすぐに元に戻り答えた。
「目的は、ここに来たのは、翔太さん。あなたに尽くす為です」
琴羽は笑っているが、その目からは冗談じゃない事がすぐに分かる。
「何故翔太さんの事を知っていたのか。それは……翔太さんが私の恩人だからです」
突っ込みを入れたくなったが、琴羽の雰囲気が変わったので、俺は言葉を詰まらせてしまった。
「「気持ち悪い」「汚い」「死ね」……私を見た人は、大抵そんな事を言います」
「……は? 何言って――」
琴羽は俺の言葉を無視して続ける。
「酷い時は本当に殺されかけました。……怖かった。苦しかった。悲しかった。私は生きていちゃいけないの? 何て良く思いました」
聞いちゃいけない事を聞いてしまったか。今更ながら僅かに罪悪感が沸き出る。
「もういつ死んでも構わない。そう思いながら生活していました。そんな時です、翔太さんに出会ったのは」
「え? 俺?」
急に自分の名前が出てきた事に驚いて聞き返してみる。琴羽は大きく頷いて話を戻す。
「初めてでしたよ。私にあんなにも優しく接してくれた人は。本当に……本当に嬉しかったです」
琴羽は目を閉じ、感慨深そうに語る。
「この人の為に生きたい。この人の役に立ちたい。私は生きる希望を取り戻しました。……まあ、それからちょっとありまして、今に至ります」
正直、信じられなかった。琴羽がそんな辛い生活を送っていた事も、俺が琴羽を救った事も。琴羽程の美少女が何故そんな酷い虐めにあっていたのか。初対面の筈の琴羽を、俺がいつどうやって救ったのか。
まあまだ分からない事だらけだが、一つだけ、ハッキリ決めた。
「えっと、改めて。翔太だ。よろしく」
「はい!」
俺と琴羽は互いの手を握りしめた。
……友達くらいなら良いよな。