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Clearth(クレアース)  作者: 有田舞式
8/11

Clearth 七、過去

 それはまだ訓練生として初めて機体に搭乗するときに起こった事件。

 当初、320人いた訓練生は2人で1体の機体に乗り組み160機が存在、さらに4機が班を作って40組が存在していた。

「リナ、俺たちの組が最高得点だ」

 花のように咲いたリナの笑顔にルキトは駆け寄った。廊下に照らされる光は2人を祝福するかのように眩しく感じて誰もが2人の結果を称賛する。

「おめでとう」

 リナもその周囲の1人かのような振る舞いにルキトは冗談めかした不満を見せて笑った。

 加点されるカスタマイズのポイントは5桁に届こうとしている。その保持するポイントはクラスでトップにあった。

「何言ってるんだよ、リナと俺で出した結果だぞ」

「だってまだ始まったばっかりだよ」

 2人の笑顔が周囲に光をつくる。このときはまだ自分たちは戦っていけるという自負を誰もが持っていた。

「このまま俺たちの組が一番さ。最初から最後までずっとさ」

 ルキトの誇らしげな調子にリナは曖昧なそれから次いで確かな返事を返す。

「このまま一番で行こうぜ」

「うん、でもまだ始まったばっかりだってば」 

 そんな2人の前に人垣を割って現れる影。荘厳な赤のオリジナルスーツに身を包みながらつまらないものを見るような視線を送ってくるのは大柄な男と細身の女だった。

「お前たちの仮想ドライブ、見せて貰った。素晴らしい連携だった、俺たちも見習いたい」

「ありがとう……」

 皮肉か、嘲笑か瞳の奥に潜む得体の知れない気配と共にどこか横柄な態度に不快を感じたルキトはその場を離れようとしない男と視線を交わす。

「……まだ何かあるのか?」

 剣呑な空気に周囲の人集りも消えた頃、男は唐突に腕のデバイスを操作し始めた。

「俺の名前はヴィド。お前たちに是非とも俺たちと模擬戦闘をやってほしいんだ。こっちの女はサポーターのギズだ」

 女は飄々とした雰囲気で一礼すると男の半歩後ろからルキトとリナをぼうと眺め始める。

「訓練に差し支えがない範囲でなら構わないよ」

 ルキトは訝しみながらもその申し出を受ける。娯楽の一貫でしかない対人戦闘でも互いのカスタマイズのポイントを掛けるとなれば断る理由もなかった。

「じゃあ、明日でも構わないか? 丁度休みだろう」

 ルキトがリナに目配せすると明らかに困惑した顔で首を横に振る。


「いいよ、明日またこの場所で」

「予約は入れた。またな」

 腕を引くリナの力に抵抗することなく振り返ったルキトは驚きと落胆の声を投げられた。

「どうして勝手に決めるの」

「カスタマイズのポイントを掛けようと言ってきたんだ。断る理由なんかない」

「最初のポイントは機動力に使うって約束したのに」

「断ったら舐められるよ。それに手持ちのポイントで機動力を上げても反動重力の制御が不完全な装備だから重力子カットのオプションはいずれ必要になる。だったら勝ってポイントを稼いだ方が完全な機動力確保に繋がるんだ」

 リナは饒舌なルキトに怒りを露わにして睨め付けた。

「じゃあ負けたらどうするの? 機獣と機体との戦闘は全く別物なんだよ? 予測ルートも人間相手じゃ算出できないし、映像で出せるのはオーバーブレインくらいしかないんだから」

「オーバーブレインは負荷が大きいから使わなくていい」

「それでどうやって勝つつもり!?」

 自信に満ちたルキトの顔が綻ぶ。

「俺とお前で勝てないことがあったか? 俺を信じてくれ」

 肩を抱かれリナは小さく溜息をついた。

 

 次の日。

 部屋に戻る途中、デバイスから呼び出しが鳴ってルキトはその内容に驚きを隠せないままリナに説明した。

「43区に行くってこれから?」

「ああ、訓練長の呼び出しみたいだから」

 体調不良者を介護する救護ロボットが赤い点滅を繰り返しながら廊下を駆け抜けていく。

「明日の模擬戦はどうするの」

「なんとか間に合うよ。心配するな」

 廊下を抜けた場所にあるテラスから重力場を切って空中へ踊り出ていくルキトが手を振った。

 すぐに天上の波がルキトの体をさらうようにして運んで行く。

 リナは何かをルキトに呼びかけたがそれは遙か上空で聞き取られることのないまま波に呑まれて遠ざかっていった。

 それでも言おうとデバイスと空を見つめながらやがて見えなくなった黄金色の空に背を向けてリナは食堂に足を運ぶ。

「やめようって言ったら嫌われるよね……」

 不安から喉が渇きそれを見透かしたデバイスがリナの体調変化を逐一知らせる。

 リンゴ、オレンジ、バナナ、見たこともない物の名前が箱の表面に陳列する箱。しかしそれでも味と名前は明確に結びつく。幾度となくリナはこの飲料機を利用してきたが、列の最後にあるチヤという飲み物だけは自分以外が選んでいるのを見たことがなかった。

 液体の入った容器を片手にリナは1人で席に着くと唐突に物寂しい感覚に震えそうになる。気持ちを諌めるように一口喉の渇きを癒したとき何処からか聞き知った声が耳朶に触れた。

「うまくいったようだな」

「明日の試合はこれで勝ったな」

 リナは元々聴覚が他の人間より優れていたために周囲の雑音を聞き分けられた。その会話を拾えたのは偶然で、その後の会話はリナには聞き取れない。

「……」デバイスを操作して補聴機能を追加すると、先の声がリナだけに明確になっていく。

「ゴトーとターヤか、2期生が手を貸すとは今でも信じられないな。だがしかしこれで万が一にも負けはない、奴が例え間に合ったとしてもこれで全てが上手くいく」

 リナは慌てて明日の予約人数をチェックする。現れた電光の表示に目を丸くして勢いよくリナが立ち上がった。

 そこには模擬戦闘の予約機が2対2であることが示されていた。

 つまり、1対1の模擬戦闘ではなかったのだとリナの頭に混乱が起こる。

 ヴィドを捜すように辺りを見回した途端リナは身が竦んだ。ぞっとするような低い声が背後に響く。

「誰か探しているのか」

 そこにいたヴィドに尊重や敬意は微塵もなく、薄ら笑いとただ貶めるような視線をリナに淡々と見せていた。

「やめなよヴィド。もう、勝負はついたんだから」

 嘲笑が意味するところを直感したリナは震える手でルキトに通信する。

【現在、信号危険領域のため通信できません】

 ドリフト空間での通信遮断措置がルキトとリナを引き裂いていた。

 リナは録音機能に事情を説明すると協力してくれる味方を探して走り出した。

 それを嘲笑う2人の声がいつまでもリナの耳の奥に木霊する。

「分かってるのリナ。私たちは絶対に負けられない」

 リナは自分の口から言い聞かせていた。


 シャルがその顛末を見ていたのはリナと同じ飲み物を飲んでいたからだった。

 飲みかけの容器が残されたまま本人はどこかへ走り去って行く。

「どうかしたのか?」

 マキリはシャルの視線を追いかけてただの容器を見ると下唇を上げるようにして関心を持つ。

「珍しいな、シャルと同じチヤを飲む奴がいるなんて」

 自分と同じ嗜好を持つ人間が珍しいと思い意識を向けただけでそれ以上のことはなかった。シャルはさらさらと横に流れる髪を耳の裏で押さえながら容器から飛び出たストローを啜る。

「それでさ、21区で開発中のロブフトってお菓子なんだけどな」

 シャルは空になった容器を持って席を立った。音もなくスライドした椅子がテーブルの下に隠れていく。

「え、興味あるだろ? 明日は休みだから遊びに行こうって計画だぞ?」

「いい。それより何か面白いこと探してよ」

 マキリの戸惑う顔をシャルは愉快そうに眺める。容器を返却して白い廊下に出て行く2人はいつもとは違った空気に一瞬顔を見合わせた。

「面白いってなんだろうな」

「なんだろうじゃなくて、探す気がないなら自分で探すけど?」

「わかった、わかったよ。んじゃ失敬するぜ」

 マキリは自分のデバイスから独自のプログラムを起動する。

 周囲にいた人間の通信記録を過去2時間にわたって遡り、使い方や記録の傾向を分析する。シャルのいう面白いことがそこにはあった。

「誰かはわからんが、2時間以内にデバイスから心拍数と神経系に警告を受けた奴がいるな。それとなぜかその後直ぐドラフト領域にいるやつに通信したやつもいる」

「訓練長じゃないならあり得ないわね」

 そこでマキリはさらに面白いものを見つける。

「おい、こりゃ凄いぞ。訓練長のデータベースにハッキングした奴がいる。とんでもねえスキルだ」

 シャルはそれを訝しむように眉を潜める。それもすぐに興味なさげに手を振った。

「そんなことしたらフツー処分されるでしょ」

「されないようにカモフラージュしてるけどな。そもそもデータベースは俺たちの名簿のところだし実害なんかまるでないぜ。ちょっと気になる奴が居たからって理由で見たとしても重いペナルティはないだろうな」

「何の為に見たわけ?」

「さあな、閲覧数は1つってのはわかるが、それ以上は」

 溜息にのせてシャルは首を振った。

「じゃあもっと面白そうなのいくぜ。今も心拍数を上げ続けてる奴がこの辺にいる、なんか必死に走り回ってなんかやってる。たぶん、これと――」

「全力で走り回るって何それ滅茶苦茶無駄な事じゃないの。最高ね、そいつ見つけるわよ」

 駆け出す2人の姿がガラス越しに見える。その巨大な窓は六角の内壁の一部で対岸にも同じものが見えていた。透明の窓は人工の光を受けて白く反射し、その向こうにいるリナは頭を下げて懇願している。


「やだね、そもそも訓練生同士で戦うのは正義としてどうなんだ? ポイントを山分けすることだって考えてから誘えよ」

 1組、2組と可能性が減っていきリナは休むことなく脚を動かしていた。

「俺は良いけど」

「あたしは反対、あんたのパートナーがどんな奴かもわからないのにさ」

 そうしていくうちにリナの足取りは重くなり、うるさく鳴るデバイスの警告に促されてとうとうその場に腰を下ろした。

 息を落ち着かせると自然とその口から声が漏れる。

「ルキト……」

 デバイスに指を添えていたリナの顔に影がかかった。

「あなたがこの辺で駆け回ってる子?」

 それから数分、事情を聞いたマキリは拳を握って眉をつり上げた。

「許せねえ、それでも同じ戦士かよ」

「許せないのはそっちじゃなくてそのルキトって方でしょ。リナはサポーター?」

 頷くリナにシャルは静かに語る。

「サポーターならきちんと止めるべきところは止めないと、ね。マキリ」

「ああ、ルキトってやつをドラフトから呼び戻せばいいんだろ」

 マキリはデバイスを操作しながら廊下を駆けていった。

「私の名前はシャル。今走ってったのがサポーターのマキリよ」

 そのとき、リナの瞳に黒が開かれた。瞳孔の奥でリナの何かが振れる。安心か不安か、それはリナが感じたことのない緊張だった。

 

 人工の光源が消えて夜となってから数時間が経ち、2人はその間をシャルの部屋で過ごしていた。

「私は寝るけど、心配しなくても対戦には参加してあげるわよ」

「あの、どうして……」

「部屋に誘った理由? その方が面白そうだったから。それに少しあなたを観察してみたかったし」

 シャルはストレートに下ろした髪を払い上げると無駄のないスーツを脱いで楕円形のベッドへ横たわる。

 白い肌にはリナも同性として羨むような艶があり、無駄な脂肪のない完璧な少女としての肉体美を思わせる線があった。

「そうじゃなくて、みんな協力してくれなかったのに――」

「最初に言ったと思うけど、面白そうって理由以外には何もないわ。私たちそういうのだけは目がないっていうか、面白いことしてると生きてると感じるの。ただそれだけ、もちろん勝ったらポイントは貰うけどね」

 それじゃおやすみと一方的に会話が途切れる。

 シャルのベッドとは形容しがたいカプセル状の装置に透明の膜が覆う。瞬間的な疲労回復を脳に与えるためのガスが内部を充満していった。

「…………」

 それはリナにとっては初めて見る装置だった。デバイスで検索すると肉体特質に分類される神経特質A以上の人間にしか与えられない器機だと教えられる。

 不安というストレスにリナは一睡もできないまま坂道を下っていくような気怠さで過ごしていた。その不安の理由はデバイスが語るルキトのクレアーズとしての特質にあった。

【リナ・ウィンルの権限により、ルキト・ウィンルの特質を開示します】

――心的現象還元特質。

 そこに見える内容はリナが初めてサポーターとして始まった日から一言一句変わっていない。だからこそ、リナはオーバーブレインに特化するしかなかった。最初のポイントもわざと差し引いてルキトに渡している。

《心的現象還元特質とは――、あらゆる外的環境の影響が心に及ぼす理解と解釈について現実の世界に一定の効果を還元反映、現実化する精神特質の一種。》

 リナはこれを思い込みの力と理解した。つまり、敗北を知らないということがそのままさらなる勝利を掴む心へと繋がる単純な心理である。

 逆にもし負ければルキトは勝つということを二度と出来ない。それがリナには最大の恐怖になる。恐ろしく強い精神特質は恐ろしく脆い。だからこそ、ルキトは自分が負けるなどとは露とも思わず進み続ける。リナが着いていけなければルキトは消滅するまで死という敗北に向かって進み続けるのだ。

ほとんど無音の世界でガラスに映る自分を見つめるだけの時間。

 シャルが人工太陽の明かりと同時に覚醒すると就寝前と変わらぬ位置で座っているリナに驚き声を上げる。

「あなた寝てないの?」

「……部屋に戻っても眠れなさそうだったから」

 シャルは訝しみながらスーツに身を通していると扉がさっと開閉する。

「シャル、間に合ったぞ」

 男の声にシャルは一瞬身を震わせたが、すぐにマキリだと気付いて舌を小さく鳴らした。

「あんまり遅いから忘れてたわ。ネズミが入って来たのかと思った」

 シャルは自分の動揺を隠すようにさっさと制服を着込むと櫛をマキリに投げつける。

 その態度に軽く抗議するもマキリはそれを受け取って近づいた。

「時間までゆっくり髪でも梳かしてよ。一緒じゃないってことは原因があるんでしょ」

 リナはデバイスでルキトに通信するが全く繋がらなかった。

 背中を向けたシャルの肩が小さく震えているのを見てマキリは自分の失敗にようやく気がつく。

「ああ、すまんシャル。俺――」

「いいから。それでルキトとかいうのはどうなったの」

 マキリはドラフトに乗るとラインに当たりを付けて緊急停止を作動させたという。有事の際に作動させられるものだったが、これを行ったときルキトへ通信は出来た。

 しかし、当然意味も無く発動していいものではなかったためそのままマキリは執務室へと連行されたのが事の一端。

「そんでお叱りをしっかり受けて戻って来たってわけだ」

「よくこんな短時間で済んだものね」

「最初から止めるしか連絡する手段がなかったんだ、理由くらい考えてあるさ」

「それで間に合うの?」

 リナの不安げな表情がマキリの視界の端にも映った。

「間に合うさ。必ず行くって言ってたぜ」

 マキリはリナに決め台詞の伝言を伝えたつもりだった。

「馬鹿じゃないの。当たり前でしょ」

 シャルはなぜかルキトの言葉に怒っていた。

 

 予約した仮想操縦室の前に影が4つ。予想した通りそれは2組のクレアーズを意味している。

「なるほどね」

 マキリは何か機具を鼻に押し当てて吸い込む。

「ほどほどにね、リメンタルドロップ(瞬間睡眠作用薬)は反動あるわ」

「わかってるよ。けど、どうにもこの狡いやり方に我慢ならなくなってきたってだけだぜ」

 大男が前に出て分厚い唇を吊り上げる。分厚い顔が皺をつくる様はあまり見ていたいものではない。

 シャルはなるべくその醜悪な顔を見ないようにして対峙していた。

「良く来たな。それもなんだか小さな仲間を連れて来たじゃないか」

 リナは臆することなく男の前へ出る。

「クレアーズとしてこんな卑怯な真似して恥ずかしくないの?」

 笑いと失笑が4人から漏れて手の平を見せるヴィド。

「卑怯? 勘違いするなよ。確認しなかったのはそちらだ。それに男の方はどうした?」

 笑いを堪えていることは誰の目にもはっきり分かった。だからこそリナが耐えている間はマキリとシャルも黙っている。

「…………」

「棄権でも構わないのよ」

 後ろの女の声にリナは睨みを利かす。女は口元に指を添えて妖艶に微笑んでいた。

「やります。ルキトは間に合うから」

「ギズ、準備だ。こいつらは泣きを見たいらしい」

「嬲るのってあんまり好きじゃないんだけどね」

 ヴィドとギズが訓練室へと入って行く。

 もう1組の2人は気楽なヴィドとギズとはまるで違う雰囲気があった。

 まるで、これから本当の戦場へ行くような気配にシャルとマキリも眉を潜めて立ち止まる。

「何かこちらに不正があったようだが、君たちが棄権しないのであれば全力で行かせて貰う」

 男は厳かに歩き出しその後ろを茶髪の女が続く。女は3人を冷たい視線でその場に押さえ付けるようにして訓練室に入って行った。

「どうなってるの、あの2人の方がやばそうじゃない」

「あんな奴俺らのクラスにいたか?」

 シャルとマキリは廊下を見渡してそこにいるべきはずの影を想う。

「行くしかないか。リナは来るまで待つつもりか」

 リナが頷くと同時に威勢の良い声が響く。

「リナ!」

「おせえぞ」「おそい!」

 現れた黒髪の男は真っ直ぐこちらに駆け寄ってきた。2人の表情とは違い、ただリナだけは顔を歪めて目元に涙を浮かべた。

 シャルだけはルキトの存在に別の意味で焦っていた。それをごまかすように声を張り上げる。

「泣いてる暇なんかないのよ。このまますぐに対戦するんだから」

 4人は訓練室に入ると先にいた4人が既に仮想ドライブする直前だった。

「チッ、間に合ったのか」

「だからもう少し手を練るべきだって言ったのよ! 私は――」

 その会話も器機に覆われていき聞こえなくなる。

 座席に飛び乗るようにしてルキト、リナ、シャル、マキリの4人がシステムを起動する。

 覆われていく景色、ルキトは初めて見る2人の姿が消える前にお礼を言った。

【搭乗席が視覚野へイマジネイトされます。各神経信号をロード】

 一瞬で景色が塗り変わりコックピットが細部に渡って再現される。四肢に繋がれた筒状のソケットに信号伝達のためのジェルが満たされる。

【拒絶反応なし、信号グリーンより第二接続開始。30――60――90……全構成完了。これより他の参加者を待ちます】

 既にいる対戦相手4人を見てルキトは手先が震えるのを感じた。

「こいつら、全部仕組んでたんだな」

 リナはバックアップのためのシステムロードを開始する。

【リナ・ウィンルがログインしました。……接続デバイスをロードします。同乗者との適合率99.9%各接続オールグリーン。脳波正常――オーバーブレイン起動します】

「なにやってんだ、オーバーブレインは人間相手に使うな」

 呼びかけるとリナは静かに答える。

「ごめんなさい、でもこの戦いは賭けるポイントが全員分だから。シャルさんとマキリ君のためにも負けられない戦いなんだよ」

 ルキトは対戦の概要をチェックすると賭けているポイントが4組の持ち高全てになっていた。

「でも、それでもだ……」

「だめ。ルキトは知らないだろうけど、もう1組の方……嫌な予感がするの」

 ルキトの機体に通信が入ると同時リナの通信が途絶える。

『なになに、早速揉めてるの?』

「すまん、俺のせいでポイントを賭けさせることになった」

『気にするな『マキリ』

とは言えないが――……ここまで来たからには勝ってポイント貰おうぜ』

「ああ、だけど俺のサポーターにオーバーブレインは使わせたくない」

『ちょっと待って。オーバーブレインなんか人に使っ――』

【開始されました】

 目の前の闇が一変して頭上まで伸びるブロックの建ち並ぶ地上が状況となる。

「なんだここは」

『マジかよ、古代文明都市のモデルだ』

【敵機を撃破するか、戦闘終了を宣言させた方の勝利となります。勝利した場合に得られるポイントは――50,000】

「5万だって?」

『誰が訓練生成り立てで5万も持ってるわけ?』

 ルキトは自分たちではないというとリナは落ち着いた声で相手の名前を読み上げた。

 見渡す限り遮蔽物が立ち並ぶステージでシャルとルキトの機体が物陰に移動する。

『相手の1組は私たちより1つ上の訓練生とか。負けるっていうリスクが考えられていないのは腹が立つわね』

「勝てるから持ち分を全て賭けるっていうなら負けて貰うまでだ」

『よく言ったなルキト。俺も同意見だ』

 興奮した様子で話すマキリから周辺の地図が送られて来る。

「早いな、どうやってこの規模をロードしたんだ」

『俺はもともとこういうのが趣味なんだ。ついてるぜ、後は接敵するだけだ』

 シャルはそれをぴしゃりと否定した。

『機獣相手ならそれでもいいけど、地形がこれだけ分かってるなら隠密に徹した方がいいわ。下手に動いて粒子砲を撃ち込まれたくはないでしょ?』

 ゆっくりとシャルの機体が物陰を移動する。リナが通信に向かって静かに声を上げた。

「私もそう思います。接敵すれば相打ちを覚悟しないといけなくなると思うんです」

「リナ――」

 ルキトを遮ってシャルの声が強めの語気になる。

『確認したいんだけれど、オーバーブレインは機獣の脳を自分の脳内に模写して行動予測率を大幅向上させる方法よね。それって人間にも有効なの?』

 ルキトは言下にそれに憂いを訴えた。

「だからだよ、機獣と人間はそもそも脳の大きさが違うんだ。オーバーブレインは際限なくロードされ続ける。どんなことになるかわからない」

 頷きながらマキリも低く呻る。

『オーバーブレインを使うってことは近接戦闘をするってことだよな?

 でもまず対人戦なんてお遊びだろ。データの無限演算みたいなことしなくてももっと気楽にやれば『マキリ』

……別に負けてもいいとは言わないけどな』

 3人の言葉にリナは少しだけ微笑を浮かべた。

『ひとまず、作戦は2つしかないわ。単機で動くかまとまって動くかよ』

「俺はまとまった方がいいと思う」

『チキンだなあ。ルキトは』

『逆よ、2機で固まるってことは先に相手に撃たせるってことなんだから』

「リナは?」

「私も2つ目の案しかないと思います。相手が2機で行動してたら単機でコンタクトした途端に不利になると思うから」

『決まりね。このまま2機で行動して索敵と迎撃に万全を尽くしましょう』


 シャルの機内では開始から10分して不意にマキリが低く呻った。

 ルキトとの通信を唐突に切ったマキリはシャルとモニターを繋げる。機内は自分たちの息遣いしか聞こえずシャルは自分の吐息に何か不安を覚える。

「どういうつもり?」

「今敵の位置を把握した」

 その重々しい言い方に含みを感じたシャルは続きを促した。

「いいか、向こうは自ら存在を俺たちにアピールした。つまり――」

 頭が回るシャルはそれで全てを把握する。

「それで勝てると思ってるのね」

 

 方やルキトの機体の中では途切れた通信に訝しんだルキトがリナに問いかけていた。

「信用?」

「ああ、もし敵だったら万が一にも勝ち目はない」

「その考え方は違うよ」

 リナの声は淡泊で冷め切っていた。ルキトはその言葉の先に言い知れぬ予感めいたものを感じてたじろぐ。

「私たちは大きなミスを犯したの。自分の力を過信して目先の利に飛びついた。私たちにはポイントを得るということに何の矜持も信念もなかったから」

 ルキトたちは索敵をやめて制止する。

「リナ、俺は信念を持っていないと思うか?」

「だってそうでしょう? 今だって後ろにいる仲間を疑ってる。それはルキトがこの戦いに信念を持っていないからだよ」

 リナはモニターの先で穏やかに微笑んだ。

「でも安心して、私を信じてくれるなら後ろの2人もきっと大丈夫だから」

 ルキトはそれを見て表情を引き締めた。

「ありがとう、リナ」

 一呼吸おいてお互いの間に流れていた静寂がリナの声で消える。

 ルキトの機体が大きく空中へ飛び上がった。反重力骨子が作動して機体の質量が急激に軽くなると水に浮かぶ玉のように機体がゆっくりと上下する。

 颯爽と入って来た通信にシャルの表情が苦虫を噛みつぶしたように映る。

『どういうつもり? これは作戦と違うわ』

「この戦いは相手に姿を見せないとだめだ」

『驚いたな、シャルの考えと同じか』

 リナだけがその意味を問う。

『簡単なことよ。先に姿を見せれば相手は撃ってくる。そうなれば相手の位置が分かる。そこから先は、あるんでしょ距離を無視するカスタマイズが』

 マキリの意気の良い声がその後に続く。

『接近戦を第一に考えるような物好きは当然持ってるんだろ、パラレイザー推進装備』

「ああ」

 ルキトの声にマキリが口笛を鳴らした。

『お前本気で俺たちに粒子砲を相殺させるつもりか?』

「出来るだろ? 俺の背中を外せばいいだけだ」

『出来なくは、ないわよ』

 シャルは薄ら笑いを浮かべて呆れ返っていた。

『そんな芸当はシャルにしかできんだろうから感謝しろ? それに相手もお前と同じように位置をこっちに送ってきてるぜ』

 ルキトはマキリから受け取ったデータの座標を見て緊張を高める。

「面白え」

 相手も自分と同じ近接タイプだとすればと想像してルキトは操縦する腕に鳥肌が立つ。

『距離は1万3239kmよ。いける? 発進と同時に位置信号送るわよ』

「ああ」

 マキリからデータパックの送信通知がモニターに承認の文字となって浮かぶ。

「凄い……マキリ君これ即席でプログラムを作ったの?」

『情報連結する簡単なやつだ。お前らが先頭だからいい加減だぜ』

『マキリ? 真面目にやんなさいよ?』

 モニターに浮かぶ展開の文字をルキトは躊躇いなく操作する。

【システム変更を受け付けました。メインパイロットの承認によりサポーターの承認を可逆認可。ロードします】

『連結ハイネイパリンドシステム開始だ』

 マキリの声に合わせてルキトの補助画像が機外にも展開される。その数は一瞬で数十を展開させた。周囲の計器はほぼ全てシャルの方で計算が行われているものをバックロードしている。

「リナ、感心してる場合じゃないぞ。もうこっちの位置は敵にも知れたんだ」

「うん」

【リナ・ウィンルの権限をロードします。パラレイザー推進始動――2……1……完了】

 リナの顔にモニターの電光が反射する。複雑な抵抗計算を予め計算し終えて合図する。

「いけるよ」

 地響きが起こり、ルキトの機体の背中に大気の光が集束した。

「ブライド・オン」

 姿勢を屈めると巨体の後ろが一瞬黒く咲いた。

 瞬間的にルキトの機体が消えたように見える。

『マキリ! 粒子砲に備えて計算!』

 次の瞬間には相手の地点まで3分の1のところにいた。

『待て! 敵も飛んだ! 木っ端微塵になるぞ!』

 レーダーに映るルキトの機体が1万3000km先に出現する。

『衝突なんて起こったらこの惑星が崩壊するわ。ルキト? 聞こえる?』

 ルキトの機体が再び黒い円を背にしてぴたりと急停止した。内部にかかる重力を緩和するための計器が限界のラインを行き来する。爆風は周囲の岩をも転がしたがそこにはあるはずの影がなかった。

「敵の目の前のはずだが見当たらない、リナ」

「シャルさんの機体の情報によれば途中で相手の機体とすれ違ったみたい。私たちの機体にはお互いの動きが速すぎてレーダーで拾えなかったんだよ」

 レーダーに映るシャルの機体の真横に敵の表示が浮かぶ。その瞬間、シャルから怒号のような声が飛んだ。

『ルキト、あんた狙われてるのよ!』

 機外に見えていた赤い半円がルキトの真横を指していた。一瞬にして白に包まれる機体。

【緊急硬化開始。外装へのダメージ30……60……80――第一装甲パージします】

【第二装甲へのダメージ……限界突破――SGAの臨界飽和開始】

「くそおおお――」

 円状に大きく抉れた大地は半径数キロに渡って伸びていた。

「粒子砲の直撃……一気にジェル装甲まで大破を確認……。まだ動くけど……装備のほとんどが、80%以上損壊したよ……」

 土煙の中にもう一度光が飛来する。それをリナが予め予測したルートに従ってルキトが飛んで回避する。

「シャル、聞こえるか? そっちから援護射撃は――」

『無理に決まってんだろ! こいつ、2期生の奴だ!』

 ルキトの方からモニターに映るシャルの戦闘は熾烈を極めていた。

 もともとの狙いが単機撃破だとしたらとルキトが考えを巡らせたところで外部通信が入る。

『くはは、まさかこうも簡単に引っかかるとは思わなかったな。だが、遠くから遠距離攻撃をしなかっただけでも評価に値する。そうなれば今頃君たちはあの2期生によってまとめて始末されていただろうからね』

 分厚い唇と広い輪郭。短い銀髪の姿はヴィドだった。

「あそこまで完璧なタイミングで狙撃するなんて練習したのか」

 悔しさからルキトはそう尋ねたが、ヴィドは眉を潜めて語気鋭く放った。

『当たり前だ! お前が仮想訓練生になってから何度もこのシミュレーションを重ねてきた。お前はどうせこう思っているだろう。なぜ俺たち相手にここまでするのかと』

 ルキトにしか聞こえないわずかな波長でリナがルキトに語りかける。ヴィドが喋るのに重なりながらリナは時間を稼いで欲しいとだけ言った。

「ポイントを賭けるからには本気になるのはわかる。それでも俺との戦いだけを想定しているのはおかしいだろ」

 ヴィドは口元だけ歪ませて不気味に微笑んだ。

『やはり覚えていないのだな。都合の良い奴だ、お前が普段どんな練習をしているか知らない奴はいない。そして、お前のそのふざけた練習のせいで俺たちの評価は地に落とされた。もうじき小隊が組まれるというのに俺にはただの1組も、ただの1人も――』

 そこで通信は切れて砲撃の雨がルキトに浴びせられた。

「見つけた。建物の一番上だよ」

 かろうじてかいくぐるも手持ちのブレードだけでは到底高所にいるヴィドに近づけない。

 しかしその姿を見てルキトは全てを理解する。

『ただの1人もだァ! 俺と組みたいと言う奴はいない! それもこれも全部お前が仮想訓練で俺の機体を練習台にしたせいだァッ――!』

 

 一方でシャルの機体は風に乗る木の葉のように奇怪な動きをして敵と火花を散らしていた。片方の翼に敵のブレードが擦って出力計器がわずかに下がる。

「もうちょっと丁寧に飛べないのか! このままじゃ出力が――」

 マキリの声も耳に入らないのかシャルは目の前の機体をモニター越しに見つめて額に汗を滲ませていた。

 通信が入ってマキリは舌打ちする。明らかに挑発だと分かっていてもシャルの有り様を見れば時間稼ぎは願ったりだった。

『お前たちはただの訓練生ではないな? 俺たちの同期にも色々と特質を持った人間は多いが、お前たちのように異常なのは見たことがない。脳内の拡張でも行っているのか』

「は、誰が答えるか」

 マキリの声にシャルの声が重なる。

「神経特質よ。私は常人の5倍の反射神経を持っている。ただそれだけ」

『5倍だと?』

 敵の機体の両腕が下がる。

「どうした、降参するのか?」

 通信音から漏れる声は悲痛のような狂った笑いだった。

『アッハッハッハ、一体だれがそんな畜生なことをするというのだ。通常の5倍の神経があるだけでもぞっとするのに常人の5倍の反射神経となればそれはもう小脳が脊椎にでも埋まっているような状態じゃないか。アッハッハッハ』

 マキリが目を見開いて声を荒げる。

「てめええっ、シャルを馬鹿にしやがったな!」

「マキリ」

「分かってる、分かってるけどコイツは許せねえ。こいつは敵だ、絶対に負けられねえ」

 敵機のレーダーにありったけの攻撃プログラムを打ち込むがその全ては当然敵の計器を狂わすには至らない。

『分かっているはずだ。サポーターの能力は表面的頭脳だけなら操縦士以上、怒りで状況が見えなくなるなど馬鹿か君は』

 シャルの機体が弾けるように突進する。

 肉迫した機体は接触することはなかった。膝を折って機体を半回転させながら回避した敵。シャルの機体の胴にブレードは深く突き刺ささっていた。

「ばか……突進するラインなんて引くんじゃないわよ」

「……すまん」

『はは、君たちは素直すぎる』

 反撃に転じようとしたその瞬間敵の背後の空気が揺れる。突如奇怪に歪み始めた機体の四肢に男の声が焦りに震えた。

『は、何だ。お前たち、何をした』

 シャルは得意気に両腕の出力を解放して青白い光を見せつける。

「ルキトだけが、パラレイザー推進装置を持っていると思ったら大きな間違いよ」

『何……それじゃこの現象は……』

 見る見るうちに重力計器が限界を突破していく。やがて自力では駆動できない臨界点を振り切った。

「重力変異現象。接近した物質へ瞬間的にブライド・オンを連続発動したのよ。そうすると重力粒子が一時的にその場に留まる」

『無理だ、そんなの人間の生体信号だけで出来ることじゃない。計算された波長の発生が必要なはずだ、どんなカスタマイズ……まさか』

 シャルもマキリも呆れたように溜息をついた。

「出来るのよ。そういう離れ技も、ただ機獣相手になると反射神経だけじゃどうにもならないけれど」

『……』

 自らの重力で身動きが止まっている機体を前にマキリが焦りを見せる。

「どうする、今こいつに粒子砲ぶち込めば陽子反応でマップが崩壊するのは間違いないしこのまま動けるまで待つことも出来ない。今もう1人をやっちまわねえと」

「分かってるわよ、それくらい。けど胴体にこれだけダメージを受けたらもうルキトに加勢できるのは援護射撃くらいよ」


 ――――。


 一方ルキトの方では圧倒的な不利が続いていた。

『建物の影にいるだけじゃ俺を倒せないことくらいわかるだろう』

 焦りと苛立ちが混じったリナの声がルキトの席に響く。

「今ある装備だけじゃ敵に近づいてからブレードを出す以外に倒す方法は――」

 岩盤に大きな穴が空くのと同時に機体に衝撃が走る。

『見つけたぞ』

 遮蔽物から飛び出したルキトの機体はほとんどがシャフトと骨子の木人形だった。

 粒子砲の白い閃光がルキトのモニターを横切る。

『これで1キルだ』

 機体が止まりルキトの腕が震える。それはかつてない屈辱からくる怒りだった。

「お前ッ――」

『おっと、クレアーズのプライドだの誇りを持ち出すなよ。お前にだけはその権利はない』

 ルキトが動こうとした瞬間、粒子砲がその腕を消し去っていく。

『これで2キルだな』

 朽ち果てた古木のように煤けた機体を見据えてヴィドは声高に笑う。

『もういい加減に分かっただろう。まともにやればお前なんか俺の敵じゃない。今跪いて負けを認めればお前の仲間のポイントは返してやってもいいんだぞ』

 そこまで言ってからヴィドは声を失った。目の前に映る赤の点滅。その文字列はヴィドの機体内部に発生したエラーとそれを修復する連続だった。

『ウィルスか! どうやって――』

 不快な音が機内を埋めていく。

『すぐに距離を! あの女のタイプ量はシステムを上回ってる!』

 オープン通信で余裕のないギズの声が響いた。

 ルキトはサポーターの機内をモニターに映して表情を変えた。

「オーバーブレインにサーキットを併用して使ってるのか! やめろ!」

 苦しみに目を充血させ顔を病的なまでに紅潮させているのは血流を脳に集めようとしている証拠だった。

「やめさせたいなら……あの機体を倒して」

 リナは耳鳴りに呻きながら鼻血を垂らしていく。

 ルキトが一方的に攻められている間にリナは敵の感触デバイスから機体の信号情報へ侵入アクセスすることに成功したのだった。

 本来そのようなスキルを持つ者はいない。リナは試行錯誤しながら独自の発想と基本応用で今の現状を生み出したのだ。

 敵の機体に存在する全ての行動データと搭乗者の脳波を触覚デバイスを通した波長データから逆算、そこから生まれる統計的な行動予測を自身の機体の行動と重ねて推測していく。

 生み出された敵の動きは1秒先から2秒3秒先へと確かな予測が成立していった。

「だめだリナ! 予測は必要ない! これは命を賭けるほどの戦いじゃない!」

 ベースとなる脳を差し出しての計算処理はリナに多大な負荷を掛けていく。

 本来発動するはずの搭乗者の異常検知も仮想という条件下では作動せず、ルキトはその覚悟の程に戦慄しながら敵の背後を追随する。

『俺が逃げる……? 有り得ん』

 逃走から一転して敵の機体が正面に振り返るもすでに先に振り返っている映像はルキトに見えている。

『ルキトォォオ!』

 予測投影の動きに合わせて回避するだけで砲撃も悠々と脇を通り過ぎる。

 その動きに肝を冷やして逃走するヴィドとギズは必死だった。

『あいつのサポーターは死ぬ気で来てるんだ! 一旦逃げようよ!』

『ふざけるな! 撃つ前から何故回避できる! 人間は機獣とは違うはずだッ!』

 撃ち続ける砲撃はどれもルキトの機体には当たらなかった。前進しながらの連射はルキトとの距離を確実に詰めていく。

 残弾が切れたことでブレードがヴィドの目の前に肉迫する。銃砲を捨ててヴィドもブレードを引き抜いて鍔迫り合う。

 火花と粒子が弾けた緑色が咲くと、ヴィドはその現状の不可解さに激昂した。

『何故俺が退かねばならん! ギズ! お前が侵入を許すからだ』

『なっ?! 私は普通にやってたよ! あの女が普通じゃない手段で攻めてきたんだ』

 3合打ち合うとルキトは距離を取って高速演算機構と化したリナの様子に歯軋りする。

 ルキトからすると機体の性能差が極端に開いた以上、いくら相手の動きを先読み出来てもそれについていく機動力が足りていなかった。ルキトのモニターに映るヴィドの攻めは何通りもパターンとして予測され何重にも影になって表示されているがルキトがそれらの攻撃を無傷で回避することは難しかった。

「シャル、マキリ! 聞こえるか」

 長期戦で起こり得るリナの負担を思ったルキトは必死に粒子周波を探る。

 途切れ途切れの通信は徐々に明瞭になっていき、受信が最適化された。

『どうなってんだよこりゃ。お前の機体が出してるデバッグ処理が半端じゃないぞ』

「リナがオーバーブレインを使ってるんだ。頼む、降参させてくれ」

 ルキトの言葉に一瞬だけ震えて驚いたシャルはすぐに険しい表情でルキトを叱責した。

『リナが見せた覚悟を棒に振るってこと? それ、あんた何言ってるのかわかってんの?』

「俺にはリナの命の方が大事だ! 他の何もいらない、これだけは譲れない」

 降参の承認がモニターに映し出されてシャルは怒りを押し殺した声でルキトを睨む。

『ふざけないで。リナはそんなことを望んでない。オーバーブレインの危険性はリナのほうが分かっているはず。それを戦いもしないで負けるなんてリナを失うよりも辛い現実が待ってるわよ』

 ルキトの目の前にヴィドが迫る。

『突然止まったな。はっ、サポーターが死んだか?』

 ヴィドの剣を受け止めたまま徐々にルキトの四肢に力が入っていく。接続感度を上昇させて出力を上げる一方で過度の出力から骨子に亀裂が入る。

 その機体が限界であることは想像に難くない。

「くっそぉぉぉおおお――――」

 青い粒子が弾けて2機の両足が地滑りを起こしながら後退した。

『ギズ、奴はもう死に体だ。次の一撃で出力装置に 硬化カタフラクトが起きても構わん。最大出力で止めを刺す』

 ヴィドの出力計器が上昇していくと同時にルキトのモニターから見える予測機影の数が跳ね上がっていく。

「だめだ、リナ……それ以上は――」

 肩で息をするルキトに見える無数の残像。ヴィドが一歩を踏み出した瞬間から起こり得るほぼ無限に近い数多の可能性がたった1つに絞られていく。それはいかなるプログラムをも超越した人間のみに許された未来予測のようだった。

『デバイス・オン』

 ヴィドの背後から吹き荒れる虹色の閃光がルキトの眼前へと向かう。

 予測された通りにルキトは反射神経を駆使し、寸分狂わぬ予測点へ向かって動作を行った。

 空中分解する両者の機体に違いがあったとすれば、ルキトの機体は空中で膝を抱えて両足を盾にした部分から崩壊し、ヴィドの機体は搭乗席側から崩壊を始めたということだけだった。

 視界が暗転し、仮想世界が終わる。

 勝敗を確認する間もなくルキトとリナは意識不明のまま病室へ搬送される。

 その後病室で目覚めたルキトはリナの症状を知って愕然とした。

 判定を下す以前にクレアーズがこの試合を原因として病に冒された以上、システムそのものが審議される運びとなった。


 ――――。


 事はルキトとリナが搬送されていくのを見送ったシャルたちの状況へ少し遡る。

 マキリはふと自分の保持ポイントを見て目を疑った。相打ちという結果には不服があったものの、あのままであればマキリたちに勝ち目がない。

 よって引き分けを覚悟で道連れにしたのだが、運良く生き延びて勝利した。

 そこで5万点に何かが加点され6万点を超えるポイントは今まさにマキリの腕にあった。

 第一の疑問は「何故?」である。

 後日その理由を知ることになるが、原因は今回引き分けたのはマキリたちを除けばもう1組しか存在しない。

 ルキトとヴィドはお互いに戦闘不能となったために引き分けとなりポイントを受け取る資格がない。

 そして2期生は4万以上のポイントを賭けていた。

 あまりにもリスクの先行した勝負だけに彼らは本気だったのだろうが、シャルの覚悟によってぎりぎり勝ちを獲得した格好で終わった。

 マキリは全員のポイントを受け取ったかたちとなる。


 突然ふって沸いたようなポイントの大きさに戸惑いながらもマキリはそれをあえて隠した。

 シャルは最初からポイントを山分けするつもりでいるし、今回の功績者を考えても山分けしないとは考えられない。

 ところが、マキリはその6万8000ものポイントを自身のストレージの奥深くにしまい込んだ。

 これが何を意味するのか。

 

 それから1年と2ヶ月。勝敗は1年経った今もルキトは知らない。

 リナは突発性遺伝子変異症となってから髪色や臓器、その他あらゆる生体機能が変質していった。それは多くが最終的に壊死という形をもって現れ、その原因は遺伝子の自滅因子が誤作動するというものだった。

 ミツイはこの原因をオーバーブレインに関連付けてサテライトより報告を受けていた。

 オーバーブレインは人間が能動的にコントロールする機能や技術ではない。現存する科学で分かっていることはただアニマと感応し、現象を理解可能なように変換、操縦者へ反映する。自分の脳を転写紙のようにしていくつもの未来図を描くだけのものだ。

 ミツイからそう説明を受けるルキトはまだこの時、サポーターを失ったことには気がつかないでいた。

 回復できない病などこの世界にはあるはずがないと思っていたのである。

 シャルはこれを気に掛けてルキトと組むことが多くなる。そうして支えてくれていたマキリとシャル、そこにあるルキトの感情は決して絶望ではなかった。

 マキリがポイントを渡していれば違った結末があったかもしれないことは言うまでも無い。





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