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Clearth(クレアース)  作者: 有田舞式
6/11

Clearth 五、予兆

 訓練状況を37台のモニターで確認し終えたミツイ。

 過去最高レベルの不測の事態に一定の成果を上げたのはたったの13組。

 特に際立った動きを見せたのはやはり前回同様の8人だった。


「順調か?」

 スライドした扉から現れた男は地区統括するミツイの上司にあたる人物だった。荘厳な制服に勲章をいくつも身につけ、その階級は上から3番目ではあるが彼らにしか許されない不死身の肉体と機械の眼球が施されている。


 ミツイは姿勢で示す敬意の態度とは裏腹に腹の内から重たい声を上げた。

「順調であるのは現在のところ1組だけです。このままいけば私の管轄から出せるクレアーズの特Sは1組だけとなります」


 皮肉を込めての発言ではあったが、男は徐に首を振って優しげな野太い声で返す。

「どこも似たようなものだ。強者が集い、弱者が群れる。この構図はいかな集団規模であろうと変わらん、人間の1つの本質だ」


 男の青い一つ眼がミツイの双眸を打ち抜くように佇む。

 見透かすような男の視線にミツイの不信はより確信へと近づいた。


「ご覧になりますか」


 ミツイは話が核心に振れるのを恐れて話題を変える。男は心拍数まで視認するのを思い出して強引にモニターの画面を切り替えた。


「私の受け持つクレアーズで最も秀でた8人です。今回の2000年前の大災厄という事態に対しても既に一定の成果を出しました」


 その記録では8人の動きはまるで練達された部隊のように無駄がなかった。

 彼らは巨大な居住区に入るやいなや散開し、機獣の掃討とコントロールの制圧を全く同時に終えてしまう。

 4機はそのまま居住区より母艦へ直進した後に機獣掃討を続ける本隊に参戦し、これを1時間で鎮圧。その手際の良さにはさすがのミツイも舌を巻いたのだった。


「彼らのここ最近のデータはどれも抜きんでており、目を見張るものばかりです」


 ミツイは手を振って画面をスクロールさせるとその記録の概要には全てランクがSと評価されていた。とどのつまり、現在全ての任務の難易度上昇はこの8人を基準として作られたものでありつい先ほど、過去最大の災厄さえ軽々と乗り越えたのであった。カスタマイズなしで成果が出るなど全くの嘘である。


「問題だな……」

 男はミツイの期待とは真逆の反応を示して渋くうなる。

「……は、と申しますとやはり優秀者の数が少ないでしょうか。優秀な生徒がいないことは私の力不足かとは思いますが」


 ミツイの不安げな表情は常軌を逸して今にも息絶えそうに歪む。


「安心しなさい、君を処分などしないよ。だが、次の任務は我々に任せてもらえないだろうか」

 有無を言わさないその眼光にミツイは頷く他はない。退出する男を見届けるとミツイは崩れ落ちるように椅子に腰掛けた。


「私はまだこんなところで終われない」


 この世界の意味というものに対して自分の存在価値以上に重要なものなどパートナー以外にはないと信じてきたミツイにとってそれは自身の否定にも繋がる。しかし、ミツイの目の前にあるモニターにはその否定であるルキトとリナのデータがあった。


「必ず見つけてみせる」

 ミツイが調整した適合率が合いさえすれば誰でもいい。この完璧な世界に出来る唯一の綻び。

 ミツイは不確かな糸をたぐり寄せるように引いていく。人間は決して1つの存在に縛られない。そのことを証明するためミツイはモニターを切りかえてアグナーズの下級市民における遺伝子を調べ始める。最初こそいい加減な気持ちであったものの、今では全ての役目以上の力でもって捜していた。


「19、43、25、33……」

 矢継ぎ早に流れていく顔写真とルキトとの適性率はどれも50を下回る。年齢を重ねた者ほどその適性率は低くなる傾向があった。つまり、歳を重ねた者ほど思考や精神に柔軟性がなく、境界が生まれてしまうことを意味していた。


 ――――。


 プログラムを使って調べれば一瞬だったかもしれない作業を上司と別れてから丸1ヶ月不眠不休で行っている。幸いにも上司であるあの男から任務の通達はなくミツイはこの1ヶ月部屋に籠もりきりで事に当たることが出来ていた。


 結果はさんざんである。アグナーズは全市民を見ても誰1人として適合率99%などという者はいなかった。せいぜい80前後が限度だったのだ。


「あとは……さらに下級生物か……」


 一般的には秘匿されている3等以下の下級生物アグナーズの存在はミツイも最近になって初めて知った。その人間たちには自由な生殖行動が与えられ、クレアースとは遠く離れた惑星に存在しおぞましく無駄なものだらけで五色の色を持った人間がそれぞれ蠢いているという。全く理解出来ない世界にミツイは身震いしたが、人間がその星に多量に存在する以上は可能性がその分だけあるのもまた事実だった。

 億を超える人間のデータを取り込みルキトの遺伝子情報をフィルターにする。

 今度はプログラムを使って一度に終わるようにした。


 それはミツイの同胞を穢すような罪悪感を少しでも軽くするため、そして数十億の人間を調べるという時間的な問題のためであった。

 いずれは間違いなくこの記録から自身が危うい立場になろうとも知りたいという衝動。

 ミツイの目の前に現れた実行のコマンドは点滅したまま入力待ちの状態で1時間を過ぎていた。


 画面の上でもその行為は決して許されるものではないというミツイの潜在意識にある深い刷り込み。隠された存在を引っ張り出してきてまでルキトのパートナーを捜す意味は当然ない。そんなものが存在したところでクレアースにおける正当性は全くない。アグナーズだけでも禁忌であるのだ。


 画面に出た実行コマンドに指を添える。ここから先は行くところまでいかなければならない覚悟が必要だった。自分はその罪の重さに耐えられるのか。刻々と三時間は葛藤する。


 静寂と無言の中、音もなく一瞬でその結果が画面に映った。

 該当の下に0という表示。やはりという落胆と安堵に肩を落とすも最高適性率を見てミツイは目を疑った。

「98……?」

 1%足りないその画面。しばらくその画面に釘付けになりながらその者がルキトとは全く違った境遇、環境にありながらこの数値であることを知る。


 しかし最適化された完成がクレアースの人類であり、未完成がアグナーズ以下の人類だとミツイは習い覚え教え込まれて知っている。

 99ではないのだからある意味では教本通りの結果に満足するもミツイは吐き気を催すような気分に襲われる。


「何なのだ、人間とは! なぜ人間は宇宙に溢れている!?」

 クレアーズにとって適性率がこれほど高い人間が3等級以下の人間に存在するなど一体なんの冗談か。公になればクレアーズという高位の存在意義が脅かされる。

 許されない、絶対に許されない。ミツイはそう繰り返した。


「いったい何なのだ」


 クレアーズだからこそ完全なる存在。

 パートナーと共に歩む人生の幸福が許されている。

 下級市民の誰1人としてそんな幸福は許されない。

 何度見ても自分たちの存在は汚物や虫けらと同等だとデータは弾き出している。

 惑星にいる生物などゴミ同然であるからだ。


 これが冗談ではないなら一体何なのかとミツイは机を叩いた。

「隠されるのには理由があったのか」

 足下が崩壊していく感覚。

 かつて自らの半身と思い、心通わせた相手が実は唯一無二の存在ではなかったという真実。


 気がつけば時間は十数時間と過ぎている。ミツイはとうとう力無く身を横たえて四肢を弛緩し、思考を手放した。

 もう何も考える気力も起きないのだと全身が叫んでいた。

 脳内覚醒剤を摂取するための錠剤を手にしたまま自分の腕についたデバイスがふと目に留まる。

 いつからか出ていた警告アラームにミツイは気付いていなかった。


「98だ……はは、いるじゃないか……いや、いないのか? ――いや……」

 純然たる好奇心から行動していたと思ったミツイの思考はとりとめもなく堂々巡りした。

 それからミツイはゆっくりと目を閉じていった。

 デバイスがミツイの生体機能の低下を訴えても治療行為は開始されない。

 とうの昔にミツイは処分が決まっていたのだと分かる傍観の証明。


 今となってはミツイの考えそのものが自身のものだったのかさえわからない。

 完成された世界の内側と外側を結んだ罪。その罪はどこかで見ているであろうこの世界の管理者によって粛々と裁かれる。ミツイは微笑みを見せて虚空に向かって笑ってみせた。


【生体活動が停止したため分解を開始します】

 砂と消えていくミツイの肉体を見ていた者は誰1人としていない。その塵もやがては排気口のダクトへ吸い込まれてそこに残るはミツイが好んでいたグレーのスーツだけとなった。

 ミツイのデバイスがどこかへとデータを転送し始める。残った衣服の上で腕輪の光が赤く点滅し持ち主が消えたことを告げるアラーム音が鳴り続けた。


 ――――。


 ミツイが人事異動してからはルキトたちに真新しい任務はなくなっていた。

 一週間か前に行ったような任務が繰り返されると当然スコアの争いも激化する。

 ミツイが行った最後の任務に比べればどの任務も生温いものに変わる。


『ルキト! そっち行ったぞ!』

 ルキトのビームサーベルが機獣の尾を切断すると任務完了の表示と共にスコアが表示される。

【スコア51226 評価:B-】


「やったな」

 カプセルから出てきたマキリはルキトとハイタッチする。

 ルキトとマキリは今までのように接していたが、シャルの様子はあれからどこかぎこちない。

 体調は万全だと診察されたにも関わらず、シャルはそそくさと部屋を後にしてルキトとは距離を置くようになった。


「どうしたんだシャルは?」

「便所じゃないか?」


 そんなシャルがリナのところへ1人で訪れたのはリナの誕生日を控えたとある日の偶然であった。


「こんにちは、ここにマキリいる?」

 リナの凄惨な変わりようは体調のせいだけではない。

 それに悲愴な面持ちを隠せないシャルは努めて笑顔を作ろうとする。

 起き上がろうとするのを押し止めながら近づくとリナは唇を動かした。


「今はいないよ。また2人でどこかに行っちゃった」

「あれ、何も聞いてないの?」

 ベッドにもたれる不安そうなリナを見てシャルは呆れたように小さく笑った。


「あの2人、今リナのためにパーティの準備してるのよ。もうすぐ誕生日でしょ」

「そう、なんだ」

 弱々しい微笑みにシャルもほっとしてベッドに腰掛けた。


「隠して驚かせようとしても不安にさせちゃ意味ないのにね。あ、もちろん知らなかったふりしてね」

 リナは何度も頷くと目元を少し拭って顔を歪める。

 シャルは身を寄せてリナのやせこけた頬へ手を伸ばした。


「そんなに不安だったの? ごめんなさい、私がもう少し気をやれば良かった」

 

 首を振ってリナはお礼を口にする。

 シャルは初めて見たリナの弱気に戸惑っていた。

 シャルにとっては何でも無い一瞬がリナとっては最後の一瞬になりつつある。


 それからシャルはしばらくリナの話を聞いていた。

 自分がいかにルキトのことを好いているのか、半分がのろけのような話だったもののその気持ちは今のシャルにもよく分かる。

 そして、リナにしかないはずの気持ちもシャルにはあった。


 ルキトの名前がリナの口から出る度にシャルは胸に何かが挟まるような感じがした。

 その違和感はリナがやつれていても輝くような目を見る度に強くなっていく。


「――そうしたらプールの中に滑り落ちていったんだから」

 同じ遊園場での話、リナに続くようにシャルはマキリとの思い出を話そうと思った。

 けれどそれは声にはならず代わりに乾いた唇が小さく開くだけだった。

 リナの顔を見た瞬間、シャルはもう何も言えなくなっていた。


「ごめん……帰るね」


 自分はあの訓練からどうにもおかしい。

 シャルはそうずっと考えていた。

 気を抜くとルキトのことがマキリと置き換わりそうになる。 


「どうしたの。私何か変なこと言っちゃった?」

 ……そんなこと間違っても許されないのに。心の声は誰にも聞こえない。

 蒼白な顔は病に伏せるリナにさえ心配させるほど病的に見えた。


「最近、ちょっとお腹痛いだけ」

 心配させまいと咄嗟の嘘をついてからシャルはリナの表情を見た途端に後悔する。

「うん……早く治ると良いね……」

「ぁ……」


 生理現象は12歳からデバイスで完全管理されているし、痛みを伴う不調はデバイスに色として現れる。

 シャルは無意識のうちにずっと感じていた胸の痛みを置き換えて口にしてしまったのだが、それはあまりにもあり得ないことだった。


「ごめん……」


 泣きそうな顔を最後にシャルは駆け出した。

 同時に気付いてしまう。

 リナという存在に恐ろしい考えを巡らせていること。

 自分はやはり普通ではないのだと廊下で咽び泣きながら駆けていく。

 すれ違ったルキトとマキリに脇目も振らずただ真っ直ぐと何処までも走って行った。


 静寂の戻った部屋でリナは静かにシャルのことを思い返していた。

 生活の単調さからリナは珍しい出来事は何度も思い返す癖がついている。

 シャルの表情はもちろん、全身の動きから息遣いまで全てを克明に記憶できていた。

 そうして考えられることは1つだけあった。


 でもそれはあまりにも馬鹿げていて、死に際の自分には問いかけるのも愚かで関係の無いことだった。

「私、もう少しで消えるから」

 当て擦りの言葉も虚空へ沈み込み、リナは自分の業が深まるのを感じていた。

 リナが何かを受信した自分のデバイスに目を落とした時、ルキトとマキリが満面の笑みで現れる。


「ただいまあっと」

「なあ、リナ。さっきここにシャルが来なかったか?」

 マキリは重そうな荷物を入り口の横に置く。

 近づいて来るルキトにリナは首を振った。


「来てないよ。それより、その箱は?」

 マキリは待っていたと言わんばかりに鼻を親指で弾いてから自慢気に言った。

「こいつはルキトの恥ずかしいグッズだよ」

「そうなんだってお前なあっ」


 リナは目を伏せて内心とは裏腹に哀しんでみせる。

「私、ちゃんと出来てなかったかな」

「(バカ)」

 ルキトとマキリは押し合うようにして黙ってからマキリが焦ったように手を振った。

「違う、そういうのじゃないんだ。そうだな、ルキトが生まれた時の浴槽とかそういう玩具だ。こいつも懐かしいっていって持って来たんだ」


 支離滅裂な説明にルキトとリナは顔を見合わせて笑う。


「なんだよ、生まれた時の浴槽って。お前もってるのか?」

 マキリは頭の裏を掻いてばつが悪そうにそっぽを向いた。

「お前らこんな時だけパートナーらしくなってずるいぜ」


「もし本当に恥ずかしいものだったら後でルキトと一緒に見るから大丈夫だよ」

 両手を上げてマキリは降参を示した。もともとパーティグッズしか入ってないのはそれぞれが分かっていた。

「調子が良さそうだな。リナ、少し外で話さないか」

 断る理由もないリナは頷いて脚をベッドの脇に下ろした。

 もう自力で歩く力もないリナの前に浮遊椅子を持って来てルキトがリナの前に屈む。

 腕がルキトの首の後ろに回されてリナの腰が浮き上がると、そのまま椅子の上まで半回転して移動する。

「ありがとう」

 簡素な衣服の具合を整えてルキトの押す椅子で2人は部屋を出た。


 リナは何も言わないまま見送るマキリを思ってルキトに尋ねる。

「良かったの?」

 ルキトは何でも無い風を装いながら微笑んだ。

「いいんだ、何か悪いことをするわけじゃない」

「わからないよ」


「シャルとキスでもしてたら百万枚撮影して送信するさ」

 小さく笑うリナにつられてルキトも声を上げる。やがてリナは嗚咽を交えながらぽつりと口を開いた。

「どうして気がつかなかったんだろう」


 ルキトはリナが突然泣き始めても落ち着いた様子で向かい合う。

「また怖くなった?」

「違うの、自分の誕生日のことなんて全然意識してなかったから――」

 リナは何か内緒にされていることは分かってもそれが何なのか思いもしなかったと打ち明けた。

 それを話すリナの表情にルキトは深く反省して神妙に頭を垂れる。


「ごめん。俺のせいでそんな気持ちにさせてしまって」

 重なった手は柔らかく結ばれてリナは優しげな瞳でルキトを見つめていた。

 軽い口付けの後、再び動き出した2つの影。

 その肩が2つ横に並ぶことはなくともそこには確かに思いを同じくする人間がいた。


 ――――。


 マキリは部屋で飾り付けを1人でやっていた。

 シャルを呼ぼうとして通信拒否になっていることからマキリはその考えを良い方に捉えて黙々と作業を進めていく。


「シャルとキスでもしてるところをこの部屋に記録させてやろうかな」

 ルキトが今頃はリナと一緒にいるというのに自分はつまらないことを淡々とやっているだけ。

 そんなことから当てつけの妙案が浮かびマキリは再びシャルの回線を呼び出した。


 同時に部屋についたカメラのデータを部屋の常備モニターに呼び出して自分が黙々と飾り付けをしている画面を呼び出してから逆再生していく。

 それはちょっとしたいたずら心でマキリは自分の飾り付けを永延と記録し、今日のデータとしてルキトの部屋に保管するつもりだった。


「ううん、最初から俺だけっていうのも変だな」

 少し思いとどまってからどうせならリナと一緒にいるように合成してやろうと思ったマキリは逆再生を止めようとした丁度その時、シャルからのコールをマキリは受信する。


「リナの誕生日を祝うってときに何処にいるんだ?」

『…………』

 マキリは作業の手を止めて腕のデバイスを食い入るような目つきで確認した。

「繋がってるだろ? おーい」


『聞こえてるわよ』

 いつもと同じシャルの声にマキリはほっとして頭を掻く。

「飾り付けなんてやりたくないのは分かるけどな、言い出したのはお前だろ。せめて顔くらい見せてやれよ……だいたい――」


 マキリは自分が来る前まで時間を巻き戻してしまってからシャルの姿が画面に現れて口を噤んだ。

『別に後から行くからいいでしょ。プレゼントも考えてるんだから後にして』

「待て、切るな」

 マキリの見ているモニターに飛びだして行くシャルが映っていた。

 マキリはそこからさらに巻き戻して会話を再生し始める。


【――そうしたらプールの中に滑り落ちていったんだから】

 シャルは息を呑むような声を通信機から発してすぐに全てを悟り叫んだ。

『やめて!』

「だってお前これ……泣いてるだろ……」


【ごめん……帰るね】

 シャルはまだモニター内では泣いていなくともマキリにはシャルの表情からその感情の全てが手に取るように分かる。分かってしまってその画面を止めることはできなかった。

【ちょっとお腹痛いかも】


『お願いだから、もう止めて……』

 マキリは息をするのも忘れたように画面に映るシャルを見つめて戸惑いと恐れを感じて声を震わせる。

「シャル、お前どうしちまったんだよ……」【うん……早く治ると良いね……】

【ぁ……】『…………』 

【ごめん……】

 混乱に渦巻く頭とは相反してマキリの操作は的確だった。停止した画面をズームアップして苦痛に歪むシャルの顔を見て弾かれたような声を上げる。


「シャル――」

『喋らないで。もう、何も言わないで』

 マキリは足下から崩れて座り込み画面を見つめていた。

 リナがルキトの話をする度シャルの顔に微妙な変化がある。

 マキリはそれが分かってもそれが何を意味するのかがわからない。

 何か焦りを覚えてマキリはそのデータを自分のデバイスにコピーしていく。


 通信はそれからいつまでも続いていた。

 ただ、お互いがそれを切るだけの確かな感情を持ち合わせてはいなかった。


 ――――。


 ささやかなリナの誕生日パーティには合成食の様々な食事とジュース。

 それから小さめの白いケーキが載っていた。

「誕生日おめでとう」

 3人のクラッカーから虹色に光る粒が飛び出す。暗闇の中をその光がそれぞれの顔を照らし出してゆっくりと降下していく。


 シャルの覇気の無い微笑み。マキリのおざなりな賛辞。ルキトの疲れ果てた笑顔。

 リナは誰の顔も見ることなく目を瞑って想いを噛みしめていた。

 それぞれの顔は瞬きの間に仮面がかかってかき消える。闇の中に静寂が戻るとマキリが動いた。


「閃光消しはやらないのか?」

「いいんだ、リナがやらないって言ったから」

 部屋の明かりがつくと同時にテーブルの中心あった発泡ジュースの栓が吹き飛ぶ。

 愛らしい悲鳴の後に机が噴水を起こして綺麗な料理と全員の頭上に降りかかった。


「マキリぃ、またくだらないことして!」

 腹を立てたシャルが踊り出てマキリを転がすのを尻目にルキトは泡だらけになったリナの顔を拭いていく。


「あんたの悪ふざけは昔からほんっとどうしようもないわね」

 ひとまず頬を腫らして起き上がったマキリはルキトがさんざんになった料理を味見するのを見て満足げだった。


「明かりに反応して弾ける玩具をセットしといたんだぜ。面白かっただろ」

「料理が全部ストロベリー味だ」


 リナが笑うのを見て3人が満足そうに笑った。

「昔はケーキの立体虚像とかだったのにな」

「本当はケーキが鶏肉に変化するのを見せるつもりだったのよコイツ。高くて買えなかったって何日もぼやいてた」

「あ、それは言わない約束だろ」


 舌を出しながらシャルが料理を切り分けていく。料理の盛られた皿を目の前にリナは小さく微笑んだ。

「あ……ごめん」

 人工臓器によって体の半分以上が別の生命機関になっているのはデバイスの色から見ても分かる。健常者とは違う黄色い光をシャルは凝視して声が漏れた。


「いいの、雰囲気だけでも味わいたいから。ありがとう」

 ルキトはその様子を見てリナの横に座る。

「食べさせてやろうか?」

「え? リナ、食べられるの?」


 リナの愛らしい口が開くとそこに空のフォークを運ぶルキト。

 それを見てほっと胸をなで下ろすシャルは横に居たマキリに小突かれた。

「悪いと思ってるならお前も食べさせてやれよ」


 机の上に皿を動かしてシャルもリナの隣りに座った。

「リナ、私のも食べてくれる?」

「うん」

 おままごとが続くとリナも徐々に恥ずかしくなって困った笑みを浮かべた。


「私はもういいから、後はみんなで食べて」

 視線を送られたルキトは全てを察してベッドへ連れていく。その様子を見てマキリは暖かな眼差しをルキトに送る。


「本当に、あいつのパートナーなんだな」

「何それどういう意味よ」

 シャルは赤い玉のような食べ物をとって口に含んだ。

「お互いの意志が完全に、その、通じ合ってる。リナがあんなじゃなかったらあの2人は結構強かったのかもしれないと思ってさ」


 小さい溜息をついてシャルは首を振る。

「そんなこと考えても仕方がないのよ。億だか万の一っていうような確率で目の前の結果があるんだから。でも、きっとそれじゃ私たちは自分たちの弱さにも気づけないでいたでしょうね」

「なんで――」

 マキリは言い掛けて止まる。


「私たちは弱いから。それは客観的に見て技術が劣るとかじゃない。精神が脆すぎる、私たちにはいくら訓練しても埋められないものがある。今日それがはっきりわかった気がするの」

「精神……」

 その言葉はマキリにとって辞書を引いて理解するような言葉だった。


 心というものについてマキリは全く信用をおけない。物質でも論理でもない。まして情報とも違う。

 その言葉の意味は感情や心、魂である。それが戦闘と関係があるとは全く結びつけられないでいた。


「思い過ごしだぜ、俺たちがうまくいってないのはチームに恵まれていないからだ」

「そうよ、だからこそルキトたちが強ければ強いほど、私たちはきっと自分たちの力だけで戦っていると思っていたでしょう。でも実際は違う。私たちはルキト個人よりは強い、でも本当は真逆よ」

 ここ最近の訓練を思ってマキリは苦虫をかみつぶしたように目を瞑る。

 ルキトが戻って来て静けさを破ったのはシャルだった。


「もう片付ける?」

「まだリナは起きてるんだ。悪いけど2人共もう少しだけいいか?」

「もちろん」

 その返答にマキリは眉をしかめる。


「マキリは、大丈夫なのか?」

 窺うような視線にマキリも頷いた。

「当然だぜ、そうだ持って来たゲームがあるんだよ」

「また太古文明の遺産でしょ。あれつまらないから嫌よ」

「太古じゃない、古代だ」

 3人の様子を見ながらリナは静かに溜息を付いた。


 涙は出てこない、3人の行く末にリナが羨むような未来はない。

 それを感じている自分はおかしいと虚空に囁きを落とす。

 シャルが少し困ったように助けを求める視線を送ったが、リナはそれを無視するようにゆっくりと眠りに付いた。

 自分が死んでからみんな困ってしまえばいい。それは言葉にしなくとも伝わる態度だった。


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