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Clearth(クレアース)  作者: 有田舞式
4/11

Clearth 三、サテライト

 如何ともし難いとミツイは水槽の立ち並ぶ部屋で頭を押さえていた。

 怪しげな朱色に染まった空間。その合間を縫うように生える2つの影がある。


「成長を促進させると生物の寿命は極端に短くなります。それは彼のパートナーが早世するということです、精神の負担になるかと思いますが」


 独特な紫の毛髪を惜しみ気もなく晒して歩く女性は腕についたデバイスで水槽をチェックしながら移動を続ける。

 足場の動きが止まるのと同時に彼女の姿勢が少し前屈みになって胸が揺れる。

 水槽の水質に一喜一憂しているかのようである。


「しかしだな、遺伝子の欠陥がなければうちの生徒の1人は病気などにならずに済んでいたんだ。代替えの人間を用意するのが生みの親としての責任じゃないのか」


 ミツイは険しい口調で追及するが、女は気にも留めずに淡々と語る。


「それは難しいという話は何度もしました。私の力不足は認めます。ですからクローンがお嫌であれば下級市民アグナーズを利用するのも1つの手なのです」

「お前……アグナーズを容認するのか? 連中は産廃品ゴミクズだ。堕ちたクレアーズ。容認しない」

「それが不思議なのですよね。あなたはそれを実際に見てはいない。けれど、知っているかのように話す。そしてそれがよしんば真実であったとしても同じ人間であるのに容認ができないというのが分かりません」


 ミツイは大きく溜息を付いた。

 自分もかつて異性のサポーターがいたことがあったしこの感情は誰でも分かるものと思っている。

 目の前の女がそれを理解出来ないことに憤りを覚えながらこうして足繁く通い続けるのは自分と同じ思いをルキトにしてほしくないという願いからかもしれないなどと思った。


「生まれた時から一緒にいて互いに支え合ってきた者が死ぬ。それがどういうことか本当に分からないのか?」

 女は一瞬思案してぴしゃりと言い放つ。

「わかりませんね」


「じゃあお前のその体がある日突然半分になると思えばいい。分かるだろう」

「そんな状態で生きていられるはずもない。無意味な思考です」

「例えだ」

「それで生存が可能であるならというのであれば思考に善処しますが、面白くはないですね。私はこう見えて身の繕いには気を遣っているので」


 そう言いながらも女は水槽の中をチェックするのを怠らない。赤黒色のライトに染まる溶液には胎児が浮いている。

 新たな訓練生は2人1組で全てこのサテライトから生まれるのだ。


「話にならんな」

 ミツイは頭を押さえてから女を睨め付けた。


「大事なものだというのは理解できます。しかし、無くてはならないものというには理由付けがあまりにも足らない。定められた遺伝子適性率が99パーセントを超えたところで所詮は他人同士、自分の肉体の一部ではないのです」


 その言葉にミツイはさらに眉を寄せる。

 苦楽を共にした時間も他人のそれとは比較にならない。

 それは何にも代えがたい大切な存在である。

 ミツイは奥歯を噛みしめながら胸に手を当てて呼吸を落ち着かせるのだった。


 変化を感じ取った女は手を止めてミツイを見つめた。

「疾患ですか、心拍数に変化が見られますよ」

「お前の心ない言葉にくるものがあってな」


 女はさもつまらなさそうに水槽に顔を戻した。

「いいですか、男女というのは得てして曖昧なものなのです。まず脳の機能的違いはほとんどない。肉体の違いにおいても生殖機能と筋力の差しかない。これらを多様複雑にしているのは全て脳内のホルモンから始ま「そんな話はいい。サポーターのクローンの寿命を延ばせと言っているんだ」


 女は自分の言葉が遮られたことに少し不満を見せてから唇を固くして一呼吸置いた。


「無理です、遺伝子変異したクローンは結局短命となります」

「だからそれがおかしいんだ。遺伝子変異についての研究を何故しない」


「今のこの星における人間社会クレアーズの幸福度は99%です。人間はこうして水槽で生殖し、生物として完璧なるつがいを持つクレアーズの仕組みをどうしてあなたは不完全と非難できるのですか。今まで通りで誰も不安を感じることなどないと思います。例え1%の不幸があったとしてもそれはむしろあえて言うのであれば、必要な不幸なのです。人間は変化をやめ完全なる種の完成を位置づけた。それはいわば運命という神からの脱却、神を超えた正義が今なのです」


 ミツイは首を傾げる。


「話をややこしくするな。私はクレアーズについて信仰や思想を論じに来たわけじゃない」


 女は意に介さず関係者専用と書かれた扉の前に立っていた。

「ここから先は部外者禁止なので今日はこれで失礼します。次回は205号が相手をしますので」

 取りつく島もないままにミツイは取り残される。


 母艦の周囲を周回する巨大なサテライトは通称グリーンムーン(グリム)と呼ばれていた。

 その言葉の意味が何であるかはミツイもまた知らなかった。


 特殊な透明通路から宇宙空間を通して母艦に戻る途中、ミツイは目の前を覆うほど巨大な白い球体から目を背けている。

 輪切りになった円柱通路が生物のようにミツイを呑み込んで母艦へと近づけていく。


 次第に大きくなる白。母艦とはいえその大きさは人工の惑星だった。人々はクレアースと呼びその住み処は蜂の巣のように六角形の集合体となっている。


 球体の中心部には人工太陽と呼ばれる光源体が一定時間稼働するように出来ており、六角の中心部は多くが食料関係の栽培に使われ緑が覆い茂っていた。

 六角の辺の部分は高くそびえ立つ居住区になっていてそこにクレアーズたちが住んでいる。


 ミツイは彼らの住み処を通り越して1区画だけに存在する五角形の場所へと通路を変更する。

【認証受諾。ミツイ・ガレットの通行を許可します】


 穴だらけの要塞のような惑星を浮遊して移動しているとミツイは重力を感じて下降を始めていった。

「おお、戻ったかミツイ。8番隊のクレアーズはどうだ。確か300人くらい持ってたよな」

 髭が濃い男は鼻に抜けるような酒のにおいをさせてミツイに近づいた。


「どうもこうもない。うちの生徒から片割れが出そうだ」

「ほう、片割れとは珍しい。訓練事故か」

「状況はもっと深刻だ。サテライトグリーンが遺伝子操作のミスをしたんだ。何十年に1回あるかないかを私の生徒でやられた」


 男はミツイの深刻さとは反対に面白そうに歯を見せてその話に相づちを打った。

「羨ましいな、そいつ」

「何を言ってるんだ。片割れだぞ、アグナーズに行くことになれば虐げられるだけだ。存在価値はない」

 男の唇はぐっと横へ伸びて仏頂面となる。


「いやな、お前の意見を否定するわけじゃない。俺たち教員は全員片割れだろ。そのことについて考えたことはあるか?」

「規則に従って教員になった。それがどうした」

「おかしいだろうよ。元々はクレアーズとして超一流だったとはいえ、片割れだ。その片割れになりそうな生徒と俺たちは何ら変わり無い。だが、俺たちはアグナーズにはならずクレアーズの教員だ。これは矛盾だろう」


 ミツイの頭には疑問だった。

「それがルールだろう、訓練生から片割れだったわけじゃない」

「わからないか」

「わからんな」


 男は慣れた手つきで重力デバイスをオフにする。巨体の男の体がふわりと浮き上がると空に浮かんだ円柱の筒に向かって浮上していった。

「ならクレアーズという人間の地位をもっとよく見ろ。お前には新しい世界が開くチャンスかもしれんぞ」

 男の姿が遠ざかっていく。ミツイは自分の役割を果たすため男から視線を外した。


「この完成した世界の中で新しい世界だと?」

 下級生の教室にやってきたミツイは男との会話を思い返していた。

 地位とは立場や身分のこと。それを良く見ろといわれてミツイは生まれてからアグナーズとクレアーズの2種類の人間しかしらないことを思う。


 電子蛍光板に書かれた文章を読み上げる生徒はミツイの前で自信に溢れていた。

 ここにいる全ての人々(クレアーズ)は彼らのように満たされているはずだった。

「私たちの生活は生まれながらに1人の相方を備えており、6才になるまでは専用の育児アンドロイドが私たちの面倒を見ます。その後は2人の共同生活スペースが与えられ自由に生活を営むことが可能となっています。そのアンドロイドはアグナーズが生産しており――」


 ミツイはその生徒の自信が気になる。リナはもっと自信がなさそうであるし、同じクレアーズなのに個体には様々な差がある。ミツイは夕日のような髪をさっと後ろへ払った。


「では、相方とは何だ」


 言下に生徒から失笑が漏れる。当たり前のことを聞かれて彼らは笑うか恥ずかしがるかのどちらかだった。

 質問された生徒は隣りに居る異性とミツイを交互に見ている。

「言葉で説明してもらおうか」


 生徒の中には黄色い悲鳴をあげるものまでいた。

 浮ついた空気にミツイも呑み込まれそうになるが、どうしても生徒の口から聞きたいと思う。

「あ、相方は自分の対となる異性のことです。一番大切で、一番大好きで大事にしなければならない存在です」

 そう言うとその生徒は顔を赤くして隣の席の生徒、異性と視線を絡め合う。周囲の生徒はその様子に野次を飛ばし始めた。


「「キース、キース」」


 ミツイの心臓に鋭い痛みが走る。口づけなどそれこそ小さい頃には遊び感覚でやることだ。

 相手が生涯の異性だと分かっているのだからその進展の度合いも個体別に様々である。


 しかし、ミツイにとっては自分の手から滑り落ちていった完成された世界。

 いつからか色褪せた世界に1人取り残されたミツイは苛立つように声を上げた。


「やめろ」


 ミツイは何か謂われもなく古ぼけた不快な映像にピントが合っていくような気分に囚われていた。

「お前たち、パートナーがどうやって決められているか知っているか」

「先生、それは何年前の授業ですか」

 また漏れる笑い声にミツイは真面目に問い直す。

 生徒もミツイの心情を知ってか知らずか大人しくなりそれに答えた。


遺伝子ゲノムと脳波の適性率です。全てサテライト・グリーンムーンという場所が管理して僕たちの相方を決めています」

「連れ添う異性って言えよ」

 からかいも今度は笑いが起こらない。


 ミツイの驚愕した表情は誰の目から見ても普通ではなかった。

 唇はわなわなと震え、顔は土気色になり焦点はどこか定まっていない。生徒が心配して声を掛けると掠れた声が返ってくる。

「お前たちは疑問に感じないのか、いや、例えばお前は他の異性を見てどう感じる?」

「別に何も。僕にはユキがいますから」

「じゃあ、ユキがいなかったら……?」


 静まり変える教室はかつてないほど異様な空気に包まれていた。

「先生、その問いは思考する必要はないのではないですか」

「思考権限に抵触すると思います」

「そうだよ、相方がいなくなるはずがないし」


 徐々にその不穏な空気に気づいた生徒は話題を変えようと努力する。しかし、ミツイの疑念は確信へと変わりつつある今、それは意味のないことだった。


「お前たちに聞くぞ。1日、たった1日だけ自分の相方を交換するというルールがあったらお前たちはそれでもずっと元の相方を想っていられるか?」


 ミツイが生徒から読み取った感情の初めは不快感だった。


「先生、それは気持ち悪いです」

「でも俺は1日だけなら交換でもいいかな」

「ちょっ、それどういう意味?」

 ミツイは一瞬はっとなったが、すぐに男のほうが「冗談だよ」と言うのでミツイもそれ以上は聞けなかった。


 授業はそのまま何もないまま終わり、ミツイは自分のノルマが大きく遅れたことを悔やむ結果となる。

「先生」

 ミツイの背後から声をかけた女生徒が静かに言った。

「私は先生が何を考えて今日のような授業を行ったのかわかりませんけど」

 真面目にやれと言われるのかとミツイは身構える。

「相方は遺伝子と脳の適性以上のものはないと思います」


 女生徒はそれを疑っていない、信じ切った瞳でそう言い切った。

 ミツイはようやく気づけた。

 遺伝子や脳波以上の適性は存在することを。


「そうか、ありがとう」


 ミツイにとってはそれは救いでもあり、牢でもあった。遺伝子という鎖のような枷。


 それはまるで自分には二度と幸福は訪れないという呪いのようであった。

 冷たい廊下の先にリナがいる。ミツイはこの先にある未来に唯一の希望を見た。


 何故自分は満たされていないのかが分からない。

 それは自分が遺伝子という絶対的な情報に支配されているからである。

 しかしその仮説は自分がクレアーズという最高の人間であるにも関わらず、どこか宇宙の闇に消えて行くかのような心地だった。




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