Clearth 二、前線
――――。
警告音に一定区画の隊員が目を覚ます。
【第2プラットホームからの出撃です】
繰り返されるアナウンスに走り出す数多の白い影。白く磨かれた廊下に響く甲高い音はそれぞれが2人1組で機体へと駆け込んでいく。
「No.003ルーヴ発艦します」
「No.034カルヴァス発艦」
【順次発進せよ、繰り返す順次発進】
荘厳な天界を思わせる白の母艦。それは全くの球体でありながら推進力を持っていた。それがクレアースである。
六角形の穴から最初に飛び立ったのは細身の機体だった。四肢に取り付けられた拡張ラダーが青い光を放ち花弁のような翼となって闇に咲く。
続いて飛び立つ橙色の機体はロケット状に可変して一気に加速した。前の青い花弁の機体を抜き去って目的地へと向かって一筋の光となった。
それぞれの機体にある個性はあらゆる敵を想定してパイロットが自らカスタムしたものだった。
【各機ポイント43,330,498に向かい機獣を殲滅せよ】
「もう到着した」
ロケット型の機体は可変を開始して人型の機体へと再び変形する。サポーターが素早い操作で機体を調整制御していく。
「流動反物質エネルギー圧縮、加圧駆動核正常、ペネレートスピア出力展開開始」
両手に握られた棒状の武器から光源が現れると線状に伸びる。
それを一本へと連結、完成される双槍は黄金に輝く。
無線内の会話に他パイロットたちの焦りの声が飛び交った。
『またカルヴァスだ』
『機動力だけの怪物め』
『スピアしか持ってない機体になんか負けられねえぞ』
次々と到着する機体。その目の前に敵はひしめき合っていた。
黒の結晶体。鉱石と生物の中間点に存在する彼ら無機生物の形状は四角とも丸とも判別できない。
ただ彼らにあるのは捕食。生物は生物として。鉱物は鉱物として体内に取り込み、彼らはその体を大きくする。
それぞれがその群へ突撃して殲滅にあたる。
まるで競い合うかのようなその光景には危機感の欠片も見当たらなかった。
『ヒャハ。これで23体目ェ』
銃器で敵を打ち抜く機体。弾丸はないがエネルギーは消耗していく。まず銃器は扱いやすく距離を取って安全に戦えるためほぼ全ての機体が持っていた。
『ようやく20体だ』
『くそ、カルヴァスは今何体だ?』
カルヴァスは前方で黒い球状、まるでモザイクのようにひしめく敵の中からわずかなオレンジ光を発していた。
『82……84……89――』
槍の端に触れた順に体を切断されていく敵はその味方の無残な様子に学習することなく次々とカルヴァスへ飛び掛かっていく。
『マーカー完了、ペネレート放射スタンバイ』
落ち着き払ったサポーターの声が機内で告げた。
『よし、ペネレート全方位射出』
機体の手から槍が消失し代わりにその全身から無数の光粒が針のように現れる。囲むように迫っていた機獣たちは毬栗のように伸びる光に身を貫かれていく。無数に居たはずの敵影はその一瞬でその存在を霧散させた。
その効果範囲は測定すれば小惑星に匹敵する。
『敵影ゼロ、任務完了。可変開始――』
他の機体が唖然とする中、カルヴァスは再び可変して母艦へと飛び去っていった。
『今のは、新手のカスタマイズですか……』
『今の光線、エネルギー量は明らかに搭載過多だろう。高出力系のあの武器系列ではオーバーチャージを避けられないはずだ』
【敵影の消滅を確認。各機帰還せよ】
母艦に戻った隊員たちは皆憤りを隠せない様子で艦長に胸の内を明かした。
白壁と光沢の床に反響した声が木霊する。
「新型の兵器を他のパイロットに公開することなく一機だけに搭載するとはどういうことですか」
白髭混じりの黒髪に両目を隠すように付けられた機械眼帯が怪しげな青い光を発した。
「カスタマイズは一般向けと特殊仕様があるのはお前たちも知っての通りだ。中でも適性を満たさなければカスタムできない装備も存在する。それのなにが不服なのだ?」
隊員の1人が耐えきれない様子で椅子を倒して立ち上がり部屋を出て行く。
「不服なんかないな。次からはカルヴァス1機で出ればいいのだからな」
その場にいた全員が頷き次々と退室していった。カルヴァスのパイロットは目を丸くして息を呑む。
「何をみんな子供みたいなこと言ってるんだ。1機で出たところで全ての状況に対応できるわけじゃない。1機で出来ないことだってある」
「なら、その時は俺たちの知らないカスタマイズで戦えよ」
最後の1人が出て行くと艦長はカルヴァスのパイロットとその隣りに立つサポーターを青い眼光で見つめる。
「君はレッドという名であったな。適性あるカスタマイズを提供されたところまでは良かったのだろうが、君のサポーターは優秀すぎたようだ。説明にない組み合わせや使い方を行うのは部隊の顰蹙を買うこともあるということだ。勉強になったかね?」
その視線はレッドの隣りにいる車椅子の少女へと向けられる。感情を見せない落ち着いた双眸に細い肢体。身の丈は椅子に座っているためレッドの腰下ほどしかなく、お世辞にも壮健な肉体には見えない。女性らしい艶やかな髪は腰まであった。
前髪から覗く美しい緑をした瞳だけがレッドの身を案じているように映える。
「レンシアは俺の自慢のサポーターです」
少女自身、機械音声を嫌っていることは明らかで艦長に話しかけはしない。
「彼女は……失語症か」
コンマ零秒の速さで提示されるレンシアの経歴をみて艦長が呻る。
レッドは小さく頷いた。
並んでいるとまるで年の離れた兄妹のように映る2人が現隊員たちの頂点に立つパイロットの姿であった。
艦長はそんな2人を見て酷く落胆した色を瞳の奥に宿した。
「歩けなく言葉を発せなくとも遺伝子適性が高ければ互いに優秀な連携を作り上げることができる。それが今の殲滅部隊クレアラットか」
そう語る艦長の言葉はレッドたちの表情とは対照的に沈み込んでいた。
「故に君たちのような特異な存在を生み出してしまうのだろう。補い合うということはどちらかが主体を失うということも意味する。レンシア君は君のサポーターではあるが人間としての機能はいかほどに残っているのかね」
レッドは心外な様子で艦長の言葉を遮る。
「俺たちは2人で1人なんです。小さい頃からずっと支え合ってきた。それはこれからも変わらないし、どちらが主体かなんて関係ないんです」
艦長の頬は緩んだが、それは決して共感したからではないようだ。
「いいかね、レッド君。人にはそれぞれ役割がある。それは君も同じだ、しかしその役割というのは人生において優秀であるということだけではないんだよ。決して機獣を殺すことだけが役割などと思わないでほしいのだ」
浮遊する椅子からレンシアの細い指がレッドの袖を掴んだ。
レンシアは前を向いたままでもレッドにはその行為の言葉が分かった。
「それは、俺に部隊を退けと促しているのでしょうか」
挑むようなレッドの視線を真っ向から受けて艦長の手が組まれた。
白髭の中に埋まった赤紫色の唇が空気を振るわせる。
「そうだ……。君たちは機獣を倒すということにかけては天才的、まさに神だ。
しかし、それだけの存在を部隊には置けん。
組織にとって必要なのは力よりも結束力なのだ。君を訓練生補佐及び凖隊員へ降格する」
レッドの拳がレンシアに包まれた。戦慄く拳がふと開かれてレッドは眼力を弱めて艦長を見据える。
「艦長直々に仰ってくださり光栄でした。俺たちの役割というものを今一度見つめ直したいと思います」
艦長は何も言わずにただ静かに頷いた。部屋から出て行く間際、浮遊椅子から覗いたレンシアの横顔は艦長の青い眼にしばらく焼き付くようだった。
「失語症……か」
母星を離れて幾数千年の時を経ても精神というものについてはその謎は深まるばかりであった。彼女が失語症にかかった経緯を知った者の1人として艦長は彼女の心の求めるところを知りたくなった。
相手を深く想う者同士、また深く想うことができる相手のいる絶対的な幸福、それが等しく享受できるこの世界に満たされない心があるということは人間がどこまでも不完全であることの証明だと艦長もまた部屋を後にした。