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カーネーションの花束を

作者: あゆみ

 僕の母は、僕が十五歳の時に死んだ。母が大好きだった僕は、たくさん泣いた。その時に初めて、どんなに涙を流しても、どんなに嫌だと言っても、どうしようもないことがこの世にはあるのだと知った。


 母は晴れている日が好きだった。雲ひとつない晴れている空が好きだった。僕がまだ小さい頃、晴れている日はお弁当を持って、近所の公園に良く遊びに行ったのを覚えている。昔のことすぎて、だいぶ記憶が曖昧だけれども。


「綺麗な空だねぇ」


頭上に広がる空を見て、母は良くそう言っていた。とても嬉しそうな顔で。


 ある晴れた日、母と二人で買い物に行った。僕はその時もう小学校三年生で、だけど出かける時は必ず母と手をつないで歩いていた。母の手は少しガサガサしているけれど、ふっくらとして柔らかかったのを覚えている。

 いつもと同じように近所のスーパーで買い物をした後、母は右手に、僕は左手に荷物を持って、空いた方の手をつないで歩いていた。何か話をしていたけれど、何を話していたかは覚えていない。たぶん、会話をしていたというよりも、母が何か話しているのを僕が聞いていたように思う。ふと前を見ると、同級生の男の子たちが歩いてくるのが見えた。僕はそれが見えた途端、母から手を離した。それまで考えたこともなかったのに、母と手をつないでいるのを見られるのが恥ずかしいと思った。すぐに母の方を見ると、少し驚いたような顔をしていた。けれど、前からやってくる同級生たちに気付いて納得したように数回頷いた。


「綺麗な空だねぇ」


同級生たちに挨拶を交わし、すぐに別れてから母は言った。いつもの嬉しそうな顔だった。


 それ以来、母から僕の手をつないでくることはなくなった。


「大きくなったんだなって思った」


「子供が成長したって思えるのは幸せなことだよ」


あの日の夜、僕のいないところでそう言っていたと、後になってから父に聞いた。


 母が死んだ日も、とても綺麗な青空が広がる晴れた日だった。本当に雲ひとつない澄んだ青空だったのに、病室で過ごさなければならない母がとてもかわいそうだった。


「綺麗な空だよ」


僕が母にそう言っても、返事はなかった。色々なチューブに繋がれた母は、まるで人形のようにそこに横たわっているだけだった。


 母の命日、僕は赤いカーネーションを持って母の墓へ向かう。母が死んでから十年、欠かしたことはない。

 母が僕にくれたものはたくさんある。全部、僕の心に残っている。褒められたことも、叱られたことも。それから、母が好きだった青空も。


「綺麗な空だねぇ」


晴れた日に僕は必ず口にする。母の口調を真似して。そうすると、母が見ていてくれるような気がするから。


「ほんと、綺麗な空だね」


隣で笑う彼女。


「お義母さん、喜んでくれると良いな」


そう、続けて言った。少し不安げな表情で。


「喜んでくれるよ」


僕は彼女の手を握った。


ー あなたが選んだ人なら心配ないよ ー


母が、笑ってそう言ったような気がした。

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