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交響のスピラル  作者: 奥生由緒
序章 勇者召喚
4/5

004 シドル


 『シドル』の首都・『アンデュール』。


 そこは複数の区に分かれており、最も広大な面積を占めているのが、様々な『工房』が集まる工業区だった。

 工業区の一角にある『デリカ工房』は数百年以上続く由緒ある〝魔法具工房〟であり、その敷地面積は工業区内でも一、二を争う広さを持っていた。


「お嬢! お嬢ーっ!!」


 どたどたと大きな足音をたて、更に叫び声を上げながら作業服姿の若い男性が廊下を駆けていく。

 すれ違う者は慌てて場所を開け、「危ないだろ!」と過ぎ去った背中に叫ぶが、男性が振り返ることはなかった。

 やがて、『只今、立ち入り禁止!』とプレートが掲げられたドアの前で急ブレーキをかけ、男性は拳を振り上げてドアに叩きつけた。


「お嬢! 開けますよ?!」


 返事も聞かずにドアを開ければ、棚と物で半分上埋もれ、紙が散乱した部屋が目に入った。

 一応、足の踏み場らしき場所もあるが、室内に縦横無尽に張り巡らされた糸とそこに止められている紙に、その中に足を踏み入れることは憚れた。

 僅かな隙間の向こう――反対側の壁際には一つの机があり、カリカリ、と何かを書き込んでいる音が響いている。

 その音の根源は作業机にかじりつくように身を屈め、手を動かしている緑色の髪を持つ三十代ほどの女性だ。癖のある髪は無造作に伸ばされ、邪魔にならないように首元で一つにくくり、短めのポニーテールにしていた。

 『デリカ工房』の次期工房長――オネット・デリカだ。


「お嬢! 教導院から知らせです!」


 そう叫んだ男性に、びくり、とオネットは肩を震わせて手を留めた。


「新しい情報で、魔ほう――ぅわぁっ!!」


 すぐ脇を緑色の突風が通り過ぎ、男性は煽られて廊下に転がった。

 わっとと、と身体を一回転余分に回って身を起こして「応接室です!」と叫びながらその後を追った。











「失礼します!」


 オネットが勢いよく応接室のドアを開くと、室内にいる全員が振り返った。


「――って、えっ? 届けに来た人は?」


 室内にいるのは作業着姿の見知った顔ぶれ――『工房』関係者だけだということに気付き、オネットは目を瞬いた。

 何故か、部屋の中央にあるテーブルを囲んでいる。


「追加情報を届けに来ただけだからな。さっさと帰ったぞ」


 オネットの疑問に答えたのは六十代後半ほどの男性で、背はオネットよりも少しだけ高いぐらいで、どっしりとした体格に一人だけ色違いの作業着を着ていた。

 濃い緑色の髪に無精ひげを生やした男性は『デリカ工房』工房長――父だ。


「まぁ、それどころじゃねえさ」


 父に続いて口を開いたのは、父と同い年の男性であり、長年、その右腕として働いている親方の一人――副工房長だった。

 その言葉にオネットは小首をかしげ、


「――それが、教導院から?」


ふと、テーブルの上にあるケースと封筒が目に入った。

 そこにテスカトリ教導院の紋章を見つけ、目を細める。


「ああ。そうだ」

「……何で開けてないの?」


 頷く父に問いかけると、ぴくり、と片眉を上げた。


「お前なぁ……仮にも〝勇者〟関連の物だぞ? おいそれと開けられるか!」

「でも、置いていったんでしょ?」

「だから、」


 さらに何かを言おうとした父を「まぁまぁまぁ!」と、一番若い親方が抑える。


「工房長! 話が進まねぇって!」


 「お、おう」と頷く父に、オネットはにっこりと笑う。


「冗談冗談、分かってるって!」

「おま――っ!」

「お嬢! これ以上、からかわないで下さい!」


 泣きが入った声に、えへへ、と笑みを返す。


「嬢ちゃん、遊んでないで早く開けてくれ」


 そのやり取りがなかったかのように――父と父を宥める親方は無視して――副工房長が言った。

 つい、と口の中で呟いてオネットがテーブルに近づくと、数人が退いて場所を開けた。


「で。異世界の魔法具――なのよね?」


 改めて確認すると、ふんっ、と鼻を鳴らした父が口を開く。


「そうだ。他の国には二つの魔法具が入ったケースが二つずつ、配られているらしい。――『シドル(ここ)』には三つ、だけどな」

「………ふぅん?」


 つまり、〝勇者〟二人だけでなく『シドル』にも、ということだろう。


何か(・・)あるのかな? ……でもまぁ、腹の探り合い(そっち)()がやってくれるだろうし……)


 先々代の異世界人の〝勇者〟と同様に、魔法具の技術者でもあるという今代。

 召喚の遅れから色々と時間は差し迫っているはずだが、わざわざ多めに作らせて渡してきたというのなら、何かしらの目的はあるのだろう。

 政治が絡む(そういう)駆け引きとなると、ただの技術者には荷が重い。

 そのことは早々に頭の片隅に追いやったオネットは、じっとケースを見つめた。


「この前届いたのは、こっちの魔法具だったよな」

「模擬戦、だったんだろ?」


 周囲からの問いには、「……うん。そう」と生返事を返しながらも思い出すのは、先日に見た異世界の魔法。

 前回、届いた〝モントレの記録盤〟には、異世界人の〝勇者〟と近衛騎士団副団長が行った模擬戦が記録されていた。

 さすがに記憶されていた映像はオネットだけが見たが、その時、映っていた異世界人の少年――青年が使用した〝魔術〟は、今でも鮮明に覚えている。


(魔術具、か……)


 陣を使用することなく発動することが出来るが、敢えてソレを陣と化したものが刻まれている代物――。


「――さて」


 封筒をケースの上に置き、両手でケースを掴んだところで、


「――待てぇいっ!」

「いぃっ!!」


 どたんがたん、と両腕やケースを四方から押さえられ、テーブルに叩きつけられた。

 ケースとテーブルで挟んだ指がジンジンとした痛みを訴えてくるが、両腕を押さえれているので動かすことが出来ない。


「ちょっ――なに……っ!」


 少し涙目になりながら文句を言おうと顔を上げれば、無表情にこちらを凝視してくる父たちと目が合い、言葉に詰まった。


「どこに行く?」


 地の底から響くような低い声は、父から発せられたものだ。

 ぐっ、と両腕やケースを押さえる手の力が強まった。


「えっ……じ、自室に……」


 そっと視線を逸らしても、結局は誰かと目が合ってしまうので天井を向いた。


「何でだ?」

「確認、するためだけど……」

「いやぁ、お嬢――それはない」

「でも、この前は……」

「まぁ待て、嬢ちゃん。今回はいいんだ。今回は許可を取ってあるっ!」

「えぇー……?」


 父や副工房長、親方たちにそう言われ、オネットは顔を下に向けた。

 そうなの、と確認するように父を見ると、力強く頷かれた。


「そ、そう……」


 だから開けろ、とギラギラとした十数の視線に負けて、オネットはコクコクと頷いた。


(まさか………帰ったのって父さんたちのせいじゃ……?)


 職人魂と言うべきか、この視線――有無を言わせない眼光に晒されれば、頷かざるを終えないだろう。


「じゃあ、開けるから、」


 手を退けてほしい、と言う前に、ぱっと押さえつけられていた腕が離れた。


「………」


 痛いと捕まれていた腕をさすり、オネットはじと目を向けた。


(私に届いたのにっ………絶対、これっきりにしてやるんだから!)


 手の中に愛用のメガネを取り出し、それをかけながらオネットは尋ねた。


「じゃあ、開けるよ?」











         ***










 首都『アンデュール』の北から南東に向けて連なる山脈。

 その山の中腹に広く開けた場所があり、一軒のログハウスが建っていた。

 ログハウスの三方に引っ付くように一回り小さな四角い建物が三つあり、少し離れた場所にも小屋あった。



―――コンコンコン、



と。玄関の方でノックの音が聞こえ、ログハウスの住人である薄茶色の髪に浅葱色の瞳を持つ男性――タシテュール・トリプソンは、手元の設計図から顔を上げた。

 ペンを置いて軽く目元を揉みながら立ち上がると、作業室のドアを開いてリビングへ。

 ラフな服装に身を包むが、人里離れた場所にあるこの家を訪れる者はごく僅かしかおらず、その人物はタシテュールのことをよく知っている者たちばかりなので、特に問題はないだろう。

 玄関前から中に向けて呼びかける声もないことで来訪者を確信し、息を吐きながら伸びて来た髪を掻き上げる。


「――君か」


 そのまま、後頭部の辺りを掻きながらドアを開くと、予想通りの相手が待っていた。


「こんにちは。お邪魔してもよろしいですか?」


 薄い唇を伸ばして笑みを浮かべているのは、数十年来の友人――現在、『ゾデューク工房』をタシテュールの代わりにまとめている副工房長の女性だった。

 淡い水色の髪は後頭部で一つにまとめられ、敢えて残された毛先が前に流されていた。緑色の瞳は細められ、楽しげに揺れている。


「ああ。入ってくれ」


 タシテュールは身を引いて、彼女を招き入れた。

 荷物は肩掛けカバンがあるだけで、それをリビングの中央にあるテーブルの上に置き、副工房長は振り返った。


「お昼はお済ですか?」

「――ん?」


 そんな時間か、と思ったところで、


「まだ、ですね……サンドイッチを買ってきましたから」


 やっぱり、と苦笑してカバンから細長い紙箱と四角いケース、そして封筒を取り出した。


「――キッチン、お借りします」


 有無を言わせずにキッチンに向かい、お茶の準備を始めた。


「すまない。……それで? 何かあったのか?」


 キッチンに立つ後ろ姿からそっと目を逸らしつつ、タシテュールは尋ねた。

 普段、連絡事項などがある時は通信用の魔法具を使っているので、わざわざ、ココまで訪ねてくるのは珍しいことだった。

 イスに腰を下ろし、テーブルに置かれた物に視線を向けた。

 『工房』近くのパン屋の名前が書かれた紙箱を引き寄せ、残りの二つ――ケースと封筒に視線を移したところで眉を寄せる。

 そこに描かれた紋章は、テスカトリ教導院のものだった。


「何かって……テスカトリ教導院から〝勇者〟に関する情報が届いたので、それを届けに来たのですが」


 他にあると思いますか、と呆れた声をかけられた。

 むっ、とタシテュールは言葉に詰まり、


「………呼び出しは受けていないが?」

「呼び出しても、中々来ませんからね」

「………」

「あなたもあの子も(・・・・)……」


 ふぅ、とため息をつかれた。

 反論をあっさりと返され、更にため息をつかれてしまうと何も言い返せなかった。


「………このケースは?」


 このままではマズいと思い、話題を変えた。


「異世界の魔法具だそうです。そちらの封筒に解析結果が入っています」

「!」


 さらり、と告げられた言葉に、ケースに伸ばしかけた手が揺れて止まった。


「………異世界、の?」


 呟いて、タシテュールはケースに視線を落とす。


(確か、術者だったはずだが…………本当に刻印術の知識もあるのか?)


 ただ、物に刻印しただけでは、思う通りの効果が発揮されるわけではない。

 それを補助する術式が必要不可欠であり、それらは通常の魔法陣とは少々構築が違うのだ。


「………」


 タシテュールはケースではなく封筒を手に取り、中から書類を取り出した。

 その文面に視線を向けるうちに、次第に眉根が寄っていくのが分かった。


「――どうですか?」


 副工房長はトレイに置いた二つのカップをそのままテーブルに置きながら尋ねて来た。

 届いた魔法具は二つ。一つ目の解析結果を読み終えて、タシテュールは顔を上げる。


「この性能………信じられないな。どの属性でも扱える魔法具――いや、魔術具か」

「どの属性も……?」


 副工房長は目を見開いた。

 彼女に読み終わった方の書類を渡し、礼を言ってからカップに手を伸ばす。

 喉を潤して一息つき、サンドイッチの箱に手を伸ばした。一つを手に取り、口に運ぶ。

 一つ、二つとサンドイッチを食べていると「――ほぅ」と吐息のような声を出して、副工房長は書類から顔を上げた。


「確かに、今まで見たことのない構築ですね……」

「ああ。先々代のテスカトリ教導院の〝勇者〟が残した魔法具とも違う代物だ。………『デリカ工房』が目の色を変えそうだな」


 彼女に頷きながら、二つ目の魔術具の解析結果に手を伸ばした。

 その様子に副工房長は、くすり、と笑い、


「やはり、気になりますか……?」

「………多少はな」


 書面に視線を落としながら答えると、さっと視界から書類が消えた。

 顔を上げれば、にこり、と笑う副工房長の目と目が合い、


「お行儀が悪いですよ」


子どもに言い聞かせるように言い、さらに書類の代わりにサンドイッチの箱を押し付けてくる。

 タシテュールがじと目を向けても、彼女はどこ吹く風だ。


(……もう七十近いんだが)


 ソレを口にすると、さらに何か言われるような気がしたので、大人しく口を噤んだまま、サンドイッチに手を伸ばした。

 目の前では、奪った二つ目の書類に視線を落とす副工房長の姿があり、


(読みたかったのか……?)


 そう思わずにはいられなかった。











「こちらも面白い術式の構築ですね。――ふふっ、解析したのは教授(・・)みたいですよ?」

「他にいないだろ……」


 テスカトリ教導院に属する、魔法陣関連の第一人者。

 タシテュールも二番手として名を挙げられることはあるが、彼女には――〝智の(かんなぎ)〟には遠く及ばないだろう。


「あの子も法則さえ分かれば、飛びつきますよ。『シドル』には三つ、ケースが届いているみたいですから」

「! そうか……」


 最後の一口を食べ終え、タシテュールはお茶を飲んで一息つくと、ケースに手を伸ばした。


「………」


 だが、伸ばしたまま開けることはなく、視線を注いでいた。


「――開けないのですか?」

「………いや………」


 指先でケースの角をなぞり、フォックに指をかける。


「わざわざ作らせたのなら、厄介事か……」

「そうですね。……でも、あの子や教授と似たタイプの方かもしれませんよ? 術者であり、技術者でもありますから」

「………」


 副工房長の言葉も一理あるが――。


「それに興味を持っていただけたのなら、喜ばしいことですから」

「………どちらにしろ、同じだ」


 タシテュールにとっては〝厄介事〟に代わりはなかった。


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