7 最後の試練
『加虐者』『球体兵器』『巨人』『人狼』『斬首旋風』『毒マムシ』
『全身凶器』『芸術家』『破壊神』『夜色の壁』『閃撃』『液体人間』
『竜王』『桜吹雪』『残留針』『業火』『狂乱の歌姫』『虚影』『混沌』
半年の間に、『地獄の森』で戦った凶悪犯たちの名前だ。
……こういう二つ名って、誰がつけてんだろうな。
俺はこの地獄で……生き残った。
ルナの、致命傷でなければ一時間でどんな傷でも完治させるという便利な魔法(ただし、救世主である俺にしか使えないらしい)もあり、何度も死にそうになりながらも、こうして生きている。
そして、誰一人として殺してはいない。
ルナ曰く、世界滅亡の危機まで、あと四、五年。……アバウトだな、おい。
俺は、戦闘以外ではかなりチートな相棒と一緒に、今日この地獄を去る。
「行くのかい。ユイト、ルナ」
木の上から飛び降り、優雅に着地した美しい女性が、俺たちに話しかけてくる。
俺と何度も死闘を繰り広げてきた凶悪犯の一人、『狂乱の歌姫』だ。
「ええ。今までお世話になりました」
「お世話ねぇ。本気の殺し合いをした相手にそんなことを言われるなんて……変な気持ちだよ」
歌姫は肩をすくめ、今度はルナを見る。
「ルナ。あんたの魔法がユイト以外にも使えれば、私もここから出れるんだけどね。本当にどうにかならないのかい?」
「ごめん無理。私の魔法はあくまで救世主のサポートだから。というか、今ではこうして普通に会話してるけど、凶悪犯を脱獄させるわけにはいかないよ」
「はは、そうだね。私は更生したつもりだけど、ここの連中は外道ばかりだからね。あんたらも結構な人数と知り合いになったみたいだけど、今でも命を狙うやつがいるかい」
歌姫の言葉に、俺は苦笑交じりにこう答える。
「いるというか、いまだにほぼ全員そうですね」
「はは、そうかい。やっぱ、あんたらでも友達になるのはキツかったかい」
歌姫はプッと吹き出し、落ち着いてから続ける。
「でも、外の連中はここよりはマシだから、頑張りなよ。救世主さん」
……ったく、その呼び方はやめてくれって言ってるのに。
歌姫の見た目に似合わないとてもキュートな本名――ミミって呼ぶぞ、おい!
「あ、そういえば、他の連中も今日、あんたらが行くこと知ってるよね。出る前に死なないよう、気をつけなよ」
歌姫はそう警告してくるが、
「大丈夫です。歌姫より少し前に、わざわざ俺を殺そうとしてきそうな七人、その全員が集団で襲ってきましたから」
「へぇー、ここの連中が共闘ねぇ」
軽い口調だったが、歌姫は相当驚いていた。
確かにそうだよな。自分の欲望のためだけに行動していた彼らが、力を合わせるなんて。
とはいえ……
「ちょっと引っ掻き回したら、お互いに攻撃し合ったりして、俺は二人しか倒してないんですけど、全滅しましたよ」
「ははは、愉快だね、それは。まったく、やつららしい」
ひとしきり笑った歌姫は、不意に真面目な顔になる。
「じゃあね、ユイト。ルナ。あんたらとは何度も殺し合ったけど、案外楽しかったよ」
「……歌姫。そのセリフを聞く限り、更生してないと思うよ」
黙っていたルナが、ボソリと言う。
「ははは、確かにそうだ。こりゃ、一生治りそうにないね。てなわけで、たまには面会に来てくれよ。この刑務所は、看守が一人もいないから、いつでも大歓迎さ」
「はい。またいつか。ミミさん」
「ちょ、ユイト。その名で呼ぶのは勘弁してくれって言ったはずだよ」
こうして、歌姫に見送られ、ルナの移動魔法を使おうとした時だった。
「……っ!」
俺の視線は、弾かれたようにある一点へ誘導され――俺はそこから目が離せなくなる。
歌姫もルナも、俺とまったく一緒の方向を無言で見つめる。
木漏れ日の注ぐ森の中。
サクサクと草地を踏む、小さな足音だけが辺りに響く。
「ルナ。早く、ユイトと一緒にここを出るんだ」
歌姫が小声で言う。
「いや、ダメだ。ルナの移動魔法は、発動までに少し時間がかかる。下手に刺激するような真似はしない方がいい」
俺も小声で返す。
まだ視認できないが、俺たちの方に真っ直ぐ向かってくる魔法使い。
そいつは、とんでもなく――強い。
強者と戦い培われてきた俺の感覚が、全身でそれを伝えてくる。
俺たちが魔法を使う素振りを見せただけで、瞬時に懐に入られ一撃をもらう、そんな嫌なイメージさえ脳裏に浮かんでくるほどの、悪寒。
誰だ、一体。
『地獄の森』の凶悪犯である歌姫も額に汗を浮かべ、凶悪犯たちと何度も戦い生き延びてきた俺が、こんなにも警戒しないといけないと思う相手。
「ま、まるで『九王』のあの男に、この森にぶち込まれた時みたいだ」
歌姫が唇を震わせる。
『九王』? いや、彼らが基本的に一度入ったら二度と出られないこの森に立ち入るはずがない。
じゃ、じゃあ、本当に誰なんだ。
俺たちがただ立ち尽くすことしかできない中、そいつは姿を現した。
木漏れ日で光る長い銀髪。
何物も映さない黒く淀んだ双眸。
ゆっくりと俺たちに接近してきた最恐の魔法使いは……
銀髪の幼女だった。