1 世界一可愛い少女
気づくとそこは、鬱蒼と木々が生い茂る森の中だった。
「どこだ? ここ」
俺の呟きに応じたかのように、眼前に少女が現れる。
先程、俺に予言を告げたあの少女だ。
長くて綺麗な髪をフワッと揺らし、軽やかに地面に着地。
今更だが、俺はその少女のあまりの可愛さに息を飲む。
幼さは残るものの、作り物のように整った顔立ち。
澄んだ宝石のように美しい双眸。
どちらかといえば小柄だが、案外胸はあるし……かなり好み――否、ドストライクだ。
「ユイト。どうしたの? ボーっとして」
「え、いや、なんでもないよ」
見惚れていたとは言えず、咄嗟に誤魔化そうとするが……
「あれ、俺、名乗ったけ?」
「ううん」
「え、じゃあ、どうして?」
「魔法のおかげだよ」
少女は笑顔でそう答えたが……
相手の名前が分かるだけ、というしょぼい魔法がこの世に存在するのだろうか?
というか、この子の魔法は未来を予知するモノなのでは?
そうでないと、先程の予言が嘘ということになる。
なぜなら、どんな魔法使いでも、使える魔法は一種類と決まっているのだから。
「私の魔法は、『世界を救う救世主を見つけ、手助けする』というモノ。だからそのために必要な情報はすべて知ってるんだよ」
そんなバカな。
いくらなんでも魔法の定義がアバウト過ぎる。
確かに魔法の定義が曖昧で、捉え方によってはかなり応用が利く魔法も存在すると聞くが……
「ちなみに、ユイトが救世主を引き受けたくなるように、魔法で声や姿も作ってるからね」
言って、少女はどこからともなく手鏡を出現させた。
「へぇー、なるほど。ユイトの好みの女の子はこんな顔してるんだー。かなりの美少女だね。でも、どちらかと言うと、妹キャラ的な感じだね。いわゆる妹萌え……」
なんだか知らないが、俺の趣味が露呈している?
しかも、何一つ間違っていないし。
「わ、分かった。信じるから。なんかもうやめてくれ」
「やめないよ」
いつの間にか手鏡を消していた少女が、ものすごく真面目な声で言う。
「ある恩人との約束でね。私は世界を救わなくてはいけない。ううん、救いたい。でも私には世界を救う力はない」
「だから、代わりに俺が世界を救えと?」
「うん。迷惑な話だと私も思うよ。でも、ユイトにしか頼めないから」
ものすごく好みの少女に、そこまで言われて断るほど、俺はヘタレではない……と思う。
でも、魔法で姿作ってるんだよな。ホントはどんな顔してるんだ、こいつ。
「ユイトの懸念していることはたぶん問題ないよ」
俺の心を見透かすように、少女が言う。
「私の声や姿はもう一生このまま。私はかつての自分の姿を思い出すこともできない」
「はっ? それって……いや、どうしてそこまで」
魔法を使えない落ちこぼれのために、こいつどうしてそこまでできる。
過去の自分の姿を思い出せない?
それは過去を捨てるようなものだろ。
俺なんか、俺を疎ましく思い捨てた家族のことさえ、今でも女々しく思い出す時があるっていうのに。
この少女の決意は本物だ。
言葉ではない。彼女の真剣な眼差しから、それが伝わってくる。
「お願い、ユイト。私のために、世界を救って」
俺の答えは決まった。
家族に捨てられてからというもの、誰一人として信じようとしていなかった俺が……
まさか、こうもあっさり眼前の少女を信じようとしている。
少女の言葉は信じがたいものが多かった。もしかしたら、何か嘘をついていたかもしれない。
でも、それは、俺を騙す嘘ではない気がした。
今はまだ、言えないだけ。つまり秘密にしているだけ。
いつか、きっとすべてを話してくれる時が来るだろう。
……俺って、女に甘かったんだな。
まあ、俺にとっては世界一可愛い少女なんだから、仕方ないかな。
「なあ、その前に一つ。おまえの名前を教えてくれないか?」
すると少女はおもむろに口を開き、こう名乗った。
「――ルナ」
それは、小さい頃母親の口から聞いたことある名前だった。
――もしユイトが女の子だったら、『ルナ』ちゃんだったのよ。
運命――いや、ルナの魔法の力だろう。
……そんな名前言われたら、信じるしかないだろ。
「良い名前だな。よろしく、ルナ」