第3話 白龍を宿いし少女
マヤトが暗黒龍を宿した日からおよそ三年半。
相も変わらず心が開かれることはなかったが、ほんの少しだけ変化があった。
それまで自ら行動を起こすことのなかったマヤト。だが、いまマヤトはミレットの頼みでもなく、リアラの頼みでもなく、1人町外れの深い森に足を運んでいる。
これは暗黒龍である、マヤトが「クロ」と呼んでいる龍が舞い降り、無事目覚めた翌日から毎日のように足を運んでいることだった。
ミレットも、リアラも薄々感じているのだろう。
マヤトがあの日、10歳の誕生日にどちらを選択したのか。
ただその選択が、全く自分の意思で行動してこなかったマヤトをほんの少し変えてくれた。
それだけで2人にはとても喜ばしいことで、マヤトが1人どこかへ出かけるのを、心配ではあったが止めることはなかった。
マヤトは今、町から出てすぐの森の中にいる。ただかなり奥まで足を運んでいるため、昼間でありながらあたりは薄暗い、不気味な雰囲気を漂わせていた。
そんな中にいるマヤトの視線の先、そこにはまるで大岩をごっそり抜き去ったかのように、綺麗な円形をなした窪みが存在している。
『フ、まさかこうもあっさりとおれの力を使いこなすとはな。だがそれも必然か。なんせおれはお前の闇を喰らうことができなかったのだからな、マヤトよ。まさかおれに喰らえぬ闇があるとは……。奇怪なものだな、前世の闇とは」
(うるせぇよクロ。お前が勝手におれの記憶を見やがるから仕方なくこんなことしてんだろうが。お前が何も知りさえしなければ、何もせずにいられたのに……)
マヤトは頭に響くクロの声に、同じく頭の中で答える。
これは龍を身に宿した者が、内なる龍との意思疎通を図る、いわばテレパシーというものだ。
今まで会話というものをしてこなかったマヤトだが、言葉を念じるだけならば、そしてすべてを知ってしまっているクロならばと、半ば強制的にコミュニケーションを取らされている。
『フハハハ。まぁそういうなマヤト。おれほどの力を得たものが何もしなければ、それこそこの世は近いうちに闇に飲み込まれるぞ。再びおれを呼び出せるものがいるとも思えんしな』
(ちっ。だからこうしてお前の言うことを聞いてやってんだろうが。この世界がどうなろうがおれには関係ない。けど救える力があって、あの2人をむざむざ死なせることはおれにはできないからな)
マヤトの言う2人とはもちろん、育ての親であるミレットと、その娘であるリアラのことだ。
そしてマヤトの宿した暗黒龍、クロはいまのこの世界になくてはならない存在だった。
『フ、それでいい。いずれお前をその闇から引っ張り出す者がいるかもしれんしな。お前の止まった時間が再び動き出せば、おれの喰らえる闇が増えるというものだ。フハハハ』
(ふん、そんな奴はいないしそんな時もこねぇよ。おれを変えられるのは美夜だけだ……)
マヤトは笑うクロに対して、当然だとばかりにそれを否定した。
そして深い森を歩き出す。
(……!)
しばらく歩みを進めてさらに奥へ行くと、何かの気配を察知したのか、自分の気配を薄暗い森に溶け込むように消しさり、その方へとゆっくり進む。
そして前方から、おそらく滝だろうか……、水の流れる音が聞こえ徐々に視界が明るくなっていく。
気付けば上空に生い茂って日差しを遮っていた枝や葉がその数を減らし、木漏れ日のように視界を照らす。
そして一際明るくなっているところへ、木の陰から様子を窺うように顔を覗かせるマヤト。
そこには春の明るい日差しに一面を照らされた滝つぼに溜まる川が、白き輝きを放って存在していた。
ただマヤトは川の気配を感じたのではない。
その気配を探すようにあたりを無表情のままに見渡すマヤト。
そしてそれはすぐさま見つかった。
マヤトの漆黒の眼が見据えるその先。そこには純白の輝きを放つ、穢れ無き1体の白き龍。
そしてその白龍に身を預けるように、瞳を閉じて優雅に身体を休める1人の少女。
「う――!」
マヤトは「うそだろ」という言葉をいいかけ、飲み込んだ。
ただその表情は間違いなくこの世界に生まれて初めてであろう、動揺という感情が滲み出ていた。
(美……夜……)
マヤトの中に生まれた1つの言葉、いや名前。それはマヤトの最愛の恋人だった者の名前だ。
そしてマヤトの視線の先に眠る少女は、そんな美夜にまるで生き写しのように瓜二つだった。
違うところと言えば、美夜は綺麗な長い黒髪だったのに対し、少女は金髪。しかしその輝きは黄金ではなく、少女が宿しているのであろう白龍のような白き輝きにも見える。
それからマヤトの記憶にある美夜より、少しばかり幼く見えることだろうか。
そんな少女を目の当たりにしたのだ。マヤトが動揺を隠せなくとも仕方がなかった。
そして気付かぬうちに、地面に転がった枝を「パキッ」と踏みつけてしまう。
「っ――! だれ!?」
少女はマヤトが立てた小さな音に飛び起き、傍らにあった剣に手をかけ、一瞬でそちらに視線を向けた。
その恐ろしいまでに研ぎ澄まされた集中力に、動揺を露わにしていたマヤトは身を隠すのを忘れ、そのまま少女と相対する。
この時、マヤトの表情はいつものそれに戻っていたが、内心はおそらくいまだ動揺し、焦っていただろう。いや……恐怖すらしていたのかもしれない。
そして、マヤトを見据えた少女からその言葉は発せられた……。
「……あなた、どうしてそんな悲しい瞳をしているの? あっ! ちょっとまっ――!」
マヤトはその言葉を聞いてしまった瞬間、その場を逃げ出した。おもわず今の自分に出せる最大のスピードで。
まるで少女の言葉の続きを聞きたくはないとでもいうように一目散に……。
少女が発した言葉、それは真夜人が美夜に初めて会ったときに言われた言葉だった。
そんな美夜に瓜二つで、言葉まで同じだった少女。
もう二度と会えるはずもないと思っていた恋人にそっくりな少女を目の当たりにし、マヤトはそんなことはありえないと目を背けたかったのかもしれない。
『どうしたの? ミヤ。心がざわついているわよ。そんなにさっきの坊やが気になるのかしら?』
マヤトがいた場所を寂しそうに胸を押さえながら見つめる少女に、いまだ蜷局を巻くような姿勢の、そのちょうど背に人が1人乗せられる様な巨躯の白龍が、少し笑みを浮かべながら声をかける。
その声は、逸脱した龍の姿にもかかわらず、とても静かで、美しい音声だ。
「――! わからないわ……、どうして引き止めようとしたのか……。ただ私の言葉で彼が傷付いてしまったのかもしれないと、思ったのかもしれないわね」
ミヤと呼ばれた少女は、一瞬だけ頬を赤く染め、再びマヤトが去って行った方へと視線をやりながらそう答えた。
『あらあら、フフフ。よっぽど気に入ってしまったのかしらね。たしかにあの坊やは只者ではないようだけど……。どうするの? 追いかけてみる?』
「いえ……やめておくわ、シロ。 彼がその身に龍を宿す者なら、またどこかで会えるはずよ。いいえ、きっと会えるわ。そんな感じがするもの。ふふ。それじゃぁ戻りましょ! なにせ明日から私は神龍の使い手達が集まる王都、アリシヤードに行かないといけないもの。そのためにいろいろ準備しないとね!」
そういうとミヤは、己に宿した白龍の背に跨り、空の彼方へと消えていった……。
個人的にミヤを目にする瞬間の情景が気に入ってます。
うまく伝わったでしょうか?
感想お待ちしております!
さぁいよいよマヤトの時が少しずつ動き出してきました。まぁほんとにちょっとずつなんですがw
次回は最初に逃げ出したマヤトの様子の後、時間が飛ぶと思います。
神龍の使い手なる言葉も気になるところですね。
それでは今後とも応援よろしくお願いします。