バレンタイン小話
いつもの、短い逢瀬。
今日は、ずっと前から約束していた日だった。
弥生は鞄から包みを取り出すと、そっと一輝の前に置く。
「一輝君、甘いのちょっと苦手だったよね。砂糖控えめにしたんだけど、どうかなぁ」
彼女が自信がなさそうにそう言うのへ、一輝はどんな菓子よりも甘い眼差しで微笑む。
「弥生さんの作るものは、どれも皆、おいしいです。その味を楽しむのが僕だけならいいのに、と思いますよ……早く独り占めしたくて、時々我慢できなくなります」
「一輝君……」
いつもながらストレートなその物言いに、弥生の頬は火照ってしまう。今は公衆の面前だから、まだマシだ。これで二人きりとなったら、もう、弥生はどうしていいかわからなくなる。
薬指に光る指輪をくれてから、一輝は更に積極的になった気がする。
弥生の視線がその指輪に落ちたことに気付いて、一輝が彼女の左手を取った。そして、指輪がはまっている指に、口付ける。
「僕が、葉月君にさえ嫉妬していると言ったら、貴女は呆れるでしょうね」
「葉月に?」
目を丸くした弥生に、一輝が苦笑する。
「僕は狭量な男なのですよ……貴女に関する事では」
「一輝君……」
「これは絶対に外さないでくださいね? あなたの周りは、危険が多すぎる」
人がいるのに、と更に顔が赤くなってしまうけれど、弥生が慌てると一輝は尚更楽しがるから、彼女は敢えて一輝のしたいようにさせておいた。そして、指輪と危険と、どんな関係があるのだろうと思いながら、微笑んだ。
「別に、危ないことなんてないよ? ウチの周りって町内会がしっかしてるし、おまわりさんからも、ここはいい場所だねって、褒められるんだから」
至極真面目に答えた弥生に、一輝がふと苦笑する。
「そういう意味では、ないんですよ。まあ、いいです。僕があなたを手放さなければいいだけですから」
「いやだなぁ、わたしこそ、放してあげないよ?」
微妙に食い違う、二人の会話。けれども、一番大事なところは、いつも一緒なのだ。
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おつき合いくださいまして、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。
これで一輝と弥生のお話はおしまいです。
最後にもう一度、ありがとうございました。