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大事なあなた  作者: トウリン
キリンを大きくする方法
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キリンを大きくする方法

報われない男、森口君視点での高校時代の回想です。

シリーズ通しての、エピローグです。

 彼女と初めて会ったのは、高校の入学式の時だった。


 風に煽られてしまったのか、柔らかそうな栗色の髪が桜の樹の枝に絡まって、困っていた彼女を助けたのが、始まり。


 その頃の俺の身長は158.5センチ。

 はっきり言って、チビだった。

 大抵の女子は同じ目線だったのに、彼女はとても小さくて、普通に向き合って立ってもつむじを見下ろせるくらいだった。


 その瞬間、彼女に対して『可愛い』と感じたのは、多分、小さい子どもとか、小動物とかに感じるものと同じ気持ちだったのじゃないかと思う。失礼だけど、『女子』に対してのものではなかっただろう、と。


 とにかく、彼女が爪先立ちしてようやく届くところが、俺には簡単に届いたわけで。


 今まで、女子から『かわいい』と評されることがしばしばだった俺からしてみたら、ちょっとしたカルチャーショックだった。


「ありがとう。とっても助かった! やっぱり、男の子って頼りになるね! わたし、大石弥生おおいし やよいっていうの。あなたは?」


 と輝く笑顔で言われ。


 その時、俺は、恋に落ちた。



   *



 初っ端っから彼女とは同じクラスになることができて、俺は、きっと一生分の運を使い切ったのだと、思った。


 クラスの中で見る彼女は、何というか、不思議な存在だった。

 何故か、彼女の周りには人が集まる。しかも、何をするわけでもなく、ただ、いるだけ。何となく、陽だまりに集まる動物たちのような……。

 たまに、彼女に話しかけている女子とかもいたけれど、ペラペラ会話をしている、というよりは、彼女はただ相槌を打ちながら聞いているだけ、というふうに見えた。そうして、話しかけていた女子は、そのうち妙に満足そうに話を終える。それを、彼女は、笑顔で見送って。


 その笑顔が、また、何ともいえないんだ。

 一度目に入ってしまうと、逸らせなくなる。

 まあ、そうは言っても、ずっと凝視していたらアヤシイ男になってしまうから、目を離さざるを得ないのだけど。


 もう一つの『不思議』は彼女の鈍さ、だった。


 正直言って、彼女を狙っている男は多かった。

 彼女の親友、加山美香かやま みかのさり気ないガードもあるかもしれなかったけれど、彼女を護る何よりも強力な壁は、目には見えない何かだった。


 そりゃ、俺たちだって健康な高校生男児だし。

『カノジョ』になれたら、あんなことやこんなことをしたいなぁ、というのは、たくさんある。


 でも、彼女の前に立つと、そんなヨコシマな気持ちが、ものすごくワルイコトに思われて……。


 結局、告白しようとして、一言も発せずに玉砕した男たちも、随分いるらしい。

 俺は、そんな無謀なことにチャレンジしなくても、最初の出会いのお陰で他の男子たちよりも彼女に近い位置にいられた。何かの行事の時には同じ班になったりとか、彼女の力が及ばないような仕事のときに頼られたりとか。

 彼女は基本的には何でも自分でできる人なのだけれども、力仕事とか、どうしてもできない時にはちゃんと他の人にも助けを求めてくる。

 彼女のためならば、と頑張って、いつの間にか、結構色々できるようになっていた。


 ……人間、やればできるもんだと思ったのは、この時だったな。



   *



 そうこうしているうちに。


 高校に入ったら、急に背が伸び始めた。

 もう、ホントにメキメキと。


 それはものすごく嬉しいことだったけれど、おまけがあった。


 始まりは、なんだか朝が起きにくくなったことだった。ちゃんと、前の日に早く寝ても、朝起きられない。そして、なんだかよく立ちくらみを起こすようになり、ひどい頭痛や吐き気もしょっちゅうあった。

 母親が病院に連れて行ってくれて、ついた名前は『起立性何とか』。

 病気じゃなくて、成長期に時々あることだという説明だった。

 そのうち自然に治るよと言われ、薬を出され。


 つらかったけれど、学校には毎日通った。

 何故って、もちろん、彼女がいるから。

 登校して保健室に直行する事も多かったけれど、それはそれでイイ事もあった。保健委員の彼女が様子を見に来がてら、ちょっと付き添ってくれたりするという、役得。

 この為だけにでも、登校する価値はあると思った。


 でも、その状態が長引くにつれて、何となく、周囲の雰囲気が変わり始めたんだ。まあ、当たり前といえば当たり前。これがまた、放課後になると調子が良くなってくるから、いっそうたちが悪いんだ。

 ろくに授業には出ないくせに、帰るころにはケロッとしている。

 そんなの、確かに『病気』なんて思えないだろう。

 最初のうちは俺に同情的だった視線が、冷ややかになってくる。


「サボりじゃねぇの」とあからさまに言う奴もいた。

 だけど、そんな時でも、彼女は全く変わらなかった。


 やっぱり保健室に様子を見に来てくれて。


「いつかは治るんでしょ? だいじょうぶ、だいじょうぶ。焦らないで気長にいこうよ」


 そう言って、あの笑顔を向けてくれて。


 彼女の笑顔とその声は、薬よりもずっと効いた。



   *



 そして、ついにタイムリミットがやってきた。


 進級問題だ。


 筆記科目なんかはどうにかなっても、体育だけは、少しは実技に参加しないと単位が出せないと言われた。

 それで下された指令が「マラソン大会を完走すること」。


 おいおいちょっと待てよ、と思った。

 家から学校まで歩いてくるのがやっとだってのに。


 無茶苦茶ブルーになった。

 留年は決定だと思った。

 ダブってそのまま年下のやつらと一年生をする度胸も無いから、もう、退学しかないと思った。


 となると、行く末は引きこもりか……?


 そんなふうに、俺は非常階段で落ち込んでいたんだけど。

 うなだれていた俺に、随分捜してくれたのか、息を切らせた彼女が顔を輝かせて言ったんだ。


「良かったね! マラソン大会完走したら、進級できるって聞いたよ?」


 目から鱗だった。

 俺が「マラソン大会が走れなければ留年だ」と思ったところを、彼女は「完走したら進級」と受け取るのか。二つは同じようでいて、モチベーションが全然違う。しかも、彼女は、何の疑いもなく、俺が走りきると信じているんだ。


 これは、やれなきゃ男じゃないと思った。


 やってやるぞと、心に決めた。



   *



 そしてやってきた、マラソン大会当日。

 出走して早々に、俺はくじけそうになっていた。


 とにかく、つらい。


 そりゃそうだ。

 ここ数ヶ月、ろくに運動らしい運動をしていなかったのだから。


 学校の周りを十周するのだけど、最初の一周目で死にそうになった。

 二周目と半分くらいまで行ったところで、道端で両膝に手を突いて喘いでいる俺を、三周目、四周目を走るやつらがどんどん追い抜いていく。そいつらを尻目に、吐きそうになってた。


 歩いて、休んで。歩いて、休んで。


 そうこうするうちに、男子のトップが五周目に入ったらスタートすることになっている女子グループが、姿を見せ始めた。


 おいおい、他のやつらはもう半分行ってんのかよ。


 女子にすら追い抜かれて、情けなくて。


 もう、留年だろうが、退学だろうが、どうでもいい。


 やめてやる。


 そう思った時。


「大丈夫?」

 心配そうに覗き込んできたのは、彼女だった。

「……もう、ダメ」

 そう呟いた俺に、彼女は、「そう」とだけ言った。そうして、その場から動かない。


 しばらく待って、訊いた。


「行かないの?」

「え、一緒に行くよ」

 俺は、グッと言葉に詰まった。


 彼女は、俺が完走するって、何の疑いも無く信じてたんだ。

 ここでやれなきゃ、男がスタるってもんだろう。ヒトとして、ではなく、男としてダメになると思った。

 そうして、這う這うの態でゴールした俺に、彼女はいつものように満面の笑みで言ったんだ。もう、ホントに死ぬかと思ってた俺に。


「良かった! これで一緒に二年生になれるね!」


 と。


 ああ、もう。


 罪なヒトだよ。


 

  *



 不思議なことに、あのマラソン大会以降、散々俺を悩ませていた症状もどんどん軽くなっていって。

 医者が言うには、あの症状は『ジリツシンケイ』の問題からくるものだから、ダメだダメだと負のループに入ると、余計に重くなるのだとか。マラソン大会を走りきって、自信がついたことがいい作用を及ぼしたんじゃないかって。


 まあ、理屈なんか、どうでもいいけどな。


 とにかく、薬なんかより、よっぽど効果があったっていうことだ。

 俺は無事に進級し、卒業した。

 そして、彼女と同じ大学に進み、卒業し、教職に就くことができた。

 概ね、順風満帆な人生なのだと思う。


 ――たった一つを除けば。


「あ、森口君!」

 その一つが、長いドレスの裾をからげながら、小走りで近寄ってくる。

「大石。良く似合ってるよ、そのドレス」


 純白の、繊細なレースをふんだんにあしらった、ドレス。

 頭には、小さな花が飾られた、霞のようなベール。

 相変わらず童顔で、これから『奥さん』になるなんて、思えない。


 ――思いたくない。


「ふふ。ありがとう」

 彼女は、微笑む。それは、俺には――いや、『やつ』以外の誰にも作れない、笑顔だ。


 ああ、悔しすぎる。


 その気持ちを押し隠して、俺は彼女に訊く。

「大石、今、幸せか?」

 彼女は一瞬目を丸くして、すぐに、大きな笑顔になった。まさに、花が開くような、笑顔に。


「うん、とっても!」


 そうだろうなぁ、と思いつつ。


 その幸せが、ずっと続いていくことを願う。


 心の底から。


 教会の上には、雲一つなく晴れ渡った空が、広がっていた。


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