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大事なあなた  作者: トウリン
サラブレットを蹴とばす方法
61/83

6

 ふと目を開けると、弥生はキングサイズのフカフカなベッドに寝かされていた。


 ――ここはどこ? 何で、わたしはベッドに寝てるの?


 頭の中は妙にすっきりしているのに、事態が理解できない。

 起き上がって部屋の中を見回してみても、全く見覚えがなかった。


 脳を振り絞って記憶を辿っていってみると、伊集院と食事を終えたところまでは到達する。


 ――その後は……?


 空白。

 完全に、何も残っていない。


 焦る彼女の耳に、控えめなノックの音が届いた。次いで、ゆっくりとドアが開く。


 伊集院の姿を想像して身構えた弥生は、現れた人物にポカンと口を開いた。


「あれ、なんで? 一輝君?」


 本当に、何故、彼がいるのか。


 頭の中を疑問符でいっぱいにした弥生に、一輝はいつもどおりに微笑みながら近付いてくる。

「気分は? 頭が痛かったり、吐き気がしたりしていないですか?」

「え……全然、平気……だけど?」

 彼が何故そんなことを訊いてくるのかが判らず、弥生は口ごもりながら答えた。


 一輝は混乱している弥生がいるベッドまでやってくると、そこに腰を下ろす。


「弥生さん、伊集院さんとのお食事に出かけたでしょう? そこでお酒を飲まれて、酔ってしまわれたんですよ。で、彼が僕に連絡してきまして」

「わあ、わたし、あの人に迷惑かけちゃったんだ!?」

 簡単に説明された自分の醜態に掴んだシーツを顔に押し付けた弥生は、ハタと気付く。


「あれ、だけど、一輝君、伊集院さんのこと知ってるの?」

「ええ、まあ……仕事で、少し」

「ふうん?」


 曖昧な一輝の言い方に首を傾げた弥生の髪を、彼がそっと一房掬い取る。そのくすぐったさに、心臓が一つ大きく打った。


「一輝君……?」

 彼がそれに口付けるのを目の当たりにして、どぎまぎしながらも視線を逸らせることができない。一輝が、上目遣いに見つめてくる。


「弥生さん?」

「なに?」

「お酒は、僕が一緒の時だけにしておいてくださいね?」

「え?」

「酔ったあなたはとても可愛かった。アレを他の男に見られるなんて、僕には耐えられません」


 彼のその台詞に、火照った頬から一瞬にして熱が引いていく。


「わたし……ナニかした?」

 恐る恐る尋ねた弥生に、彼はもったいぶった笑みを向ける。

「ナニか? ……ええ、そうですね。したと言えば、しましたねぇ」

「何? 何なの?」

「知りたいんですか?」

 言外に、本当にソレを知ってしまってもいいのかと問われ、弥生は混乱の極致に至る。


「え、や、やっぱり言わなくていい!」

「そうですか? でも、人前であんなことをされたので、僕はもうお婿に行けません。弥生さん、責任を取ってくださいね?」

「え……え――っと、『あんなこと』……?」

 繰り返した弥生に、一輝はニッコリと笑顔を返してきた。


 やはり、知っておいた方がいいのだろうか。


 けれど――。


 青くなったり赤くなったりを繰り返す弥生に、一輝が、意地悪で優しい眼差しを注ぐ。


 そうして、ゆっくりと顔が近付いて。


 一瞬後には、そっと唇が触れ合っていた。甘いその感触に、弥生は思わず目を閉じる。


 彼の大きな手がすっぽりと彼女の頭を包み込んできた。

 唇が離れていっても、温もりはまだすぐ傍にある。


「僕も、あなたのことが大好きです」


 不意に耳に届いた囁きに、パッと弥生は目を見開いた。彼女は二、三度目を瞬いて、それから一輝に微笑み返す。


「わたしも、だいすき」


 短いけれども思いの全てを注ぎ込んだ彼女のその言葉は、再び近づいた一輝の唇の中に消えていった。


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