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ふと目を開けると、弥生はキングサイズのフカフカなベッドに寝かされていた。
――ここはどこ? 何で、わたしはベッドに寝てるの?
頭の中は妙にすっきりしているのに、事態が理解できない。
起き上がって部屋の中を見回してみても、全く見覚えがなかった。
脳を振り絞って記憶を辿っていってみると、伊集院と食事を終えたところまでは到達する。
――その後は……?
空白。
完全に、何も残っていない。
焦る彼女の耳に、控えめなノックの音が届いた。次いで、ゆっくりとドアが開く。
伊集院の姿を想像して身構えた弥生は、現れた人物にポカンと口を開いた。
「あれ、なんで? 一輝君?」
本当に、何故、彼がいるのか。
頭の中を疑問符でいっぱいにした弥生に、一輝はいつもどおりに微笑みながら近付いてくる。
「気分は? 頭が痛かったり、吐き気がしたりしていないですか?」
「え……全然、平気……だけど?」
彼が何故そんなことを訊いてくるのかが判らず、弥生は口ごもりながら答えた。
一輝は混乱している弥生がいるベッドまでやってくると、そこに腰を下ろす。
「弥生さん、伊集院さんとのお食事に出かけたでしょう? そこでお酒を飲まれて、酔ってしまわれたんですよ。で、彼が僕に連絡してきまして」
「わあ、わたし、あの人に迷惑かけちゃったんだ!?」
簡単に説明された自分の醜態に掴んだシーツを顔に押し付けた弥生は、ハタと気付く。
「あれ、だけど、一輝君、伊集院さんのこと知ってるの?」
「ええ、まあ……仕事で、少し」
「ふうん?」
曖昧な一輝の言い方に首を傾げた弥生の髪を、彼がそっと一房掬い取る。そのくすぐったさに、心臓が一つ大きく打った。
「一輝君……?」
彼がそれに口付けるのを目の当たりにして、どぎまぎしながらも視線を逸らせることができない。一輝が、上目遣いに見つめてくる。
「弥生さん?」
「なに?」
「お酒は、僕が一緒の時だけにしておいてくださいね?」
「え?」
「酔ったあなたはとても可愛かった。アレを他の男に見られるなんて、僕には耐えられません」
彼のその台詞に、火照った頬から一瞬にして熱が引いていく。
「わたし……ナニかした?」
恐る恐る尋ねた弥生に、彼はもったいぶった笑みを向ける。
「ナニか? ……ええ、そうですね。したと言えば、しましたねぇ」
「何? 何なの?」
「知りたいんですか?」
言外に、本当にソレを知ってしまってもいいのかと問われ、弥生は混乱の極致に至る。
「え、や、やっぱり言わなくていい!」
「そうですか? でも、人前であんなことをされたので、僕はもうお婿に行けません。弥生さん、責任を取ってくださいね?」
「え……え――っと、『あんなこと』……?」
繰り返した弥生に、一輝はニッコリと笑顔を返してきた。
やはり、知っておいた方がいいのだろうか。
けれど――。
青くなったり赤くなったりを繰り返す弥生に、一輝が、意地悪で優しい眼差しを注ぐ。
そうして、ゆっくりと顔が近付いて。
一瞬後には、そっと唇が触れ合っていた。甘いその感触に、弥生は思わず目を閉じる。
彼の大きな手がすっぽりと彼女の頭を包み込んできた。
唇が離れていっても、温もりはまだすぐ傍にある。
「僕も、あなたのことが大好きです」
不意に耳に届いた囁きに、パッと弥生は目を見開いた。彼女は二、三度目を瞬いて、それから一輝に微笑み返す。
「わたしも、だいすき」
短いけれども思いの全てを注ぎ込んだ彼女のその言葉は、再び近づいた一輝の唇の中に消えていった。