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夕食はとても豪勢で美味しかった。
ずいぶんと量が多くて、弥生と葉月は食べきれなかったけれど、二人が残した分は睦月がキレイに平らげた。
現在は夜の十時。
いつもきっかり九時には寝かしつけられている葉月は、寝るように言われると、珍しく駄々をこねていた。それでも身体に叩き込まれた生活リズムには勝てないようで、コトンとスウィッチが切れるように眠りに落ちたのは三十分ほど前のことだ。
弥生は、末っ子の母親讓りのその柔らかな寝顔をしばらく見つめてから、睦月に声を掛ける。
「わたし、露天風呂に行ってくるね」
彼女は風呂好きだけれども、家事に追われる生活ではなかなかゆっくり湯船につかることができない。
せっかくの機会なので、上気せるほどの長風呂をしてみたかった。
「ああ。先に寝てるかもよ?」
「うん、わたしのお布団、一番廊下側にしておいて?」
「わかった。ごゆっくり」
そう言って、睦月は寝転んで漫画雑誌に目を落としたまま、ヒラヒラと手を振って寄越した。
部屋から出ても他の宿泊客もなく、廊下は静まり返っている。しばらく歩くと、離れになった形の露天風呂が見えてきた。
女湯の暖簾をくぐって、脱衣所に入る。脱いだ浴衣をキレイに畳み、その間に以前一輝からもらったネックレスを挟む。弥生は、タオル一枚を手にして浴場に向かった。
浴場は広くはないが風情のある岩風呂だ。
湯船に身体を沈めると、少し熱めのにごり湯が気持ちいい。
――こんなにゆっくりお風呂に入るのって、いつ振りだろう……。
うっとりと目を閉じる。
そうして、ふと、一輝のことを思い浮かべた。
彼も、寛いでいるのだろうか。
普段とあまり変わらない表情だから、判定が難しい。
その上、いつも甘えたな葉月が今日は一段とくっついてくるので、主役の筈の一輝のことを、あまりよく見られていなかった。
――寝る前に、ちょっとくらい、お話したいな。
そう思った弥生の頭に、ふと、夕食前の一幕のことが思い浮かんだ。
あっさりと行ってしまいそうになった一輝に思わず声が出てしまったけれど……。
その後のことを思い出し、弥生の頬は温泉の為だけでなく、熱くなる。
『あれ』以来、キスは何度もしているけれど、未だに弥生はその雰囲気に慣れない――いつか、慣れる日がくるのだろうか。
遥かに年下の筈の一輝はいつも落ち着いていて、『そういう』場面になった時でも、常にスマートだ。弥生も、早く彼に追いつかなければ、と思ってはいるのだけれど。
現実は、なかなかに難しい。
――わたしの方が年上なんだし。
本当は、弥生の方からリードしてあげなければいけないのに。
そうやって甚だおこがましいことを悶々と考え込んでいた彼女は、背後での微かな物音には気が付かなかった。