エピローグ
その日の深夜。
新藤邸にて。
「どうだ、橘。俺の作戦はうまくいっただろう? 名付けて『雨を降らせて地を固める』作戦だ」
意気揚揚と自慢する一智を前に、橘は心の中で特大の溜息をついた。
今回は、この老人のお陰でえらい目に遭った者が多すぎる。
「一智様――ほどほどにしておいてあげましょうよ。どうせお互いに想い合っていたのですから、いずれはこの結末になる筈でしたよ?」
何も無理矢理ことを進めなくても、と言いたい橘だが、一智はすっぱり却下する。
「何を言ってる。いずれ? そんなに待ってたら、ひ孫の顔が見られねぇじゃねぇか」
「ひ孫……見られない人のほうが多いんですよ?」
「俺は、見たいんだ」
まるで駄々っ子のようである。
この駄々っ子の手綱を取ることができていたという伝説の奥方に、是非会いたかったと、橘は思う。
「気の毒だったのは、園城寺様ですよ。一智様に踊らされ、プライドをへし折られ、犯罪行為すれすれの事をしてしまい……。下手したら人生終わってますからね」
「ああ? 自業自得だろ、ありゃ。あの女の所為で一生を潰した男は多いぞ? まあ、後でそれなりのモンは渡しとくがな。基本的には、金さえあれば満足できる女だよ、あれは」
あれだけ利用しておいて、全く悪いと思っていない様子の一智に、橘は少しゾクリとする。恐らく、こういうところは一輝もいずれ似てくるのだろうと思われるのだ。
目的を達成するためには手段を選ばない、冷酷非情な指導者――それが、巨大な企業には必要なのかもしれない。
だが、一輝には、知って欲しいこと、忘れて欲しくないものもたくさんある。その殆どは、弥生と出会うことで手に入れてもらうことができた。
橘は、そうやって一輝が得たものを繋ぎとめるためのよすがが、必要だと思っている。
きっと、弥生がそれになってくれるのだろう。
彼女が一輝の傍にいる限り、彼は大企業を形作るものは生身の人間であることを、忘れることはないに違いない。彼女の存在は、否応なしに人の温もりを、想いを思い出させるだろうから。
「それで、あいつらの結婚式はいつだって?」
橘の物思いを、一智の声が無粋に断ち切る。
「一輝様はまだ十五歳ですから、まだ三年は先の話です」
「はぁ? そんなに待てん。先に子どもだけでも作るように言っておけ」
「弥生様もまだ学生です。当分は無理ですよ」
「いっそ、辞めさせちまうとか……」
「……一智様」
流石に聞き流すことのできない台詞に、橘は一智をジトリと睨む。
「あまり過ぎたことをなさるようでしたら、この橘、全身全霊をもって阻止させていただきますから」
橘の釘刺しに、一智は苦笑いでごまかす。
橘は、今までずっと、一輝を護ってきた。これからは、一輝と彼を取り巻くものも護っていかなければならない。きっと、それはどんどん拡がっていくのだろう。
やりがいと喜びに溢れた職務に、彼は自身の一生を捧げるつもりだった。