一
豪勢な邸の二十畳ほどもある和室の中で、二人の男が顔を合わせていた。
一人は六十代後半と思しき初老の男。
脇息に肩ひじを置いて姿勢は崩しているが、和服を渋く着こなしている。
切れ長の鋭い眼差しは、若かりし頃はさぞかし女性を魅了したことだろうことをうかがわせた。くだけた態度だが、その身から発する気配は紛れもない威厳を漂わせている。
もう一人は三十代半ばほどと思われる青年。
彼はピシリと隙なく黒のスーツを身に付け、正座で真っ直ぐに姿勢を正している。
銀縁眼鏡をかけてはいるが、よく見ると度が入っていない。その眼鏡があるために、鋭くなりがちな視線が和らいでいた。
おもむろに、初老の男が口を開く。
「それでよ、あの二人はどうなっているんだ?」
「ゆっくりと、お気持ちを育んでいらっしゃいます」
やや視線を下げてそう答えた青年に、初老の男は呆れたようなため息をつく。
「ゆっくりったって、もう三年経ったぞ。あいつももう十六になるだろ? 相手の娘なんて二十歳になっちまうじゃないか。そろそろ既成事実の一つや二つ作っておいてくれんとな。だいたい、まだ一度も会わせてくれてないじゃないか」
「そういう方々ではありませんので……。一輝様は、何よりも弥生様のお気持ちを優先させていらっしゃるんです。それに、まだ、一智様に会っていただく段階ではありませんから」
銀縁眼鏡の男が生真面目に答えると、初老の男はやや大袈裟に天井を仰いだ。
「まったく、いつまで待たせるんだ? だいたい、俺があいつくらいの頃は、もう二、三人とはヤッてたぞ?」
確かに彼の若かりし頃はそうだったようだが、それも、彼にとって唯一の女性が現われるまでだった筈だ。その女性と出会ってからは一切他の女性には目もくれず、落とすまでに数年をかけて口説き倒したという逸話は、一種の伝説のようになっている。
血筋だよな、と心の中で呟きつつ、銀縁眼鏡の男は「くれぐれも」と懇願した。
「お二人に、余計な手出しはなさらないでください。あの方たちはあれでいいんですから」
最後にもう一度念押ししてから、一通りの近況報告を終えた銀縁眼鏡の男は退室していった。
残された男は、顎を撫でながら思案する。
「そうは言ってもなあ。……俺は死ぬまでの間に、三人はひ孫の顔を見るつもりだぞ」
銀縁眼鏡の念押しを無視する気であることは、確かめるまでもなく明らかだった。