[灼かなる光明の世界]編
[幸せの記憶・7]
「ただいま」
それは二年ぶりの声だった。
グレンが帰ってきて、村はお祭り騒ぎになって。
僕たち四人組も、懐かしい再開を喜んだ。
「グレン、背、伸びたね」
ティナのその声が、やけに印象的で。
グレンの土産話は面白いものばかりだった。
お金がないから、道に落ちてるお金を必死に拾い集めたとか。
兵士の入隊試験に何度も落とされたとか。
先輩のしごきがきつくてサボったら怒られたとか。
隣国との縁談が破綻して、険悪になってるらしいとか。
「一応、気をつけろよな」
「そんなこと言ったって、気をつけようがないでしょ」
違いない、と、みんなで笑い合った。
[評議世界・8 side.A]
夢見る旅人が、決して辿り着けぬ地…。
カルボモンドで出来た神経が、無限の演算要求を送り続ける。
女神を象った有機の像が、無限の演算結果を弾き出し続ける。
そこは異質な空間だった。
障気で満たされた幽鬼ども。
彼らに言わせれば、そこは”いと尊き場所”である。
ふと、闇が蠢いた。
「さあ、始めよう」
紡がれた言葉。
宣言は、一度。
呼応は、無限。
そして世界は、震え出す…。
「これは…見えない…
またも…見えない…」
狼狽はない。狼狽はない。
無限の世界を創造せし秩序は、まさに斯くの如く。
振動は続く、続く、いと長く。
第四の軸の死せる世界なれど。
[灼かなる光明の世界・1]
「…気がつきましたか?」
浅黒い肌の、女の子。
「おじさん、森の中で倒れてたんですよ。どうしたんですか?」
おじさん、か。
そう呼ばれても、無理もない年齢に差し掛かってしまったなぁ…。
精神年齢は、あの頃から変わってないつもりなんだけど。
「あ、すみません、まずは『大丈夫ですか?』でしたね」
苦笑いと共に、頬をかく少女。
枝で組まれた家の中、いるのは彼女と僕だけだった。
「いま、お医者様を呼んできます。じっとしてて下さいね」
そう言うが早いか、少女は扉をくぐり、姿を消した。
「じっとしてて、ね…」
ざっと状況を確認して、自分の服が替わってるのを見る。
思えば、自分で着替えなくなって久しいや。
たまにこうして、勝手に着せ替えられてるんだ。
少女が通った扉を開いて、外の様子が目に飛び込んだ。
…巨大な透明のドームの中に、村と、森と、湖が収まっている。
僕がいるのは、そのドームの中。
そしてドームの上から…太陽がつり下げられていた。
「…おっと」
いけないいけない。見とれてる場合じゃなかった。
木の上に建てられた家を、はしごを使わずに飛び降りる。
青い光をチラッと出して、何事もなく着地した。
「ごめんね」
何度つぶやいたか知れない、独り言。
そしてそのまま、村から離れていく。
誰もいなくなった家を見て、少女は何を思うだろうか。
…知る必要はない。
[灼かなる光明の世界・2]
ドームの端に辿り着くのが、すっかり陽が赤くなってからのことになるなんて、ちょっと思わなかった。
透明なドームの壁、その向こうには…荒涼とした大地が広がっている。
目指すは、そこだ。
右手に、青の刃を出す。
そっと振りかぶった。
それだけで…ドームの壁に、穴が開いた。
「…ごめんね」
刃を消しても、僕の体は青く輝いている。
それはつまり、荒れ地の空気が有害だから、青が防御してる、ってこと。
有害な空気は…ドームの中へ流れ込んでいくだろう。
「せめて…」
ドームの中の木々を切り倒して、穴にかぶせた。
少しはマシだろうか?
「…」
太陽のない、荒涼とした大地を、一人、歩く。
目指すは、どこでもない。
ただ、目に見える色が、青と茶色だけになって、その時点で立ち止まった。
ここが、僕にとっての、この世界の終着点。
大の字に寝転がって、あとは待つだけ。
三日目の昼まで、残り半分。
[灼かなる光明の世界・3]
何百もの世界を渡り歩いた。
それでも、時間にすれば、きっと“あの時”から十年と経っていない。
なのに、気がつけば僕は、『おじさん』なんて呼ばれる年頃になっていた。
「…いつになれば」
いつになれば…“神様”は僕を“諦める”だろうか。
あれから十年として…幸せの記憶は、その分だけ薄れていってる気がする。
時折、思い出しては、懐かしくて涙するけれど。
いつでも思い出せるものではなくなってしまった。
「…ねぇ、ルッツァ」
万に一つも、届かないのは分かってる。
「僕がやっていることは、果たして、正しいのかな」
満天の星空の下。大の字に寝転がって、空を見上げながら。
他愛ない雑談をするように、独り言をつぶやく。
それは、後悔であったり、逃避であったり、願望であったりした。
僕の独り言を聞く人は、どこにもいなかった。
穏やかな、夜だった。
[灼かなる光明の世界・4]
時計も太陽もないけれど、今は三日目の朝だった。
もう、体が覚えてる。
昨日の足跡は、風に吹かれた砂に埋もれて、殆ど見えない。
足跡の先には、あのドームの太陽だろうか、明るく光る何かが見える。
ぐるり、と首を回して反対を見れば、同様に、明るく光る何か。
数限りあるドームの中でしか生きられない、そういう世界なんだろう。
朝でも空は暗いけど、ドームが放つ光たちに照らされ、まだらに明るい。
大地は茶色、朽ち果てて。
…よくもまぁ。
「これだけのパターンを作るよ」
呆れとも、畏怖とも。
ドームの明かりは徐々に強くなり、空も徐々に白んでいく。
星は見えなくなっていく。
どこの世界だったか、そこの学者は言っていたっけ。
我々が拠って立つ大地もまた、星の一つなのだ、って。
少なくとも、その世界ではそうだったんだろう。
この世界ではどうなのか…、…どうでもいいか。
「あっ」
流れ星。
願い事は、いつだって同じだ。
[評議世界・8 side.B]
「評議を始めよう」
虚無に声が響いた。
有り得ない?
いいや、有り得ない。
ここは評議世界。
あらゆる下位概念は、評議の前に無力だ。
「対象世界は」
夢見る旅人が歩んだ軌跡。
「灼かなる光明の世界」
…少の半円、…大…恩恵。
滅…し…時代…、…り所……。
…………。………。
情報不足。評議不能。
存在意義を問うこと能わず。
「保留」
そして、その通りになった。
[評議世界・8 side.C]
夢の名残を、虚無は洗い流す…。
夢見る旅人の与り知れぬ地にて、闇たちは蠢いた。
「評議を始めよう」
情無く、淡々と、鋭利な響きを宿す言の葉。
無限の世界を統括せし秩序は、まさに斯くの如く。
「旅人の様子は」
「盲目にて」
「継続は」
「不詳にて」
心は無い。心は無い。
秩序とはこれである。
「対象世界への影響は」
「因果律の乱れは無し」
「揺らぎ微少」
「対象世界の様子は」
「旅人の干渉微少」
「取得情報不足」
「評議不能にて」
評議は続く、続く、いと長く。
第四の軸の死せる世界なれど。