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夢見の丘  作者: きぎぬ
8/11

[褪せた大河の世界]編

[幸せの記憶・6]


「俺、立派な兵士になるよ。…じゃあな」

決意の強さは別れの言葉に。

不安の発露はグレンの目に…見えた気がした。


村総出で見送られて、グレンは一路、お城へと歩いていった。

その道のりは、お城のおじさんが乗る馬車を使っても、三日はかかる、って…大人たちは言っていた。


「また…会えるよね?」

「当然よ。…だって、あのグレンだもん」

ティナの問い、ルッツァの励まし。


僕も信じた。

また、一緒に遊べる日が来る、って…。






[評議世界・7 side.A]


夢見る旅人が、決して辿り着けぬ地…。


カルボモンドで出来た神経が、無限の演算要求を送り続ける。

女神を象った有機の像が、無限の演算結果を弾き出し続ける。

そこは異質な空間だった。


無より零れ落ちし闇の使徒たち。

彼らに言わせれば、そこは“いと尊き場所”である。


ふと、闇が蠢いた。

「さあ、始めよう」

紡がれた言葉。


宣言は、一度。

呼応は、無限。

そして世界は、震え出す…。



「澱み行く流れ…澱み逝く命…

円環の理…停滞の結…」






[褪せた大河の世界・1]


流されていた。

これまでも、そして、今も。

薄土色の河…その中を漂って。

青い光に覆われて、ずるずると。死ぬことも許されず、ただ、ずっと。

呼吸なくても、生きられる、旅人は。


「…」

流されていた。

これまでも、そして…これからも?


僕は…求めていただろうか。あの丘を…。


「…」

赤い空も、不老も、砂漠も。

戦火も、魔法も、悪魔も。

結局、教えてくれやしなかった。

この、終わり無い旅路を終わらせる、そんな都合の良い方法を。


「…“神様”」

もし、そんな“もの”がいるならば。


「…これが“最後”だ」

見えざるその手をはたき落として。

「僕は帰る」

帰ってやるんだ。


「あの丘へ」






[褪せた大河の世界・2]


「まぁ、怖い目つきですこと」

魚は言った。


魚に人間の目つきが分かるものなのだろうか。


「スマイルしましょう! スマイル! “魚生”に大事なのは笑顔ですわよ!」

僕の手の平ほどの大きさしかない体で、よくも器用に口が動くと思う。

ニィっ、と、そんな丸い口は半月に。

「さっ、ほらっ! あなたも! スマイル!」

「この河はどこまで続いてるの?」

無視した。


「そうねぇ…“始まりと終わりの地”かしら」

無視されたことは気にしないらしい。

「何が始まって、何が終わるの?」

「何が、って…そりゃ命よ、命」

はいはい、またお約束の儀式ですか。


「むざむざ死にに行くつもり?」

「あたくしは死にに行くわ。だけど、我が子はそこから生まれるの」

魚はヒレを動かし、お腹を指差す。

たっぷりとふくれたお腹の中に、卵が詰まっているようだ。


「何が原因で死ぬの?」

「食べられるのよ。大魚様に」

「逃げないの?」

「逃げられないのよ」

「どうして」

「円環の理に導かれて」


矢継ぎ早に疑問を投げかける。

答えは矢継ぎ早に返ってくる。


世界の本質を探し出していく。

ここから始める、復讐の第一歩。






[褪せた大河の世界・3]


ドーナツ型の河の、ある一点…そこが“始まりと終わりの地”。

そこには大魚様がいて、魚たちをみんな食べてしまう。

食べられた魚は、溶かされてみんな死ぬけど、卵だけは溶けず、大魚様から排出される。

そして卵は流れ流され…いずれは孵化して、魚が生まれる。

生まれた魚たちは河を進んでいく。

大魚様へ向かって…。


「お役に立てましたでしょうか?」

「うん、ありがとう」

質問をしていたら、段々と他の魚たちが集まってきて、この人…いや、魚が誰なのか分からないけど。

ともかく、最後に答えてくれたこの魚含む、彼らから聞いた情報は、そんな感じで。


「最後に一つ、訊いても?」

「ええ、もちろん」

「そのことを、どうやって知ったの?」

陸に上がれない魚が、河がドーナツ型だってわかるだろうか。

孵化したときには大魚様なんていないだろうに、どうして存在が分かるだろうか。


「…」

魚の顔つきなんてわからないけど。

そういえば何故だろう、そんなことを言いたそうにも見えた。


「…きっと、生まれたときから知っていましたよ。我々みんな」

きっと、そうなんだろう。



…うん、これは確信に近い。


この世界も、どの世界も…“わざとらしい”。

世界の有り様を定められ、誰もがその有り様通り、生きている。

どうしようもない、作り物臭さ…。






[褪せた大河の世界・4]


…“神様”

もし、そんな“もの”がいるならば。

「どうしてこんなことを?」

「え? どうかしましたか?」

「ごめん、独り言」

どうして、こんな世界を作ったんだろう。

僕を送り込んで、どうしようというんだろう。


初日の夜、河の底まで届いた陽光は、今はない。

光るものは僕の青だけ。

この世界へ来てから、一度も水面に上がってないけれど、分かっていたけれど、死ぬことはない。


僕に宿ったこの力…宿らせたのは“神様”なんだろう。

旅人に死んでもらっちゃ困るわけだ。

でも、これは…刃にもなる。

世界を変える力がある。


つまり…世界を変えられても良い、って、“神様”は思ってる。

いや、ひょっとすれば…。

「“変えて欲しい”…?」

右手に向かって訪ねた。

答えが返ってきても驚かないけど、右手は沈黙したきりだ。



河は流れる、いつまでも。

夜は明けて、朝日が昇り、やがて陽は天頂に…。

滞在期間の折り返し地点。


…僕の為すべきことは…。






[褪せた大河の世界・5]


「…“神様”」

世界を変えることが、ヤツの望みとするならば。

僕は世界を“変えない”。


でも、その世界の住人に情が移れば、救いたく、変えたく、なってしまう。

だから、情が移っちゃいけない。

その為には、関わりを持ってはいけない。


でも、僕が目覚める場所は、いつも誰かが側にいる。

まるで誰かが仕向けたかのように。


だから、立ち去ろう、真っ先に。

誰とも関わらないように。



…僕の為すべきことは…。


僕を旅人にしたヤツの思惑を粉砕すること。

すなわち“神様”の意志に反逆すること。

旅人の責務を放棄すること。

つまり僕を“諦めさせる”こと。



…僕が求めるものは…。


あの世界の。

あの国の。

あの村の。


………。


…そうだ、僕が求めるものは…。


あの丘に、帰ること。



お母さんの、グレンの、ティナの、ルッツァの…みんなの顔が思い浮かぶ。


あの日常に、僕は帰るんだ。帰させてやるんだ。

帰ってやるんだ。






[褪せた大河の世界・6]


最終日、最終時刻。


大魚様の大口が、遠くに見えた。

河の横幅と同じだけ、それほどの大きさの口が、魚たちを食わんと開かれて。


「ああ…“始まりと終わりの地”が、すぐそこまで…!」

魚たちがざわめき立つ。


「さようなら、“魚生”。さようなら、みんな」

魚たちが…別れを惜しむ。


「悔しくなんて無いわ。我が子はこれから生まれるんだもの」

魚たちが…強がる。


魚に人間の顔つきは分かるものなんだろう。

人間に魚の顔つきは分かったんだから。

泣きながら笑ってる…そんな風に見えた。


…ああ、くそ、ずるい。

嬉々として死にに行くなら、情は移らなかったのに。

こんな時に限ってこれなんだ。



ゆらゆらと揺れる太陽が、天頂に見える。

そこを目指して、…ここへ来て初めて、…泳いだ。


 ざばっ


視界に広がる、全方向のジャングルと、河の行く手を阻む大魚様と、…あれは…?


陸に上がった。そうして見えた。

「…海だ」

これで、やることは決まった。


右手を、前へ。

そして、振り下ろす。



…音とは言えない衝撃と共に、河は海と繋がった。



「これで最後だ」

天に向かって言い放った。

「流されるのは、これで最後だ!」



挿絵(By みてみん)



青く輝く川を、魚の群れが泳いでいった。






[評議世界・7 side.B]


「評議を始めよう」

虚無に声が響いた。


有り得ない?

いいや、有り得ない。


ここは評議世界。

あらゆる下位概念は、評議の前に無力だ。


「対象世界は」

夢見る旅人が歩んだ軌跡。

「褪せた大河の世界」



   母なる流れに流さるる、命の輪廻に属すものたち。

   円環の理に導かれ、停滞の結は不動なり。

   されど旅は廻らない。輪廻を標榜せしものもまた。

   大河の外の大海に、青き未来を見いだして。

   諦念振り切り流るる世界に、存在意義は…。



「維持」

そして、その通りになった。

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