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夢見の丘  作者: きぎぬ
7/11

[波立つ塔の世界]編

[幸せの記憶・5]


「俺、兵士になろうと思うんだ」


ある日、ぽつりと語られた、グレンの決意。

お城のおじさんが話してくれた、お城の話…。

そこで活躍した、勇敢な兵士のような人物に、あのグレンが、なるんだ。

「おとぎ話になるくらい有名になってさ、そんで、いつか王様になるんだ!」

夢のような、その言葉を、心の中で、繰り返して…。


大人たちは笑うけれど、僕たちは信じた。

「なれるよ、グレンなら、きっと!」


けれど、応援する気持ちと一緒に、僕たちの心には、寂しさもあった。


兵士になると言うことは…グレンはお城へ行ってしまう。

四人の繋がりの終わりは、早ければ、あと数年…。


その日から、夜が短くなった…気がした。






[評議世界・6 side.A]


夢見る旅人が、決して辿り着けぬ地…。


カルボモンドで出来た神経が、無限の演算要求を送り続ける。

女神を象った有機の像が、無限の演算結果を弾き出し続ける。

そこは異質な空間だった。


無より零れ落ちし闇の使徒たち。

彼らに言わせれば、そこは“いと尊き場所”である。


ふと、闇が蠢いた。

「さあ、始めよう」

紡がれた言葉。


宣言は、一度。

呼応は、無限。

そして世界は、震え出す…。



「破滅の世情…終焉の朝…

卑小の欠片…慇懃の夜…」






[波立つ塔の世界・1]


「…よし」

目を瞑り、大の字に寝たままの格好で、一言だけつぶやいた。


ぼやけた頭が覚醒したことの合図。そうすると決めてから、これで何度目の合図になるだろう。

何十もの世界を渡り歩いた。けれど、時間にすれば、きっと“あの時”から一年と経っていない。

なのに、気がつけば僕は、無精ヒゲが生える年頃になっていた。

…今更、時間の流れがおかしいことの、なにがおかしいんだ。


上体を起こし、眼を開き、ヒゲを指でこねくり回しながら、辺りの様子を見回してみる。

ヒゲって青の刃で剃れるのかなー…じゃなくて。


苔とツタに覆われた、コンクリートの部屋。

コンクリートは朽ち、部屋の半分が崩れていて、そこから外の光景が見える。

緑に覆われた高層の、これまた崩れた建物たちが波飛沫のように林立している様を、高みから眺められる位置。

…どうやら僕は、運良く倒壊しなかった建物の最上部にいるようだ。

…さすがに圧巻だ。


…さて。

「なにしようかな」


とりあえず、波打つ建物たちの向こうに見える、一際高い塔でも目指してみようか。

何をしても、何をしなくても、時間が来れば終わりだけど、だったら何かをしてみよう。

今はそう言う気分だ。


「よっと」

立ち上がった瞬間。


 じゃりっ


後ろの物陰から…足音…?

誰かいる?

いや、あるいは…“何か”が?


三つくらい前の世界では、巨大な肉食獣の群れに襲われて大変だった。

死ぬわけじゃないけど、対応が面倒くさい。


右手の先に、青の刃を生み出す。

かかってくるなら…切る。


音がした物陰、そこから出てきたのは…

「…お前、人間なのか?」

少女だった。






[波立つ塔の世界・2]


ボロ切れのような…服…と言って良いかわからない布を纏った…半裸の少女。

すす汚れた浅黒い肌は、あちこち傷だらけだ。

見た目を見る限り、文明人とは思えない。


でも…

「お前は、人間か? 答えろ」

彼女は、喋っている。二度も。


「人間だよ。…たぶんね」

青の刃をひらつかせながら、そう返す。

「その青いのは?」

「なんて言ったらいいか…剣かな」

「剣って光るものなのか?」

「まぁ…僕のは、ね」

質問に答える度、彼女の険しかった顔つきは和らいでく。

とりあえず、お互いに敵意がないことはわかったかな、うん。

青の刃を出す意味はないや、消そう。


「そうか…ともかく、お前は本当に人間なんだな…あたし以外にも…」

やけにこだわるなぁ。

「死なない人間を、人間と呼ぶなら」

「…少なくとも、悪魔じゃない?」

「死ねない人間を、悪魔と呼ばないなら」

「そうか、じゃあ人間だな」


…ちょっと面食らう。

この力をまるで恐れないなんて。

似た経験はあるけど…あの“魔法の世界”とはまた別だ。


「なぁ、どこへ行くんだ?」

特に目的地は…いや、あの高い塔へ行くと決めたっけ。

なにがなんでも、ってわけじゃないけど。


「あの塔、かな」

「本当か!? 奇遇だな!」

と言うが早いか、廊下の方へ走っていって…

「遅いぞ! 付いてこーい!」


……賑やかな同行者が出来ちゃったな。






[波立つ塔の世界・3]


何十もの世界を渡り歩いた。

それは、赤い空と青い大地の世界であったり、黒煙の下で燃え続ける戦火の世界であったり、世界樹が生み出すマグマに溺れる世界であったりした。

人々は、僕の青い刃を、ただ恐れた。


そしてある者は非難し。

しかしある者は利用し。

けれどある者は崇めた。


世界にあるまじき存在、拒絶されてしかるべき存在、拒絶の聖なる青リフューズ・セイクリッドブルー

異質の僕と、拒絶の刃。

これらを受け入れられる世界は、どこにもない。


…きっと、彼女も、例外ではなく…。



僕が彼女に名乗ったとき、彼女は僕に名乗らなかった。

なぜなら、彼女は、名前を持たないから。

いや、より正確に言えば、名前を“忘れている”。

何年も、独りで生きてきたらしい。

名前を意識する機会なんて無かった…とか。


彼女もまた、僕と同じ、独り。


なら、もしかしたら…と、昔の自分なら思ったかも知れない。

でもこれは、“独り者同士、馬が合うかも”とか、そう言う問題じゃない。

彼女は人間、僕は旅人。

僕を受け入れられる人は、きっと、どこの世界にもいないんだから。



彼女の姿が遠くに見える。

振り返って、ついてこい、と手を振ってる。


…ちょっと試してみようか、と、昏い感情がわき上がってきた。

たとえ、自分を傷つけることになっても…。






[波立つ塔の世界・4]


一日目の夜は、間近に迫っていた。

目的地である一際高い塔…その名も『神の蓆』に…夕日が沈んでいく。

夕焼けが、波立つ塔たちを照らして、さながら…炎の海のように…。


「おい、セルク」

「ん?」

「行き止まりだ」

指差す先に、巨大な瓦礫の山が横たわっていた。


「この瓦礫はたぶん、“汚染”されて崩れたビルだ。触ると危ない」

「汚染?」

「そういう兵器があったって話なんだ。この色は…その兵器の特徴に似てる」

よく見れば、青紫のぶよぶよした液状のものが、瓦礫の隙間隙間からのぞいている。

「有機物・無機物問わずに喰らい続けるウイルスの塊だ。そいつらは、まだ生きてる」

…知らない単語が多く飛び出して、よくわからないけど、危険だってことだけはわかった。


「迂回しよう、セルク。かなりの遠回りになるけれど」

…この位の瓦礫なら、吹き飛ばせるかな。

「…セルク?」

「ちょっと後ろに下がってて」


訝しがりつつも、言われたとおり、後ろに下がる彼女。

それを見届けてから…右手に青の刃を顕現させる。

世界樹を両断した時よりは、若干弱く…と、青に意識を送る。


そして、振った。


 ……じゅうっ……


瓦礫は、跡形もなくなった。

「……」

声は…ないか。


「…すげぇ」



「まるで…おとぎ話の勇者みたいだ!」


ッ!?


おとぎ話の…勇者…?


「…怖くはないの?」

「セルクは、その剣を、あたしに向けるわけじゃないだろ?」

じゃあ怖いことなんて無い、って?


…理屈としては、そうかもしれない。

でも…今までの世界で、そんな見解はなかった。


「さ、行こう!」

僕の呆然、僕の自問、僕の悔恨…諸々を、彼女は無視し、そう言った。






[波立つ塔の世界・5]


星のない夜空の下。僕らは焚き火を囲んでいた。

彼女は子供に言い聞かせるように、昔話を語る。

「戦争があったんだ」


それは彼女が生まれる前のこと。世界は戦争で滅んだらしい。

栄華を極めた文明は滅び去り、生き残った僅かの人類も、ゆっくりと…。

汚染された大地で、辛うじて生を得た世代が、今は亡き、彼女の両親の世代。

そして、その次の世代が…最後だった。

すなわち、彼女のことだ。


「みんな死んでいった。根強く残る汚染に、異常進化を遂げた獣に、そして、飢えに」

植物は逞しく生えている。

しかし、植物もまた、汚染されているのだとか。

軽度の汚染とは言え、摂取すれば、ただでは済まない。

「食べなきゃ死ぬ。だから食べた。食べた人は早死にして、食べなかった人は飢え死にした」


しかし、その中で…

「あたしだけは適応できた」


 パチッ


薪が爆ぜる音。


「戦争前の人が見れば…あたしはもはや、人間じゃないんだろうな」

「…悪魔、だって?」

「そうそう、それ」

二人で、しばし笑い合った。

真の意味で同じ境遇同士、通じるものが、きっとあった。


…ああ、笑うのって、久しぶりの気がするな…。



朗らかな、夜だった。






[波立つ塔の世界・6]


二日目の朝日を背に浴びて、引き続き僕たちは『神の蓆』を目指した。

近づくにつれて、天を貫くかのような、そのスケールの大きさに圧倒されそうだ。

これだけのものを作る文明を滅ぼした戦争とは…どれほどのものだったのだろう。


「『神の蓆』には、逸話があってさ」

道中、彼女は『神の蓆』について語ってくれた。

曰く…

「あの頂上で祈りを捧げれば、神が降臨して、世界を蘇らせてくれるんだって」


…都合のいい話だと思う。

「都合のいい話だと思うか?」

見透かされていた。


「悪魔を退ける聖域…世界を蘇らせる奇跡の塔…どこの誰が言い出したんだろうな」

「君も信じてないの?」

「…信じたい」

信じたい、か…。


「両親の顔も覚えてない。二人が死んでしまったのは、あたしがあまりに幼いときだったから。だから、もう一度、会いたい」

強い意志の籠もった言葉で、彼女は続ける。

「そして、二人に聞くんだ。あたしの名前を」


名前を、取り戻す…。


「…滑稽だろ。戦争前の基礎知識は、情報カプセルを摂取するだけで、簡単に手に入れられるのに。自分の名前だけは、手に入らないんだよ」

まるで、嘲笑を誘っているかのように吐き捨てる。

そして同時に、『神の蓆』の逸話を、否定していた。


……


「…求めろ」

「え?」

「求めれば、きっと…いつの日か…」

「…」

「…そんなことを言われたよ、昔にね…」

運命の日の、旅人さんの台詞。


彼は何を求めたのだろうか。そして、それを手に入れることが出来ただろうか。

僕は…求めていただろうか。あの丘を…。


「そうか…求めなければ、手に入るものも手に入らない、ってことか。その通りかもな、セルク…」

彼女の自問が、旅人さんの真意が、僕に突き刺さる。


世界に流されるように生きている僕への、戒めの言葉。

この痛みを、忘れちゃいけない…。






[波立つ塔の世界・7]


月明かりが、厚い雲を抜けて少しだけ届く。

とは言え、野営地の主な光源は焚き火で、闇夜の圧力に負けじと踊っていた。

…二日目の夜、じっと深く…深く…。


「世界は…蘇るかな?」


…数々の世界で、数々の奇異を見てきた。

そのいずれもが、およそ、幸せに繋がるとは思えない現象だった。

神の気まぐれにせよ、人の業にせよ、結果は常に残酷だ。


…僕は、なんと答えれば良いんだろう?


「答えは要らない。だから、そんな顔をするな」

…慰められた。

「セルクが何者で、どこから来たのか。気になるけど、でも、どうだって良いんだ」

「…」


「なぁ、セルク」

「…なに」

「あたしは、生きた証が欲しい」

「生きた、証…?」

生きた証、か…。考えたこともなかったな。


…僕は、証を残せているだろうか。

いや、たった三日しかいられない世界で、僕は…証を残して意味があるのだろうか。

「人から忘れられるのは、悔しいだろ?」

「……“寂しい”じゃなくて?」

「“悔しい”さ」

「そういうものかな」

「あたしはそう思う」


焚き火は揺れる、揺れる、猶も。

「だからさ、セルク」

何のことはないように、彼女は続けた。

「子供が欲しい」


 パチッ


薪が爆ぜる音。



月明かりは、厚い雲の向こうに隠れている。

焚き火は、闇夜の中で踊る僕らに負けじと踊っていた。


それはまるで、夢の中の出来事だった。






[波立つ塔の世界・8]


色々あって、彼女の名前は、仮にエヌとなった。

その名は彼女が決めた。

「N極とS極は惹かれ会うんだよ」

理由はよく分からないけど…S極と言うのが僕であることは教えてくれた。


三日目の朝陽は、今や天頂付近まで差し掛かり、僕が去るまで、あとわずか。

「また会えるさ。あたしが“求める”から」

…彼女、いや、エヌには、“旅人”について語った。

奇妙な世界に突然現れ、三日経てば姿を消す…そんな奇妙な運命を背負う旅人。

このことを誰かに伝えたのは、これが初めてだった。


…と。


 ぶわあっ


強い風が吹き付けてくる。

長い長い階段は終わったんだ。

「頂上だ」

『神の蓆』の頂上は、だだっ広い広場のようになっている。

高いフェンスに囲まれるだけの、何もない、ただの広場。

「なんもないね」

「なんもないな」

こんなところに神はいないだろう。


 「「…よく来た」」

…空から、声が降り注いできた。


 「「小さき乙女よ」」

声は大きくなっていき…やがて広場に中央に…巨大な“何か”が現れる。

 「「世界を、蘇らせたいか?」」

「…ああ、その為に、ここへ来た」

現れたのは、白い衣をまとった老人。背丈の半分はある白髭を蓄えた、威厳ある姿…。

まさか…本当に…神?


 「「ならば差し出すが良い」」

老人は、僕の事なんて気付かないかのように、ただ、エヌに向かって話しかける。

「何を差し出せと? あたしは見ての通り、何も持ってない」

 「「差し出せ…」」

その時、老人の口元が、醜く歪んだ。


 「「命を、差し出せ…」」


…今、何を言った?


 「「お前の命と引き替えに…世界を蘇らせよう…。差し出せ」」


ふ、ふざけ…

「断る!」


それは、エヌの声だった。






[波立つ塔の世界・9]


老人の顔は、醜く歪んだ。

信じられないことを聞いた、と言わんばかりに。


 「「…両親が恋しくはないのか?」」

「恋しいさ。でも、あたしが死んだら、会えない」

 「「ならば、会わせるだけの猶予はやろう。それなら…」」

「それでも断る」

エヌは頑なに拒む。

僕が止めるまでもなく。


 「「…何故だ…」」

「あたしは生きてる。死にたくない。だからだ」

答えはシンプルだ。


 「「…これでは、噂を流布した甲斐がない…」」

老人の顔は、醜く崩れていく。

 「「心美しき乙女の生き血を…最後の人類を…喰らえば…」」

綺麗に取り繕った仮面は剥がれ、おどろおどろしい顔が露わになっていく。

 「「思念体の我でも…神になれたであろうに…ッ!」」

神なんてとんでもない。それは悪魔そのものだった。


 「「自己犠牲の美しさこそ、我が糧! それを食らえないのは癪だが…せめて命だけは頂く…」」


 じゅっ


青い光を、奔らせた。

 「「…ぞっ…?」」

「やらせるもんか」

 「「お前…は…何者…だ…?」」

「旅人」

悪魔の体は、真っ二つ。

僕の返答を待たず、崩れていった。


「死ぬわけにはいかないさ。セルクの子もいる」

「…どうかな、あれだけで」

…今の僕の顔、赤いんだろうな。


「なぁ、セルク」

太陽は、真上に来ていた。

「名前は、どうする?」

「名前、かぁ…」


悩める時間はなかった。

だから、飛び出した名前は、身近だった人の名前。


「ルッツァ」



挿絵(By みてみん)



最後に見た、エヌの笑顔。

さよなら、と口が動いた気がした。






[評議世界・6 side.B]


「評議を始めよう」

虚無に声が響いた。


有り得ない?

いいや、有り得ない。


ここは評議世界。

あらゆる下位概念は、評議の前に無力だ。


「対象世界は」

夢見る旅人が歩んだ軌跡。

「波立つ塔の世界」



   滅びた大地、芽吹く命、彷徨う残滓が穿つ足跡。

   虚偽の甘言見抜けねど、真実の意志に優るもの無し。

   宿した希望を産み落とす日に、その決断の賢しさよ。

   波立つ大地、波立つ命、足取り確かに穿つ足跡。

   青き希望が織り成す世界に、存在意義は…。



「維持」

そして、その通りになった。

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