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夢見の丘  作者: きぎぬ
5/11

[燻る黒煙の世界]編

[幸せの記憶・3]


「今日ってお城のおじさんが来るんだってさ!」

嬉しそうにはしゃぐグレンは、その理由を訊かれてこう答えた。


お城のおじさん。僕らの村を管理してるお城から、はるばるやってくる人。

なんでも、お城というところは、税を取らないと生活できないんだとか。

よくわからないけど、偉い人たちも大変だ。


「今年もお城のこととか聞こうぜ! あー! 楽しみだー!」

なおもはしゃぐグレンに感化されてか、僕も、ルッツァも、ティナも、みんなソワソワしていた。


「城は凄いところじゃぞ~う。豪勢な食いもんがどっさり出てくる! もちろん、みぃんな食べ放題じゃ!」

村で唯一、お城に行ったことがある長老はそう語る。

お城は凄いところだから、凄い食べ物がいっぱい出てくるのかぁ…。


ああ、いつか、行ってみたいなぁ…。






[評議世界・4 side.A]


夢見る旅人が、決して辿り着けぬ地…。


カルボモンドで出来た神経が、無限の演算要求を送り続ける。

女神を象った有機の像が、無限の演算結果を弾き出し続ける。

そこは異質な空間だった。


無より零れ落ちし闇の使徒たち。

彼らに言わせれば、そこは“いと尊き場所”である。


ふと、闇が蠢いた。

「さあ、始めよう」

紡がれた言葉。


宣言は、一度。

呼応は、無限。

そして世界は、震え出す…。



「黒煙の闇…科学の光…

燻る情炎…燃え上がる戦火…」






[燻る黒煙の世界・1]


 ざっざっざっざっ…


駆ける足音が、夢の外から聞こえてくる。

音は徐々に近づいて…


「きゃっ!?」


 ドスッ


「ぐふっ」

み、みぞおちに…鋭い衝撃が…!

「し、死体…!?」

「ちょ、死んでな…つぅっ」

激痛で普通に喋ることさえままならない。


うう、なんでこんな目に…。

せっかく気持ちよく寝てたのに…とんでもない目覚ましがめり込んできたよ。


………


…ん?


「…あれ?」

重い目蓋を開いてみれば、暗くてじめじめした森の中。

「ここは…どこ?」

見覚えがない。いや、それどころか…


「僕は…誰?」

…いや、待て。いつものことだ。“直後”は記憶が混乱してる。

頭を落ち着けて…冷静になるのを待てば…。


「あなた…こんなところで何なのよ!」

「…」

「踏んづけて悪かったけど…こんなところで倒れてるあなたもどうかと思うわ」

「…」

「…ちょっと、無視!?」

「…セルク」

そうだ、セルクだ。

僕はセルク…。…うん、思い出した。


「…それがあなたの名前ってわけ、セルク?」

「え? …誰?」

怒り顔で僕を見つめる、桃色ドレス姿の少女。

「あーもう! 調子が狂うわね!」

なぜだかご立腹だ。


「…って! こんなところで立ち止まってる場合じゃなかった!」

「どうかしたの?」

「早く、早く逃げないと…!」

怒り顔は焦り顔に。どうにも尋常じゃない。


「…見いつけた」

少女が走ろうとした途端、どす黒い声。

声のした方を見やれば。


…うわぁ。


「ぅ…最悪っ…」

泣きそうな少女の声が漏れた。


…一目で事情は分かった。

あんな奴に追われていたら、そりゃ焦る。

あんな奴に追われていたら、そりゃ泣きたくなるよ。

赤黒いボロ布をひらつかせた、幽鬼のような男。血塗れた曲刀を携え、嗤ってる…。






[燻る黒煙の世界・2]


「そこの坊主…、用があるのは姫だけだ。大人しくそこをどけば、殺さないで置いてやる」

姫…?

僕の後ろに隠れた少女を指して、黒服は、確かに“姫”と言った。

思わず振り返る。

「…そうよ、悪い?」

なるほど、豪奢なドレスを着ているし、どこか気品があるような、…ないような…。


「姫もろとも殺されたいか? 早くそこをどけ」

急かす黒服の言葉。

ぎゅっ、と、背中を掴む手が強まった。


「…大丈夫、逃げないから」

すでに、僕の記憶は戻った。だから確信できる。


僕は、死ねない。


「…ならば死ね」

黒服の姿がぶれた。

俊足だとか、そんな次元じゃない、すさまじい速さ。

手に握られた、血濡れの曲刀が一瞬、きらめいて…。

僕の喉元を…


 ガキンッ


青が光った。


「なっ!?」

黒服の狼狽が見て取れる。

目が眩むような青の光を発した、僕の喉は、果たして無傷。

横薙ぎに振るわれた曲刀は、根本から折れていた。


曲刀、僕、曲刀、僕…

黒服の目線が、何度か往復して…

「…チッ」

言葉は、それきりだった。


身を翻し、黒服は暗い森の奥へと。

姿はすぐに見えなくなった。


曲刀、ひとつ。

僕たち、ふたり。






[燻る黒煙の世界・3]


「俄には信じがたいが…アーシェ、本当なのか?」


姫の名前はアーシェと言った。

お忍びで城下へ遊びに行ってるところを、黒服に襲われ…、僕と出会った、と言うわけらしい。

おとぎ話でよく聞く“おてんば姫”みたいだ。


そのおてんば姫は、僕を城に連れてきて、こうして王様たちと対面させてる。

扱いはすっかり命の恩人だ。

正直、その場で突っ立ってただけなんだけどなぁ…。


「はい、お父様。確かにこの者…セルクは、青き刃にて、黒服の凶刃を弾いたのです」

いいえ、刃は出てないです。

「…セルク君。よければ、その青い刃とやらを見せてくれないかね?」


…そう言えば今まで、青い光を、自分の意志で出した試しはない。

危なくなったら勝手に光って、僕を守る…、それだけだ、って思ってた。


…ひょっとして、自由に出せるんだろうか?


「…やってみます」

意味があるか分からないけど、目をつぶって深呼吸。

右手を、前へ。



…青い、刃、か…。



 ぼうっ…


右手に、何かを握っている感触がある。

恐る恐る目を開けてみる。


「…青い、刃だ…」


“青”を発する、光の剣。

触れるモノを拒絶する、絶対の力…。


「なんと…美しい…!」

謁見の間にどよめきが広がる。

『ほら吹きが何をしてみせるか』…そんな疑いの目たちは、一様に驚愕の目へと変わった。


「聖なる光だ…しかし、近寄りがたい拒絶の意思を感じる…!」

王様の目が青く輝いている。

「これさえ…これさえ有れば…!」

輝きの奥に、なにか…

「隣国を…攻め滅ぼせるぞ…!」

…危うげなものを…。






[燻る黒煙の世界・4]


拒絶の聖なる青リフューズ・セイクリッドブルー

王様が、僕の力に付けた名前。


なるほど、名で体を表してる、良い名前かも知れない。

…長ったらしいけど。



あの後、僕は城内の一室をあてがわれた。


室内には珍しいものがいっぱいだ。


手のひらに収まる大きさの時計…懐中時計と言うらしい。

薄い円盤を回して音楽を奏でる道具…蓄音機と言うらしい。

中の細い糸から光を発するガラス玉…電球と言うらしい。

…などなど。


それぞれの原理を、メイドさんが説明してくれた…けど、さっぱり分からなかった。

…少なくとも、空の上の世界より、この世界はすごい技術を持ってるみたいだ。

じゃあ、世界の見た目は…?

部屋の窓を開け放つ。

時刻は20時。黒い雲に覆われて、星空は見えない。


「…ゲホッ」


咳が一つ。…風邪でも引いたかな?



…物理的な死は無理だけど、病死はあり得るのかな?

あの青い光…拒絶の聖なる青リフューズ・セイクリッドブルーは、病をも拒絶するのかな?


「…ゲホッ、ゲホッ…」


なんだろう…喉がイガイガするし、目も痛い。

今日は早く寝よう…。






[燻る黒煙の世界・5]


「起きた? おはよう」

「…おはよう、姫様」

「アーシェでいいわ」

てっきりメイドさんが起こしに来てくれるものだと思っていたけど、この世界ではお姫様がその役目を果たしてくれるみたいだ。


「ああっ! 姫、困りますわ! 我々のお仕事を取らないで下さいまし!」

そう言いながらメイドさんが部屋に飛び込んできた。

…うん、世界とは関係なかったみたいだ。

「妾を救ってくれた恩人なのよ? ちょっとくらい良いじゃない」

とかなんとか言い訳してる。


「…こほんっ。セルク様。王が朝食にお呼びです。そして、それが済みましたら、飛空挺にお越し下さい」

「…ひくうてい?」

再び聞き慣れない単語。

首をかしげて答えを求める。

「…飛空挺は、あれよ」

姫…いや、アーシェが指差したのは、閉じられた窓。

「開けてみて」


言われたとおりに開けてみる。

…うわぁ…。


果てまで広がる黒い雲、そこまで届くような高さに、巨大な“何か”が浮かんでいた。

「あれが飛空挺。偉大なご先祖様が発明した、空飛ぶ戦艦…」

アーシェの説明が聞こえるけど、何がなにやら…。


“飛空挺”に付いた煙突から、黒煙がもうもうと噴き出て、黒い雲と合体している。

まるで…あの黒い雲は、この飛空挺から出たものなんじゃないか、ってくらいの勢いだ。



「…ねぇ、セルク」

「えっ、なに?」

「…」

「…ん?」

なんだかアーシェの様子が変だ。

とても…辛そうな顔…?


「…ううん、なんでもない」

…やっぱり変だ。


「妾が口を挟む事じゃなかったかもしれない…」

「…どういうこと?」

「…」


答えを待つ。

そして…

「…流されないで、ってこと」

消え入りそうに絞り出された、意味深な台詞。


話は終わりだと言わんばかりに、そのまま、アーシェは部屋を出て行った…。






[燻る黒煙の世界・6]


「それでは、作戦を説明しよう!」

「…ちょっと待って下さい!」


朝食を取った後の展開は急すぎた。

有無を言わせて貰えないまま、王様に連れられて、飛空挺に乗せられて、兵士達と一緒に集められた。


「僕をここへ連れてきて、どうするんですか?」

「それを今から説明すると言っている」

昨日、拒絶の聖なる青リフューズ・セイクリッドブルーを見てからの王様は…明らかに態度が違ってる。

なにか、とんでもないことをさせられるんじゃ…?


 「流されないで」

アーシェの忠告が頭に蘇る。


「これより、本艦“ヒューベリオン”は、隣国に攻め込む!」

「なっ!?」

「セルクよ、その拒絶の聖なる青リフューズ・セイクリッドブルーにて、敵軍を討ち滅ぼすのだ!」


敵軍を討ち滅ぼす?

…それはつまり、人を…殺す、ってことだ…よね…?


「…嫌です」

そんなの、嫌に決まってる。

僕は兵士じゃない…。

人を殺せるような度胸なんて無い。

グレンとは違うんだから…。


「…セルク君。我が国は、これまで隣国に幾度となく攻め込まれた。虐殺された民は膨大だ。私はこれ以上、悲劇を生みたくないのだよ」

でも…だからって…!


「…昨日、アーシェを狙った黒服も、隣国の刺客だろう」

「…えっ…!?」

「これ以上、隣国をのさばらせておけば…再びアーシェは狙われるだろう」

そんな…何のために…?

「人質にして交渉材料にするか、あるいは我が国の戦意を挫くため殺すか…。いずれにせよ、アーシェの身は危ない。隣国がある限り…」


僕の村を治めていたという“開風の国”も、隣国との火種を抱えていたと聞いたことがある。

そこでも、こんな…目を背けたくなる謀略が…?


「頼む、セルク君。我々を…アーシェを…助けてくれ…」

王様の頭が下がる。

僕なんかよりも遥かに偉い、この国の王様が…。


「…」


…これは、この国に住むみんなの総意なんだろう。


だったら、僕は…決断しなきゃいけない。

身を震わせて頭を下げている王様に、僕の答えを伝えなくちゃいけない。


「僕は…」


笑いを堪えるような声が、聞こえたのは…気のせいだ。






[燻る黒煙の世界・7]


昼でも暗い、この世界。

電球の光が行き先を照らし、飛空艇は飛び進む。

黒い雲…いや、黒煙は、太陽光の殆どを遮っているようだった。


それにしても…本当に空を飛ぶなんて…驚いた…。

しかもこんなに高く…!

鳥になって自由に飛べたら、どんなに気持ちいいだろう。

「…ゲホッ」

…空気さえ悪くなければ。


とりあえず、外の空気を吸うと咳が出るんだな、うん。

船内に戻ろう…。


 ビーッ ビーッ


突如、けたたましい音が鳴り響いた。

船内から、“ライフル”を持った兵士達が甲板まで駆け上がってくる。

あのライフルというのは…筒の先から鉄球を飛ばす、強力な武器だとか。

そんなものを、あんなに揃えて…。



兵士達が整列してから少し経ち、王様も上がってきた。


「見張りの兵が、前方に敵艦を発見した。セルク君、出番だ」

…出番、ってことは…つまり…。


「…わかりました」

しなきゃいけない準備は、心だけ。

でも、その心が…。

「どうか躊躇わないで欲しい。躊躇えば…」

この国の人、みんなが苦しむ…。


「…敵艦捕捉! 隣国の主力艦“ブリュンヒルト”と確認しました!!」

兵士の叫ぶような報告に釣られて、前を見る。


…大きい。

この飛空挺に負けないくらい。


「両国の誇る、最強の飛空挺同士が相見えるとはな! 面白い…!」

目の前の敵を見て、王様は笑った。

…こんな状況で…?


「主砲を放て! その後、直ちに接舷せよ! セルクを乗り込ませれば我らの勝ちだ!」

…いよいよだった。



…僕は、人殺しなんてしたくない。

だから、誰も傷つかない方法を試みるって決めた。






[燻る黒煙の世界・8]


分かっていたことだった…。

僕の体中に、青い光が満ちてる。


隣国の飛空挺“ブリュンヒルト”に乗り込んだ僕に浴びせられた、歓迎の雨霰は…ことごとく青に拒まれた。

ライフルを構えた隣国の兵士達は、呆然と立ち尽くしている。


「…みなさん、見ての通りです」

これを、なんて言えばいいか…

「僕は…、…不死身です」

呆然が、ざわめきに変わった。

「武器を捨てて下さい。みなさんに危害を加えたくありません」


人を殺すなんて、そんな怖いこと…僕には出来ない。

だから、これは虚勢だ。


…でも、みんなは従った。


…一人を除いて。


「…どんな原理か知らないが、まやかしに決まっているっ!」

司令官風の男は吼える。

「なるほど、ライフルは無効のようだが…剣はどうだ?」

腰に差された剣が引き抜かれ、鋭い切っ先は首元へ…。

…けれど、もはや、そんなものは怖くない。


右手に意識を集中する…。

イメージするのは、青い剣…。


 ぼうっ…


「なっ…!?」

突きつけられた剣めがけ、青の剣を振り上げた。


 ジュウ…ッ


青い軌跡は、剣をすり抜けて…真っ二つに焼き切った。


これが…拒絶の聖なる青リフューズ・セイクリッドブルーの力…!?

…力を振るった僕自身が一番驚いたかも知れない…。


「勝負あり、だ。ブリュンヒルトの兵士達よ」

背後から、王様の声が響いた。

「セルク君の優しさに感謝したまえ。彼が本気を出せば…その飛空挺ごと、真っ二つなのだからな」

さらっととんでもない大嘘をついてる。


…いや、…案外、そうでもないかも…?


右手をじっと見つめる…。


…どうして僕は、こんな力を…?






[燻る黒煙の世界・9]


それはまるで、夢の中の出来事だった。


…そう、これは…悪い夢だって…信じたい。

夢…、あの時見た、悪夢…。



街が燃えている。

石造りの家々から…え…石って燃えるの…?

はは、夢だから…なんでも有り、か…。


記憶が混乱してる。また新しい世界へ来たんだっけ…?

これまでの記憶は…そうだ、僕の乗った飛空艇は、あの後、隣国に向かったんだ。

僕は、疲れてたから…船内で休むことにして…それで…?

それで…、ついさっき目が覚めて、着陸してた飛空挺を降りたんだ。

それで…それで…この光景が…。


「目覚めたか」

またもや背後に、王様。

「これは…?」

「隣国の首都、その破滅の真っ最中だ」


…なんて言った?


「破滅…?」

「敗戦国が辿る運命だ。これは、略奪という名の送り火よ」

略奪…!!?


「王様ッ!!」

相手が王様だって関係無い!

「僕は…こんなことの為に手伝ったんじゃ…!!!」

「だろうな。」

「…ッ!! 早く止めさせて下さい!!」

「馬鹿を言え。これは必要なことだ。兵士達の溜飲を下げるため…ひいては、次の戦争に向けて士気を高めるためにな」

…冗談じゃないッッ!!!


「だったら…力ずくでも止めさせます!」

「出来るのか、セルクよ? 心優しいキミに…?」


…王様の胸ぐらを掴む。背伸びするように。

「そう、そのくらいしかできないだろうな」

右手に青の剣を出して…!

「振れるかね?」


………

……


…振れない。


悔しくて…視界が霞んで…足下がふらついて…!

「次の戦争も頼むよ。アーシェの“奴”は、キミを戦争に使うのに反対だそうだが…この“力”を利用しない手はないのだからな」




…いつの間にか僕は、へたり込んでいた。

涙をぼろぼろ流しながら…。






[燻る黒煙の世界・10]


こんな力、無ければ良かったのに…!


恨み言は絶えず、ぶつぶつと…。

それで気がつけば、飛空挺は城まで帰ってきていた。

ここを発ったのは今朝のことなのに…まるで、遠い昔のことのように思える。


「…セルク」

アーシェが門で出迎えてくれた。

僕の顔を心配そうに、でもどこか、やっぱり、と言いたそうに、見つめて…。


「…ごめんなさい」

「…え?」

どうしてアーシェが謝るの…?

「妾では…お父様を止められなかった…」

そんな…

「アーシェが…謝る事じゃ…ない…」

もう、消えてしまいたかった。


「あっ、セルク…」

振り向かず、ただ…。



もう、どうなろうと知るもんか。

どうせ、明日には…ここから消えるんだ。

部屋への道を急ぎながら、ぶつぶつと…。





[燻る黒煙の世界・11]


「ぅわぁ~…」

城の裏手に、こんなところがあったなんて…。


素っ裸の僕を出迎えるのは、辺り一面に張られたお湯。

“温泉”と言うらしい。

霧のように濃い湯気が漂って、どこか幻想的だ。


「火傷…しないのかな?」

恐る恐る、足先をお湯に、ちょん…


……問題なさそう。


メイドさんに教えて貰ったとおり、全身をお湯に浸ける。

そうすると疲れが取れるらしい。


「…う゛ぁぁぁ…」

…ああ、確かに…取れるかも。



「…」

僕の他には誰もいない。

空を見上げれば満天の星空…だったら良いけど、生憎、黒煙だらけの真っ暗な空。

代わりにはならないけど、側には電球があって、明るさに困ることはない。


「…」

全身、お湯に浸かるなんて、初めての経験だ。

川で泳いだことはあるけど、当然、川の水は冷たい。

体全体があったまるなんて…うん、初めてだ。


「…」

…他に何か考えることはないかな。


「…」

でないと…今日のことを思い出しちゃうじゃないか…。



…僕は無力だ。

あの奇妙な力は、僕の身を守るだけ…。他の人は守れない…。

僕の身を守った代わりに、略奪が行われた…そうとさえ言えるんじゃないか?


…怖い…!


なんで、僕のせいで…なんで僕が…!?


「やだやだ、やめろ、怖い…!」

なにかを口に出さないと、不安で、怖くて、どうにかなりそうで…。



「セルク…?」


…へ?

目の前に、アーシェがいた。


…全裸で。






[燻る黒煙の世界・12]


…僕の背中の向こうに、アーシェがいる…。

背中合わせに、空を見上げて…。

悲鳴も制止もなく、泰然と、こんな格好だ。

…恥ずかしくないのかな?


「…大丈夫だった?」

な、なにが…?

「お父様の件…」


……ああ。


「…ごめんなさい」

「…謝るのは僕の方だよ…忠告があったのに…」

「ううん…妾の力が及ばなかったのが悪いの…」


……


 ぽちょんっ…


水滴の落ちる音が、小さく、澄み響く静けさ。

二人きり、裸で、目を合わせず、お湯に浸かって。


最後のアーシェの言葉から、長い静寂が続く。


なにか喋らないといけないかな…?

こんな状況に、気の利いた何か…。



「…アーシェはさ、裸見られて恥ずかしくないの…?」

疑問をぽつり。


…沈黙がぽつり。


…しまった。選択肢を間違えた?


「…、そうね…」


 じゃばっ


背中に、ぽつり、の感触。

「…え、え、え、…ええぇっ…!?」

アーシェが…僕に…も、ももももたれかかってるっ…?

「裸を見られるの…恥ずかしいけど…」

背中に当たる柔らかい何か…僕のお腹に回るアーシェの細腕…。

「好きな人相手なら…許せるかな…?」


心臓が、どくり。






[燻る黒煙の世界・13]


暮れても明けても、この世界は暗い。

懐中時計を見れば、朝の9時。

誰にも黙って城を出てから、もう4時間も経過していた。


「さっきから時計を見過ぎじゃない?」

隣のアーシェに突っ込まれる。

…だって、そわそわもするよ。


昨夜…“温泉”でアーシェに告白されて…

それで誰も起きないような早朝、たたき起こされて「デートしましょう!」だ…。

もちろん、気持ちの整理は…出来てるはずがない。


「…セルク。また難しいこと考えてない?」

「え、い、いや、そうでもない」

「なら良いけど。ね、ほら、もっと森林浴を楽しまないと」


そういえば、アーシェの私服は初めて見たなぁ。

上は緑地の森服に、下は半ズボン。

モノは良いけど…お姫様が着るような服じゃないと思う。

「…妾を見るのも良いけど、景色も綺麗よ?」

「あ、えっと、そんなつもりじゃ」

慌てて視線を景色に。


「…そろそろだと思うんだけど」

目的地は花畑だとか。

“蛍花”が咲き乱れた、王族と一部の重臣のみが知る、戴冠の儀を執り行う地。

…“儀式”と名の付くものには、もううんざりだけど…、デ、デートって言ってたし…関係無いはずだ。


「あ」

前方に、花畑が見える。

その先は…崖になってるのかな。

これで黒煙がなければ、絶景かも知れない。


「…え…っ!?」

前を歩いていたアーシェが、突然歩みを止めた。

「どうしたの?」

後ずさりながら、わなわなと前方を指さすアーシェ。

…その先に。


「…見いつけた」

いつぞやの、どす黒い声。


黒服が立っていた。






[燻る黒煙の世界・14]


「…お前の国は滅んだだろ? もう、関係ないはずだ…」

精一杯の威圧を込めて言い放つ。

だけど、どれだけ効果があるか…。


「…これは復讐だよ。…オレの家族を殺された…復讐だ!」

…家族。この人にも、家族…そうか…。


「…ごめんなさい…! お父様を止められなくて…ごめ、ごめんなさ…」

「アーシェ…」

震えながら、謝って…。アーシェは悪くないのに…!

「あの王に思い知らせる。身内を殺される辛さをな」

「やらせるもんか…!」

右手に剣を宿らせて、牽制する。

黒服がこの剣を見たのは初めての筈だけど、ひるむ様子は全くない。


まともに闘えば、僕の勝ちは揺るがない…けど、それは向こうの狙いが僕である場合…。

そう、分かってるから。


 カキンッ


黒服が放った投げナイフは、アーシェに届く寸前、青の剣に弾かれた。

アーシェの前に立ちふさがって、駆けてくる黒服を待ち構える。

だけど、黒服はなおも、僕を回り込んでアーシェを狙う。


 ジュッ


アーシェを狙って振るわれた剣を、青の剣で焼き切った。


…いや、左手にまだナイフが握られてる!

突き出されたナイフを、これも焼き切る。

「が、がぁっ…!」

…! 黒服の手も巻き込んだ…!

い、いや、今は気にしてる場合じゃない。


「こ、降参しろ!」

青の剣を突きつけて、武器を失った黒服に呼びかける。

「…甘いな」

繰り出された黒服の右足、その先に光る…あれは刃…!?

一刀、急いで振り切り、赤い飛沫と…黒服の足が飛んだ。


そして、そのまま、黒服は、大の字に倒れ…。



「…降参だ、坊主」

…よかった、生きてた。


「…止血するから、動かないで…」

アーシェが、黒服に近づいた。

「待っ…!」

制止は間に合わない。

…黒服が、にやり、笑った。


 ブッ


「痛っ…!?」


えっ?

アーシェが首を押さえて…?


「毒針だよ…姫。口の中にまで武器があるとは思わなかったか?」

お、お前…は…ッ!!!!


「ぁぁぁああああああ!!!」

視界が、青と赤に染まった。






[燻る黒煙の世界・15]


 セルク…セルク…?


誰かの声が聞こえる。

この声は…アーシェ?


「セルク…」


目を開ける。

黒い布きれが見える。

起き上がる。

黒服の…死体が見える。


「アーシェ…?」

「良かった…生きてた…のね」

アーシェは、倒れていた。

汗をじっとりかいてる…呼吸が荒い…顔が青い。

そこでようやく、気絶する前の出来事を思い出した。


「アーシェ!!」

抱きかかえたアーシェの顔を覗き込む。

目を開けてるのに、焦点が合ってない…。


「ごめんね、セルク…もう、セルクの顔、見えないの…」

なんで…謝るんだよ。

「妾を守ってくれて…ありがとう…」

守れてない…守れてないよ…!


…くそっ! 言いたいことが次々に出てくるのに、言葉にならない…!


「妾の我が儘に付き合ってくれて…ありがとう。妾の…王子様…」

そんな…“ありがとう”って言わないでよ…!

まるで…父さんが死んだ時みたいに…止めてよ…!

「セルク…好きよ…」


それが、最後だった。

アーシェは言葉を発さなくなった。



………

……



亡骸、ふたつ。

僕、ひとり。

花畑にたたずみ、じっと手を見る。

「…拒絶の聖なる青リフューズ・セイクリッドブルー…」

世界から拒絶され続ける僕が持つ、無力な青。



挿絵(By みてみん)



亡骸、ふたつ。

花束、ひとつ。






[評議世界・4 side.B]


「評議を始めよう」

虚無に声が響いた。


有り得ない?

いいや、有り得ない。


ここは評議世界。

あらゆる下位概念は、評議の前に無力だ。


「対象世界は」

夢見る旅人が歩んだ軌跡。

「燻る黒煙の世界」



   他者を支配するがため、技術を高める者ども在り。

   幾星霜経て得たものは、黒煙の闇と、科学の光と、争いの火種。

   殺し、殺され、復讐の輪廻が止まることなく。

   旅人を迎えし王の野望、娘を失ってなお、止まることなく。

   繰り返される殺戮の世界に、存在意義は…。



「消去」

そして、その通りになった。

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