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夢見の丘  作者: きぎぬ
4/11

[茫漠たる砂塵の世界]編

[幸せの記憶・2]


「遅いわよセルク! 早く来なさいってば!」


僕とルッツァは、最初こそケンカ仲だったけど、やがて、どちらからともなく友達になった。

ルッツァは僕を振り回す役で、グレンは僕らを茶化す役で、ティナはその様子を見てなだめる役で。

よく四人で一緒に遊んでいた。

大人をからかいもしたし、森を探検もしたし、風見丘まで競争もした。

みんなが、それぞれを、かけがえのない存在だと感じていた、って思う。


それは、とても、幸せな時間だった。






[評議世界・3 side.A]


夢見る旅人が、決して辿り着けぬ地…。


カルボモンドで出来た神経が、無限の演算要求を送り続ける。

女神を象った有機の像が、無限の演算結果を弾き出し続ける。

そこは異質な空間だった。


無より零れ落ちし闇の使徒たち。

彼らに言わせれば、そこは“いと尊き場所”である。


ふと、闇が蠢いた。

「さあ、始めよう」

紡がれた言葉。


宣言は、一度。

呼応は、無限。

そして世界は、震え出す…。



「渇いた砂塵…渇いた心…

祈り続ける者…踊り続ける者…」






[茫漠たる砂塵の世界・1]


「おい、生きてるか」

投げかけられたのは、渇いた声。


「放って置いて早く行きましょう」

通り過ぎたのは、麗しい声。


目を瞑っているのに、とても眩しい。

腕で光を遮りつつ、むくり、起き上がる。


「こりゃすげえ。生きてたよ」

「よくも乾涸らびなかったものね」

光り輝く、一面砂色の砂地。

感心するように、おじさんとお姉さんは目を合わせた。


「ここは…?」

「砂漠のど真ん中」

「蛇神様の縄張り」

砂漠。蛇神。

どちらも聞いたことがない。


「…砂漠って? …蛇神って?」

「砂漠はここだ」

「蛇神様は蛇神様よ」

「…はぁ」

何が何だか分からない。


「生きてるなら手伝え」

「そうね。手伝ってもらおうかしら」

おじさんとお姉さんは、揃って壺のようなものを指す。

「運んでくれ」

「水瓶って重くてねぇ」

壺…いや…水瓶は、一、二、…五個もある。


「…なんで僕が?」

「乾涸らびて死にたくはないだろ?」

「手伝ってくれたら、水の一杯くらいは恵んであげるわ」

…村までこれらを運ばないと、僕はここに見捨てられる、と。

このあいだ体験した待遇が嘘みたいだ。


…?

……


……このあいだ……?



嫌な記憶が、甦った。






[茫漠たる砂塵の世界・2]


サラサラして歩きにくい、この“砂漠”の大地を踏みしめながら、過去の悪夢を思い返す。


赤と青の世界。空の上の世界。

前者は赤に染まって、後者は粉々に砕け散った。


どうしてこんな目に遭うんだろう。

よりにもよって、酷い世界が、最も酷い時期に、僕は現れる。

どうして、どうして…どうして…?



……なにか意味があるんだろうか…。



 「俺は、因果律を乱す」


ふと、頭によぎったのは、旅人さんの声。


……因果律……。



「因果律…って?」

口に出して考えてみる。


「水を飲んだらションベンしたくなった」

突然、おじさんが喋り出した。

「だが、水を飲まなければ、ションベンしたくなることはない。つまりは、そう言うことだ」

…どう言うことだろう?


「もう少し上品な喩えは出来ないの?」

「俺には無理だな」

二人のやりとりは、ひとまず隅へ。



水を飲んだら、もよおす。

水を飲まなければ、もよおさない。

……水を飲んだから、もよおした。


「“原因”があるから“結果”がある。これは絶対に覆らない。この原則を“因果律”って呼ぶのよ」

お姉さんが説明してくれた。


「…ありがとうございます、二人とも」

「お礼は体でね」

「オメェの方が下品じゃねえか」

「働いて返してね、って意味よ。どスケベ」


おどける二人を尻目に、僕は考える。


…じゃあ“因果律を乱す”ってことは…

…つまり、“なんでもあり”ってこと…?






[茫漠たる砂塵の世界・3]


あの日、旅人さんは、おとぎ話を語ってくれた。

それは、天まで届く塔をあがめる世界であったり、言葉を話すオオカミと戦い続ける世界であったり、一面が銀色に輝く美しい世界であったりした。

あの日、旅人さんは、僕に言葉を残して、…消えた。


きっと、間違いない。

僕は、旅人さんと同じだ。


おとぎ話は本当にあったこと。

おかしな世界を旅して…。

時間が来たら消えて…。



そうだ、僕は旅人なんだ。


そして、旅人は因果律を乱す。

起こりえないことを起こす。


…僕の村を燃やす。



 「俺は、因果律を乱す。無自覚に、無慈悲に、この世界の…」


原因は旅人さんにあった。

けど、旅人さんの所為じゃない。

何もしなくても、歪みをもたらす。


旅人さんはなにもしてない。

ただ、そこに居ただけなんだ…。



…でも、腑に落ちない点もある。

僕と旅人さんが、同じ“旅人”なら、僕だって因果律を乱すはずだ。

だけど、僕が居た、赤と青の世界と空の上の世界は、いずれも“起こりえないことが起きた”訳じゃない。


50年に一度の儀式が有ったから、世界は赤く染まった。

老い無き世界を作ったから、世界は老いに砕かれた。


原因があったから、結果がある。

何も間違ってない。

時期が悪かったけど、いつかは必ず起きたことなんだ。


旅人というものが分からない。

僕は旅人さんとは違う性質を持った旅人なんだろうか。

わからない。わからない。わからない。






[茫漠たる砂塵の世界・4]


 ぐぅ~~~…


思い出したように、お腹が鳴った。

そう言えば、村に着いてから何も食べてない。

水瓶を運んだら、約束通り水一杯をもらったけど…それだけだった。

食料がないのかな、と思ったら、僕以外の人は、みんな普通に何か食べてた。


……


砂漠と呼ばれる大地で目覚めてから、既に半日。

外は暗闇に閉ざされてる。

食べ物こそもらえなかったけど、こうして屋根の下に居られるだけ、幸せなのかも知れない。


…って強がっても、さすがにこれは…。


 ぐぅ~~~…


たぶん、飢え死にすることはない。

だって、どうせ…。

三日目には、この世界ともおさらばなんだから。



…僕はずっとこのままなんだろうか。

ずっとこうやって、変な世界を旅し続けて…。



……し続けて、…最期は…?



……あの旅人さんは、今頃、どんな世界で何をしているんだろう。

今は無性に、あの人と話してみたい。

僕らの“最期”について…。






[茫漠たる砂塵の世界・5]


窓から射す朝の日差しが、室内でもお構いなしに舞う砂埃を浮かび上がらせてる。

長かった、凍える夜は、ようやく明けた。

昼はあんなにも暑かったのに、理不尽だ。


だけど、この世界に住む人たちにとっては、そんなの当たり前のことなんだろう。

僕は旅人。この世界にとってイレギュラー。

間違っているのは僕だけだ。


他人事のように考えつつ、あてがわれた石造りの家を出た。

…太陽が眩しい。


「おお、餌が目覚めたか」

…起き抜け早々、とんでもない台詞が聞こえたのは、気のせいだったらどんなに良いか。

声の主は、白髭のお爺さん。


「…餌、って、僕のことですか?」

「当たり前だろう」

お爺さんの顔にも、同じ事が書いてある。

「明日まで死ぬなよ。村長たるワシの顔が立たないからな」

そんなこと言うならご飯を下さい。

…って、それよりも。

「……僕をどうするつもりですか?」

「蛇神様に捧げる。当然だろう」


…そうですね、当然ですね。

よし、逃げよう。


「逃げようなんて考えないことだな。村の外は蛇神様の縄張り。村を出た途端にガブリだ」



…旅人さん。

僕の最期は捧げ物だそうです。






[茫漠たる砂塵の世界・6]


死の恐怖に、初めて対面したのは…父さんが死んだときだった。


意識が、思い出が、体が、みんな無くなる。

僕という存在が、完全に消えて無くなる。

生きていれば避けられない。誰にだって降りかかる。

いくら逃げたって、必ず追いつかれる。

死。


…あの頃は、ずっと“死”のことばかり考えていて、…ずっと泣いてばかりいた気がする。

それをルッツァが慰めてくれた。ルッツァらしいやり方で。

どれだけ僕が救われたか。


でも…ルッツァは…、死んでしまった。

お母さんも、村のみんなも、誰も彼もが…。


村が燃えたとき、僕も一緒に死んでしまえばよかったんだ。

それを、ずっと…ずっと…今までずっと、逃げ続けてきた。

だけど、死は、ついに…僕に追いついた。


……これで良いんだ。



…いや、ひょっとすれば、僕は、死の間際に夢を見ているだけなのかもしれない。

なら、いずれ、悪夢は覚める。

目が覚めれば、そこは火の海で。

僕は、みんなと一緒に…ようやく…死ねる。


これで、良いんだ…。



「よう、餌の少年。水やりの時間だ」

家の中に入ってきたのは、昨日のおじさん。

「水くらいは飲ませないと、さすがに死んじまうからな。さ、飲め飲め。遠慮はいらんぞ」



「…僕って餌なんですよね?」

「そう言ってるだろ」

「餌を“捧げる”って…変じゃないですか?」

おじさんの、飄々とした顔が、強張った。


「………昔の人が考えることは分からんな」

おじさんは、僕の論を認めた。


会話はそれで尽きた。


…おじさんが去った後、残ったのは、コップ一杯の水だけ。



…家の中は、また冷えてきた。

二日目の夜が訪れる。






[茫漠たる砂塵の世界・7]


三日目の朝は、村長に起こされた。

「時間だ」

時間だ、か…。

僕が世界から消えるときに聞こえる台詞。

だけどもう、あの声を聞くことは無いんだろう。

今日、僕は、蛇神に捧げられるんだから。


…いや、死ぬ前提で考えていたけど、そうとは限らないかもしれない。

“時間”が来て、この世界から消えるのが先かもしれない。

悪夢は続くかもしれないんだ。


…もう、どっちでもいいか。


悪意の日差しで、心はカラカラだ。

まるで、僕が僕でない他人のよう。

そう…“他人”がどうなろうと、“僕”には関係無い…。



村長に、家を連れ出され、村を連れ出され、砂漠の真ん中へ。

大きな円形の人垣、そこの中央へ、僕は立たされた。

灼熱の日差しの下、無表情な村人達は、人垣を維持してる。

とても気味が悪い。


やがて、円周から、二人が歩み寄って来る。

おじさんとお姉さんだ。

二人とも、色鮮やかな服で着飾っていた。

お姉さんはヒラヒラ、おじさんはずっしり、と。


「笛長バラン。舞長エイリーン。務めよ」

「「承知」」

村長の言葉に応えて、二人は儀式がかった一礼をした。

そして、僕の後ろに座り込む。

おじさんは笛を構え、お姉さんは目を閉じて。



砂風が吹く、吹く、痛いくらい。

動く人は誰もいない。

ただ、時間だけが刻々と…。



 「「ドウッッ」」


轟音と同時に、視界が砂色に埋まった。

砂塵をはらんだ暴風が、周囲を暴れ回る。

反射的に目を塞いで…、耐えて、…目を開けると…

巨大な蛇の化け物が、地中から現れていた。


…ああ、また儀式が始まる…。






[茫漠たる砂塵の世界・8]


なんでもかんでも、儀式なら良いとでも思ってるんじゃないのか。

もうこれで三回目だ。うんざりだ。


目の前の異形を見ても、それほど驚けない。

これまでの事を考えれば…ってな具合。

既に僕は、ヒトに備わるべき“感情”が麻痺しているんだろう。


巨大な蛇の化け物、蛇神様は、とぐろを巻きながらこちらを見つめてる。


…怖くない。

睨んでも無駄だよ。僕は旅人だから。



「歓待せよッ!」

村長の号令が飛ぶ。

同時に、笛の音が響き渡った。


正面の蛇神から目を離し、後ろを振り返れば。

おじさんが笛を吹き、お姉さんが踊りを舞っていた。

村長を含めたその他全員は、蛇神に向かって、拝むような動作を繰り返していて。

それはまるで、おとぎ話の中の出来事だった。


 ズザァッ…


蛇神が動く。

僕を見て、こいつが生け贄か、と笑う。

開かれた大口、途端、目の前が真っ暗になって…



…ああ、食べられたんだ…。






[茫漠たる砂塵の世界・9]


蛇は獲物を丸呑みにする。

そしてゆっくりと時間をかけて消化すると言う。


村の大人たちの雑学。記憶の引き出しから、唐突に。


…これが蛇神も同じなら、きっと、蛇の体内で時間切れだ。

消化液に包まれながら、この世界から消えるんだ。


…消化液って、痛いのかな?



暴れず、騒がず、ただじっと。

蛇神に呑まれた人間が、唯一出来ること。

それは、愚考。



…直後、視界を、青が塗りつぶした。


 パァンッ


再び、日差しが照りつける世界へ。

人々は、一様に驚いた顔で、僕の帰還を見つめている。


…違う。見つめているのはむしろ、蛇。

正確に言うなら…蛇神の死体。



…そうだ、そうだった。

忘れてた…いや、忘れようとしてた…。


僕の“青”は、蛇の体内で爆発し、蛇を殺したんだ。

きっと、そう。あの時と同じように。

人骨に埋もれた直後の、あの、青の爆発のように。



「…な、なんてことを…!!!」

村の人々が騒ぎ出す。


「悪魔…悪魔だッ…! 神殺しッッ!!!」

村の人々が喚き出す。


「アイツを殺せ!!」

「水の恩を忘れやがって!!」

「死刑だ! 死刑だッ!!」

殺気立った人々の視線が、怒号が、一身に突き刺さる。


僕は…


「…ハハ…ハハハッ…」

笑った。



挿絵(By みてみん)



消える直前、おじさんの笑い顔を見た。






[評議世界・3 side.B]


「評議を始めよう」

虚無に声が響いた。


有り得ない?

いいや、有り得ない。


ここは評議世界。

あらゆる下位概念は、評議の前に無力だ。


「対象世界は」

夢見る旅人が歩んだ軌跡。

「茫漠たる砂塵の世界」



   渇いた世界の、渇いた心。砂塵を纏いて、生け贄を求む。

   祈り続け、踊り続け、その果てに意味はなく。

   雨降れども、吸わずの砂の者ども。

   青き水受けた唯一の泥者は、何を秘めるか。

   砂の心と泥の心が共存する世界に、存在意義は…。



「維持」

そして、その通りになった。


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