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夢見の丘  作者: きぎぬ
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[夢の終わりの世界]編

[夢の終わりの世界・1]


気がつけば、森の中を歩いていた。


足は勝手に歩を進め、目をつぶっても、危うげ無く。

まるで運ばれていた…僕の体に。

もちろん、こんなのは、初めてのことだ。


「…ッ!」

声が出ない。

いや、より正しくは…“喋ってはいけない”。

僕の体は、僕以外の主人を見つけたように。

僕の命令を聞けば、後で恐ろしい目に遭うかのように。


…とてつもなく理不尽だ。



…歩く、歩く、いつまでも。

誰かの命令を遂げるまで。



 メェー…


…この音は…?


森の向こうから、何かの音が聞こえる。

足は迷わず音の方へ。


森を抜けて、視界が開けた。


音は…、…動物の鳴き声だった。


木の柵に囲われて、白い毛を持つ動物が、何匹も。

「おやっ、どちらさまですか?」

声は動物から発せられ…てはいなかった。

遠くから、バケツを持った男がやって来る。


「見慣れぬ服装ですが…旅のお方でしょうか?」

「ああ」

僕が、勝手に喋った。


「一晩泊めて欲しい」

「宿にお困りですか。ええ、構いませんよ」

スラスラと、淀みなく。


「しかし珍しい来客だ。我が村に旅のお方なんて。村長へ伝えねば。付いてきて下さい」

「ああ」

なし崩し的に、一泊、厄介になるようだ。



…何のつもりだよ、“神様”?


念を送るつもりで問いかける。

返答は、無かった。






[夢の終わりの世界・2]


体の自由を取り戻せたのは、村の広場へ来てからだった。


…だけど、分かる。感覚的に。

この広場からは出られない、って…。


それでも…試そう。広場の端へ向かい…

右足を、前へ。


………


…踏み出せない。


「どうなさいました?」

「…いえ、なんでもないです」

後ろから不意に声をかけたおばさんは、こんな返答で納得したのか、立ち去っていった。

おばさんが戻った広場の中央は、僕の歓迎会の準備で忙しそうだ。


「…」

見えない壁をにらむ。

こんなことで穴が開くなら苦労しないけど。



森に囲まれた、小さな村。

想起するのは僕の村。


…何十年経っても、忘れやしないさ。

ここは、僕の村じゃない。



…それでも、それでも…、…それでも。


奇妙な…偽りの帰郷感が、心を蝕むようだった。






[夢の終わりの世界・3]


歓迎会が始まったのは、すっかり陽が落ちてからのことだった。


質素でも心づくしの料理と、取って置きだという果実酒が、惜しみなく振る舞われて。

老若男女入り交じっての、微笑ましい歌と踊りが、目と耳を楽しませて。


「あ、あの、その…私と」

大人達に後押しされながら、少女がおずおずと手を取って。

「私、私と…お、踊ってくださ…」

聞こえないよ、と、ヤジが飛ぶ。


みんながみんな、笑顔だった。

少女もまた、笑顔だった。

僕は…いや、僕もまた、きっと、笑顔だった。


でも、ひょっとすれば…泣き顔だった。



…人と触れ合うのは、久しぶりだった。

永い、永い…本当に永い間、僕はひとりぼっちだった。ひとりぼっちを“求めた”から。


「…ありがとう」

声になったか、わからない。


それでも、ありがとう。

ありがとう。


たとえ、全てが“作り物”だとしても…。

僕は、この日を忘れない…。



…ありがとう。






[夢の終わりの世界・4]


それはまるで、夢の中の出来事だった。


満天の星空の下。人々が焚き火を囲んでいた。

僕は独り言をつぶやくように、おとぎ話を語る。

それは、空飛ぶ鳥人の世界であったり、黒煙満ちる王国の世界であったり、緑溢れる美しい世界であったりした。


人々は、僕のおとぎ話を、ただ静かに聞いていた。



穏やかな、夜だった。






[夢の終わりの世界・5]


「…おしまい」


旅譚をおとぎ話に落とし込んで、語りたいことは、全て語ったつもりだ。

どうして語りたくなったか…さて、どうしてだろう。

もしかしたら、記憶の中の旅人さんを、なぞりたくなったのかも知れない。


 パチッ


薪が爆ぜる音。


穏やかな夜、じっと深く…深く…。



「…ねぇ、どうしちゃったの…?」

さっきの少女の、震える声。

「ねぇ、ねぇ…ッ! どうして…どうして…ッ!」

…尋常じゃない恐がり方だ。


「…どうしたの?」

立ち上がって、少女の元へ歩いて、…途中で、違和感に気付いた。


「みんな…返事、してよぉ…ッ!」

焚き火を囲んでいた人々は、みんな、……人でなくなっていた。

人にそっくりの…木偶人形。

まるで、最初からそうであったかのように…整然と、平然と、それらは座っている。


 「俺は、因果律を乱す。無自覚に、無慈悲に、この世界の…」


恐ろしい、言葉が、頭に弾けた。



それはまるで、夢の中の出来事だった。


…そう、夢は、いつだって理不尽だ。






[夢の終わりの世界・6]


「…ごめんね」

「…どうして?」

「僕が、因果律を乱したから…」

「…どうして?」

「旅人…だから…」

「…」

「…」


「…返してよ」

「…」

「返してよッ! 私の…私のお父さんを! お母さんを!」

「…」

「友達を返してッ! 村のみんなを返してッ!」

「…」

「ねぇ…返してよ…っ…」



「…求めるんだ」

「…えっ…?」

「求めれば…きっと…」



挿絵(By みてみん)



「いつの日か…」






[評議世界・9]


そこは異質な空間だった。


世界が全て、色のない色に、塗りつぶされて。

上下はなく、左右もなく、距離も時間も、何もない。


…強いて喩えるなら、そこは…

「“神様”の世界…」

声は、発することができた。


すると、それに応えるかのように…目の前に、像が生まれた。


ドクドクと…脈打つ、女神の像。


「…お前が…“神様”?」

像は答えない。



「神などいない」

頭上から、闇が零れ、それが喋った。

「神とは、私であり、彼であり、彼女だ」

…さっきと言ってることが違う。


「責務を果たせし者よ」

「…」

「何処を求める?」



…いずこをもとめる…。



…求める…。



コイツに言ってやりたいことは、掻き消えた。

今はともかく、伝えなくちゃいけない。


…疾うの昔に、決まってること。

あの時から、ずっと…。


「あの日、あの時、あの場所…」


そう…


「風見丘だ」



闇は消えた。

像も消えた。


「果たそう」

異質の声が聞こえてくる。

「それを求めるならば」


世界が振動を始めた。

「果たそう」






[幸せの記憶・9]


グレンは、再びお城へと向かっていった。

「また帰ってくるよ。再来年にでも」

見送るティナの素振りは、見る人が見れば、恋する乙女のそれだったかもしれない。

…僕には分からないけど。


「これでまた、しばらくは両手に花ね。良かったじゃない」

「え、花がどこにだって?」

無言で殴られた。


ティナが苦笑いした。

ルッツァも笑った。

僕は照れ笑いした。


幸せの日々は、ここにあった。






[評議世界・10]


夢見る旅人は、決して辿り着けぬ地…。


カルボモンドで出来た神経が、無限の演算要求を送り続ける。

女神を象った有機の像が、無限の演算結果を弾き出し続ける。

そこは異質な空間だった。


無より零れ落ちし闇の使徒たち。

彼らに言わせれば、そこは“糸尊き場所”である。


ふと、闇が蠢いた。

「さあ、始めよう」

紡がれた言葉。

紡がれた糸。


そして無数の紐は、震え出す…。

世界の理を形作る…。



「青い空…緑風の大地…

あの日の丘…あの日の少年…」






[始まりの世界]


「…ねえ、起きなさいよ」

まどろみを邪魔するこの声には、聞き覚えがある。


「…起きろ!セルク!」

仰向けの人間に、踵落としを食らわせようとする、この理不尽には、心当たりがある。

「危なっ!」

すんでの所で躱した。


「なんだ、起きてるんじゃない」

「…いや、寝てたけど」

「寝ながら避けるなんて、どこの達人よ」

んー、嘘じゃないんだけど…。


「長老が呼んでるわ。はやく村に戻りましょ」

「急がなきゃ駄目?」

「急がなきゃ駄目」


風薫る初夏の“風見丘”は、昼寝に最適だ。

ここでもう少し、夢の続きを見ていたかったんだけど…。

そう、あの…


……


「…あれ?」

「なによ?」

「どんな夢だったっけ…?」

「わたしが知るか」

どんな夢を見たか忘れてしまった。


珍しいことではない。…ないけれど。

忘れてはいけない夢だった気がする。


「さ、行きましょ。セルク」

ルッツァが手を差し伸べた。

僕は、その手を握って

「うん、行こう」と返事した。



風見丘に、穏やかな風が吹いた。


夢の名残を、緑風は洗い流さない。






  『夢見の丘』 了

ご愛読、ありがとうございました!

きぎぬ先生の次回作にご期待下さい!


ってことで完結しました。

批判はウェルカムです。どんと来い。


“紐が振動云々”について意味が分からない方は「超ひも理論」でググったりしましょう。

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