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夢見の丘  作者: きぎぬ
10/11

[幻影夢幻の世界]編

[幸せの記憶・8]


「…あたしね、グレンのこと、好きなんだ」


祭りで騒ぐルッツァとグレンから離れて、僕とティナは話し合っていた。

いきなり雰囲気が変わったかと思えば、この暴露だ。


「…グレンには伝えたの?」

「ううん、まだ」

「そ、そうなんだ…」

「グレンを、この村に縛り付けちゃうようで、悪いから」

だから、ティナは決めてるらしい。

「大人になったら、あたしもお城に行って、そこで初めて告白するの」


…そっか。


「ごめんね、置いて行っちゃうけど」

「いいや、いいよ」

一生会えなくなるわけじゃないんだし。


「ルッツァとお幸せにね」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

からかうティナと、うろたえる僕。


穏やかな、夜だった。






[幻影夢幻の世界・1]


 『鳥人は人に憧れ、人は鳥人に憧れる』

目の前に、人と鳥人がいた。


赤い空、青い大地…。

それは、いつか見た悪夢。


 『鳥人は翼を引き千切り、人は足を切り落とす』

…なんのつもりだ。

 『緋色の空から赤が零れ落ち、群青の大地から赤が溢れ出て、世界は赤く染まった』

「なんのつもりだッ!?」


人と関わらず、世界と関わらず。

僕の信念を嘲笑うかのように、今、世界は…僕の眼をこじ開けている。


 『人ならざる者。人たり得ぬ者』

不愉快な、有無を言わさぬ迫力の声は…どこからも聞こえてくる。

 『己が存在を否定するモノたちの世界に、存在意義は…』

「黙れッ!!」


そうだ、この声はまるで…終わりを告げる、あの声だ。

世界の“外”から語りかける、あの声だ。

だけど、この不愉快さは何だって言うんだ。


 『消去』

赤の光景は消えた。






[幻影夢幻の世界・2]


「はぁ…ッ! はぁ…ッ!」

凄惨な世界は見えなくなり、周囲は真っ黒になった。

あの声もまた、ぴたり、止んだ。


……


 『理想を目指し、現実から目を逸らした人々』

…いや、終わっていない。

世界は再び、黒から空へと転じた。


 『落とされた現実は、空の上から理想を睨み、やがて降り注ぐ』

「ああああぁああッッッ!!!」

もう耐えられない…!

壊してやる!こんな茶番!


右手を、前に…っ!


……


…刃は、出なかった。


 『粉々になった大地』

粉々になった大地のカケラに、青い光が見える。


 『加害者は理想。被害者は現実』

 『己が業に潰された人々も、今は亡し』

 『夢の跡だけが落ち続ける世界に、存在意義は…』


…こんなものを、僕に見せて、聞かせて…


 『消去』

「…何のつもりだよ」


返答はない。

そして、世界は暗転した。






[幻影夢幻の世界・3]


 『渇いた世界の、渇いた心。砂塵を纏いて、生け贄を求む』


灼熱の太陽に照らされた、無限に続く、砂漠。

暑さは感じない。これは所詮、幻だ。


 『祈り続け、踊り続け、その果てに意味はなく』

遠い昔に聞いた、笛の音が、鮮やかに流れる。

そう、遠い、昔に…。


 『雨降れども、吸わずの砂の者ども』

 『青き水受けた唯一の泥者は、何を秘めるか』

笛を吹いていた男は、血まみれの少年を見て、笑った。

 『砂の心と泥の心が共存する世界に、存在意義は…』


懐かしい、忘れたい、忘れがたい記憶が、蘇りつつあった。

それはまだ…旅人になったばかりの、少年時代。

世界に流されていた…あの頃の。


 『維持』

男も、少年も、消えた。

暗闇に一人、僕一人。






[幻影夢幻の世界・4]


これはまるで、夢の中の出来事だ。


 『他者を支配するがため、技術を高める者ども在り』


記憶の奥底に眠る、何もかもを、洗いざらい…ぶちまけて。

そこに善悪はないのかもしれない。


 『幾星霜経て得たものは、黒煙の闇と、化学の光と、争いの火種』

だのに、この声は…無性に癪に障る。


 『殺し、殺され、復讐の輪廻が止まることなく』


言葉は、意志ある命が喋るものだ。

でも、コイツは…まるで、命も意志もない。

薄気味悪い、不気味、そういった類の、嫌悪感。


 『旅人を迎えし王の野望、娘を失ってなお、止まることなく』


「アーシェ…」


自然に口をついて出た名前。

目の前に倒れる少女の名前。

悔恨の記憶が、朧気な像を結んだ…。


 『繰り返される殺戮の世界に、存在意義は…』

「黙れ」

何もかも知ってる癖に、何もかも“知った事じゃない”と。

その声は、そう言ってる。


害意無く人を傷つける…この声は、そんな存在なんだ。


 『消去』

喩えるなら、それは、“神様”の声だ。






[幻影夢幻の世界・5]


 『不老なる者は超常を産み、地上を歩く者は残虐を育てる』


「…“神様”」

聞いているか、分からないけど。

「なぜ、僕を旅人にした?」


 『他者との違いを魔法に育てる者達と、他者から奪い糧を産む者達』

「青の力を与えたのも、奪ったのも…お前なんだろ?」

 『奪わず奪われ、奪い奪われず、調和は保たれ続く』


青い刃を振るう、少年の姿があった。

彼が一人の男を切り伏せたとき、歓声が上がった。

少年はうずくまり、震える。

 『歪に痩せ細る奇跡の配合、変わらず続く』

少年は、泣いていた。


 『進歩無き魔法が揺蕩う世界に、存在意義は…』

「…趣味が悪いよ、“神様”」

 『消去』

少年は、消えた。

耳奥に残る泣き声は、消えなかった。






[幻影夢幻の世界・6]


声は続く、続く、いつまでも。

耳を塞いでも、いつまでも。


 『滅びた大地、芽吹く命、彷徨う残滓が穿つ足跡』

消去、維持…何十もの数、延々と。


 『虚偽の甘言見抜けねど、真実の意志に優るもの無し』

情無く、淡々と、けれど刃物のような鋭さを持つ声で。


 『宿した希望を産み落とす日に、その決断の賢しさよ』

神経を逆なでする、芝居がかった物言いで。



 『波立つ大地、波立つ命、足取り確かに穿つ足跡』

世界は流れる、波立って。

かつて見た少女の姿と共に。


 『青き希望が織り成す世界に、存在意義は…』

…ひとつ、気付いたことがある。


投影されるこの光景は、みんな…僕がいたときのものだ。

僕がその世界に来る前、そして消えた後の光景は…

つまり、滞在期間の前後の光景は…決して現れない。


 『維持』


投影しないのではなく、投影“できない”とすれば…?



…旅人の役目の、少なくとも一つは…。






[幻影夢幻の世界・7]


鬱蒼と茂るジャングルと、円環の河が映された。

 『母なる流れに流さるる、命の輪廻に属すものたち』


流されていた。

ここまでは、そして、ここだけは。


 『円環の理に導かれ、停滞の結は不動なり』

決意は続く、ここからは。

そして、これまでも。


 『されど旅は廻らない。輪廻を標榜せしものもまた』

青き旅人の、青き刃が振り下ろされる。

青き海へと繋がる、青き道が作られた。


 『大河の外の大海に、青き未来を見いだして』

魚影が流れていく。

円環の理を抜け出して。


 『諦念振り切り流るる世界に、存在意義は…』


流されていたのは、ここまでだ。

僕は、ここから、僕の意志で進んでいく。


 『維持』

お前の思惑を、裏切るために。

あの丘を、取り戻すために。






[幻影夢幻の世界・8]


何百もの声を聞いた。

情無く、淡々と、刃物のような鋭さを持つそれを。

だけど、僕には思える。

 『保留』

これは、悲鳴だと。



 『…少の半円、…大…恩恵』

世界の投影は、揺らぎ続きだった。

声の調子は変わらなくても、所々、音が途切れた。

 『滅…し…時代…、…り所……』

かすれ、消えていく声。


そして…


 『…………。………』

世界は消え、音は止んだ。


……


 『情報不足。評議不能』

沈黙の後、何百も繰り返した台詞を、“神様”は告げた。

 『存在意義を問うこと能わず』

偉そうに、無能をアピールしつつ。


 『保留』


長い、長い、茶番は続く。






[幻影夢幻の世界・9]


 『保留』

これが、最後の世界だった。


………

……


声は、続かない。

黒い空間は、彩られない。

無限とも思える幻は、完全に沈黙した。


………

……


…不意に、闇が蠢いた。

 『さあ、始めよう』

紡がれた言葉。


…宣言は、一度きりだった。


なのに…

その声は、波紋となって、世界中に満ちていく。


「…ッ!」

声が出せない。

体も動かない。

瞬きさえままならない。


波紋は広がる、広がる、どこまでも。

そして理解する…。世界が今、“振動している”と。



 『旅の終わり…旅の始まり…

 継がれる力…継がれる想い…』



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