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夢見の丘  作者: きぎぬ
1/11

[夢の続きの世界]編

[夢の世界]


それはまるで、夢の中の出来事だった。


満天の星空の下。人々が焚き火を囲んでいた。

僕は独り言をつぶやくように、おとぎ話を語る。

それは、空飛ぶ鳥人の世界であったり、黒煙満ちる王国の世界であったり、緑溢れる美しい世界であったりした。


人々は、僕のおとぎ話を、ただ静かに聞いていた。



穏やかな、夜だった。






『夢見の丘』






[夢の続きの世界・1]


「…ねえ、起きなさいよ」

まどろみを邪魔するこの声には、聞き覚えがある。


「…起きろ!セルク!」

仰向けの人間に踵落としを食らわせるこの理不尽には、心当たりがある。


「い…痛いって!ルッツァ!」

「とっとと起きないのが悪いのっ」

みぞおちを押さえて不平を漏らしてみるけど、一蹴されてしまった。


「長老が呼んでるわ。はやく村に戻りましょ」


全天の青空の下。僕は、いつのまにか寝てしまっていたらしい。

風薫る初夏の“風見(かざみ)丘”は、昼寝には最適だから。


「急がなきゃ駄目?」

「急がなきゃ駄目」

もう少し、夢の続きを見ていたかったんだけど…。

そう、あの…


……


「……あれ?」

「なによ?」

「どんな夢だったっけ…?」

「わたしが知るか」

どんな夢を見たか忘れてしまった。


珍しいことではない。…ないけれど。

忘れたくない夢だった気がする。


「さ、行きましょ。セルク」

ルッツァが手を差し伸べる。

僕は、その手を握って

「うん、行こう」と返事した。



穏やかな、世界だった。






[夢の続きの世界・2]


「旅人さんが来たんだって」


村に向かう道中、ルッツァが説明してくれた。

ここの村以外の人なんて、はるばるお城からやってくる税取のおじさんしか見たことがない。

村のみんなだって、大体はそんなものだと思う。

そこに見知らぬ来客があったなら、村総出でおもてなしするのが当然だ。

ましてやそれが“旅人”なんて来たら。


「長老、はりきってたわ」

「だろうね」


この村のイベントと言えば、豊作を願う“肥風(ひふう)祭”と、年越しを祝う“涜瘍(とくよう)祭”くらいのもの。

降ってわいた大行事に、長老も年甲斐なく、はしゃいでいるんだろう。

もっとも、長老はいつも年甲斐ないけど…。


「その顔は失礼なことを考えてるな」

長老の顔がぬおっと近づく。


…気付けば、いつの間にか村に着いていた。


「…ふふっ、まあいい。二人とも、森に行って薪を拾ってきてくれ」

そう言い残し、長老は大人たちの元へ向かっていった。


「女の子に力仕事させるなんて、酷いと思わない?」

「僕より力あるじゃん、ルッツァ」

足を踏まれた。






[夢の続きの世界・3]


 シャミシャミシャミシャミ…


夏の風物詩、シャミ鳥の鳴き声。

舞葉(ぶよう)の森”の清涼な雰囲気作りに、今日も一役買っている。


さて、薪に使えそうな小枝は、どこかな、と。


「ねぇ、セルク」

「なに?」

「一緒に踊らない?」

「ど、どうしたのさ、唐突に」

…ルッツァはいつも唐突だけど。


「…今夜のための準備に、よ。旅人さんの前で、二人で踊りを披露するの。どう?」

どう、って言われても…。

ちょっと、どぎまぎするけど、表に出ないように…。


「踊りならティナの方が得意じゃん。ティナを誘った方が…」

「…」

「…ルッツァ?」

「…わたしと踊りたくないって言うの?」

「…い、いや、そうじゃないけど」

なんか、変だ、絶対に。


…でも…


「…」

ルッツァの右手が、目の前に。手を取れ、って。目も言ってる。


…右手を、前に。

流される、いつもの僕。



「マカフシ第三舞踊」

涜瘍(とくよう)祭”で、訪れる新年に感謝を込めて、踊る踊りだ。


二人でクルクル、手を取って。

耳に残る、祭りの音楽を口ずさんで。


大人が中心の“涜瘍(とくよう)祭”では、メインイベントの、この踊り。

子供の僕たちが踊ることはないけれど、見たことなら何度でも。

記憶の中で踊る大人達。…きっと、形だけなら、なぞれたと思う。


「…じゃん、と」






[夢の続きの世界・4]


踊りを終えて、一息つく。

「…本当に旅人さんの前で踊るの、これ?」

お世辞にも上手とは言えない踊りだと思う。

毎年、子供が中心の“肥風(ひふう)祭”で踊り慣れてる、第一舞踊の方がいいんじゃないだろうか。

…というか、なんで第三舞踊を踊ったんだろう?


「…ねぇ、ルッツァ?」

…ルッツァはどこか上の空だ。


「…ルッツァ?」

「…薪、拾いましょ」

ワケが分からない。

…仕方なく、薪を拾い始めた。



薪を拾う僕等の間に、会話はない。


…しばらくして、拾った薪を胸に抱えて、ルッツァが言った。

「知ってる?こんな話」

「どんな話?」

薪を拾いながら、答える。


「この森でね」

「うん」

「第三舞踊を踊った二人はね」

「…うん?」

「結ばれるんだって」


薪を拾う手が止まった。

声が、出なくなった。


「…ねぇ、セルク」

脂汗が絶え間なく噴き出す。

「わたしのこと…好き?」


…少なくとも嫌いじゃない。

好き…?

“好き”って…恋とか、そういう…“好き”?


この場から逃げ出したい。

答えたら、なにかが終わってしまいそうで。

でも、逃げたらいけない。いけないんだ…。


「僕は…」

僕は…


「…わからない」

…逃げた。


「…そう」

女の子を悲しませるな、とお母さんは言っていた。

最低だ…僕って…。


「…ううん、答えは後でいい。明日でも、明後日でも…。それまで、待ってるから」






[夢の続きの世界・5]


お祭り騒ぎの歓迎会。

僕の心は別の場所にあった。


ルッツァ…僕はルッツァを、どう思っているんだろう。

嫌いではない、間違いない、だけど…好き…なのかな?

悩むって事は、好き…?


考えて答えが出るような物でもない気がするけれど。

それでも、今の僕は、考えることしか…。



「悩んでるな、少年」

赤ら顔の、見慣れない顔…。


旅人さんだった。


右手で酒の入ったコップを持ち、左手で白い髭をいじりながら、僕の顔を覗き込むように。

「恋か? 恋の悩みだろう? 良いね、若いモンは」

確かにその通りだけど、勝手にそうと決めつけて、旅人さんは話を続ける。


「俺もな、若い頃は悩んだよ。ビビって答えを先延ばしてさ」

「…」

「そんなことを続けてたら、いつの間にか、恋なんて縁遠いジジィになっちまった」

「はぁ…」

「悪いことは言わねぇからよ、告白されたんなら付き合っちまえ。それだけで、俺よりも経験豊富なんだぜ」

…誰にだって、青春時代はあったんだなぁ。


「…ありがとうございます」

少し、気が楽になった気がする。


満足げに頷いて、旅人さんは人の輪の中へ戻っていく。

人の輪の中心にある大きな焚き火。

その勢いと結びつくように、お祭り騒ぎは収縮しつつあった。


「さて、良い頃合いだし」

村のみんなに向けて、旅人さんが切り出す。

「俺が知ってるおとぎ話でも聞いてくれ」


旅人さんの目は、どこか遠くを見ていた。






[夢の続きの世界・6]


満天の星空の下。人々が焚き火を囲んでいた。

輪を形作る人々の視線は、たった一人に注がれている。

旅人さんだ。


旅人さんは独り言をつぶやくように、おとぎ話を語った。

それは、天まで届く塔をあがめる世界であったり、言葉を話すオオカミと戦い続ける世界であったり、一面が銀色に輝く美しい世界であったりした。


人々は、彼のおとぎ話を、ただ静かに聞いていた。



穏やかな、夜だった。



だった…のに…。



「すべてを略奪しろッ!すべてだッ!」


甲冑を着た兵士たちが、村に押し寄せてきた。


僕らに、為す術はなかった。


目の前で、みんな、殺されていった。


村は、燃えた。



それはまるで、夢の中の出来事だった。






[夢の続きの世界・7]


「すまない」

燃えさかる火の海の中、旅人さんが立っていた。


そんなところにいたら、燃えてしまう。

夢見心地に、的外れに。


「俺のせいだ」

「…どうして?」

「俺は、因果律を乱す。無自覚に、無慈悲に、この世界の…」

「……どうして?」

「…」

旅人さんは答えない。


「返してよ…」

だけど、責任は旅人さんにあるんだ…。


「返せよッ!!!僕の世界をッ!!!」

旅人さんは答えない。


「…返せよ…」


みんな、燃えてしまった。

なにもかも、だれもかも、みんな…。



「…求めろ」

言葉を発した旅人さんが、ゆらり、揺れた。

それはまるで、陽炎のように。


「求めれば、きっと…」

旅人さんの体が、透けていく。


「いつの日か…」

そこで、言葉は途切れた。


僕は、…ひとりぼっちになってしまった。



…嫌だ。

そんなの、嫌だ。


あの森に、戻りたい。

あの村に、戻りたい。

…あの丘に、戻りたい。



挿絵(By みてみん)



ああ、求めたさ。


目に焼き付く、炎の海。

そして、世界は暗転した。


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