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ミステリーサークル

ある企画の物

 俺の家の傍には手を付けられていない田畑がいくつかある。

 理由は良く分からないが、何十年も昔から手を付けられておらず、少し背の高い雑草が伸び放題。

 俺が物心付いたころから、その田畑をずっと監視している爺さんが居た、俺が物心付くころから爺さんなのだから今はもっと爺さんなのだろう。色こそ落ちているものの頭髪は元気で何処と無く力強い印象があった。

 どうやら俺が物心付く前からずっと田畑を監視していたらしく、近所の人によると朝早くにふらっと現れて、夜遅くにふらっと消えるらしい。特に職についている様子も無く、かといって衣類などは何時も綺麗で生活に困っている風でもなかった。

「坊主、ミステリーサークルって知ってるか?」

 昔、俺が勇気を振り絞って爺さんに話しかけた時、爺さんはチラリと俺を見て開口一番に俺にそう聞いた。

 ミステリーサークル、海外の麦畑などが円状に倒される現象で、もちろん見たことは無かったし、当時の俺はミステリーサークルなんて知らなかった。

 知らないと答えると、爺さんは俺にミステリーサークルとは何かを散々説明した後にまた田畑に目を向け、

「俺は昔この田んぼにミステリーサークルが出来るのを見た」

 と目を細めながら言った。

 まだ若かった俺は純粋に凄いと思った。今なら爺の戯言と鼻で笑うだろう。

「最も、俺が見たころはまだミステリーサークルなんて名前は無かったし、誰も信じちゃぁくれなかった。ミステリーサークルなんてハイカラな名前を知ったのはここ十年さ」

 俺は爺さんに『何故この田畑を監視しているのか』を聞いた。

「もう一度、見たいだけさ」

 途方も無い答えに、当時の俺は少し拍子抜けした。子供心ながらに大人は働かないと生活していけないことが分かっていたし、それなりの娯楽が必要であることもわかっていた。だから爺さんのその行動が理解できなかった。大体、それならビデオでもセットしておけばいいじゃないか。と爺さんに当時の俺の語彙の範囲内で伝えた。

「お前さんには分からないかもしれないが、ああいうのは生で見ないと意味が無いのさ」

 一呼吸おいて。

「俺が三十歳位のころの話だ、当時俺はそれなりに仕事が成功しててそれなりに大金を儲けていた。坊主、癌って知ってるか?」

 俺は『鳥の種類』と答えた、小学校の授業でそれについての小説を読んだばかりだった。

 爺さんはガハハと笑い。

「残念、零点だ。まぁいい、要するにもう少しで死んじまうってお医者さんに言われたんだ」

 なんとなく、怖かった。死と言う物が身近に無かった。もう少しで死ぬ、と言うことが現実に起こりうることにとてつもない不安を覚えた。

「俺はショックだった。ショックでヤケ酒……真夜中にお酒をがぶ飲みして家に帰ってたんだ。そのときだよ

 ふと見た田んぼの稲穂が次々と倒れて田んぼに模様を作ってた。俺はとても怖かったが、見とれたね。酔って幻覚を見たとか、とうとうお迎えが来たのかとか思ったりもしたが何のことは無い、翌朝見てみるとやっぱり稲穂がなぎ倒されて模様が出来ていた。田んぼの持ち主はたいそう怒っていたがな」

 持っていたペットボトルに口をつけて。

「坊主は見たこと無いから馬鹿な事だろうと思うが。あれは本当に素晴らしかった、この世のごちゃごちゃした事全てがどうでも良くなるほどに俺の常識から外れていた。どうしてももう一度見たかったんだ、もう一度同じ光景が見れるまで、死ねない。と思った」

 爺さんが言ったとおり、当時の俺。いや、今の俺でも分からない、馬鹿なことだと思った。

 爺さんは俺のほうを向いて両手を広げ。

「それから、この辺一帯の田畑を買った。毎日通った。どうしても見たかったんだ。それに見ろ、俺は生きてる。毎日のウォーキングが良かったのかどうかは知らないがね。いまだに医者は首をひねっとるよ」

 その時は、この爺さんは凄い人なんだと思った。自分の考えられる人間像からかけ離れていたし、何となく自分より凄いと思った。単調に生きている自分の周りの大人と比べ、かっこいいとすら思った。

 だが、それ以降自分が成長するに連れてあの爺さんは馬鹿馬鹿しいと思うようになった。ミステリーサークルが二人にイギリス人の悪戯だったと知って以降は尚更だった。

 だがあの爺さんは以前とあまり変わらなかった。少し変わった事と言えば登下校している生徒たちの監視役をしている事ぐらい。もちろんミステリーサークルなんて現れていない。




 ある日の真夜中、俺は誰かが叫んでいる声で目が覚めた。

 ひどく大きな声で叫んでいる、耳を澄ますとあの爺さんが昔と変わらぬ声で「坊主、坊主」と叫んでいた。

 何故近所の人間や自分の親などが起きないのか不思議でたまらなかったがひとまず体を起こして、家から出てみる事にした。

 家の近くで、爺さんが田畑を指差し「坊主、坊主」と叫んでいた。家から出た俺を見つけると。

「坊主、坊主! 早く来い!」

 と、俺を急かす。

 俺のことを覚えていた事に驚いたがそれ以上に爺さんの慌てように驚いた。長い事あの爺さんを見ているがあんな挙動をする人間ではない。

 ついに、頭がおかしくなったのかと思った。そして俺のその疑問は爺さんが放った次の台詞でさらに深いものとなる。

「早く来い! ミステリーサークルだ!」

 それを聞いた俺は駆け足で爺さんに近寄る。

 爺さんは俺の肩を片手で揺さぶると、田畑を指差した。

 路上の薄暗い照明で薄っすらとだけ草木が見えた。

「遂に、遂に見る事ができた。凄い、やはり凄い。坊主にも見えるだろう」

 爺さんは高く笑いながらそう言う。いや、笑いと言葉が混じる事もあったので良く聞き取れないところもある。

 そして爺さんは、田畑に倒れこんだ。それまで元気だった人間が急に力なく倒れたので俺は動揺した。

「おい! 爺さん! どうしたんだよ!?」

 屈んで、爺さんの体を揺さぶる。その振動で爺さんの髪の毛がはらはらと抜け落ちる。

「救急車、救急車を呼ばないと」

 携帯を持って出なかった事を後悔しつつ、立ち上がり、もう一度田畑を見た。

 そこには何時もと何の代わりも無い田畑がただただ広がっていた。本当に何時もと変わりは無かった。爺さんが騒いでいるときも、何にも無い。ただの田畑だった。爺さんは幻覚を見たのだろうか。

 その思考をかき消すように、強烈な腐臭が鼻腔を付いた。

 その方向に顔を向けると。倒れた爺さん、ぐずぐずと音を立てながら爺さんの体がすさまじいスピードで腐敗していた。

 何にも無い風で爺さんの頭から毛が舞う。俺以外の誰が見たってこれは異常だ。

 どう考えても爺さんは死んでいる。救急車は呼ばないほうがいい、仮に呼んだとしてもこの状況をどうやって説明するのか。

 爺さんが骨だけになるまで、それほど時間はかからなかった。否、いまや骨までも土に返らんとしている。

 もしかすると、爺さんの体はとっくの昔に限界だったのではないだろうか、だが爺さんの『もう一度』と言う強い気持ちがそれを許さず、結果、幻覚を見せる事で……

 いや、それとも、俺が今見ているこれが幻覚なのでは、そもそも爺さんなど存在するのか。

 それだけ考えて、爺さんが居た場所を見た。もはや骨すらも残っておらず、着ていた衣服もどこかへ……

 あまりの事に何もなくなった俺の頭の中で、爺さんに対する最後の疑問がよぎった。

 爺さんは、幸せだったのだろうか。

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