7.暴走
どうして私『会いたい……』なんて本音言っちゃったんだろう。あの人に止められなかったら……どうなってたんだろう。
――ダメダメ。ちゃんと授業に集中しなくちゃ。
卒業まであと三ヶ月。
成績も問題ないし、卒業するための課題もクリアしてる。卒業式と、それを祝うパーティが……王城の広間っていうのだけ、変更されないかな。
「エリアナ、卒業パーティのドレスは決まった?」
「いちお、ね。そう言うミーシャは、随分悩んでたけど決まったの?」
「決まったわ。結局、婚約者とお揃いになったんだけどね」
「そ、そぉ。良かったわね」
「だって入場もエスコートも必須じゃない? アピールしたいんですって。『ミーシャは俺のものだー』って」
「……羨ましい」
「え?」
「んーん、何でない。私、行くね! また明日っ」
「えっ、この後のお茶会――」
手を振って、そばの場を強引に離れた。
呼ばれてたお茶会も放って、情けない心を見透かされたくなくて、重い足で帰りの馬車へ向かった。
羨ましいなんて、言っちゃいけないのに。
ドレスを贈られるなんて疎か、卒業パーティのエスコートだって……絶対叶わない。場所が王城ってだけで、こんなに辛いのに。三ヶ月後、私はどうなっているのかな……。
「はぁ……」
――カサッ……
ため息を吐きながら乗り込もうとした馬車で、聞きなれない音が聞こえた。それに、やけに視線を感じる……。
こういう第六感的な感覚、昔から鋭かったりするんだけど、辺りには何もないし、気のせいかと馬車戸を閉めた。
でも……それから度々、誰かに見られてるような不安に駆られるようになって、ソフィに相談してみたんだけど――
「旦那様が、最近お嬢様の元気がないと心配されていたので、もしかしたら調べていらっしゃるんじゃないでしょうか?」
「お父様が?」
「確信はありませんが、可能性はあるかと」
「それか……間違いを犯した私を、断罪するためかも」
「なっ、なんてことを。お嬢様は、何も知らなかった被害者です。断罪なんて、そんな……」
「側から見れば、私は悪役令嬢だもの」
もし調査されてるとしたら……まずは、その可能性を疑うべきだ。殿下の周りが動いているのか……それとも妃殿下、か。
いずれにしろ、今は何もせず大人しくしなければ。
――そう思っていたのに。
「……やっと、見つけた」
ある日の学園帰り、買い物のため立ち寄った街の中で、強引に腕を引かれて薄暗い路地の壁に押し付けられた。
あまりに突然で、誰の仕業かと覗きこんだ。
「……アレク、殿下?」
「会いたかったよ。エリー」
「どうして、ここに……」
抱きしめられて、こんな人影の少ない場所……何が起こってるのか、判断出来ない。
「とにかく一回、きちんと話をさせてほしい……」
「でも――」
「こっち!」
通りを気にするように、裏路地を走って、見覚えのある建物まで出てきた。そこは……間違いなく、初めてを捧げた場所。
掴まれたままの腕を振り払うこともできず、何も言えないまま――部屋に入った。
「殿下……」
「少しの間でいいから、僕の話を聞いて欲しくて……強引でごめんね」
「少し、なら」
「……街で初めて貴女に会った日、本当に心を奪われてしまったんだ。可愛らしい笑顔、優しい心に、疲れた身体が軽くなった気がして嬉しかった」
ふわっとした猫っ毛が、揺れた。
「だけど、僕は既婚者だから……ちゃんと伝えなきゃと思ったのに、会う度にその笑顔を見ていたいって……」
「王太子が変装して街に出るなんて、思いもしませんでした」
「そう……だよね。妹にパンを頼まれたのも、広場で子供がぶつかりそうになったのも本当だよ」
「だとしても……」
「こうして、柔らかい頬に触れると……たまらなく愛おしくなる」
滑らせた手が、頬を撫でていく。
まっすぐ私を見つめる殿下の瞳に……吸い込まれそう。
「私は……何もかも、殿下が初めてだったんです。男性と二人で話したのも、キスも……それ以上も……。素敵だなって、思ってたのに――」
「本当にごめん……泣かないで、エリー」
「戻れなくなるのが、怖いんです」
「エリーが『会いたかった』と言ってくれたから、僕は今日、ここに来たんだよ」
頬にあったはずの手が、今は強引に私を引き寄せてる。
徐々に近くなる殿下の顔から視線を逸らした。
「どうしてエリーを前にすると、全部がどうでも良くなるんだろう」
「近い、です」
「嫌なら、本気で押して。僕のことなんか見なくて良い」
「…………っ」
押し返すことなんて、出来ないって、殿下は絶対分かって。
そんなこと言われたら、見ちゃうって……絶対分かってるくせに。
「今だけで良いから……」
“君が欲しい“
耳元で甘く囁くなんて、ずるい。
あの日みたいに、重なった柔らかい唇のせいで、抑えていたはずの気持ちが溢れ出した。
「おいで、エリー」
「幸せになんて、なれないのに……でも、好きなんです……」
「僕に、委ねてもらえないかな……その心も身体も、全部」
「……殿下」
「アレク、と呼んで」
何度も、何度もキスをして、確かめるように見つめて――
時々流れる涙を、アレクが掬い取った。身体中にキスをしながら、掠れた声で名前を呼ばれる。
理性が溶けても、吐息が溢れても、囁く愛の言葉が私を包み込んだ。
「エリーを……手放したくない」
果てた高揚感に追い打ちをかける、甘い言葉で満たされて……私は、何色とも分からない沼に沈んでいく――
「エリー……全部壊してでも、君を手に入れたいと思ってる」




