3.沈黙
雨が降ると切なくなる。
確かに、繋がったはずなのに。
確かに、愛してると言われたのに。
あれから、何度公園に行っても会えないでいる。
「今日も……会えなかったなぁ……」
ポツリと呟いた声は、誰にも拾われない。
先日は、あまりに頻繁な外出と、私の様子が変だと気付いた両親にも苦言を呈されてしまった。
『最近、あなた上の空よ。しっかりしなさい。もうすぐ国王主催の夜会なんだから』
そうだ。しっかりしなくちゃ。
きちんと学園も卒業して、自分磨きも怠らないで、前を向かなければいけない立場だと重々理解している。
初めてを捧げた相手だとしても、頭から離れないとしても、現実を見なければ。
「ソフィ、そろそろ帰りましょう」
「お嬢様……。本当に、探さなくて宜しいのですか?」
「良いのよ。仕事、忙しって言っていたし……私が我慢すれば、それで。でも……」
「……でも?」
――会いたい
空を見上げて、まぶたの裏に映る彼に思いを馳せた。
***
「殿下、こちらの決裁も急ぎお願いします」
「分かった。横に置いといてくれ」
息つく暇もなく流れてくる、意見書や決裁書が僕の仕事だ。
あれから彼女は、どうしているだろうか。吸い込まれそうな瞳は、城から出れない今も夢に出てくる。
風に靡いた彼女の髪を触れたいと思ったのも、本当。最後に彼女に会ったあの部屋が、疲れた時の休息に使っているのも本当。ただ……何も言えなかったのも、本当。
「少し、お休みになりますか? ここ最近は、街に出る時間もありませんが、息抜きに庭園でも――」
「いや、良い。僕の決裁を待つ人たちがいるんだ。目処が付くまでは、誘惑しないでくれ」
「かしこまりました」
そうだ。僕には、やることがある。
来週には、王家主催の夜会も開かれる。やらねばならぬ事が目白押しなんだ。
それでも……目を閉じると、やっぱりあの瞳を思い出す。瑞々しい肌の感触も、熱い吐息も、あの時は何もかもが僕のものだった。一度知った蜜に、喉が乾くようだ。
――そうして、準備が整った夜会当日。
パーティ用の華美な装飾に、褒章のバッチを幾つも付け、鏡の前に立った。
結局、今日まで一度も街に出る時間は取れず、日に日に膨らむ彼女への想いだけを胸に仕事に精を出した。こんな邪な気持ちを抱いて、良いはずがない。
「殿下、ご来賓の方々が整いました。ご入場の時間です」
「……行こうか」
優雅に流れる演奏が、一度止まり、会場にいる誰かの声が響く。
『それでは、王太子アレクシス殿下、王太子妃マグノリア様のご入場です』
再び始まった演奏に足並みを揃え、煌めくシャンデリア、真っ直ぐ敷かれたシワ一つないレッドカーペットを歩き始めた。
緊張は、しない。
見慣れた光景、見慣れた顔ぶれ。
正面を向いて、ただ歩くだけ。
それなのに、焦がれた髪色が目に入ってしまった。
――焦がれた髪、ふっくらした唇、綺麗な……瞳。
気のせいなら、どれほど良かったか。間違いなく、エリー……だった。
何食わぬ顔で真横を通り過ぎ、何も知らない妻のマグノリアに微笑まれながら壇上に登る。こちらに向いた視線の中で、一際目立って見えてしまうエリーを意識しないなんて、土台無理な話だった。
「アレクシス……様?」
「え、あぁ――今宵も、存分に楽しんでくれ」
ここからだと、人が多かろうが関係なく、最も簡単に彼女を見つけられる。こうやって着飾った彼女をよく見れば、以前一度だけ挨拶を交わしたヴィルローズ公爵家のエリアナだと分かるのに。何故、街で会った時に思い出せなかったんだ。
確かに、素朴な化粧と纏めた髪、それに町娘を装うワンピースでは……想像出来なかったかもしれない。
挨拶に来る貴族との会話に、全く集中出来ない……。今だって、会場の扉から一人出て行く彼女が、気になって仕方ないなんて。
遊びで彼女と身体の関係を持ったんじゃない。僕の……唯一にしたい、と思ってした最悪の裏切り――
行列の出来た挨拶も漸く落ち着きを見せた頃、妻が僕の腕に触れた。
「アレクシス様、あそこ……大丈夫かしら」
視線を辿って、目を見開いた。
まさに、男性に手こずるエリーの姿だったから――
でも……僕は、ここで一瞬躊躇ってしまった。今すぐ助けたいと衝動に駆られるのに、今ここが王城で、自分がアレクじゃなく王太子である葛藤に。
隣にいる何も知らない妻と、他の男に腕を取られたエリー――
……そして。僕の衝動が、勝った瞬間だった。




