17.一筋の光
全部……自分が蒔いた種だから、罰は甘んじて受けなくちゃいけない。
こうして目の前に座る、クローネル伯爵令息から出された“婚約話し“も……罰の一つかもしれない。
でも……どこから駆けつけてくれたのか――
『そのお話、少々お待ち頂けますか』
どこからともなくノエル様が現れた。
そして、今――
「……えぇ。見ていました。殿下がエリアナ嬢に、無理やり口付けするところを」
「殿下が……口付け……」
お父様の表情が一気に崩れていく……。
「クローネル伯爵令息」
「な、なんですか……」
ノエル様が手元で封蝋の便箋を開け、テーブルに広げながら「その件でしたら、王太子妃殿下は全てご存じです」と……。
便箋に手を伸ばしたお父様が目を通してる間、ノエル様と視線が重なった。
「これは……」
「書いてある通りです。卒業パーティの夜、王太子殿下の暴挙で拒絶するエリアナ嬢に強引に口付けをしたのです。この件に関して、妃殿下とエリアナ嬢はすでに和解が成立しています
「……くっ」
「クローネル伯爵令息は、この件を明るみにされたくなければ自分と婚約しろ――そういう内容で、婚約を申し込んだ。その認識で宜しいですか?」
「ち、違うっ。俺は、純粋にエリアナ嬢と婚約を」
「それなら、さっきの『王太子殿下との庭園での出来事が広まるよりは、婚約の方が穏便でしょう?』という言葉の意味を、ここで説明して頂きたい」
「それは……」
「――無いようですね。どうぞ、お帰り下さい」
ノエル様が扉を大きく開き、立ち上がるのを躊躇う彼を「まだ足りませんか?」と追い討ちを掛けて、渋々部屋から出て行った。
廊下を覗き込んで暫く、扉を閉めたノエル様が、お父様の前に身を屈めた。
「ヴィルローズ公爵、説明させて下さい」
「私からもお願いしたい」
「……卒業パーティの際、僕と出た庭園で王太子殿下と起きた一件です。エリアナ嬢が拒絶したのも、それを無理に引き寄せたのも事実です。ですが、彼女と殿下に深い関係はありません」
「しかし……マグノリア妃殿下が見ていたと言うのは……」
「これも事実です。ホール二階の窓から庭園を見ていた妃殿下も目撃されました。この事が公になれば、国の秩序が破綻すると恐れた妃殿下から書簡を預かったのです。エリアナ嬢に、非はありません」
「そうなのか?」
もしも私がこれで本当のことを話せば、お父様は勿論、ノエル様も間違いなく失望する。でも……ここで首を縦に振れば……もう後には戻れない。二度と間違えてはいけない――
「はい……お父様」
「そうか」
小さく息を吐いたお父様は、立ち上がってノエル様に頭を下げた。
「娘の将来に関わることだ。今日、ノエル殿に来てもらえなかったら……私は、大きな後悔をしていただろう。本当にありがとう。娘を守ってくれて……ありがとう」
「いえ。エリアナ嬢は、僕に多くを教えてくれました。その恩がここで返せたなら、本望です」
ノエル様が私に向けて微笑んでる。
その笑顔が、胸の奥に沈んだ暗闇に……ほんの少しだけ光を差し込んだ気がした。
***
今日は、金曜日だ。
卒業パーティーは何かと要件が重なって、会えなかったから。今日こそは、絶対エリーに会いに行こう。
「殿下、ランドアーク卿が急ぎの報告書を確認してほしいと。お通しして宜しいでしょうか?」
「今日は、もう政務しないと言っただろ。追い返せ」
「それが……マグノリア妃殿下に関する報告書だから、急ぎだと……」
「はぁ……これが最後だ。以降はどんな要件も受けるな!」
「は、はいっ」
マグノリアに関する報告書など聞いたことがないが、ここ最近集中出来ていなかったせいで、何か抜けてるのか?
「失礼します。報告書を持参しました」
ノエルとは、あの庭園以来か。
思い返せば……広場で会った時も、街の休息場にも、何かと邪魔して入ってきたのはノエルだった。パーティーでは、エリーのエスコート役なんてして、目障りな。
「置いたら、さっさと出て行ってくれ」
「……こちらです」
一歩前に出て、報告書とやらを置いた。
どうせ大した内容じゃ、ないだろう。
「なぜ、立ったままなんだ。早く出て――」
「殿下、アルヴィン伯爵家より知らせが」
「なんだ」
「ヴィルローズ公爵家へ、正式な婚約の申し入れをされたそうです」
「誰の」
「エリアナ事です」
……は?
「ふざけるな。エリーがそんな話を受けるわけがないだろ」
「受けざるを得ない状況に、なりました」
「……何だと?」
「昨夜の庭園での出来事を、アルヴィン伯爵令息が目撃していたからです」
「エリーは、脅されたのか?」
「えぇ。殿下とエリアナ嬢の関係を公にすると。そう言って婚約を迫りました」
馬鹿馬鹿しい。
僕だけのエリーを、僕を使って脅したと!?
「ふざけるな! そんなもの潰してやる。伯爵家ごと叩き潰せば済む話だ」
「……殿下、エリアナ嬢を苦しめたのは貴方です」
エリーを……苦しめた?
違う。僕は、エリーのためにエリーを思って――
「エリアナ嬢は、あの場で関係を終わらせようとしていました。それでも貴方は――強引に口づけした」
「…………」
「それに、妃殿下もその様子をご覧になっています」
「マグ……ノリアが? そんなはず……」
「妃殿下もエリアナ嬢も、手に入らない殿下という存在に苦しんでいます。二人が同じように罪の意識に苛まれ、貴方を守るために様々な犠牲を払っているのです」
違う……僕は、そんなつもりで想ったんじゃ――
「殿下。貴方は、二人の女性の人生を壊した。これでもまだ、続けられるつもりですか?」
人生を……壊した……? 誰が……? 僕が……?
机に置かれたマグノリアに関する報告書――
『王太子妃の名の下に、王太子アレクシスの件におけるダンテ・クローネルの脅迫を退けるため、ノエル・ランドアークに、その任を委ねるものとする』
その署名の下に刻まれていたのは――マグノリア・アステリア。王太子妃の正式な署名だった。




