16.想定外の希望
「はぁ……」
自室に戻って一番に、溜息が溢れた。
そんなの最近では当たり前の光景だから、侍女もあえて突っ込まないでいてくれるのが、せめてもの救いね。
このままでは……全てが崩れ落ちるわ。
アレクシス様が『席を外す』と言った時は、目の前の窓から全てが見えたら良いのに、なんて思ってたのに。実際、目の前で他の令嬢との情事を目にしてしまうと、国の秩序、王太子としての立場、生まれてくるこの子……本当に何もかもが破綻してしまう。
王太子妃として、それ以前に女として……私がすべき事はなんなんでしょう。
こんな現実を目の当たりにしても、これだけは言えるわ。
――守れるのは、私しかいない。
「一つ、頼まれてくれる?」
「はい。何なりと」
「明日、ランドアーク卿とエリアナ・ヴィルローズ嬢をここに呼んで」
「……宜しい、のですか?」
「えぇ。覚悟なら、出来てるわ」
――――――
――翌日、午後。
静かな自室に響いたノックの音。
侍女からの「ご到着されました」その一言で、深呼吸した。
「そう。通して頂戴」
ノエルの後ろから、気落ちしたように下を向いて入室するエリアナ嬢の、泣き腫らしたであろう目元を見つめた。
「マグノリア妃殿下、お待たせ致しました」
「えぇ、待っていたわ。エリアナさん……貴女とお話がしたかったの。こちらへ」
茶菓子を用意したテーブルへ手招きしたけど、エリアナ嬢はその場で深く頭を下げた……。
「妃殿下、この度は――」
「知ってるわ」
きっと青ざめたでしょうね。
でも、私の目的はそれじゃないの。
「本当に申し訳ございませんでした……どんな罰でもお受け致します」
ゆっくり近づいていく。
「……エリアナさん、顔を上げて?」
可哀想なくらい、涙で溢れた顔を上げてくれて、不思議と安心した。
「見ていました。昨日の出来事、全部知っているわ」
「…………」
「貴女が拒絶してた姿も……ね。それを強引に進めたのは、間違いなくアレクシス様です」
「それでも私は……」
「えぇ、分かります。だって……私も愛しているから。それにね――」
明るい日差しが降り注ぐ窓に視線を移して、溢れた本音。
「……貴女を罰しても、私は幸せになれないもの。アレクシス様が愛した女性を、否定するのは……悔しいけれど、もっと惨めだわ」
余計に溢れた涙に、ハンカチを差し出した。
私たち、悲しい恋をしているのね。欲しいものは、どちらも手に入らないなんて。
不意に、エリアナ嬢の手首を持ち上げた。
昨日……飛び散ったはずのブレスレットが、形を変えて付いているから。
「これ、ランドアーク卿の贈り物でしょう?」
小さく頷いたエリアナ嬢を確認して、ノエルに微笑んだ。
「貴女を守ってくれる人が側にいて、良かったわ。今日、ここに貴女たちを呼んだのはね、謝罪を求めてじゃないのよ――ノエル」
「……マグノリア妃殿下?」
「いえ、ランドアーク卿。この子を守りなさい。それが、この物語に深入りした貴方の責任よ」
「承知しました、妃殿下。謹んでお受け致します」
もっと良い解決法も、もしかしたら有ったかもしれないわ。それでも、これが最善だったと思いたい。
私は、私の力で全てを守ってみせるの。
***
突然、マグノリア妃殿下から呼び出しと聞いた時は、正直こうなると想像出来なかった。
一緒に呼ばれたエリアナ嬢に……どんな罰が下されるか肝を冷やしたのも本当だ。
だけど、冷静に周りを見て、判断された妃殿下には頭が上がらない。エリアナ嬢の罪が消えるわけではないけれど、それでも一人の女性として歩んでいける。社交界の追放でも、修道院でもない。
「もう、堅苦しいのは止めましょう! はい、これはノエルに渡しておくわ」
急にラフな雰囲気の妃殿下が、徐に便箋を出した。
封蝋がされているから、ここでは開けられない。
「必ず必要になる時が来るわ」
――結局、用意された茶菓子には手をつけず、二人で部屋を出ることに。
エリアナ嬢も、泣き腫らした目で人前に居続けるのは辛いだろう。真っ直ぐ馬車に向かい、ヴィルローズ邸まで送り届けた。
そして、事態が動いたのは翌日のこと。
妃殿下の侍女が僕を尋ね、急ぎヴィルローズ邸へ向かって欲しいと伝言を預かった。
慌てて向かった邸の前には、見覚えのある馬車が停まっている。
公爵の部署にも寄ったが、今日は非番だと聞いている……つまり、家にいて対応してるのは間違いなく――公爵だ。
先日、顔を合わせた執事の男性がドアを開け、不安そうな顔で「貴方まで……」と言う。
とにかく来訪者の元に案内してくれと伝え、急足で応接間のドアを叩いた。
「旦那様、ランドアーク卿がお目通を願っておりますが……」
「……通してくれ」
その言葉で、一つ深呼吸をして部屋に入った。見渡した先に、公爵、エリアナ嬢。そして馬車の家紋通り……クローネル伯爵家のダンテ――
「失礼します。突然の訪問、申し訳ございません」
「ノエル殿まで……」
小さな舌打ちが聞こえ、思わずダンテに視線を送った。
「ノエル殿、少しだけお待ち頂けますか? 今、エリアナ嬢との婚約話を進めるためにヴィルローズ公爵とお話をしてたんですよ。ねっ、エリアナ嬢」
「そのお話、少々お待ち頂けますか」
「邪魔しないで頂きたい」
事情を知らない公爵の前で、エリアナ嬢に婚約を申し出るとは……。
「先日の夜の件は、胸にしまっておきますから」
「……あ……」
「王太子殿下との庭園での出来事が広まるよりは、婚約の方が穏便でしょう?」
思わず、後ろからダンテの肩を掴んでしまった。
王太子の名前が出たことに不安を感じる公爵と、正面に座るエリアナ嬢の……絶望に近い顔――
「貴方も見ていたでしょう? 王太子殿下と彼女を関係を」
「……えぇ。見ていました。殿下がエリアナ嬢に、無理やり口付けするところを」
僕の言葉で、急に真顔になったダンテに便箋を見せた。
これで彼女を救えるなら、僕は止まるつもりはない。彼女を救うのは、僕の役目だ。




