15.脅迫の材料
強引なキスは、私の唇に跡を残した。
少し血が滲んだまま『愛しいエリー』と、私の名前を呼ぶアレクを、ただただ見るだけ。
「エリー、僕とおいで。パーティーに戻って、ダンスを一曲いかがかな? それとも食事にする?」
「……アレク、私……」
そこへ運良く、なのか、慌てて誰かが走ってきた。
「――アレク……シス王太子殿下、陛下がお呼びです。あの……これはどういう、状況ですか?」
「なんでもないよ。父上からの呼び出しなら仕方ないか。先に戻るから、会場で待ってるよ」
アレクを呼びにきた方が、何度もこちらを振り返りながら、二人で庭園の奥に消えていった。立ち尽くした私だけど、足元に散ったブレスレットのカケラに、思わず涙が溢れてくる。
そこからは、もう無我夢中で宝石の粒を拾い始めた。
「お、お止め下さい」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「エリアナ嬢……」
ドレスが汚れるとか、そんなことよりも……勇気をくれたブレスレットが壊れてしまった事実の方が重かった。申し訳ない気持ちでいっぱいで、まともにノエル様を見ることも出来ない。
すると、ジャリッと地面を踏み込む足音と共に「こちらも、どうぞ」と背後から第三者の声――
「……ダンテ……様?」
「おや、誰かと思えばエリアナ嬢ではありませんか」
「……」
「いやー、散歩がてら庭園に来たら、面白いものを見ちゃったんですよ。まさか……王太子とあんな熱いキスをしたのが、エリアナ嬢だったなんて」
「……お、お願いです。誰にも……」
「言いませんよ。俺は、そんな言いふらしたりなんて。ただ……俺の願いは一つ。貴女との婚約だけ。俺は心が広いですから、他の男と関係があったとしても許してあげます。婚約してくれたら、噂が広まることもないし、貴女は家庭を持てる」
……脅迫、ということだと理解した。
目の前にいるノエル様の方が、よっぽど私よりも悔しそうな顔をしてる。何か言おうとするノエル様に、首を振って制止してもらい、私だけが立ち上がった。
「……ダンテ様。私と殿下は、なんの関係も――」
「ドレスも贈ってきて? 抱きしめてキスして? 愛称で呼ばれるくらいなのに? はっ……笑わせるな。明日の朝、ヴィルローズ公爵へ婚約の申し入れをするから。快い返事を待ってるよ、愛しのエリー。ククッ――」
それだけ言って、ダンテ様もどこかへ消えていった。
もう……どうすることも出来ない……。
婚約を受け入れなければ、噂を広められてしまう。そうなれば、罪に問われ、信頼を失い……二度と社交界には帰ってこれない。両親にも見放されれば、修道院行き……。
こうなるって分かってたはずの恋なのに、今になって……現実を突き付けられて漸く……自分のしでかした罪の大きさを知るなんて。
「エリアナ嬢……」
情けない自分に、止めどなく涙が溢れてくる。声が漏れないように必死に口元を押さえながら、散りばめられた宝石の粒に囲まれて……涙でドレスを濡らした。
***
僕は、彼女に何をしてあげられるんだろう。
大粒の涙を流す彼女を、抱き締めてあげることも出来ない。
「エリアナ嬢、このままでは良くありません。僕の手を、取れますか?」
涙で濡れた顔を見たのは、これで二度目。あの雨の日と、記憶が重なるようで、胸が痛む。
少し躊躇いを見せたが、漸く手を握ってくれた安堵で、僕も自分を奮い立たせた。
「馬車へ行きましょう」
「でも……会場は――」
「行かせません。まだ、傷付くつもりですか?」
少しキツい言い方だったかもしれない。
立ち上がったエリアナ嬢の瞳から、また涙が溢れてしまった。だけど、これが事実。戻れば最後、その傷は深くなるだけだと分かっているのだから。
「宜しいですね?」
コクンと頷いた彼女を馬車に乗せ、ヴィルローズ邸まで走らせた。もちろん車内で彼女が口を開くことは無かったし、目線が合うこともない。集めたブレスレットの宝石を、ただただ握りしめていた。
到着しても、立ち上がることすら躊躇う彼女の肩に触れ、公爵邸のエントランスまで――
「お嬢様!? これは……」
「すぐお部屋で休ませて下さい。怪我は、ないと思います」
周囲のメイドや側仕え達も、唯ならぬ雰囲気に騒めいている。それもそうだ……大事な主人が、パーティーの帰還であのような姿をしているのだから。
執事とみられる男性から「せめて貴方様のお召し替えも」と言われたが、丁重にお断りした。彼女のために時間を使って欲しいと、本当に思ったから。
頭を下げて公爵邸から出てきた僕は、ふと見上げた。
自分の部屋で、少しは気が休まると良い……なと。
馬車に揺られながら、また王城に戻らなければならない。
顔を……合わせなければいけないことも、重々承知している。
僕は、冷静でいられるだろうか――




