実行
【壮絶な復讐が今始まる!】
姉の復讐のため、恭弥は狡猾な罠を仕掛けていく——。
数日後の夜、恭弥は再び同じ場所から雑居ビルを見張っていた。
「出てきた」
午前一時過ぎ、小島がビルから姿を現した。先日と同様、派手な柄シャツに身を包んでいる。
彼の姿を確認するなり、恭弥はスクーターのエンジンをかけて走り出した。安全運転を心がけつつも先を急ぐ。小島よりも先にマンションに着く必要があったからだ。
マンションの少し手前でスクーターを降りると、そこからは徒歩で向かう。平静を装いながら普通の速度で歩くが、緊張から心臓が早鐘を打つ。マンションに到着すると、迷わずエントランス脇の生け垣の裏に入っていく。腰を落として身を隠すと、ネットで購入した飛び出し式の警棒を強く振った。警棒は七十センチほどの長さまで伸び、ほどよい重みが手になじむ。
恭弥はそのまま小島の到着を待った。気温は低かったが、前回の反省から今日は少し厚着をしてきていた。恭弥は白い息を吐きながら、姉の日記に書かれていた出来事を思い返した。
「研修」と称して、姉は薄汚い事務所で小島にもてあそばれた。だが姉は、それも仕事だからと自分に言い聞かせていたようで、嫌悪感はあっても、当初は小島を深く憎んではいなかったようだ。激しく彼を憎むようになったのは、退職を願い出たのにも関わらずそれを拒否され、その後も店で働くことを強要されてからだ。辞めたくても辞められない辛い状況に追い込まれ、姉は心身ともに追い詰められていったのだ。
むろん、風俗店を経営すること自体は罪ではない。だが、働きたくない者を無理やり働かせるのは許される行為ではない。しかも、姉はまだ未成年だった。そんな姉を食い物にした小島を、絶対に許すわけにはいかなかった。
「姉ちゃん、今からあいつを懲らしめてやっからね」
マンションの前にタクシーが止まった。タイミング的に小島だろうと踏んで、恭弥はパーカーのフードを深く被り直してからそっと前に進み出た。ところが、タクシーの後部座席から降りてきたのは、三十代ほどのOL風の女だった。女がマンションに向かって歩いてくるのを見て、恭弥は慌てて生け垣の奥に引っ込んだ。
それから一時間が経過しても、小島が現れる様子はなかった。飲みにでも行っているのかもしれない。まっすぐ帰宅すると決めつけていただけに、自分の考えの甘さをいくらか反省する。さらに、急いで逃走できるようにと近くの道路脇に停めたスクーターの存在も気になった。ナンバープレートは土手に放置されていたバイクのものに付け替えてあったが、もっと目立たない場所に停めるべきだったと悔やんだ。
喉が乾いてきたので、すぐそこの自販機でホットの缶コーヒーを購入し、ちびちび飲みながら小島の到着を待つ。冷え込みが厳しくなってきたが、厚着のおかげで耐えられた。やがて尿意を催し、生け垣で用を足した。立ち小便など小学生のとき以来だ。退屈しのぎに警棒の先で地面をつついていたところ、ようやく一台のタクシーがマンションの前に停まった。小島であってくれと願いながら生け垣の陰から様子をうかがっていると、後部座席から彼が降りるのが見えた。
「よっしゃ」
恭弥は思わず拳を握って喜びを噛みしめる。
小島はスマホに視線を落としたまま、どこか肩で風を切るような足取りでマンションに向かってくる。かなり酔っている様子だ。やはり、飲みに行った帰りなのだろう。長く待った甲斐があったようだ。あれなら仕事がやりやすい。恭弥は静かに生け垣から身を乗り出した。
慎重に足音を殺しながら小島の背後に忍び寄る。相手はスマホに夢中でまるで気づく様子もない。小島は照明に照らされた短い廊下を進み、突き当たりのエレベーターに向かっていく。
小島がエレベーターの昇降ボタンを押す。すでに警棒が届く範囲まで距離を詰めていた。呼吸を整えて逸る心を落ち着かせる。エレベーターが一階に到着した瞬間に、攻撃に移ると決めた。
エレベーターが到着した。恭弥は高々と警棒を振り上げる。エレベーターの窓ガラスに、スマホから視線を上げる小島の顔が映る。次の瞬間、窓ガラスに映る彼の顔が急にこわばったかと思うと、何かに驚いたかのように彼は短い悲鳴を上げた。
「ひっ!」
恭弥は小島が何に驚いたのか気になったが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。振り上げた警棒を彼の頭部目掛けて斜めに振り抜いた。
乾いた音が響いた。警棒は小島の側頭部を見事に捉え、右手に確かな手応えが伝わってきた。小島が右手で頭を押さえ、振り返りながら膝をつく。すぐに恭弥の存在に気づき、怒りの形相で睨み上げてきた。
一撃で気絶させられると踏んでいた恭弥は、小島の眼光を見て足がすくんだ。頭を押さえている手指の隙間から、まっ赤な血が滴り落ちている。
「てめえ、何すんだコラァ!」
勢いよく立ち上がってきた小島が血相を変えて迫ってきた。恭弥は思わず後ずさる。小島の右拳が飛んでくるが、恐怖で身体は思うように動かない。
殴打を覚悟して恭弥が身をこわばらせた次の瞬間、「え?」という驚いた表情を小島が浮かべたかと思うと、彼はバランスを崩して前に倒れ込んだ。まるで、見えない何かに足元をすくわれたかのような不自然な倒れ方だった。
「……!?」
一瞬何が起こったのかわからなかったが、恭弥はすぐに気を取り直すと、警棒を握る手に力を込めた。身をかがめて小島の頭部に警棒を振り下ろす。うめき声が上がり、彼は両手で頭部を守るように身を丸める。
相手が反撃してこないとわかると、弱気になりかけていた心が息を吹き返した。恭弥は意気揚々と、容赦なく殴打の雨を降らせていった。いつの間にか、自分の意思とは無関係に身体が動いているような感覚になっていた。目に見えない力に操られ、まるで他の誰かが小島に罰を与えているかのような錯覚に囚われた。
やがて、恭弥の手が止まった。小島は完全に虫の息といった様子でぐったりと横たわっている。警棒で殴っただけなので、内臓破裂などで死に至ることはないだろうが、決して軽傷とは言えない。全治数か月といったところか。
正直、小島がこのまま死んでも心は痛まなかっただろう。だが、殺人事件になれば警察が本気で動き出してしまう。逮捕されることを過度に恐れているわけではなかったが、すべての復讐を終えるまでは捕まるわけにはいかなかった。
恭弥は肩で大きく息をしながら、変わり果てた小島の姿を満足げに見下ろした。
「まずは一人目、完了っと」
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