第五話 はじめて外れるネタバレ
いきます、第5話。
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第五話 はじめて外れるネタバレ
『今日は階段から落ちます(死にはしません)』
階段の手すりにもたれてスマホをいじってる男子の頭上で、
その一行は、のほほんと光っていた。
「なぁ……今まで見た中で、一番イヤな“フォロー”じゃない?」
「“死にはしません”って、
逆に“それ以外は普通にケガします”って宣言だよね」
ユズが眉をひそめる。
美園は、真面目な顔でメモ帳を開いたまま言った。
「外しましょう」
その言い方が、妙にさらっとしていて、
逆に覚悟を感じた。
「……どうやって」
「階段を封鎖する」
一拍置いて、ユズがガムテープを掲げる。
「物理で」
「発想がシンプルすぎない?」
「シンプルな方が強いの。
地震来ても机の下入るでしょ?
階段のネタバレ来たら階段封鎖するの。
世の中だいたいそれでなんとかなる」
「そんな防災標語聞いたことねえよ」
とは言ったものの——
何もしないで見てるのは、
もう無理だった。
俺たちはいったん階段の陰に引っ込むと、
ダッシュで古賀先生のところへ向かった。
職員室の隅のスペース。
昨日「研究会」が発足したばかりの場所だ。
「先生!」
ガラッとカーテンを開けると、
古賀先生がカップ麺にお湯を注いでいるところだった。
「うおっ、なんだ。
まだ三分経ってないぞ?」
「先生、階段閉鎖していいですか!」
「お湯入れて三秒で出てくるな。
何があった」
ユズが息を切らしながら説明する。
「二年の男子の頭上に
『今日は階段から落ちます(死にはしません)』って出てて、今まさに階段そばでスマホいじってるんです!」
「今まさに、落ちる準備を整えてる感じです!」
「外したいんです! ネタバレ!」
古賀先生は、カップ麺を机に置いて、
真顔になった。
「……場所は?」
「西階段の二階と三階の踊り場です」
「分かった」
先生は、机の引き出しから鍵束を取り出しながら、
職員室の棚をごそごそと漁る。
「ちょうど、保守用のコーンと『立入禁止』テープがある。
ついでに張り紙も作るか」
プリンターがウィーンと唸る。
印刷されて出てきた紙には、
大きくこう書いてある。
『この階段は一時的に使用禁止です
(今日だけ運命と戦っています)』
「最後の一行いらないですよね?」
「いや、“理由”は大事だろ」
先生のセンス、
嫌いじゃないけど今はツッコんでる場合じゃない。
俺たちは、
先生と一緒にコーンとテープと張り紙を抱えて、
西階段へ走った。
さっきの男子は、まだそこにいた。
イヤホンから音漏れさせながら、
画面をスワイプしている。
頭上のネタバレは、そのまま。
『今日は階段から落ちます(死にはしません)』
「よし、やるぞ」
古賀先生が、
慣れた手つきで階段の前にコーンを置き、
立入禁止テープをペタペタと張り始めた。
ユズが、張り紙をペタッと貼る。
『この階段は一時的に使用禁止です
(今日だけ運命と戦っています)』
「“今日だけ”って書いてある時点で、
妙なリアリティあるよな……」
俺が小声で言うと、
横で美園がさらっとメモを取る。
「“運命と戦う”というフレーズに対する
周囲の反応、要観察ですね」
「そこメモるんだ」
バタバタ動いている間に、
階段の男子がやっとこちらに気づいた。
「あの……?」
イヤホンを外して首をかしげる男子。
近くで見ると、少し眠そうな目をした、
背の高い二年生だ。
「何ですか、これ」
「今日だけ、点検中」
古賀先生が、涼しい顔で答える。
「安全のため、
この階段は使わないで別ルート通ってくれ」
「点検……?」
男子は、階段の張り紙と、頭上のネタバレを交互に見た。
自分の頭上には、
まだ
『今日は階段から落ちます(死にはしません)』
が浮かんでいるのが、
ちゃんと見えているらしい。
「……ああ、そういうこと」
男子は、軽く笑った。
「わざわざ、すいません」
「あっさり受け入れた!?」
ユズが小声で囁く。
「え、もっとこう“運命なんで〜”とか言って
突っ込んでくるタイプかと思ったのに」
男子は肩をすくめた。
「だって、
『落ちます』って出てる日に
わざわざ階段使うほど、俺、命知らずじゃないですよ」
「正常な判断だ……!」
ちょっと感動してしまった。
古賀先生が、ちらっと俺たちを見た。
「聞いてみろ」のサインに見える。
俺は、少しだけ勇気を出して声をかけた。
「その……ネタバレ、
よく出るの? “落ちます系”」
男子は、ああ、とため息をついた。
「二週に一回くらいは」
「多いな!!」
「階段のときもあれば、
『今日はコケます』『今日はぶつかります』とか。
だいたい、何かしら地面と仲良くなってる」
「地面と仲良くなるの嫌な表現だな」
ユズがつぶやく。
「ちなみにお前、名前は?」
「二年C組の志村です。あ、志村悠斗」
「志村」
覚えやすい苗字だ。
「志村くん」
美園が、控えめに前に出る。
「ネタバレ、気にしてますか?」
「気にしてなかったら、
ここに立ってないですよ」
志村は苦笑いした。
「“死にません”って書いてあっても、
そもそも怪我するの嫌だし」
「ですよね」
「でも、気をつけてても結局どっかでこけるんだよな……」
そのひと言に、
ちょっとだけ諦めの色が混じっているのを感じた。
(あー……分かる)
「“気をつけてたけど、
やっぱり当たっちゃった”っていうの、
何回もあるとさ」
志村は、
自分の頭上をちらっと見上げる。
「『どうせそうなるんだろ』って、
ちょっと思っちゃうんですよね」
胸の奥が、
ぐっと重くなる。
だからこそ——
今日だけは、どうしても外したかった。
「じゃあさ」
ユズが、
いつもの調子で笑って言った。
「今日は、全力で“外す側”も本気出してるから」
志村が、目を丸くする。
「“外す側”?」
「そう、外す側。
ネタバレ研究会(仮)っていう、怪しい集団が」
「誰が怪しい集団だ」
「黒瀬の頭上だけ、
ネタバレがバグってる会」
「紹介の仕方!」
志村は、ちょっとだけ笑った。
「何それ」
「とりあえず、
今日はこの階段使うの禁止な」
俺は、
志村の頭上の文字を見上げる。
『今日は階段から落ちます(死にはしません)』
(……変わらない)
当たり前だ。
まだ何も起きてない。
でも、
ここから先は全部“未知”だ。
「別の階段、一緒に行こ」
ユズが、
勝手に志村の腕を引いた。
「エスコート料は無料。
今日だけ特別企画だよ。
“未来から逃げるツアー”」
「ネーミングが物騒なんですよ」
志村は、
それでも素直についてきた。
俺と美園と古賀先生も、
その後ろに続く。
階段の張り紙が、
やたらと背中を押してくる。
『今日だけ運命と戦っています』
(さて——)
俺たちの初仕事が、
本気で始まった。
別の階段に向かう途中。
志村の頭上の文字は、ずっと同じだ。
『今日は階段から落ちます(死にはしません)』
「そういやさ」
ユズが、エレベーター横の鏡に映る志村のネタバレを見ながら言う。
「“階段”って書いてあるだけで、
“どの階段か”までは指定されてないよね」
「やめろよそういうこと言うの」
「西階段封鎖しても、
北階段で落ちたら普通に当たりじゃん?」
「だからこっちでは、
全部の階段で気をつける」
俺は、
自分で言いながら笑ってしまった。
「面倒くさ……」
「運命に逆らうって、
だいたい面倒くさいからな」
古賀先生が、
後ろから口を挟んだ。
「でも、“面倒くさい”って理由で
諦めるかどうかが、結構デカい線なんだよ」
妙に説得力がある。
カップ麺三分待つのを面倒くさがらない人の言葉は違う。
北階段に到着。
何でもない、普通の階段だ。
「じゃ、とりあえず——」
ユズが、
軽く指を指す。
「“階段を一段ずつちゃんと見る”っていうのやろ」
「一段ずつ?」
「普段、適当に見てるでしょ?
足下」
「まあ……」
志村は、
少し戸惑いながらも、ゆっくり一歩目を踏み出した。
右足。
左足。
「心の中で、“いち、に、さん”って数える」
美園が後ろで提案する。
「注意力を意識的に上げられます」
「……なんか、理科の実験みたいだな」
志村は、
苦笑しながらもちゃんと数え始めた。
「いち……に……さん……」
俺たちも、
その後ろを同じペースで上る。
途中で、
誰かが勢いよく駆け下りてきて、
ぶつかりそうになる瞬間があった。
「うおっと!」
古賀先生が、
とっさにその生徒の肩をつかむ。
「廊下は走るなって、
いつも言ってるだろ」
「す、すいません!」
危なかった。
今の、普通にぶつかってたら
志村もろとも落ちてた。
志村の頭上の文字が、
一瞬だけザザッとノイズを走らせた。
『今日は階段から落ちま……@#$(エラー)』
「今、変な音したよな!?」
俺の目に、
ネタバレの文字の端が
一瞬だけ途切れたのが見えた。
次の瞬間——
『今日は階段から落ちかけます(落ちません)』
に変わっていた。
「変わった!」
美園が、
興奮を抑えきれない声を出す。
「“落ちます”から“落ちかけます(落ちません)”に!」
「フォローが増設された……!」
ユズも目を丸くする。
志村自身は、
それに気づいているのかいないのか、
息を整えながら階段の途中で立ち止まっていた。
「……今、
なんか“来た”感じしたな」
「“来た”?」
「いつもだったら、
ああいうタイミングで、だいたい足滑らせてる」
志村は、
自分の足元を見下ろす。
「でも、
今日は踏ん張れた」
(“今日は踏ん張れた”)
その一言が、
やけに重く響いた。
「なぁ、これ」
志村は、自分の頭上の文字を指さす。
『今日は階段から落ちかけます(落ちません)』
「ネタバレ、
途中で変わることってあるの?」
「俺も、
今日初めて見た」
俺は正直に答えた。
「多分——
“未来のルートが変わった”って
認識になったんだろうな」
「ルート……」
志村は、
しばらく文字を見つめてから、
ふっと笑った。
「“落ちかけます(落ちません)”って、
すごい日本語だな」
「でも、良くない?」
ユズが、
わざと軽い調子で言う。
「“落ちます(死にはしません)”より、
だいぶマシじゃん」
「確かに」
志村は、
今度はちゃんと笑った。
「“落ちません”って断言されると、
ちょっと勇気出るな」
そのまま、
階段を上りきる。
最後の一段を踏みしめた瞬間——
志村の頭上の文字が、
静かに書き換わった。
『今日は階段から落ちませんでした(協力ありがとう)』
「……!」
今度は、
はっきり見えた。
「“ありがとう”って書いてある……」
美園が、
小さく呟く。
「ネタバレさん……」
ユズが、
少しだけ目を潤ませながら笑った。
「日本語、だいぶ学んできたじゃん」
俺は、言葉が出なかった。
(外れた)
目の前で、
「危険系ネタバレ」がちゃんと外れた。
しかもそれを、
システム自身が
「外れました」「ありがとう」と
認めている。
志村は、
自分の頭上の一行を見上げたまま、
ぽつりと言った。
「……なんか、
“見られてるだけじゃない”感じするっすね」
「見られてるだけじゃない?」
「今まで、
ネタバレって
“上から決められたこと”って
感じだったんすけど」
志村は、
少し言い淀んでから続けた。
「“一緒に考えてくれてる”っていうか。
今日だけは」
それは、
吹き出しが言っていたことと
繋がる言葉だった。
『本当は、
みなさんが行動を変えてくれることを、
期待しています』
(……)
こんな一日のことを、
“何もありません”なんて
絶対に言えない。
放課後。
再び職員室の隅のスペースに集まると、
古賀先生は、モニターを指さしながら説明してくれた。
画面には、
志村の今日のネタバレのログが
時系列で表示されている。
08:15 『今日は階段から落ちます(死にはしません)』
12:10 人混みの接近検知 → 介入あり
12:10 『今日は階段から落ちかけます(落ちません)』
12:12 階段上り切り確認
12:12 『今日は階段から落ちませんでした(協力ありがとう)』
「……“介入あり”って書いてますね」
美園が指さす。
「俺たちのこと?」
「ああ」
古賀先生が頷く。
「システム側の記録でも、
“人為的な介入によって
未来が変化したケース”としてちゃんと残ってる」
ユズが、
椅子の上で落ち着きなく足をぶらぶらさせる。
「今まで、なかったの? こういうの」
「ここまで分かりやすいのは、初めてだ」
古賀先生の声は、
いつになく真面目だった。
「今までも、
ネタバレを見て行動変えて、
結果が軽くなったりってのはあった」
「『今日は怒られます』って出てたけど
ちゃんと謝りに行ったから
大事にはならなかった、とか?」
「そうそう」
先生はうなずく。
「ただ、
“危険系”でここまではっきり書き換えが起きたのは、
少なくともこの学校では初めてだ」
モニターの端に、
小さく表示が出ている。
new_flag: 「分岐ログ」
分類:初回
「“分岐ログ”?」
俺が読み上げると、
先生は腕を組んだ。
「“どっちにも行けたけど、
こっちを選んだ”っていう記録だな」
「どっち?」
「『落ちる未来』と『落ちない未来』」
先生は、
画面を指先でなぞりながら続けた。
「今までは、
“こっちに行く確率が高いから”って理由で
片方だけがネタバレとして出てた」
「でも今日は、
人間側の“面倒くさいほうを選ぶ力”が
ちゃんとログに乗った」
「面倒くさいほうって言います?」
「階段封鎖して別ルート行って、
全員でゆっくり上がって、
見張って、記録して」
先生は笑った。
「普通、そこまでやらない」
「まぁ……」
「でも、
やったからこそ、
『今日は階段から落ちませんでした』っていう
“別の一行”が生まれた」
その言い方が、
妙に好きだった。
「“別の一行”……」
美園がペンを走らせる。
「ネタバレは、
ひとつしかないとは限らない」
先生はそう言って、
俺たちを順番に見た。
「さっきネタバレさんから、メッセージが来た」
モニターの隅のログが、一行光る。
『本日の介入について、
ネタバレ側にも学習が行われています。
引き続き、外れてもいいネタバレを一緒に考えてください』
ユズが、ふっと笑う。
「“一緒に考えてください”って、
だいぶ人間味出てきたね、あの吹き出し」
「人間っぽくあろうとするAIって、
もはや人間以上に人間かもしれないですね」
美園が、
半分冗談、半分本気みたいな調子で言う。
俺は、
さっきの志村の言葉を思い出していた。
「“見られてるだけじゃない”感じするっすね」
“見られてる”世界の中で、
“見返す”側に回るというか——
うまく言えないけど、
そんな感覚。
古賀先生が、
ホワイトボードに新しい項目を書いた。
■ミッション追加
・「外れてもいいネタバレ」の候補を集める
・危険系ネタバレを見たら、可能な限り介入パターンを検討
「てわけで」
先生が振り向く。
「お前ら、
今日から正式に——」
『未来へのツッコミ担当』
「ってことでいいな」
「ダサかっこいい……」
ユズが笑う。
「“未来へのツッコミ”って、
なんかラノベのタイトルみたい」
「やめろ、メタいこと言うな」
美園も、少しだけ笑う。
「でも、
悪くない役名ですね」
俺は、自分の胸のあたりを
ちょっとだけ拳で叩いた。
(ツッコミで、
未来の“断定”に割り込む)
そんな大層なこと、
本当はできるかどうか分からない。
でも——
今日一日で、
少なくともひとつは変えられた。
危険なネタバレが、
「落ちました」じゃなくて
「落ちませんでした」に変わる未来を、
ちゃんと選べた。
それだけは、事実だ。
研究会のあと。
教室に戻る途中、
廊下の隅の自販機の前を通る。
昨日と同じように、
ポニーテールの女子が寄りかかっていた。
スマホをいじりながら、
オレンジジュースをストローで飲んでいる。
頭上には、やっぱり——
『今日は特に何もありません』
「……なぁ」
気づけば、口が勝手に動いていた。
「今日さ、
“外れたネタバレ”があったんだ」
女子が、ちらっとこちらを見る。
「二年の志村って先輩のやつ。
『階段から落ちます』って出てたのが、
最後『落ちませんでした(協力ありがとう)』ってなってさ」
「へぇ」
女子は、
ストローをくわえたまま目を細めた。
「ネタバレに、
“ありがとう”なんて書かれることあるんだ」
「今日、初めて見た」
「……ふーん」
女子は、
自分の頭上を見上げる。
『今日は特に何もありません』
「こいつ、
何て返してくれるかな」
ぼそっと、
本当に小さな声で、
彼女はそう言った。
聞こえたか聞こえないか、
ギリギリのボリューム。
「“何もないよ”って言われ続けるとさ」
彼女は、
ストローをくるくる回しながら続ける。
「“何かあったこと”が、
だんだん、自分の中でも“何も”だった気がしてくるよね」
胸の奥が、
きゅっと鳴った。
「今日、
テスト返ってきて、ちょっとだけ上がったとか」
「友達に、
“その服似合うね”って言われたとか」
「そういうの、
“何もない”にまとめられると、
なんか、
損した気分になる」
俺は、
何も言えなかった。
頭の中に、
美園の言葉が浮かぶ。
「“何もない日”こそ、
本当は一番救われてる日なのかもしれないのに」
「……たぶんさ」
気づけば、
言葉が口からこぼれていた。
「“特に何もありません”って書いてある日はさ」
女子が、
こっちを見る。
「“まだ“書き換える余地がある日”、
ってことなんじゃないかな」
「書き換える?」
「今日、“特に何もなかった”っていうことに、
しないために」
俺は、うまく説明できないまま続けた。
「例えば、
“いつもより一歩だけ余計に話しかけてみた日”とかさ」
「“いつもより五分だけ早く帰って、
空見てた日”とか」
「そういうのが、
“特に何もありません”から
“あ、ちょっとあったかも”に
変わるかもしれないし」
女子は、
ストローの先を見つめたまま、
少しだけ黙った。
その頭上で、
ネタバレの文字が
かすかに揺れた気がした。
『今日は特に何もありません(今のところ)』
「……“今のところ”?」
思わず声が漏れる。
「え?」
女子が視線を上げる。
「今、
“今のところ”って足された」
『今日は特に何もありません(今のところ)』
ユズと美園も、
後ろで息を呑む。
「やっぱ、見てんだな……」
ユズが、
笑いながらも少し震えた声で言う。
「“今のところ”ってさ。
**“これから何か起きる余地がある”って
認めてくれたんだよね」
女子は、
しばらくその文字を見つめてから、
ふっと笑った。
「じゃあ、
これから何かするか」
オレンジジュースを飲み干して、
ストローを抜く。
「ありがと。
なんか、
ちょっとだけ気が変わった」
そう言って、
女子は自販機から離れた。
頭上の文字は、
小さく瞬いている。
『今日は特に何もありません(いま、ここから)』
「……」
美園が、
“今のところ”の部分に丸をつけた。
「これも、
分岐ログですね」
「危険系じゃないネタバレも、書き換えられる」
ユズが、嬉しそうに笑う。
「“何もない日”を、
“ちょっとある日にする”仕事って、
なんかいいな」
俺も、少しだけ胸が軽くなった。
(ツッコミで未来に割り込む、
っていうより)
(“一行の余白を増やす”感じかもな)
そんなふうに思った。
その夜。
家に帰って、鏡の前に立つ。
今日の俺のネタバレは——
『今日は“未来へのツッコミ担当”として
はじめてネタバレを外します』
になっていた。
「……後出しじゃんけん感すごいな」
苦笑しながらも、
ちょっとだけ誇らしかった。
明日、
何が書かれるかは分からない。
でも——
全部が決めつけじゃないってことだけは、
もう分かっている。
ネタバレ研究会(仮)の活動は、
まだ始まったばかりだ。
だけど、
最初の一歩としては、
悪くない一日だったと思う。
少なくとも今日は、
“何もない日”じゃない。
鏡の中の自分に、そう言ってやりたくなった。




