第三話 謝りに来ました(物理)
朝、目覚ましの音で起きる。
布団の中でしばらくグズグズしてから、
鏡の前に立つ。
今日の俺の頭上には——
『今日は “ネタバレ” そのものがあなたに謝罪します』
と、白い文字がふわっと浮かんでいた。
「…………」
喉の奥まで出かかっている。
「謝るの遅ぇよ!」
を、全力で飲み込む。
(ツッコんだら負け……ツッコんだら世界がまたボケ優先になる……)
昨日あれだけネタバレさんに頼まれた。
「ツッコミ禁止プレイ」というクソゲーも、
一日だけなら何とか耐えられる……はずだ。
階下から、母さんの声。
「カケルー、ご飯できてるわよー。
今日のネタバレ何ー?」
「教えたらツッコまれるんで言いません!」
「何その新しい反抗期!?」
階段を降りると、
母さんの頭上にはこう出ていた。
『今日は息子のネタバレに三回ツッコみます』
「やめろよ……フラグ建てるのやめろよ……」
「今ので一回ね」
「カウント早すぎない?」
あ、今のもツッコミか。
危ない危ない。
(心の中でツッコむのはセーフなのか?アウトなのか?
どこからどこまでログられてんだろネタバレさん……)
朝ごはんの味噌汁をすすりながら、
ひたすら無心を心がける。
「ねえ、ホントに今日何て出てるの?」
「……」
「ちょ、ガン無視しないで? 母親に対して?」
母さんがジト目でこちらを見てくる。
頭上には、
『今日は息子に無視されてちょっと凹みます』
と追加表示されていた。
(リアルタイムで増えんのやめろ)
——が、声には出さない。
修行僧の気持ちってたぶんこんな感じだ。
⸻
通学路。
商店街は、相変わらず人の頭上がうるさい。
八百屋のオヤジ:
『今日は安売りしません(するけど)』
おい、それ嘘じゃね?
魚屋:
『今日は魚がよく売れます(売れてくれ)』
願望だよなそれ。
コンビニ店員:
『今日はレジの打ち間違いをしません(たぶん)』
もはや保険付き。
(ツッコミどころ多すぎる……!
でもツッコまない……! 俺は今日、悟りをひらく……!)
拳を握りしめながら歩いていると、
後ろから肩をポンと叩かれた。
「おはよ、世界のバグ」
振り向けば、朝比奈ユズ。
ショートヘアは今日も元気にハネ、
口元には悪い笑み。
頭上には——
『今日は黒瀬の口に三回フタをします』
「…………」
「お、えらいね。今の、ツッコまなかった」
「……」
「無言で睨むのやめてくんない?」
どうやら今日のユズの役目は、
“俺のツッコミ封じ”らしい。
「てかさ」
ユズは歩きながら自分のネタバレを指さした。
「これ、解釈としてはこうでしょ?」
そう言って、ポケットからガムテープを取り出した。
「やめろおおお!!」
思わず叫んだ瞬間、
ユズがすばやく俺の口にガムテを——
ペタ。
「むぐぅ!」
「はい、一回目フタ完了」
『残り:二回』
って小さく表示されているのが腹立つ。
(いやいやいや、ふつうに人権侵害……! 先生ーー!!)
声にならない叫びを胸に秘めながら、
俺は引きずられるように登校した。
⸻
教室。
俺が席につくと、
クラスメイトたちが、さっそく頭上チェックを始める。
「お、黒瀬来たぞー!」
「今日何? 『世界がシチューになります』?」
「昨日のカレー事件の続編?」
ガムテープをむしり取りながら、
俺は窓ガラスに映る自分の頭上を確認する。
『今日は “ネタバレ” そのものがあなたに謝罪します』
(うん、やっぱり意味分からん)
——が、もう慣れている。
問題は、ここにツッコミを入れないこと。
「なんだよなんだよ、教えてくれよ〜」
「今日のクラスLINE、まだ誰もスクショ投げてこないじゃん」
「黒瀬の今日のネタバレ、閲覧制限かかってる説」
ざわざわする教室。
ユズは隣の席からニヤニヤとこちらを見ている。
「ほら、“謝罪”ってところがポイントだよね」
「ユズ、お前なんで内容知ってんだよ」
古賀先生から事前に聞かされてたらしい。
「だってさ、
今日、ネタバレさん来るんだって」
教室の空気が、一瞬で変わった。
「え、ネタバレさんってあの?」
「世界のシステムの擬人化?」
「中の人とかいるの?」
(中の人がいたらそれはもうただの人じゃない?)
そう心の中でツッコんだところで、
チャイムが鳴った。
⸻
ホームルーム。
担任の西園先生が入ってくる。
頭上のネタバレは——
『今日は謝罪会見の司会をします』
「おはよう。
えー、今日はちょっと、ホームルームの前にお知らせ」
先生が前に立つと、
教室の空気が自然と静まる。
皆、先生の頭上と黒板を交互に見ている。
「さっき校内放送でも聞いたと思うが、
先日の『カレー事件』を含め、
本校の一部生徒のネタバレがおかしくなっていた件で——」
「名前ついてんの!? カレー事件!!」
「黙れカレー」
ユズのツッコミが飛ぶ。
俺は何も言っていない。セーフ。
「その関係で、本日、
ネタバレシステムの……まあ、“中の人”代表が、
直接謝罪と説明に来てくれることになりました」
ざわっ。
「中の人いるの!?」
「AIじゃないの!?」
「アルゴリズムに頭下げさせる時代か……」
西園先生は、教室のドアの方を向いた。
「じゃあ、入ってください」
ガラリ。
——入ってきたのは、人間ではなかった。
宙に、ふわっと白い“吹き出し”が浮かんでいた。
漫画のセリフ枠みたいな形。
輪郭だけが白く光り、中は透明。
そこに黒い文字が浮かぶ。
『おはようございます』
「……」
「……」
「こえぇ!!」
教室の隅から悲鳴が上がる。
吹き出しは、ゆっくり教壇の前まで移動した。
西園先生の隣に並んで、ぴょこんと一回上下に跳ねる。
『本日はお招きいただき、ありがとうございます』
西園先生が、無理やりビジネススマイルを作る。
「こちらこそ、わざわざ……」
(いや、呼んだのお前じゃないだろ)
心の中のツッコミも、なんとなく聞かれてそうで怖い。
吹き出しが、文字を入れ替えた。
『はじめまして。
私は “今日のネタバレシステム” の一部であり、
人類のみなさまとのインターフェースを担当しております』
(自己紹介ちゃんとしてる……)
『本日はまず、
二年B組在籍の黒瀬カケル様に対し、
正式に謝罪させてください』
一斉に、クラス全員の視線が俺に突き刺さった。
「主人公だ〜」
「世界から謝られる男〜」
「黒瀬、サインもらえよ!」
サインて何に。
吹き出しが、俺の席の前までスーッと移動してきた。
目の前でぴたっと止まり、
文字が出る。
『先日は、あなたのネタバレを
“カレーになります”などという
雑な一行に要約してしまい、本当にすみませんでした』
「…………」
「黒瀬、ツッコんでいいよ、ここは」
「ツッコんでやれよ!」
「“などという”って部分が一番雑だぞってツッコめよ!」
クラスメイトたちが口々に煽る。
ユズですら、ニヤニヤしながら肩をつついてくる。
「ほら、“ツッコミ担当”の仕事だよ?」
(言いてぇ!!)
『などという』のとこ本当に気になってる。
でも今日一日、ツッコみ禁止。
俺は、ゆっくり立ち上がり、
吹き出しをまっすぐ見つめた。
「……別に……まあ……」
声が震える。
喉がムズムズする。
「そんな……気にしてないんで……」
自分でもびっくりするくらい、
真面目な対応が口から出た。
教室が、逆にざわめく。
「え、黒瀬が……真面目に対応してる……」
「“カレー”とかって言わないの……?」
「今日の黒瀬、真面目になります?」
俺の頭上には、何も増えない。
ネタバレは一日一行限定だ。
吹き出しの文字が、少しだけ揺れた。
『……ありがとうございます』
『黒瀬様が昨日、ネタバレにツッコまないという
極めて高度な行動を取ってくださったおかげで』
「高度?」
『システムの暴走は、ひとまず抑えられました』
教室の空気が、少しだけ真剣になる。
「暴走……?」
クラスの誰かが小さく呟いた。
吹き出しは、教壇の前に戻り、
全員に向けて文字を出した。
『みなさんの頭上に表示される
“今日のネタバレ”は、
ただの占いでも、いたずらでもありません』
『もともとは、
「今日一日を大事にしてもらうための、一行メモ」
として作られました』
「一行メモ……?」
思っていたより、
ふわっとした目的だ。
『しかし、長い運用の中で、
「どれだけ当たるか」「どれだけ便利か」が
重視されるようになり』
『いつの間にか、
“今日一番の出来事を、
できるだけ正確に予測する装置”として
扱われるようになってしまいました』
西園先生も、驚いたような顔をしている。
「え、そうなのか……?」
「先生も知らないんだ……」
『みなさんが、
ネタバレを見て安心したり、
逆に不安になったりする様子は、
すべてログとして蓄積されています』
『その中で、
**他の誰よりも強い反応を示していたのが——』
吹き出しが、スッとこちらを向く。
『黒瀬カケル様でした』
「やっぱりお前か〜!」
「世界代表ツッコミ!」
「カレー議員!」
最後のは何だ。
『黒瀬様のツッコミは、
予測と現実のズレを、
非常に鋭く指摘するものでした』
『その結果、
システムは“人間にとって一番面白い一行とは何か”を
優先的に学習し始めてしまい——』
『……ボケ優先モードに入りました』
「俺のせいじゃねーか!!」
思わず絶叫した。
教室中が笑いに包まれる。
(しまった、ツッコんじまった!!)
吹き出しが、ビクッと揺れた。
『……今のは、
非常に健康的なツッコミです』
「健康診断みたいに言うな」
『ツッコミ自体が悪いわけではありません』
『問題は、
“ツッコミだけが世界の解釈基準になること”です』
その瞬間、
ほんの少しだけ、空気が変わった。
『本当に悲しい出来事も、
本当に嬉しい出来事も、
すべて“面白い一行”に圧縮されてしまう世界は』
『たぶん、危険です』
(……)
笑いながら聞いていたクラスメイトたちが、
少しだけ表情を引き締める。
『ですから皆さんには、
お願いがあります』
『今日一日、
ご自分のネタバレを見たとき——』
『「当たるかな」「ウケるかな」だけでなく、
「本当に、これでいいのかな?」
と、一瞬だけ考えてみてください』
しん、とした沈黙。
それを破ったのは、
教室の後ろの方からの声だった。
「先生、質問いいですか」
声の主は、クラス一の優等生・美園。
頭上には、こう出ていた。
『今日は質問をします』
そのまんまかよ。
「ネタバレさん」
『ネタバレさん』
「そこは素直に肯定するんだ」
「もし……」
美園は言葉を選びながら続けた。
「もし、ネタバレに
“すごく嫌なこと” が書いてあったとき、
それを見てしまった私たちは、どうすればいいんですか?」
教室の空気が、少し冷たくなる。
例えば、
『今日は大切な人と別れます』
とか、
『今日は事故に遭います』
とか。
そういうネタバレを、
この世界の人間は、
何度も見てきたはずだ。
吹き出しの文字が、一瞬止まった。
その後、ゆっくり流れ始める。
『ネタバレは、
「変えられない未来」ではありません』
『“このままだとそうなる確率が高いですよ”という
一行メモに過ぎません』
『その一行を見て、
“よし、じゃあ電車に乗るのをやめよう”とか、
“今日はちゃんと話そう”とか』
『そうやって、
みなさんが行動を変えてくれることを、
本当は、わたしたちは期待しています』
美園は黙って頷いた。
「でも実際には、
“当たっちゃった〜”って笑ったり、
“やっぱり運命だったんだ”って諦めたりする人が多い」
『そうですね』
吹き出しが、
少しだけ小さくなった気がした。
『だからこそ、
黒瀬様のような“ツッコミ”も、
本当は必要なんです』
『「なんだよそれ!」って、
未来の決めつけに対して、
ちゃんと突っ込んでくれる人が』
クラスメイトたちの視線が、また俺に向く。
「……なんか、急にいい話になってない?」
「黒瀬=世界のツッコミ役?」
「カレーのくせに……」
最後のやつちょっと表出ろ。
『ただし——』
吹き出しの輪郭が、少しだけ光を強くした。
『ツッコミは、
人を守るために使ってください』
『誰かを笑い者にしたり、
何もかもを茶化したりするためじゃなくて』
『変えられる未来を、
ちゃんと変えるために』
静かな教室の中で、
その一行だけが、妙に澄んで見えた。
俺は、気づけば真面目に聞いていた。
(ツッコミで、未来を変える……)
そんな大層なこと、
今まで一ミリも考えてこなかったけど。
吹き出しは、ふっと文字を和らげた。
『——というわけで、
今日は事前に皆さんのネタバレを、
“ボケ優先”から“ちょっとちゃんとしたやつ”に戻しておきました』
「事前に!?」
クラス全員、慌てて自分の頭上を確認する。
「『今日はちゃんと謝ります』になってる!」
「俺、『今日は宿題ちゃんと出します』になってるんだけど!?サイアク!!」
「私は『今日は友達に本音を言います』……え、やだこわ……」
なんか、
全体的にマジメ寄りになっている。
ユズも、自分のネタバレを見上げた。
『今日は黒瀬の口に三回フタをします』
「……」
「お前だけふざけたままなの何で?」
『例外処理です』
即答かよ。
吹き出しは、くるりと振り返って俺を見た(ような気がした)。
『黒瀬カケル様』
「はい」
『あなたのネタバレは、
本日をもって “ボケ優先モード” から外します』
「……え?」
思わず、聞き返した。
(ってことは、
明日からは、もう普通のネタバレになる?)
「じゃあ、俺の頭上にも」
『今日はテストで90点取ります』
とか、
『今日は平和に過ごします』
とか、そういうのが?
“カレーになります”とかじゃなくて?
吹き出しが、ゆっくり文字を変えた。
『ただし——』
『完全に “普通” に戻るかどうかは、
あなた次第です』
意味深なことを言うな。
『あなたが、
これからどうツッコミ、
どう生きるかによって』
『ネタバレの在り方は、
また変わっていきます』
吹き出しは、最後に一行だけ追加した。
『……あ、あと』
『本日の「ネタバレそのものの謝罪」は
この後もう一回あります』
「え、もう一回?」
『黒瀬様の個別面談です』
そう言い残すと、
吹き出しはふわっと教室から出て行った。
ホームルームは、
結局それだけで終わった。
チャイムが鳴っても、
しばらく誰も席を立たない。
「……なんか、
ちょっと考えちゃうな」
「今日のネタバレ、
ちゃんと守った方がいいんかな」
「俺の『宿題出します』、
あれ守らなかったら、ネタバレさん傷つくかな……」
いつものふざけた空気とは、
ちょっと違う。
ユズが、椅子の上で伸びをしながら言った。
「まあでもさ」
「ネタバレがどうあれ」
「今日、何するか決めんのは自分なんだしね」
そう言って俺を見た。
「で、カケル」
「今日の“個別謝罪”どうするの?」
「どうするっていうか、
来るんだろ、ネタバレさんが」
「部屋に吹き出し来るとか、
ホラーじゃない?」
「やめろそういう想像させんな」
ユズの頭上の文字が、
小さく点滅した。
『残り:二回』
「……あと二回、
お前の口にフタできるのか。
楽しみだなあ」
「そのネタバレだけは外してくれネタバレさん!!」
俺の叫びと同時に、
窓の外を、
白い吹き出しがひょこっと横切っていった。
——その夜、
俺の部屋に本当に“個別謝罪”がやって来るのだけれど、
そこでようやく、
「ネタバレが生まれた本当の理由」の端っこに
触れることになる。
それは、また次の話。




