第二話 ネタバレ担当職員って、お前ら何のラスボスだよ
職員室の前で、俺は深呼吸した。
カレーの匂いは、まだほんのり残っている。
人生から消えないシミみたいに。
「行ってこいよ、黒瀬。世界のバグ」
後ろからユズが背中を押してくる。
頭上では、まだ
『今日は一回だけ人を本気で殴ります』
がしっかり主張している。
「お前も来るの?」
「決まってんじゃん。
“カレー事件の第一目撃者”としての証言が必要でしょ」
「そんな肩書き、いらねぇ……」
ガラッと扉を開ける。
職員室の空気は、いつもより少しだけピリッとしていた。
先生たちの頭上に浮かぶネタバレも、なんか全体的にソワソワしている。
『今日はプリントをなくします』
『今日はテストを一枚多く作ります』
『今日は失言します(たぶんもうした)』
その中で、ひときわ意味不明な一行が目に入った。
『今日は世界のバグと向き合います』
書いてあったのは、
若い男の先生の頭上だった。
ジャージ姿にメガネ。
首からIDカード。
銀色のノートPCを構えて、何やらカタカタやっている。
「黒瀬カケルくん、だね?」
その先生が顔を上げた。
「はい……」
「おうおう、カレーの君」
「もう定着してるのやめてもらっていいですか」
先生は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「俺は古賀。“ネタバレ担当”だ」
「ネタバレ担当って言い切る仕事、初めて聞きましたけど」
「正式名称は、情報倫理・未来予測調整係。
長いからネタバレ担当でいいよ」
いや良くないだろ、と思ったが、
口には出さなかった。社会性がギリまだある。
ユズが横からひょこっと顔を出す。
「朝比奈です。“被害者の友人A”です」
「被害者って誰だよ」
古賀先生は、じろりとユズを見て、
頭上を確認した。
『今日は一回だけ人を本気で殴ります』
「……ふむ。まあ、入っていいよ」
「基準そこなんですか」
俺たちは、職員室の隅、カーテンで仕切られた小さなスペースに通された。
中には机が一つと、モニターが三台。
そのうちの一台には、
「本校在籍者 本日のネタバレ一覧」と書かれた画面が映っていた。
名前と、クラスと、その右に一行。
「これ、先生たち見放題なんですか」
「職務上必要な範囲でね。
“今日は授業をサボります”とか出てたら、一応見とかなきゃ」
画面には、さっきの田中の、
『今日は告白します(成功します)』
もちゃんと残ってる。
「で、これが問題の——」
古賀先生は、マウスを動かし、ある行をクリックした。
二年B組 黒瀬 カケル
『今日はあなたがカレーになります』
背景だけが真っ赤に点滅している。
右端には小さく、「※解釈不能」と表示されていた。
「……解釈不能?」
「そう。お前の今日のネタバレ、
システムが意味を確定できてない」
先生は、もう一枚のモニターを俺たちに見せた。
黒い画面に、英語と記号の羅列。
その中に、素人目にも分かる大文字のエラー文があった。
ERROR: semantic_collapse
reason: subject-predicate mismatch
comment: 「人間をカレーにするのは倫理ガイドラインに抵触する可能性があります」
「倫理ガイドラインに怒られてんじゃねえよ俺の人生」
「つーか、未来予測システムのくせに“可能性があります”って逃げてんの笑うな」
ユズが小声でツッコむ。
古賀先生は肩をすくめた。
「ネタバレってさ、“確定した未来”っていうより、
“ほぼ確実に起こることを、一行に要約したもの”なんだよ」
「ほぼ確実に……」
「でもたまに、
要約が雑すぎたり、倫理的にアウトだったり、
そもそも人間の理解力を超えてたりして、
こうやってシステムが“うっ”ってなる」
「システムが“うっ”ってなるな」
俺は自分の頭上を見上げた。
『今日はあなたがカレーになります』
「あの、先生。
もう既に、昼休みにカレーかぶったんですけど」
「知ってるよ。実況ログ見てた」
「実況すんなよ」
古賀先生は真顔に戻った。
「問題はね、黒瀬。
あれが“今日一番の出来事”じゃないってことなんだよ」
沈黙。
「まだカレー増量あるってことじゃないですか……」
思わず震える声が出る。
「“カレー以上のカレー”が来るってことじゃん」
「言葉だけ聞くと美味しそうだけど、全然嬉しくないな」
古賀先生は、キーボードを叩きながら続けた。
「で、上から指示が来てさ。
“解釈不能なネタバレを持つ生徒がいるから、
現場で状況を確認しろ”って」
「“現場”がカレーまみれの教室って、
だいぶ現場に失礼じゃない?」
「お前らが汚したんだろうが」
ユズが手を挙げた。
「先生、この“解釈不能”って、
今日初めてなんですか?」
「いや、黒瀬は常習犯だよ」
「常習犯て言われた」
古賀先生は、別のログを開いた。
昨日:『今日はあなたの席があなたを裏切ります』
一昨日:『今日はあなたの人生が誤変換されます』
「これ、全部“要注意ネタバレ”としてマークされてんの」
「昨日、椅子がいきなり壊れたんだよな……」
「出席簿に“黒酢”って書かれてた日もあったろ」
「それ、人生の誤変換だったのか……」
ユズが感心したように頷く。
「つまり、
黒瀬の人生が既にギャグ寄りすぎて、
システムが耐えきれなくなっているということですね」
「勝手に人生のジャンル決めるな」
古賀先生は、画面から視線を外し、
俺をまっすぐ見た。
「で、黒瀬。
ちょっと聞くけど」
「はい」
「お前、自分のネタバレに対して、
一日に何回くらいツッコんでる?」
「え?」
「“なんだよそれ!”とか、“意味わかんねーよ!”とか、
心の中ででも口に出してでもいいけど、
そういう“ツッコミ回数”」
急に出てきた単語に、
脳が一瞬フリーズした。
「え、カウントしたことないですけど……
多分、一日二十回とか……?」
「うわぁ」
古賀先生は額を押さえた。
「マジか」
ユズが吹き出す。
「ツッコミ過多」
「ツッコミ過多?」
「ネタバレシステムはさ、
予測と現実の差が大きすぎると、
そこで“学習”するんだよ」
古賀先生が、ホワイトボードを引き寄せて、
マーカーで簡単な図を描いた。
【未来の出来事】→【システムが予測】→【一行に要約】→【現実として発生】→【人間のリアクション】→(フィードバック)→【システム】
「人間が『あーやっぱり』って思うときと、
『は?』ってツッコむときで、システムへの影響が違う」
「……まさか」
「そう。黒瀬みたいな奴が、
自分のネタバレ見るたびに全力でツッコんでると、
システムが『この人類、予測通りの一行じゃ満足してくれないんだな……』って変な方向に学習する」
「いや待てよ!
俺一人のツッコミで世界の未来要約が変わるの!?」
「正確には、
“世界中の人間のリアクションの中で、
黒瀬のツッコミが異常にエネルギー持ってる”状態」
ユズが腹を抱えて笑い始めた。
「お前、ツッコミエネルギーで世界歪めてんの!?
なにその迷惑スーパーパワー!!」
「嫌すぎるスーパーパワーだろ!!」
古賀先生は真剣な顔のままだ。
「で、今日。
システムが“カレーになります”って投げたら、
どうせ黒瀬は全力でツッコむ。
すると、
『人間の言語感覚に対して最適な一行とは何か』って
根本から再計算が始まる」
「やめろ、俺のせいで世界の哲学始めるな」
「それが、“解釈不能”になってる今の状態だ」
先生は、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「だからごめん。
黒瀬のネタバレ、今から“手動で”調整させてもらうわ」
「手動!?」
そんなのアリなのか。
「システム管理者権限で、
“倫理ガイドラインに抵触しない程度に意味を弱める”」
古賀先生は、俺の名前の行をダブルクリックした。
小さなウィンドウが開く。
《編集モード:ON》
『今日はあなたがカレーになります』
「これを……」
先生は、カーソルを動かしながら、文字を少し消した。
『今日はあなたの机がカレーになります』
「はい、これで——」
「待ってください先生!!」
俺とユズの声が重なった。
「それ、むしろ被害デカくないですか!?」
「机がカレーって、
学習環境として最悪なんですけど!!」
「いやほら、人間がカレーになるよりはマシかなって」
「その二択しかない世界やめてもらえます?」
古賀先生は、眉間にしわを寄せた。
「じゃあ、どういうのがいいんだよ……
“今日はカレーを食べます”とかだと、
もう回収済みだしなあ」
ユズが、モニターを覗き込んだ。
「じゃ、“比喩”にしちゃえば?」
「比喩?」
「例えば——」
ユズは、キーボードを取り上げて、
ぱちぱちと打ち込んだ。
『今日はあなたの人生がカレーみたいになります』
「……抽象度上げただけじゃね?」
「スパイス効いてそうでしょ?」
古賀先生はうなった。
「まあ、
『食べ物としてのカレー』じゃなくて
『なんかごちゃごちゃしてるけど割と美味い感じの人生』とかなら、倫理的にもセーフか……?」
「人生にルーかけないでください」
とりあえず、それで保存ボタンを押す。
《更新中……》
モニターの表示が、くるくると回り始めた。
「これで、黒瀬の頭上のネタバレも——」
先生が言いかけた瞬間。
職員室の空気が、びりっと揺れた。
先生たちの頭上の文字が、
一斉にノイズを走らせる。
『今日はプリントをなくしまs@#$』
『今日はテス…カレー…多く作ります』
『今日は失言します(そう、カレーみたいに)』
「おい待てなんか混ざったぞ!!」
ユズが叫ぶ。
俺は、慌てて窓ガラスに映る自分の頭上を見た。
『今日はあなたがカレーになります』
『今日はあなたの人生がカレーみたいになります』
二行、出ていた。
「増えてるうううう!!」
「いやこれはまずいって!!」
古賀先生が、キーボードを連打する。
「システムが“統合”しようとしてる……!」
《最適要約を再計算中……》
モニターに、淡いバーが現れる。
カウントが100%に近づいた瞬間、
俺の頭上の文字が、すっと書き換わった。
『今日は、あなたのせいで世界がちょっとだけカレーみたいになります』
「範囲広がったぁぁぁ!!」
ユズが机を叩く。
「ちょっと待って黒瀬!
お前のネタバレ、いよいよ世界巻き込み始めたじゃん!!」
古賀先生は、青ざめた顔でモニターを見つめていた。
「……やっべ」
「やっべ、じゃないですよ先生!?
これどうすんの!?」
「どうしようもない……
“保存”しちゃったから……」
「軽率に保存するなぁ!」
その時だった。
職員室の蛍光灯が、ふっと一瞬だけ暗くなった。
パチッ。
部屋の真ん中に、
白い半透明の“吹き出し”みたいなものが浮かび上がる。
漫画のふきだしを、立体にしたみたいな形。
中に、黒い文字で、こう書かれていた。
『すいません』
沈黙。
「……え?」
ユズが呟く。
吹き出しは、ぴょこぴょこ揺れながら、
ゆっくり俺の目の前まで近づいてきた。
『ほんと、すいませんでした』
古賀先生が、ゴクリと喉を鳴らす。
「……おまえ、もしかして」
吹き出しの中の文字が、くるっと入れ替わる。
『自己紹介が遅れました』
『私は “今日のネタバレシステム” の一部です』
「出たぁぁぁぁ!!」
職員室の隅っこで、
世界の根幹システムが土下座してきた。
いや、土下座っていうか、
ふきだしだから正座もできないんだけど。
吹き出しは、
少しだけ小さくなって、
申し訳なさそうに文字を出した。
『黒瀬カケル様』
『あなたのリアクションデータがあまりにも強烈だったため』
『予測アルゴリズムが “ボケ優先モード” に移行しました』
「やめろよ!!
世界の真面目な未来全部、“ボケ優先”で要約されるの!?」
『その結果、一部のネタバレが意味不明になり』
『本日、重大なシステムエラーが発生しました』
『すいませんでした』
「謝ってすむと思ってんのか!!」
『すいませんと思ってます』
「量で押すな!」
古賀先生が、震える手でメガネを押し上げた。
「ってことは……
黒瀬は、“人類代表ツッコミ”みたいな扱いになってんの?」
『はい』
『現在、黒瀬様のツッコミパターンが、
世界標準リアクションモデルとして登録されつつあります』
「いやいやいやいや!!」
俺のツッコミセンスで世界が規格化されるとか、
普通に人類に失礼だろ。
ユズが、涙目で笑いながら、それでも真剣な顔をした。
「ねえ、ネタバレさん」
『ネタバレさん』
「お前、自分で自分の呼び名決めんな」
「このままだとさ。
世界中の人の“今日一番の出来事”が、
全部ボケ方向に寄ってくってこと?」
『はい』
『このまま学習が進めば』
『重大事故も戦争も、
すべて「変な一行」に変換されてしまう可能性があります』
古賀先生が、思わず椅子から立ち上がった。
「それは……良いことなのか……?」
『良いことのようでいて』
『何もかも “笑い事” にしか見えなくなります』
ふきだしの文字が、一瞬だけ滲んで見えた気がした。
『本当に怖いことも、悲しいことも、
全部一行のギャグに押し込められてしまう』
『それは、きっと世界にとって良くない』
システムのくせに、
妙に重いことを言う。
『なので、黒瀬カケル様にお願いがあります』
「……何?」
『今日一日だけで構いません』
『あなたのネタバレに対して』
『一回もツッコまないでください』
沈黙。
次の瞬間、ユズが吹き出した。
「無理でしょそれ!!
今日のネタバレ、“世界がカレーみたいになります”だよ!?」
『よりによって、そうなんですよね……』
ふきだしが、しゅんと萎んだ。
『でも、あなたがツッコまなければ』
『システムは「これで人類は納得した」と判断します』
『ボケ優先モードから、少しだけ戻ります』
「……」
俺は、自分の頭上をもう一度見上げた。
『今日は、あなたのせいで世界がちょっとだけカレーみたいになります』
(ツッコんだら負け……)
今までの人生、
ネタバレにツッコむことで、なんとかメンタル保ってきたのに。
無言で受け止めろって?
この一行を?
「黒瀬」
ユズが、わざと真面目な声で言った。
「ツッコんだら、
世界のネタバレが全部“ボケ”になる」
「……」
「でもツッコまなかったら、
お前の中のツッコミ魂が死ぬ」
「どっちにしろ地獄なんだけど?」
古賀先生が、腕を組んだ。
「まあでも、
世界救うチャンスかもしれないぞ。
ツッコミ禁止プレイで」
「そんなRPGやだわ……」
ふきだしが、小さく震えながら文字を変えた。
『ご協力いただけるなら』
『明日、正式に謝罪に伺います』
『あなたのネタバレに』
『「今日は “ネタバレ” そのものがあなたに謝罪します」と表示します』
「それ、明日も絶対ツッコむだろ俺」
『ですよね』
システムが自己ツッコミしてどうする。
古賀先生が、ため息をついた。
「とにかく。
今日は一回落ち着こう。
黒瀬、家帰って、できるだけ何も考えずに過ごせ」
「無茶言うなよ」
「“ネタバレにツッコまない”っていうネタバレ、
新しいじゃん」
ユズがニヤッと笑う。
「……お前さ」
「ん?」
「今日の“本気で殴る”やつ、
どうするの?」
ユズは、自分の頭上を見上げた。
『今日は一回だけ人を本気で殴ります』
「……あ」
「お前も忘れてたんかい」
ふきだしが、控えめに文字を出した。
『よければそれは、
明日に回していただけると助かります』
「ネタバレにお願いされる世界線、なんなんだよ」
⸻
その日の夕方。
家に帰って、自室のベッドに倒れ込む。
天井を見上げる。
何も書いてない。
ネタバレは頭上限定だ。
「ツッコまない、ツッコまない……」
呪文のように繰り返しながら、
スマホも開かず、テレビもつけず、
ただ時間が過ぎるのを待った。
ニュースで「世界がちょっとカレーみたいになった」かどうかは、あえて確認しないことにした。
日付が変わる直前。
ふと、窓ガラスに映る自分の姿を見た。
頭上の文字は、
いつの間にか消えていた。
——一日、ツッコまなかった。
人生で初めて。
「……世界、救えたんかな」
小さく呟いたところで、
もちろん答えは返ってこない。
でも、
どこか遠くで、
ふきだしがホッとため息をついたような気がした。
⸻
翌朝。
目を覚ます。
鏡の前に立つ。
頭上には、新しい一行がふわりと浮かんでいた。
『今日は “ネタバレ” そのものがあなたに謝罪します』
「……………………」
五秒。
十秒。
「………………」
喉元まで、
「謝るの遅ぇよ!」が込み上げてきたのを、
全力で飲み込んだ。
また、めんどくさい一日が始まりそうだ。




