表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

第一話 「今日、あなたはカレーになります」とか知らんが

朝、目を覚ます。

まず枕元のスマホじゃなくて、天井を見る。


……じゃない。

この世界では、まず自分の頭上を見るのが礼儀だ。


鏡の前に立つ。

寝ぐせだらけの自分の頭上に、白い文字がふわっと浮かんでいる。


『今日のネタバレ:今日はあなたがカレーになります』


「…………は?」


寝起きの脳に、スパイスきつめの文章が突き刺さる。


「カレーになります、って何だよ。

 俺は流動食か?」


声に出しても、文字は消えない。

「今日のネタバレ」は、日付が変わるまで更新されない仕様だ。


頭上の文字は、どこからどう見ても本物。

ふわっと漂いながら、俺の動きに合わせてちょっと揺れる。


試しに、変な顔をしてみる。

カエルみたいな口。

それでもネタバレは微動だにしない。


『今日はあなたがカレーになります』


(俺が、カレー……)


何度読んでも、意味は増えない。


「カレー」って料理だよな。

人の生き方とかじゃないよな。

道徳の教科書にも「彼はカレーである」なんて書いてなかった気がする。


「母さーん!」


階下に向かって叫ぶ。


「今日、俺カレーになるらしいんだけど!」


「良かったじゃない、うち今週カレー予定なかったのに!」


よくない。



俺が小学生のときから、世界はこうだ。


ある朝突然、人類の頭上に一行の文字が浮かび始めた。

最初は発狂する奴もいたけど、

それが本当に当たると分かった瞬間、世界は一瞬で信じた。


テレビをつければ、ニュースキャスターの頭上に


『今日は噛みません』


とか出ていて、その日は本当に一度も噛まない。

逆に


『今日は超噛みます』


って出てる日は、視聴率が上がる。


交通事故が起きた日には、

大抵誰かの頭上に


『今日は事故に巻き込まれます』


と出ていたことが分かり、

社会は「ネタバレ」を使って予防する方向に動き始めた。


「今日のネタバレ」法律第七条。

危険系ネタバレを持つ人は、公共交通機関の利用を制限されること。


「今日のネタバレ」マナー集。

朝イチに他人のネタバレを大声で読むのは、セクハラと同等。


そんな感じで、世界はわりとあっさりこの理不尽に慣れた。


——ただひとつ、慣れずに困っている人間がいる。


俺だ。


俺の頭上のネタバレだけ、

毎日意味不明なことしか書いていない。



中学二年の冬。


『今日はあなたの右足だけ明日になります』


そっと右足を見る。

特に未来っぽい要素はない。


その日の放課後、階段で転びかけた。

右足だけ、一瞬変なタイミングで踏み出して、空振りした。


クラスメイトが言った。


「お前の右足、さっき“転んだ後”みたいに踏み出してたぞ」


右足だけ、ちょっと時差があったらしい。

意味は分からないけど、とりあえずネタバレは当たっている。



中学三年の春。


『今日はあなたの存在が一回だけ誤植になります』


その日の出席簿。


「黒瀬カケル」の欄が、なぜか一箇所だけ「黒酢カケル」になっていた。

先生が読み上げる。


「くろ……黒酢? 黒酢カケル?」


クラス全員爆笑。

俺の人生で初めてのあだ名は「ポン酢」になった。


これも確かに、「存在が誤植」になっている。


そんな感じで、

俺のネタバレは、意味が分からない。

でも、じわじわと理不尽な形で当たってくる。



高校二年の今日。


『今日はあなたがカレーになります』


洗面台に映る、自分の不安げな顔。

その上で堂々と主張する、カレー宣言。


「……せめて“カレーを食べます”って言ってくれよ」


「カレーになります」だと、

俺がルー側じゃないか。


ルー側の人生は、さすがに想定外だ。



制服に袖を通して、玄関に向かう。

母親が台所から顔を出した。


母さんの頭上には、


『今日は息子のネタバレを三回見て笑います』


と出ている。


一回目——もう笑ってる。


「ほら見せてみなさいよ、今日の」


「……見て笑うってネタバレ出てる時点で、出オチじゃん」


ダルそうに前髪をかき上げると、母さんの視線がスッと俺の頭上に向かう。


一秒。

二秒。


「……ぷふっ」


耐えきれなかったらしい。

腹を押さえて笑い始めた。


「なにこれ、“カレーになります”って何!?

 え、ルウ? ご飯? ナン? どれになるの!?」


「知らねえよ……」


二回目の笑い、達成。

あと一回は学校帰りあたりだろう。



通学路。


朝の商店街は、今日も「ネタバレ見物客」で賑やかだ。

人の頭上をチラチラ見て歩くのはマナー違反だけど、

視界に入ってしまうものはしょうがない。


八百屋のオヤジの頭上には、


『今日は割引しません』


と書いてある。

潔い。


その隣の魚屋は、


『今日は割引すると死にます』


具体的すぎる。

今日の刺身は定価で買うべきだ。


コンビニの前ですれ違ったサラリーマンは、


『今日は会社を辞めます(本気ではない)』


と出ている。

注釈付きは珍しい。


(やっぱ、俺のが一番変だよなあ……)


ふと電柱にも文字があるのに気づく。


『今日は落ちません』


(電柱のネタバレいる?)


最近は、無機物にもネタバレが出るようになってきた。

世界のシステムが雑になっている気がする。



学校に着くと、いつもの通り、昇降口は「ネタバレチェック会場」と化していた。


「おい見ろ見ろ、田中の今日のネタバレ!」


騒いでいる男子達の真ん中で、田中が顔を真っ赤にしている。

田中の頭上には、


『今日は告白します(成功します)』


と表示されていた。


「誰に誰に~?」


「やめろお前ら見んな!!」


(青春だなあ)


ネタバレ社会のせいで、

「今日人生変わる奴」が朝の時点でバレる。

便利なようで、かなり地獄だ。


廊下を歩いていると、

肩をガシッと掴まれた。


「よぉ、カレー」


振り向けば、幼なじみの朝比奈ユズがニヤニヤしていた。

ショートカットにピンを留めた女子。

頭上には、


『今日は一回だけ人を本気で殴ります』


と出ている。


(怖っ)


「お前、なんで俺のネタバレ知ってんだよ」


「今、クラスのグループチャットで回ってる。

 『黒瀬、今日はカレーになるらしい』って」


情報拡散力が早すぎる。

世界はネタバレで動いているくせに、ネタバレのネタバレにも容赦がない。


ユズが俺の頭上をまじまじと見つめる。


「……うん、何回見てもバカだね、これ」


『今日はあなたがカレーになります』


「お前さぁ、世界のバグなんじゃない?」


「こっちが聞きたいわ」


「だって、ほら」


ユズは自分の頭上を指さす。


『今日は一回だけ人を本気で殴ります』


「私のこれ、分かりやすくない? 

 どう考えても、お前を一発殴る日だよね」


「え? なんで?」


「ネタバレって、解釈で変わるとこあるじゃん。

 “何をもってカレーとするか”みたいな。

 でも“殴る”は殴るでしょ。

 で、私が本気で殴ってもいい相手って、お前ぐらいでしょ」


「理屈がひどくない?」


「んじゃ、覚悟しときなよ、カレー。

 今日どっかのタイミングで、一発いくから」


ユズはそう言って、ニコッと笑った。

ネタバレっていうか、宣告だ。



HR前。


教室の空気がざわざわしている。

担任の西園先生が入ってくると、

全員の視線が先生の頭上に集中した。


『今日は担任をやめます』


どよめき。


「えーーーー!」


クラスの半分が立ち上がりかける。

先生は苦笑いを浮かべた。


「静かにしろー。

 ったく、朝から人のネタバレ読むなって何回言えば……」


そう言いながら、自分でも頭上を見上げる。


『今日は担任をやめます』


「…………マジか」


先生の顔から血の気が引いた。


「え、それ本当に? やめるんすか先生!」


「やめません! やめない予定です!

 “予定”はネタバレの前では無力だけども!!」


教室中が笑いに包まれる。


「でも先生、ネタバレって絶対当たるじゃないっすか」


「だから怖いんだよ! 誰だよこんなシステム作ったやつ!」


先生は頭を抱えた。

黒板にチョークで「進路」と書きかけて、

その横に小さく「退職?」と書いて、また消した。


(こういうのが、普通のネタバレ)


俺は、ちらっと窓ガラスに映る自分の頭上を見た。


『今日はあなたがカレーになります』


……やっぱりおかしい。



一限目は現代文。

教科書の中の登場人物にもネタバレが浮かんでるのを眺めながら、

ぼんやり授業を聞いていると、

隣の席のユズが、ノートをつついてきた。


【今日のカレー、何パターンか考えた】


と書いてある。


・給食がカレーで、全身にぶっかけられる

・カレー屋に就職が決まる

・“カレー”ってあだ名が定着する

・実は俺は人間じゃなくてカレーだった


【最後やめろ】


そうツッコんで返すと、ユズは「ちぇっ」と口だけで言った。


「でも、お前さ」


ユズが小声で言う。


「自分のネタバレ、ちゃんと“当たる”んでしょ?」


「……まあ、当たるっちゃ当たる」


「だったら、今日もどこかで、“カレー”にならざるを得ないんだよ」


「カレーにならざるを得ないって、パワーワードすぎるだろ」


ユズは真面目な顔で俺を見た。


「逃げられない運命って、たまにカレー味するよね」


「しないよ」



昼休み。


教室にカレーの匂いが充満した。


「いや、タイミング!」


今日は月一の「選べるランチデー」。

メニューはカレーかシチューかパスタ。

クラスの八割がカレーを選んでいる。


「お前のせいでカレー頼みにくいんだけど」


「知らねーよ。

 俺一人のネタバレでメニュー変わる世界、嫌だわ」


俺はあえて、シチューを選んだ。

この時点で、「俺がカレーになる」確率を一つ潰したつもりだった。


トレーを持って席に戻ると、

クラスメイトがざわざわと俺を見る。


「黒瀬、シチューかよ〜」


「カレーじゃないのかよ、空気読めよ〜」


「今日カレーになるって聞いてたのに〜」


「うるせぇな!! 人をルー前提で見るな!!」


ユズが俺の隣に腰掛ける。

トレーの上には当然カレー。


「観測者の意識が対象を決めるんだよ、カレー」


「やめろその物理の先生みたいな言い回し」


「ちなみに、今の時点で“お前がカレーになるパターン”ってさ」


ユズは指を折りながら数えた。


「食べ物としてのカレーをかぶる」

「比喩的に“カレーだわ〜”ってなる」

「逆に世界の方がカレーになる」


「三つ目どういう状況?」


「世界の方がカレーになれば、お前は“相対的にカレー”になるじゃん?」


「いや相対カレー理論出すな」


そんなくだらないことを言い合いながら、

俺は慎重にシチューを口に運んだ。


と、その時。


前の席の男子が、トレーを引っかけた。


ぐらっ。


カレーの皿が、スローモーションで宙に舞う。

黄金色の液体が、太陽光を受けてきらめきながら、

完璧な放物線を描いて——


「……あ」


俺の頭の上に、落ちてきた。


どしゃああああ。


教室が静まり返る。


次の瞬間、爆笑の渦。


「なったあああああ!!」


「お前、カレーになった!!」


「ネタバレ回収はっや!!」


頭から肩まで、全身カレーまみれの俺。

カレーの香辛料が、目に染みる。


(いや、まあ、そうだよ。

 こうなるとは思ったけどさ……)


ユズが肩を震わせながら、

それでも必死に真顔を作ろうとしていた。


「……ねぇ、黒瀬」


「なんだよ」


「今のお前、

 人生で一番カレーに近い状態だよ」


「うるせぇ!!」



保健室でシャワーを借りて、校内ジャージに着替える。


戻る途中、トイレの鏡で自分の頭上を確認した。


『今日はあなたがカレーになります』


——文字は、まだそこにあった。


「いや、もうなったじゃん!?

 回収したじゃん!? ここで終わりじゃないの!?」


一応、ネタバレは「その日一番の出来事」を示すと言われている。

つまり、今のカレー事件は、まだ「一番」じゃないということだ。


(これ以上のカレーって何?)


その疑問が、

後になって、とんでもない形で解決するとは、

この時の俺はまだ知らなかった。



放課後。


掃除当番を終えて帰ろうとすると、

階段の踊り場で、ユズに呼び止められた。


「黒瀬」


「なんだよ。

 お前のネタバレ、“一回本気で殴ります”まだ回収されてないから怖いんだけど」


ユズは、なぜか真面目な顔をしていた。

いつものヘラヘラした感じが、少しだけ薄い。


「……朝から気になってたんだけどさ」


ユズは俺の頭上をじっと見た。


『今日はあなたがカレーになります』


「これさ、“なりました”になってないんだよね」


「……あ」


言われてみれば、そうだ。

ネタバレが“結果”に合わせて微妙に変化することは、たまにある。


例えば、


『今日はこけます』


のまま一日終わっちゃうと、

夜には


『今日はこけませんでした(ドンマイ)』


になっていることもある。


でも、俺の頭上は、

カレーになった後もずっと「なります」のままだ。


「ってことはさ」


ユズは一歩近づいてきた。


「お前の今日の“本当のカレー”は、

 まだこれからってことじゃない?」


背筋に、カレーとは違う種類の寒気が走る。


「……例えば?」


「例えば」


ユズは拳を握りしめた。


「私が今、お前を本気で殴る。

 お前は“痛っ”て言う。

 その瞬間、

 『カレーの辛さ』と『人生の辛さ』の境界がなくなる」


「哲学っぽく言うな!!

 あと殴る前提で話すな!!」


「しょうがないじゃん。

 私のネタバレもまだ回収してないんだし」


ユズの頭上には、相変わらず


『今日は一回だけ人を本気で殴ります』


と出ている。


「なあ、別に殴る対象、俺じゃなくてよくない?」


「よくないよ」


即答された。


「こんなの、

 本気で殴っても許してくれそうな友達に向けるネタバレじゃん」


「人間関係の基準が乱暴すぎない?」


ユズは、ぐっと拳を引いた。

本気で殴るフォームだ。


思わず目をつぶる。


——その瞬間だった。


校舎全体に、電子音が鳴り響いた。


ピンポンパンポーン。


『全校生徒に告ぐ。

 本日付をもって、「今日のネタバレ」システムに重大な異常が発生しました』


無機質なアナウンスの声。

ユズの拳が、ピタッと止まる。


『現在、一名の生徒のネタバレ内容が、

 システム上“解釈不能”と判定されています』


俺とユズは、同時に自分の頭上を見た。


『今日はあなたがカレーになります』


『該当する生徒は、至急職員室まで来てください。

 ……対象は、二年B組・黒瀬カケル』


「……お前」


ユズが、じりじりと後ずさった。


「世界規模でバグってたの、お前か」


「知らねぇよ!!

 俺だって“カレーになります”をどう解釈していいか分かんねぇよ!!」


こうして俺は、

カレーまみれの人生の中でもっとも意味不明な一日を、

本格的にスタートさせることになった。


ユズが、ふと自分の頭上を見上げる。


『今日は一回だけ人を本気で殴ります』


「……まあ、殴るのは後でいっか」


「後であるんかい!!」


階段の窓から差し込む夕陽の中、

俺の頭上の「カレー」が、

やたらと神々しく光って見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ