7 熱っぽい(⭐️挿絵あり)
「えい」
私は、橋本さんの右手首あたりを掴んだ。
「へ?」
「だから、嫌じゃなかったですってば……。謝らないでください。ひんやりして、冷たくて気持ちいいです」
橋本さんの右手を引っ張って、手の甲を、おでこに当てた。
「洗い物した後だから、橋本さんの手が冷えてるだけです。熱っぽくはないですから。大丈夫です」
橋本さんと目があって、我に返った。
駄目だ駄目だ、本当に何をしてるんだ……。
説明、説明だ……。
私は、呆然としている橋本さんからひょいと離れた。
「と、とにかく、私はごらんのとおり……橋本さんなら、全然触ってもらって良いです。でも……私はいいですけど、他の人にしちゃ、絶対、駄目ですよ」
ん?
これで説明合ってる?
あ、ああ。分かった……と若干戸惑った表情の橋本さんを後目に、私はお店の片づけに戻った。
***
「三河」を出て冷たい風の中に出て、ようやく気持ちが落ち着いた。
杏奈、今日、ちょっと変だったな。
やっぱり熱があったんじゃないか?
手の甲に、2回目のおでこの感触が色濃く残っていた。
いや、違う違う。
気を遣って、嫌じゃなかったって言うのを、説明しようとしただけだよな。
ー他の人にしちゃ、絶対、駄目ですよ。
私は良いですけどー
あれだよな、そりゃそうだ。他人に、女性においそれと触るは当然良くない。そういう、一般的なことを教えてくれただけだよな。
ー私は良いですけど
私はっていうのは……個別的な話であって、私という私であって……私というのは……。
冷たい風を浴びながら、両頬をパンパンと叩いた。
***
橋本さんが帰った後、ふらふらしたので一応熱を計ったら、36度9分だった。風邪のひきはじめだ……。マフラーを断念し、風邪薬とノンカフェインの栄養ドリンクを飲んで、日曜日の昼近くまで爆睡したら、けろりと体調は回復した。
けろりと回復して、正気に戻った瞬間、昨晩の自分の言動を思い出して、私は悲鳴を上げた。
「どうしたの杏奈?」
「や、やらかしたー!!」
「な、何を……」
「お母さんには言えない!」
「は、母親に言えない……? 杏奈、あなた、一体何を……」
「何もしてないっ! お母さんには関係ない! うわー!!」
「い、いまさら反抗期?! 反抗期なの??」
***
月曜日の非常階段は、土曜日深夜おでこひんやり事案の会議で緊迫していた。
「やばいやばいやばいやばい……」
「あー、それはやってんねー……あれよね、ちょっと熱っぽい子どもが、変なハイテンションになるのと似たようなやつよね」
「け、結局子どもじゃないの!」
何やってんだ私は!
「でも、何かもう、ほぼほぼ告白じゃない? いや、告白というか、ちょっとえぐいか……私にもっと触ってなんて……」
「そんなこと言ってない! 改竄しないで!」
「似たようなもんじゃない! これは……一周回って、引かれるパターンかもよ……男の人は、下手にぐいぐい行くと冷めちゃうみたいだし……」
「……うそ……」
「清楚感を取り戻さないと……」
「ま、マフラーをちゃんと送るから! それで失地回復する!」
「……橋本さん、どう思ってるんだろうね……」
「え?」
「それとなく、確かめてあげようか」
「え、そ、そんなことが……」
ごくり。
もし分かるなら、知りたい……。
「ちょっとさ、一つお願いがあるんだけど、交換条件でどう?」
「え? 交換条件?」
「そう……私からの依頼。私も、クリスマス、ちょっと、手作りしようかと思ってさ」
三咲がウィンクした。
これがまた、美しい。本人は不満らしいが、一部の女子がファンクラブを結成したとの噂も納得。
女子バスケ部の後輩達が見たら、何人か悲鳴上げて倒れるだろうな、と思った。
***
「トマトリゾット?」
「そうなんです。何度か再現しようとしてて、上手くいかないらしくて」
「味のイメージは、分かる?」
「あ、それはちゃんと聞いてきました!」
「じゃ、やりますか。描き出してくれよ」
橋本さんがガラガラとホワイトボードを持ってくる。
「え、良いんですか?」
「何で?」
「その、公私混同っていうか……仕事じゃないですし……」
「杏奈の親友だろ?」
「え」
「間接的に、世話になってるような気がするから」
……。
ん? どういう意味だろう。
「どういう意味ですか?」
「いや、何でもない。ま、作ろうぜ」
そう言って笑った橋本さんに、なんだか普通にドキドキしてしまった。




