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6 ひんやり

 「え、本当に良いんですか?」


 「だってもう使ってないもの。作ってあげる相手なんていないし。あ、この本も持ってっていいよ」


 「ええ……そんな……それはもらい過ぎです、何かお礼を……」


 「えー、そうだな……そしたらさ、今度「三河」で何か食べさせてよ! 橋本さんに言っておいて!」


 「あ、はい! もちろんです!」


 「いや~、しかし、橋本さんも本当、幸せ者ね~」


 「え?! な、何で橋本さんが出てくるんですか?!」


 「橋本さんにあげるんでしょ? 手作りマフラー」


 「い、いえ、その……」


 嘘はつきにくいけど……恥ずかしい。


 「あれ? 違ったかなー。でも、違う人にあげたら、橋本さん、ショック受けるだろうなー」  


 「は、橋本さんがですか? なんで……」


 「なんでって、杏奈ちゃん……ま、素敵なクリスマスになると良いわねー」

 

 ***

 

 美容師かつ貸衣装店経営者の井上さんに、マフラーのデザインを相談しに行ったら、毛糸に編み棒に初心者向けの手作りマフラーサンプル本までもらってしまった。


 まだクリスマスまでは2週間ある。料理はできないけど、手先はそんなに不器用じゃない。

 毎日1~2時間で計画的に進めよう。

 

 違う人にあげたら、ショック。

 そんなこと、あるかなぁ。

 

 いや、ちょっと待って。


 そもそもマフラー、本当に迷惑じゃないのだろうか? もらっても邪魔にならないとは言っていた、けど……渡したら、気を遣わせるっていうか……例えば、一つだけだったら、家に来るとき気を遣って無理して使おうとするかも。だめだ、そんな負担はかけられない。


 そうだ、2本作ろう。毛糸を買い足して、黒っぽいのと、白っぽいの。それで、日によって選べるようにする。


 選べる、というのが大事だ。2本あって、選べる。他に自分で買ったマフラーがあったら、3本から選べる。何本かあって、選んで、その日の気分で使うっていうなら、自然。何か凄く自然。一本だけって、何か重たい!


 まずい、2週間。2本作るならそんなに時間はない。素人はちゃんとがんばって一週間に一本くらいらしい。


 部屋をノックする音。


 「杏奈ー、ご飯よー! 聞こえてる? 入っていい?」


 はっ、全く聞こえなかった。マフラーの道具も散らばってる。

 「駄目! 開けちゃだめ!」

 「え、あっ、はい」

 

 ***


 土曜日の営業は、やや眠かった。


 お店のない日は23時、お店のある日は24時30分、それが自分の睡眠につく時間のルーティンだったけど、マフラー作りを開始してから、1時間ずつ、寝るのが遅くなっていた。これが、じわじわと睡眠負債を蓄積しているようで……眠い。


 お母さんは、お医者さんに夜更かししないように言われてるから、お店のある日も22時30分には寝るようにしている。来年になったら、夜もお店立つって言ってたけど、無理はさせたくないな。


 と思いつつ、自分が無理をしていては世話ないけど。


 「……何か、眠そうだな。大丈夫か? あと、片づけとくから、早く上がりな」


 「だ、だいじょうぶ……です……」


 「いや、大丈夫じゃないだろ……顔、何か赤いぞ」


 「え……」


 おでこに、ひんやりとした感触。

 

 橋本さんの手の甲だっ!


 「やっぱ、ちょっと熱くないか?」

 

 私に触れた手の甲が、橋本さんのおでこに!

 

 これは……

 子どもをあやす行動!


 こ、子ども扱いしてっ!

 こっちがどう思うかも考えないで!

 無自覚! 無自覚過ぎる! 自分の振るまいが、どんだけきわどいかっ! 思わせぶりかっ!

 

 「だいぶ顔赤いぞ、ほんと、体温計……」


 「だ、大丈夫ですっ! じ、自分ではかりますからっ!」


 「いや、そりゃ体温計は自分でだろ。さすがにそれは何かまずいだろ」


 「お、おでこに手を当てるのもたいがいですよ! 子どもじゃないんですから!」

 

 橋本さんが、はっとした顔をして、少し距離をとった。

 

 「っ! あ、そ、そうか……す、すまん……気持ち悪かったよな……ごめん……」


 え、あ。


 「いや、そうじゃなくて……。それは違います、えーと。その……おでこは……その……ひんやりして気持ちヨカッタ……です……」

  

 いや。

 いやいやいや。

 私は何を言ってるんだあああああ!

 疲れておかしくなってる!

 自我が脆弱になってる!


 橋本さんが目を丸くして硬直している。

 まずい、な、何か、何か言わないと……。


 あれ?


 橋本さんが、顔を隠すように、口元に手を当てて、そっぽを向いた。

 

 「不快じゃないなら、良かった。その、子ども扱いなんか、してないから。散々、一緒に仕事してんだからさ。そういう意図はなかった。つい、心配だったから、手が出ちまった。ごめん」

 

 あ、謝らないでくださいよ。

 もう、こんなので、その、変な感じになりたくない。

 それに、二度とおでこに触ってくれなくなったら、嫌だ。

 

 そうだ、あの時みたいに、自分の気持ちを我慢して、それでまた離れていっちゃったら。

 

 後悔する。

 何もしないで、後悔するのは嫌だ。

 私は、橋本さんに向けて一歩踏み出した。

読んでいただいてありがとうございます!

クリスマスまで、週末にちょこちょこ更新します、完全に趣味に走ってますが、もしよければ評価・ブクマいただけたらとっても嬉しいです!

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