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5 鏡よ鏡

 「相手が欲しいものを調べる方法、ねぇ」


 「やっぱり、ここは捜査のプロのご意見を聞きたいな、と」


 水曜日の放課後、平日ではあるものの都内の喫茶店はどこもにぎわっていて、牧島さんが席を取っていてくれなければあやうくカフェ難民になりそうだった。


 「百瀬さんの話に従うなら、この会話、録音して橋本さんにあげるっていうのはどう?」


 突然の連絡にも関わらず、牧島警部は時間をとってくれた。

 警視庁の警部で、今年の、二つ目の依頼。強盗を起こした精神科医さんが食べたいという、思い出のグラタン作りの依頼人。久住さんの一件の解決の糸口は、牧島さんとの会話からだったな。


 「そんなの絶対無理です!」


 「冗談よ、冗談。ま、橋本さんは本当に喜ぶと思うけどね、三河さんがこんなに一生懸命考えてくれてるって知ったら」


 「そうでしょうか……別に「牧島さんになんの相談してんの?」くらいの反応だと思いますよ……ほんと、子ども扱いですし、料理以外は色々鈍感ですから……」


 「そうかなぁ、私に言わせれば……。いえ、野暮だからやめよっと」


 「な、なんですか?」


 「とにかく、そうね、捜査の基本は、相手の自然な状態をつぶさに観察することよ。日常の動作ひとつひとつに、その人の感情や思想がふんだんに込められているの、それを読みとってつなぎ合わせて、再構成すれば、自然と知りたいことが浮かび上がってくるはずよ。これって、何かに似ていない?」


 「……!」


 「そうね、三河さんが料理を見てやっている味覚の読みとりと似ているんじゃないかしら。ま、向こうが人間っていうのが違うから、上手く気付かれないように観察するのがコツね」


 「やってみます! ありがとうございます!」


 ***


 ちゃんと観察してればさ、分かると思うんだけどなぁ。 

 橋本さん、三河さんのこと、とんでもなく特別扱いしてると思うけど。


 二人とも、料理以外、鈍感なんだから。

 ま、自分や自分に関することって、一番見えにくいものだからね。

 人間の目は、自分は見えないようにできてるから。鏡でも使わないと。


 ***


 ばりっばりに視線を感じる。

 気になる。

 ちらりと見ると、あからさまに視線を逸らす。


 視線を戻すと、また観察が始まる。


 ……。


 なんだ、一体、何を確認しようとしているのだ。


 俺は、何か悪いことをしただろうか。


 ちらりと見ると、再び杏奈は窓の方に視線を逸らして、テーブルを拭き始めた。


 「杏奈」


 びくっと、杏奈の肩が反応したのが見えた。


 「な、何ですか?」 


 「いや、何か今日、俺の様子をうかがってない?」


 「え、やだなぁ、気のせいですよ。気のせい」


 「……そ、そうか。気のせい、か」


 「橋本さんこそ、私の視線が気になるんですか?」


 「いや、そんなことはない、そんなわけないだろ」


 「そうですよね、さ、お気になさらず、仕込みを続けてください」


 「ああ……うん」


 確かにな、自意識過剰だったか。俺の気にし過ぎだな。

 

 そんなに俺のことを杏奈が見てるなんて。


 杏奈は店の掃除や片づけを淡々と、鼻歌交じりで進めている。確かに気のせいだったかも。こっちの方にはさほど視線も……。

 

 ぞくり。


 いや、やはり視線を感じるぞ、何だ?

 こっちを向いてはいない……。


 あれ、あんなとこに鏡あったっけ?

 

 カウンターの向こうの壁に壁掛けの鏡がぶら下げてある。

 

 鏡の中の杏奈と視線があった瞬間、反らされた。

  

 「やっぱ見てないか?! 何だその鏡!」


 「ち、ちが……違うんです、あ。ほんとだ、何だこの鏡、お母さんかな? 何か合わないから片づけますね」

 ぱたぱたと、鏡を外して二階に引っ込んでいく。


 あ、怪しい……。


 ***


 「いや、すっかり寒くなりましたね」


 木曜日の営業が終わり、片づけが終わって橋本さんが、古着屋で掘り出し物として見つけたというトレンチコートを着て帰り支度をしていた。


 「12月だもんなぁ。息も白くなりそうだ」


 たしかに、それくらい気温が下がってきた。

 橋本さんの家までは、歩いて20分から30分くらい。

 

 帰るとき、寒いだろうな……。

 

 あ。


 「橋本さん、マフラーって持ってます?」


 「え、いや、昔その辺で買った安物があるけど……。ぼろっちいからなぁ。俺結構暑がりだから、1月になったらセールで新しいの買おうかと思ってたんだけど」


 「1月! 1月ですね! じゃあ、12月にマフラーもらったら邪魔にならないですよね!」


 「え? あ、うん」

 「分かりました!」


 ***


 「三河」の外に出ると、暖かい店の空気と堅くて寒い都会の空気のギャップが身に染みるようになってきた。

 以前はこんな風に感じたこと、なかったのにな。むしろ、冬の寒さなんて好きなくらいだった。

 

 後ろ髪を引かれる。

 

 背中の、「三河」の明かりに、その暖かい空間に、すっかり馴染んだ厨房の匂いに……。

 

 いや、それも言い訳かな。

 

 自分の中で、その存在が、誤魔化せないほど大きくなっている。

 

 マフラーもらったら邪魔にならないですよね


 なんてなぁ。


 これで、変な期待して全然違っても恥ずかしいところだけと。

 もしそうだったら、そりゃ、嬉しいよな。

読んでいただいてありがとうございます!

もしよければ評価・ブクマいただけたらとっても嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
後日談からで恐縮ですがクリスマスイベントに悩む姿が愛らしく、楽しく読み進めています。
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