3 プレゼントなんて(⭐️挿絵あり)
12月1週目の土曜日の午後。
夜の営業に備え、厨房で仕込みを始めていると、女将さんがポータブルタイプのテレビを玄関近くのテーブルに置いた。掃除をしながらBGM代わりにつけておくのが好きだという。あまり見たことのない時間帯だが、旅番組や田舎暮らし番組の再放送だったり、通販番組だったり、確かになんとなく流しておくにはちょうどいい雰囲気だった。
杏奈が台ふきと除菌スプレーを持ってテーブルを拭いて回る。白いタートルネックのセーターに、茶色のチェックのスカートで、掃除中なのでエプロンをしている。
ふと、杏奈が立ち止まって画面に目を奪われている。
「この霜降り、凄くないですか?」
「わー、もう、たまらないですねー」
タレントが地方ロケで、すき焼きをごちそうになっているシーン。
釘付けになっていた杏奈が、「はっ、やば」と声を発し、顔をぱんぱんと両手で挟むようにはたいて、店の準備作業に戻る。
杏奈の特殊能力。
視覚情報、触感、それどころか、言語情報からも、精緻に味覚が浮かび上がる。
その力で、いくつもの依頼を解決して、俺が料理から逃げる原因になった、久住・ウィルヘルム・来人の犯行も明るみにして、俺が料理の道に戻る自信を取り戻させてくれた。
杏奈からしたら、昔、嫌な目に遭う原因になった、困った能力だったようだが。
俺や……料理に関わる人間からしたら、そう、宝物のような力だ。
その代わり、本人は料理が全くできない。料理をしようとすると、頭の中に、食材のいろんな可能性、手順の無数の可能性、そこから生み出される味覚の無限の可能性が頭の中にあふれて、頭と身体がバラバラになってしまうんだそうだ。
人間って不思議なものだと思う。
今も、テレビの映像で、本人の味覚にはくっきりと、すき焼きの味が広がったんだろう。
味覚がはっきり分かるので、その分、実際は食べてないから、お腹すいちゃうんですよね。その、美味しいものばっかりでもないですし。
確かに、目に入る料理の味が片っ端から再生されまくったら、しんどいだろうなとも思う。
それを抑制するため、日中、特に外にいるときは、大学病院の医師が特別に調整したというレンズを付けたごついメガネをしている。特殊な屈折で、味覚が浮かぶのを抑制してくれるらしいが……これをかけると何故だかすさまじく地味な雰囲気になる。
とはいえ、個人的にはメガネをかけておいてもらった方がいいかな、という気はする。メガネをかけていない時の杏奈は……。
「……! べ、別に、すき焼きに夢中になんかなってませんから!」
俺の視線に気付いた杏奈が、顔を赤くして慌てた様子で俺をにらみつける。
まぁ、認めざるを得ないのだが、ちょっとした美人だと思う。
先月までちょいちょい店に出入りしていた、アイドルの百瀬さくらが、「橋本さん、私、結構本気で、杏奈のことうちの業界に誘おうと思ってるんで。容姿もキャラも絶対いける。本人にちょっとでもその気がありそうだったらすぐ連絡して」と最期に会ったときに言っていた。本職が、しかも国内でもトップクラスのアイドルが、通用すると言うくらいである。
それと……。
話題にはしないが、久住との一件が終わって、剣持さんの新店の手伝いも終わって、俺が「三河」に戻って来た日。
あれ、やっぱりどう考えても、キスされた気がするんだけど。
「……? 橋本さん? え? あ、私、何か顔に付いてます? よだれ?」
「あ、いや、何でもない」
「? どうしたの二人とも、何かあった?」
「いえ、何でもないです!」
女将さんが二階から降りてきた。
そうだ、色々、いかん。杏奈は高校2年生で、雇い主の娘さんで、そういうのひっくるめて、とにかく余計なことを考えてはいけない。
ここで、一緒に働けるだけで、最高なんだし。
とはいえ、今年、杏奈に受けた恩は、ちょっとやそっとのお返しで足りるものではない。
クリスマス、か。
何かプレゼントくらいするか。
……。
……。
女子高生の欲しい物って、何だ……?
ていうか、女性にプレゼントなんて、したことないぞ……。
うーん。
あ、でも、杏奈が普段使う物なら、あれかなぁ。
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